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28.リッシュとフレス-⑤

 翌朝、ようやく目覚めたフレスは、疲れが抜けきれない様子で朝粥を食べ、それからふと思い出したように言った。


「訓練所で、ククランの処刑を行います」

「えっ?」


 リッシュは驚いた。

 処刑? まさか本当にするのか、と思った。自分でさえも命を助けたというのに、ククランを処刑するとは。あまりにも自己的な理由で軍を崩壊させかけたということで、納得できないわけではないが、フレスらしくはない。


「本当に処刑するのですか?」

「そのつもりです。段取りを行います。幸い、この拠点には古い時代に使われていた首切り斧がありました。あなたが振るえば、簡単に彼の首は落ちます」

「それは、そうかもですが」


 何か吹っ切れた様子のフレスは、天幕に歩いて行ってすでに軽快しているククランのところへ出向く。まるでルーティンをこなしているような、淡々とした態度であった。


「ぐ、軍師殿。どうしたんです? 俺はまだ病み上がりなんですよ」


 天幕の中で寝ていたククランは、確かにまだ少しつらそうな顔をしている。


「おはようございます、ククラン。あなたがこのように体調を崩してしまった原因について、やはり心当たりはありませんか?」

「い、いえ。とくにはありません。まるで呪いか何かだと。あっ、その、あの水を飲んだのが軽症だと思っていましたが、あとから重症化したのかもしれません」

「よくわかりました。それでは、訓練所に行きましょう、あなたにはして欲しいことがあります」


 表情を全く変えず、疲れた顔のままフレスはそのように伝えた。リッシュはあまりの恐ろしさに手に汗をかく。

 だが、フレスを二度と疑わないと決めた。どのようなことになろうとも、彼についていくしかない。

 文句を言える雰囲気ではないことを察したのか、ククランも少しだるそうな様子を露骨に見せつつ、訓練所に向かって歩きだした。それをフレスとリッシュは追っていく。

 リッシュとしては、フレスは常に難しい顔をしているか、誰かを安心させるためにゆるく笑っているかのどちらかだと思っていた。しかし今の彼は疲労のあまりか、真剣そのものの表情である。その表情のまま言う。ククランにも聞こえる大きさで。


「それにしてもよく言えたものですね、あの水のせいだなどと」

「えっ、ええ」


 振り返った彼は慌てた様子だった。


「ところで、あなたの寝ていたベッドは焼却しました。仕方ありませんよね、原因が特定できなかったので。それに、洗って使うのも気持ち悪いでしょうから」

「えっ、そ、そうなんですか? それは、残念ですね」

「はい。残念でなりません。それに、あの部屋にあったほとんどすべてのものは同じように焼き捨てました。シーツも、カバンも、何一つ残らず焼いてしまいました。あのような恐ろしい病気の原因があるかもしれなかったのです。仕方がありませんでした」

「あ。そ、そうなんですね」


 ククランの顔が蒼白になっている。リッシュはそれを見逃さなかった。


「つまり、あなたが天幕で寝ている間、ベッドもなく冷たい床に寝ている兵士が何人もいたわけです。私物を燃やされた兵士もいます。亡くなった娘の大切な形見を失くした者も。血がでるほど拳を握り固めて私に抗議しに来ましたが、どうにもなりません。灰になったものは戻せません」

「いえ、その。そうなんですね……」

「それらの者は、皆あなたを恨んでいます」

「あ、いや。しかしその、身に覚えはなくてですね」

「だからこそ、あなたにはしてほしいことがあるのです。皆の前で」


 淡々とフレスは話をつづけた。もう訓練所は近い。


「詫びてほしいのです。あなたを恨む者すべてが納得するやり方でです」

「しかし、不可抗力です。俺は病気だったんですよ、原因のわからない急病です!」


 足を止め、ククランは両手を広げて自己弁護を行った。


「詫びろと言われても、なにを詫びればいいんですか。そこのクソ漏らしと違って、俺のはどうしようもなかったんですよ」

「かもしれませんね」


 フレスはやはり、淡々と応じた。


「では、行きましょうか」


 彼は自らの手で訓練所の扉を開けた。午前中の、ちょうどいい時間である。皆が訓練に精を出していた。一刻も早く出撃して、家族の命や自由を奪ったロンシャロンを血祭りにあげたいと思っている者たちばかりだ。

 エカルもそこにいた。少し眠そうな顔をしているが、隅に置かれた研ぎ石でダガーを手入れしていた。

 カルバンもいる。フレスとエカルの懸命な看病で命を救われた彼は、木剣を握って熱心に打ち合いをしている。

 そこにフレスは驚くほど通る声で、告げた。


「皆さん、訓練の途中で申し訳ありませんが、注目してください。体調不良だったククランが軽快したので、まだ病み上がりですがお連れしました。ご都合があるかと思いますがここはどうか、彼の謝罪を見届けてください。それと、最悪の場合でも皆さんが納得するよう、首切り斧を用意しています」

「なっ」


 驚いたのはククランである。首切り斧のことは初耳だったのだ。

 リッシュがよく訓練所の中を見てみると、何気なく壁に立てかけてあった。まるでハルバードのような柄の長い巨大な斧。研ぎ石で手入れされたのか、鈍い光を放っているようにさえ見える。


「リッシュ、それを構えてください。いつでも振り下ろせるように」


 言われて、仕方なくそれをとる。確かに刃は磨き抜かれている。振り下ろせば、首くらいは落ちるだろう。


「さあ、ククラン。中央に進んでください。もしもほんとうにあなたの体調不良が、原因不明であると思っているのなら、そのようにおっしゃってくださってかまいません。真実に勝る説得はないのですから。少なくとも、リッシュは何日か前にここでそのようにしました。あなたはそれに対してどのように言ったのか、覚えていますか?」

「え、あ、う……」


 ククランは逃げ出そうと思ったのか、背後の通路に目をやった。しかし、そこには例の屈強な衛生兵が立ちふさがっている。逃げられるはずもない。逃げたところで、逃亡兵の扱いになるだけだが。


「もう一度言いますよ、ククラン。中央に進んでください」


 フレスは淡々と告げる。


「首切り斧ってなんですか? もしかして俺は殺されるんですか!」


 立ち止まって、ククランが叫んだ。


「真実さえあれば、そして皆の許しがあれば斧など必要ありません。ですが、我々は仲良しごっこをしているのではないし、無理矢理仲良くしろと強要される子供でもない。命をかけてロンシャロンの圧政を終わらせるための軍隊なのです。信用できない者がいれば、その結束は崩れるし、敗北が近づく。それではいけないので、このような場が必要なのです。あなた一人の命よりも、私は結束をとる。それだけです」

「死ねっていうんですか?」

「はい」


 ズバリと言った。リッシュはギクリとする。自分も同じように、フレスに見捨てられていた可能性がある、と思ったのからだ。


「しかし、皆の許しがあれば死ぬ必要などありません。あなたもロンシャロンの圧政を終わらせるためにここに来た勇者なのですから。存分にその力を発揮してもらいたい。これは本当です。それに、我々も真にあなたの体調不良の原因を突き止めてはいないのです。赤痢や、コレラや、その他の恐ろしい伝染病の疑いは今も消えていません。だから、もしも何か知っているのならそれを言ってください。そして詫びてください」

「だから、なぜ詫びるんですか! 悪くもないのに」

「『だとしてもケジメは必要だ』と言ったのはあなたです。私はそれを実践しているだけです」

「い、いやそれは、あれは。あいつが口だけで便所掃除もしないっていうから」


 思わずそう言い返してしまったが、フレスは一切折れなかった。


「他にもあります。『あれだけやってまだここにいられると思っていやがる』ともおっしゃいましたね? ご自分はどうなんでしょうか。これほどの被害を出して、なぜ高慢な態度をとっていられるのか、私には不思議でなりません。それと、エカル殿はあなたを助けるために死を覚悟しました。『もし自分が倒れたらすぐに殺して焼いてほしい』とまで言いました。それなのに、あなたは今に至るまで一言も感謝の気持ちを口にしておられない」

「そっ、それは、その」

「赤痢であるとしたら、発症後の死亡率は三割から五割にも達する。この数値は軍隊としては致命的です。しかもこれは感染力が非常に強い。だから、迷惑をかけないようにエカル殿は『すぐに殺してほしい』と言ったのです。自分の命よりも全体を優先したのです。彼女に何か言うことはないのですか」

「い、いや……。もっとちゃんとしたところで礼はするつもりだったんだ。本当だ」

「ほとんど丸三日もありましたよ、エカル殿はあなたの天幕の近くにずっといた。あなたが軽快したと同時に眠りにいったほどだった。それで一言も礼が言えていないというのは、人間として何か大事なものが足りていない。それではよくないと、ご自分で思いませんか?」


 淡々とフレスが詰めていく。

 名前を出されたエカルは顔を赤らめて手を振っている。余計なことを言わないでくれ、とばかりに。


「あっ」


 リッシュはそう言えばと思い出した。自分も礼は言っていない。

 ごめんなさい、すまなかった、とは言った。何度も謝罪したし、エカルにも「何度でも謝ったほうがいい」とも言われた。だが、「助けてくれてありがとう」とは言っていないのだ。脳裏にザメルがフレスに言っていた言葉が思い出された。『どうせリッシュは礼なんて言わないだろうから、俺から言っといた』と彼は言い、きちんと『兄弟を救ってくれてありがとな』と伝えていた。おそらく、照れくさがりながらも。

 ザメル様の言われた通りになってしまった!

 恩知らずすぎる。いいわけがない。このあと、何があったとしてもきちんとあらためてお礼を言おう。

 リッシュはそれを決意して、斧を持ち直した。


「さあククラン、どうぞ中央へ。あなたの言葉を皆が待っています。リッシュの謝罪にあれほど言ったのですから、あなた自身は見事なケジメをつけなければなりません。そうでなくては、おさまりません。それとも皆の慈悲に期待しますか? あなたの人望があれば、許してくれると期待しますか? カルバン、あなたはどうお考えですか」

「えっ、俺ですか!」


 突然話を振られたカルバンが焦っている。


「どうぞ、遠慮なく言ってください。許してやりますか?」

「い、いや俺は言う資格がねえっていうか。俺だって軽率に水を飲んで倒れたんだし、軍師殿がいなきゃあのまま死んでたはずなんで」

「かまいません。今は彼についてどう考えるものですか?」

「そ、そういわれるなら。いや、ほんとは、こんなこと思っちゃいけねえのかもしれねえが。迷惑かけたのは事実なんだから、謝るくらいしてほしいよなって。し、しぬのは、その。覚えがないって言ってるんだし、やりすぎじゃねえかとは思うんですが」


 カルバンは持っていた木剣を下に向けて、そんなことをぽつぽつと話した。


「よくわかりました。クース、あなたは?」

「俺? 俺は悪いけど、こいつは死んだ方がいいんじゃねえかと思ってるぜ」


 問いかけられたクースという兵士は、腕を組んでじろりとククランを見やった。


「軍師殿には言ったがよ、俺の大事な一人娘の形見がこいつのせいで燃やされちまったんだからな! なんもかもロンシャロンにとられちまった中で一つだけ残った、このくれえの布人形だ。もうそれしかなかったんだ。こんなやつとは引き換えにならねえ! だからリッシュ、お前がやるってんなら遠慮なくそれをぶちかませ! なんだったら俺が代わってやってもいいぜ!」

「なるほど。同じ意見の方は?」


 熱意と恨みをこめたクースの意見にも、フレスは冷静に応じた。

 訓練所の兵士たちはそれでも「いやさすがに死刑はちょっとな」と感じていたようである。ぽつぽつと意見を言う者はあったが、『殺せ』という意見は三割ほどにとどまった。残りは『よくないとは思うが死刑はやりすぎ』であった。


「病気だっていうならしょうがねえんじゃねえか? 謝りもしねえし礼もねえってのはやべえけど」

「あいつはああいうやつだからな。運が悪かっただけだろ」

「だがよ、あいつのせいで風邪ひいたやつが結構いるぜ! なんも思ってねえなら殺したほうがいい!」

「そうはいうが、誰だって病気にくらいなるしな」


 そういった意見がざわざわと聞こえてくる。

 ククランはこれを確認して、命を拾った、という顔をした。


「ほら見てくださいよ、軍師殿! ほとんどの奴らは死刑なんてやりすぎだと思ってますよ!」


 自信を取り戻したのか、彼は堂々と反論をし始めた。

 フレスはそれに対して、ポケットから取り出した革の手袋をはめながら淡々と答える。


「わかりました。ですが、皆様にはお知らせしていなかった事実があります。それを証拠として、判断材料に提出しましょう」

「あ、あっ」


 エカルが青ざめた。彼女は、これからフレスが何をするのか想像がついたのだろう。

 だが、ククランの表情はもっと悪化していた。それでも虚勢を張る。


「えっ、なにをだすんです? 部屋の中のものは燃やしちまったんでしょう?」

「最後の機会です。ククラン、私が何を出すのか本当はもうわかっているはずです。何か言うことはありませんか? 本当に心当たりはありませんか?」


 ククランが答えるより先に、エカルが叫んだ。


「みんな離れろ! あれが病気の原因だ! 近づくな、死ぬぞっ!」


 兵士たちはざわついた。


「なんだ? 何を出すんだ」

「病気の原因? わかっていないんじゃなかったのか?」

「ちがう、ほとんど間違いなくあれだ! 絶対触るなよ、においも嗅ぐな! ヤバいぞ!」


 エカルは必死に叫んだ。『間違いなく赤痢ではない』ということはまだ証明されていない。万が一ということがある。こんな集団の中で、もしも保菌者が出たのなら、明日にもザメル軍は崩壊する。

 全員が注目する中で、フレスが取り出したのは何重にも紙や油紙で包まれた何かだった。


「中身は干し肉です。少し黒くなっていて、汚れた部分があります。エカル殿の言う通り、これが病気の原因であると私たちは疑っているので、ここで封を解くわけにはいきません。これは、ククラン。あなたのカバンから出てきました。一緒に入っていた衣服に記名されていたので、あなたのもので間違いないはずです」


 フレスはそれを掲げて皆に見せた後、ククランに突き付けた。


「これはどこで手に入れたものでしょうか。説明していただけますか?」

「えうっ、それは」


 ククランは返答に詰まった。


「なんだありゃ。中身が見えないが干し肉だって?」


 見ている兵士たちはよくわかっていないようだった。


「干し肉なんてここに来てから配給されてないだろ。どこから持ってきたんだありゃあ」

「晩飯に肉は出たことあったが、あんなシケた量じゃ干し肉になんてできやしねえだろうしな」

「どっかで買ってきたのか? いや、そんな暇ねえよな」


 皆、それぞれにククランの答えを待っている。干し肉などこの拠点で手に入れることはできないはずだ、という疑念をもって。

 ククランは完全に追い込まれたように口を閉ざしていたが、へらりと笑って、話しはじめた。


「い、いえ。これは地元の人からもらったものですよ。ロンシャロンたちを追い払ってくれといって。隠して食べていたのは認めますけど、そんな、斧で処刑されるほどのことですかね?」


 まるでそれが大したことでもないように、立ち小便を咎められたときのように、ククランはそういって弁解する。

 フレスは全くその態度に取り合わず、冷静に突き返した。


「はい、大問題です。当たり前です」


 ククランの愛想笑いに全く動じず、相変わらずの引き締めた真顔で理由を説明する。


「それがロンシャロン側にやとわれた工作員だったら? これは恐ろしい猛毒であるかもしれない。そんなものを受けとって食べたなどと。よく言えますね。集団行動をしているという自覚さえないのですか」

「そんな、しかしそのくらいは誰だってやりかねないことじゃないですか。俺は死ななきゃならないほどの罪を犯したんですか?」

「そうだと言っています。私はその行為を禁じたはずです。『村人や外部の人々から何かもらったら届け出をしてくれ』ともお伝えしたはずです。それから、あなたには体調不良の理由に心当たりはないかと何度も聞きました。しかしあなたはこの事実を隠していましたね。あなたは……ククラン、あなたは不誠実です」


 口調は淡々としながらも、どこかに疲れた様子を引きずって、フレスはそう告げた。

 確かにそれは事実だった。兵士たちも頷いている。


「ああ、敵が毒を撒いているかもって散々言ってたからな。それに、井戸に毒が放り込まれる可能性もあるって」

「あのときは考えすぎだろって思ってたが、何人もクソを漏らして倒れたからな。ただの自爆でさえあの地獄だったんだ。さもありなんって感じだ」

「ククランの野郎、それじゃ泥棒じゃねえか。干し肉があったら言っとけよ、みんなで分けとけばこないだの戦いでだって、もう少し力が出せたかもしれねえのによ、そしたらバイテスとアレッタも助かったかもしれねえのに」


 うぐう、とククランは唸った。脂汗がこめかみから伝い落ちている。

 罪は犯したが、死刑になるほどでない。彼はそう言い続けているが、もはや苦しい段階に入っている。


「ですが、二人殺したリッシュが死刑になっていないのに、どうして俺だけが……被害は比べたら少ないでしょう」

「なるほど、一理ありますね。では、あなたがその干し肉……だけではなく、もっとあったのかもしれませんが、それを受け取った後、どこでどう保管していて、いつどのくらい食べたのか説明していただけますか? 特に、どこで受け取ったのかを詳しくお願いします」

「それはもう忘れましたよ、最近色々あったので」

「忘れたのではなく、説明できないのではないですか? 実のところ調べはついているのです。あなたにこれを渡した地元の者などいません。ロンシャロン軍の圧政下で、人々は生きるのに必死でしたから、そのような余裕はありえないのです。もしも調査に漏れがあるというのなら、すぐに真実をここで説明してください」


 ククランは答えられない。真実など不都合だからだ。

 その沈黙をみて、フレスは軽く首を振った。


「それでは調査した結果、我々が認識している真実を説明したいと思います。エカル殿、すみませんがこれの出どころを説明してやってくれませんか」


 突然話を振られて、エカルが飛び上がった。


「ええっ、私が説明するんですか? しかし、軍師殿が言うのではしょうがないですね」


 面倒くさそうに背筋を伸ばし、彼女はそれから自分に集まっている注目の多さにビクリとする。それでも話をしないわけにもいかない。


「あの、この拠点を落とした時、私が大騒ぎしたのを覚えてるか? 食料が汚されているって。あの食べ物の中に、干し肉があったんだよ。包みと束ねた紐が同じだった。パンや小麦粉も全部燃やしただろ? だからあれでてっきり全部なくなったと思っていたんだけど」

「するとなにか?」


 クースがエカルの話を引き継いだ。


「あのバカ野郎はその汚された食べ物を一人で隠し持っていて、コソコソ食ってやがったってことか? そんなもんのために俺の娘の形見は燃やされちまったのか?」

「多分そうなるな。言っちゃ悪いが、死んだ方がいいのはリッシュじゃなくてククランだったか……」


 エカルの答えを聞いた瞬間、クースは腰の剣を引き抜いて、ククランに向かって走り出した。大慌てでエカルがその背にくらいついて止めた。リッシュもカルバンもクースの蛮行を止めるために彼にしがみつく。

 それでもクースは足を踏ん張り、ククランに一太刀入れようと藻掻いた。


「こ、このクソバカ野郎……! おい、放せエカル! 俺は死刑になってもいい! こいつをこの場でぶっ殺す!」

「よせ! やめろ! 早まるなクース! 絶対後悔するからやめとけ、絶対だ! こんなやつのために手を汚すな!」


 必死にエカルはクースを止めるが、娘の形見を失った父の怒りは強かった。クースは三人を引きずって、じりじりとククランに近づいていく。鬼気迫る表情で、使い慣れた剣を振り上げ、振り下ろそうとしている。


「うおっ、お、お」


 意味不明な言葉を漏らし、ククランはその場にへたり込む。膝が震えて、逃げることもできない。

 彼はロンシャロン軍との戦いにあっては勇敢だったが、味方の怒りを直接的に殺意を持ってぶつけられたことはなかった。あまりの迫力に、腰を抜かしている。


「落ち着いてください、クース。あなたほど分別のある大人の戦士が、このような愚か者のために処刑されるのはあまりに忍びない」


 フレスが必死にククランに近づこうとするクースに話しかける。


「うるせえっ! 俺の気持ちが他の誰かにわかってたまるか! 今、今ここでこいつをぶっ殺さねえと気が済まねえ! おいリッシュ、お前、何で止めてるんだ! お前だってこいつに無茶苦茶を言われてただろうが!」

「すまん! 今の私は軍師殿の盾だ!」

「ぐおおっ、クソッ、もう一歩! もう一歩なのによぉ!」


 歯を食いしばってクースがククランに迫る。ヤバいと感じたのか、リッシュたちだけでなく、周りの兵士が何人もクースにしがみつく。

 五人が食らいついたところで、ついにクースの力が尽きた。血の涙を流さんばかりの表情で息も荒く、彼はぐったりと膝を折る。


「ち、ちくしょう、なんてザマだ。この俺が……」

「よかった、クース。私刑だけは避けたかった。しかし、あなたの怒りは承知しました」


 フレスはリッシュの放り出した斧を持って、クースに冷静に話しかけ、それから全員を見回してあらためて問いかけた。


「今の証拠品を踏まえて、ククランの罪は死ぬほどではないと感じられますか?」

「ひえっ、今聞くんか……」


 エカルが悲鳴のような声を上げたが、フレスは無視した。


「俺は殺していいと思う! 俺に斧をくれ、軍師殿。頼むから今すぐ!」


 クースが真っ先に声を上げた。疲れていながらも、まだ怒りは収まっていない。今もリッシュやエカルが手を離せば、すぐにも立ち上がってククランに剣を振り下ろすだろう。


「う、うむう。確かにちょっと度が過ぎているよな。こんなやつが近くにいたら危ないかもしれん」

「だ、だが……」


 罪の重さは全員に伝わったが、それでも『本当に今ここで味方を斬首するのか? そこまでやるのか?』という空気はそのままだった。

 ところが、フレスはそれを逆手に取った。誰も何も言わないのなら、場を支配しているのはフレスなのだ。


「では、意見も一致したようですから、リッシュ、ここへ来て斧を構えてください。モタモタすることもありません、すぐに終わらせましょう」


 ギョッとした。誰が、ではない。その場にいた大半以上の人間がだ。


「ええっ、マジでやるんですか?」


 エカルが嫌そうに目を背けた。どのようなときでも率直に意見をいえるエカルはこの場の救いだった。


「もちろんです。そうしなければなりません」

「しかし、その、非人道的というか」


 そういって食い下がってみたものの、フレスはやはり調子を崩さない。彼はククランの背後に立って、その肩を軽く叩いた。


「大丈夫です、安心して下さい。この処刑方法は派手に見えますが、首を落とされれば直ちに声もなくなり、速やかに意識を失います。どんなに持ちこたえても十秒程度と言われます。きわめて人道的です」

「そういう問題ではありませんよ! 本当に、本当にククランを殺すんですか?」


 フレスは頷いた。それから補足するようにつけたした。 


「確かに殺せば我々の必死の看病が無駄になりますが、予行演習だったと思うことにしましょう」

「……その、ククランの弁明は?」

「ああ、確かに弁明を聞いてみたほうがいいかもしれませんね。ククラン、どうですか。何か言いたいことはありますか」


 そう問われた途端、ククランは素早く土下座した。額を地面にこすりつけた。


「ゆっ、ゆるしてくれっ! 全部嘘だったんだ。本当は盗んだんだ、焼かれる前に、見つかる前に! いざってときに食おうと思って、隠したんだ! 汚れてるのは知ってたが、そこだけ切り取ればいいと思って、隠し続けたんだ! 焼却されたことも知ってた! 知ってたが大げさすぎると思った! 汚れてない部分は食べられるはずだと思ったんだ、それで飯抜きになった日に食ったんだ、それで、それで……」

「なるほど。それで?」


 フレスは続きを促した。

 言われるままにククランは全てを白状し続ける。


「部屋の中のものは全部燃やしたと言われたから、証拠は全部なくなったと思って、バレやしないと思って、隠し通そうとした! その、リッシュのやつに無茶苦茶を言ってしまったから、自分がそうなっちまったらカッコつかないし、同じようにされると思って! なんとしてもバレるわけにはいかなかったんだ! だ、だが……。だが、すまなかった! 俺が悪かった!」


 最後に謝罪が出た。

 斧を持ったまま、リッシュは感心していた。まさか、ククランの口から謝罪の言葉が出るとは思っていなかったのである。

 軍師殿はこれを狙っていたのか、と納得した。


「だから、本当に悪かった。言い訳はできない……。許してくれ! 許してくれ!」

「わかりました。よく本当のことを話してくれましたね、ククラン。その勇気には敬意を払います。ですが」


 フレスはまだ真面目な表情を崩していない。

 泣いているククランに、さらに一言付け加えた。


「あなたは『口先の謝罪では意味がない』ともおっしゃいましたね。さあ、もう話したいことは終わりですか? 今からは刑罰の時間です」

「えっ、えっ、ええぇ。ど、どうして、どうして?」


 ククランは鼻水を流しながらも戸惑っている。


「謝罪は見事でした。では、次は行動でそれを見せなければ。ククラン、あなたの最後の仕事は立派に死んでみせることです。準備はいいでしょうか?」

「えがぁぁ! ゆ、ゆるし、ゆるして」


 ジタバタともがいて、みっともなくもククランは逃げ出そうとする。リッシュは左足でその背を踏みつけて、おさえつけた。あとは斧を振り下ろせば、ククランの首は落ちる。

 戦場では死を恐れずに戦ったククランも、死刑台にかかっては恐怖を抑えられないようだった。

 本当にこれでいいのか、と何かが呼びかける。リッシュはそれを努めて無視した。味方を殺すことが本当に正しいのか、わからない。わからないがフレスを信じるしかない。


「しかし」


 とフレスが手を掲げる。リッシュは斧を止めた。いったん、肩にかけて安定させる。

 フレスは、涙を流すククランを見つめて、それから振り返って言った。


「ここで死ぬと掃除が大変ですよね。血が出ますからね。クース、そうは思いませんか」


 問われたクースは怪訝な顔をしたものの、舌打ちをして促した。


「あ? いいよ、俺が拭いてやる。早くやってくれ。いい加減見苦しい」

「わかりました。ククラン、そう動かないで。狙いが外れると余計苦しくなりますよ」

「そ、そんな……そんなぁ、嫌だ死にたくない。死にたくなぁい!」


 ククランは泣きわめいた。恥も外聞もなかった。

 義憤に燃えて革命軍に加わった勇者という肩書も、裸足で逃げ出す勢いだった。そこにあるのは生理的な死への恐怖から生まれる、生への執着だけだ。

 フレスだけが冷静だった。あるいは冷徹だった。


「では、みなさん見届けてください。彼の最後の行動を」


 そこまで言い、斧を肩にかけているリッシュに合図を出そうとした、その一瞬だった。

 

「ま、待て、待ってくれ、いや待ってください! こいつ、バカだけど殺すのはもったいなすぎる!」


 そんな叫び声があがった。カルバンだ。

 リッシュと同じように廊下で無様に倒れ、フレスとエカルの看病で救われた男。彼は涙ぐみながらフレスの前に飛び出していた。


「生かしていたほうが役に立つから! 俺も、俺も軍師殿の命令に背いたが、助けられたんです! だからこそお役に立てているし、ロンシャロンを倒すことに近づけているはずです! だからどうか、このバカも殺さないでください」


 葛藤しながらも斧を下ろそうとしていたリッシュは驚いた。カルバンは必死の表情だ。大してククランと仲がいいという情報もないが、何があったというのか。

 フレスは小さく頷いたが、意見を変えない。


「しかし、彼を生かしておいては軍紀が乱れます。それに、彼に与える食料もタダではありませんし」


 そこにもカルバンは食い下がった。


「食事なら俺のものを分けます! 絶対に盗み食いもさせません。だから、だから生かしてやってください! 倒れた後、治った俺に最初に声をかけてくれたのはこいつなんです! 大バカだけど、バカだけど糞まみれの俺にも前と変わらずにからかって茶化してくれて、話しやすかった、打ち解けやすかった! だから、軍師殿どうか、どうか今回だけは聞き届けてください。お願いします!」


 彼は頭を下げ、足りないと思ったのか、さらに土下座までした。先ほどのククランと同じような姿になって、必死だった。


「ほお。カルバン、なるほど」


 フレスは満足そうに笑った。


「しかし、あなた一人の食事を二人で分けては、力が発揮できない。ククランは飯抜きにされたとき、盗んだ干し肉に手を付けました。それほど食い意地の張った者が、果たして半分の量で満足しますか? また、彼が生きていることで発生する再発のリスクはどうなさいますか?」

「それは……」


 さすがのカルバンも言葉に詰まった。しかし、そこに救いの手が入る。

 エカルがスッと手を挙げて、カルバンの隣に立ったのだ。


「私の食事も分けますよ。三分の二ならこのバカも満足するでしょ。再発リスクはカルバンが死ぬ気で見張ります。またやったら彼が責任をとります」

「ほう、エカル殿も。これは困りましたね。では、皆さん。ククランを救うために、食事を分けてもいいと思う方は、手を挙げていただけますか?」


 フレスはそう問いかけた。

 するとどうか、カルバンとエカルの他にも、ほとんどの兵士が手を挙げている。リッシュも手を挙げた。

 挙げていないのは死刑にすべきだと意見を出した者、クースを含めて数名だけだった。


「困りましたね。これでは軍紀もあったものではありません。これでククランの首を落とせば、それこそ結束が崩れる」


 ゆるい笑みを浮かべながら、フレスはリッシュから斧を受け取った。

 そうして、クースに近づいて頭を下げる。


「クース、残念ですが処刑することができなくなりました。ただし、刑罰は必要です。我々は欺かれたのですから」

「当然だろう。欺かれたどころじゃない」


 彼はまだ怒っている。だが、処刑できないという理屈にも納得はしているようだった。

 

「どうするんだ? 軍師殿」

「選択肢は三つあります」


 クースの問いかけに、フレスは指を三つ立てて話しはじめた。


「一つはこのままククランを処刑すること。ですが、これは軍の結束を乱すでしょう。採用したくありません」

「で?」

「二つ目は、ククランを後方に移送することです。そうすれば彼の顔を見なくて済みます。そして彼自身は、労働奴隷として我々の食料や武器を作るために死ぬ気で働きます。何しろどの村も人手が不足していますからね。歓迎されるし、酷使されるでしょう。期間は二か月が妥当でしょうか」

「ふん、なるほど。最後は?」


 腕組みをして、思案しながらクースが訊ねる。


「このままここで兵士としての身分を奪い、下僕同然で労働していただくこと。なぜなら、彼は謝罪にはケジメが必要だと言ったし、便所を手で掃除してもいいくらいだと豪語しました。であるなら、当然自分の身でそれを実践しなければなりません」

「なるほどな。禊って奴か」

「いえ、ただの刑罰です。禊などという格好のいいものではありませんし、自業自得です。こちらの場合は、期間は『全員がもういいというまで』です。そのくらいしなければ彼はわからないでしょう。ただしクース、あなたの目に彼の姿が入ります」

「ああ、そりゃ確かに問題だ。今日のことを思い出して反吐がでるってわけだ」


 クースは舌打ちをした。


「他の選択肢はないのか?」

「最前線に固定して、戦死するまで戦っていただくというのは、他の兵士からやっかみがでます。皆が望んでいるポジションですからね。となると、重労働か身分剥奪しかないんですよ。我々が処刑以外にとりえる刑罰というのは。二日飯抜きというのも軽すぎますし」

「わかった。それなら、移送してくれ。しばらく顔を見たくないんだ」

「いいでしょう。皆さん、聞きましたか? 最も怒りを発露していたクースが彼の刑罰を決定しました。これは、最後の慈悲です。もし、同じことがあれば、もう二度と彼は許されないでしょう。いえ、今の時点でさえ彼は許されることのない罪人となっています」


 フレスがそう宣言する。


「だから、彼は後方で労働していただきます。処刑はしませんが、刑罰を受ける身であるという自覚は必要です。彼の行動は逐次報告されますので、それを見てあとは判断していくことになると思います。皆さん、時間をいただいてありがとうございました」


 頭を下げて、この場をしめた。


「ではリッシュ、その罪人を連れてきて下さい。次の馬車に載せて後方に送り返します」

「あ、ああ……わかりました」


 涙と鼻水でボロボロになってるククランを、リッシュは引っ張って立たせる。そのまま訓練所から出ようとしたが、エカルがヒョイとさりげなくフレスの隣に並んできた。


「人が悪いですね! 私にククランを助けさせようとしていたんですよね? なんだってそんな面倒なことをしてたんです! しかも例の干し肉まで持ち出して! 焼き捨てたんじゃなかったんですか!」


 彼女はプリプリと怒って、早速文句をつけ始めた。今のフレスの行動は相当不満だったらしい。

 リッシュも確かに、肝を冷やしたし、不安だった。いつもの彼らしくはないと思っていたが、それほどしなければククランが自白しなかっただろうということもなんとなくわかっている。


「ああ、これですか。生地の束ですよ。本物はとうに焼却しています」

「う、嘘つきですね! 本気で心配したのに、どうしてくれるんですか」

「確かに、最近は嘘ばかりついています。心苦しいばかりです。しかし、ククランを助けることに皆が納得するにはこれしかないと思いました」

「そうやってすぐ人のせいにしますよね、軍師殿は」


 ククランを引っ張りながら、リッシュは前を歩く二人の会話をどこかうらやましい気持ちになりながら聞いていた。

 自分もああやって言いたい。斧なんか持たせて、怖かったんだぞと言いたい。

 そう思っていると、フレスはふと振り返った。


「リッシュもすみませんでしたね。怖かったでしょう。でも、あなたが真面目にやってくれたおかげで説得力を持たせられました。助かりました」

「え、ああ。いえ」


 突然そう言われたので、リッシュは固まってしまう。

 あまりにもずるい礼の言い方だった。

 エカルの気持ちがよくわかる。軍師殿はいつも、ずるい。自分はまだ、言えてもいないのに。

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