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27.リッシュとフレス-④

「あの野郎、最悪ですよ」


 折角の昼食だというのに、エカルはわざわざフレスの隣に座って、開口一番そんなことを言ってきた。

 彼女はリッシュの監視役ということだが、四六時中ついてきているわけではない。時折状況を見て、報告する程度におさえられている。そうでなければエカルは他の仕事ができないからだ。


「こっちがやっと仕事終わって寝られるって時にコソコソやってきて、何かと思えば『昼間はすまなかった、貴公の名誉を棄損した』とかいうから。詳しく聞いてみたら『介護現場で君と軍師殿がよろしくやってると噂してしまった』だの『軍師殿がちょっと口説けば股を開くと言ってしまった』だの。よくそんな言葉が出ますよね、あの地獄を見てないからそんなこといえるんだ。思い出しても鼻が曲がりそうな……、おっと、飯時の話題じゃなかったか。すみません、つい」

「もうおせえよ……」


 向かい側に座っていたリッシュが食べづらそうに匙を握ったまま昼食を見下ろす。


「けど、一応ククランも謝りに来たんですね。あいつのことだから誤魔化すと思ってたのですが」


 そう素直に言ってみると、フレスが苦笑した。


「さすがに逃げ道はなかったようですね。あなたが土下座までしたものを受け入れずに怒ったのですから、自分もそうしなければ不公平です。エカル殿はそれを受け入れたのですか?」

「かかわるのもめんどくさかったから、もういいって言ってやりましたよ。軍師殿のことをあれこれ言ってたみたいですが、そんな話題を出したがるなんて、あいつが一番スケベなんじゃないですか」

「それはわかりませんが。ありがたくも手伝っていただけたことは事実なので。あのときは本当に助かりました」

「もういいよ、ちょっと手伝っただけで何度礼を言うつもりですか」


 エカルは軽く手を振ったが、どういう理由にしてもあの介護を手伝うということは相当な決断を要したはずだ。においはしばらくとれず、捨てた衣服もあるし、エカルはたまらずに髪も短くしたくらいだった。フレスが何度も礼を言っているのも、心から申し訳ない、ありがたかったと思っているからである。


「すみません。ですが、言っておかないと……」

「よしてください、それだと私は何度謝らないといけないかわかりません」


 リッシュが止めた。エカルは眉を寄せて露骨に鼻を鳴らす。


「あんたは何度でも謝ったほうがいいぞ。廊下の始末も大変だったんだからな」

「うぐ。ほ、本当に申し訳なかったと思ってる」

「なんだよ、本気にすんな。でももしまたそういうやべえのが出たら、ちゃんと率先して手伝えよな」

「わかってる」


 エカルは当然だろと返し、水をグッと飲んだ。すでに食べ終わっていて、最後に口を洗っているのだ。

 リッシュが倒れている間に水は輸送されてきており、潤沢とは言わないまでも行きわたるようになっている。


「じゃ、軍師殿。また」


 彼女は立ち上がって、食器を返しにいってしまった。そのあとは午後からの仕事をするだろう。山に詳しく、あれこれと動けるエカルは色々な仕事ができるので重宝されている。

 リッシュも食べ終わって、フレスが終わるのを待った。周りを見てみると、多くの兵士たちがゆっくりと食事をしている。それぞれ空きっ腹を我慢することもなく、食べられているようだ。


「それにしても、一時はどうなるかと思いましたが、食べ物も水もなんとかなったんですね」

「なんとかなったわけではありませんが」


 フレスは簡単に答えた。


「後方からの輸送でどうにか。毒の少ない水源地も見つかりました。それにエカル殿が薬草だけでなく、肉や芋なども持ち帰ってくれましたから」

「あいつ、なんでもできますね」

「いろいろなところでかなり頼っています。正直に言って、地位こそありませんが重要な人物です。階級を付けてでも、守ったほうがいいかもしれません。いや、それはエカル殿だけに限った話ではありませんが」

「そうですね。まあ、階級ですか」


 発足からドタバタとトラブル続きのザメル軍では階級制度がまだ整っていない。ザメル、フレス、そしてその他、というような大雑把すぎる区分けしかない。だからこそ、リッシュが独断で攻撃部隊を編成してしまえたのだ。声の大きい者が強く、皆が納得すれば指揮権も得られる。そう言った部分も是正しなくてはならない。


「ロンシャロン軍は結構その辺がカッチリしてるみたいですね。大将がいて、大佐がいて、大尉がいて。下の方は曹長、上等兵、二等兵ですか。しかしそこまで細かくして意味があるんですかね」

「混乱させない意図もあるのでしょう。誰が指揮すべきなのかを明確にしておかねば、死が身近な戦場では命取りになりかねない」

「しかし、私たちの場合はザメル様が単独で突撃したり、逆に戻ってきたりしてますよね? あれはどうすれば」

「あれはどうしようもないです」


 世間話に近い会話であった。

 フレスは今のところ階級制度を持ち込むつもりはなかったが、有能な兵士に役職をつけるべきであるとは考えている。ただし、それが事実上の階級になってしまっては意味がない。だから慎重になっている。

 リッシュにとっては平和な時間だった。護衛として近くにいるが、フレスはほとんどリッシュに命令をすることがない。淡々と自分の仕事をし続けるだけだった。なんとしても彼を守るというのが自分の仕事だが、拠点の中では実のところ暇だった。三日も寝ていた上にこれでは体がなまるので、夜には人の少ない訓練所に駆け込んでひたすら木剣を振り回している。これは護衛を続けるために必要なことなので、ザメルにも申告して許可をもらっていることだった。


「午後からはどうなさるんですか?」

「解放した村々からの報告書が来ているので目を通して、ここを奪還に来るはずの敵部隊へ斥候を出すつもりです。きちんと帰ってきてくれる部隊でなければ危険ですので、その人選も」


 血の気の多いザメル軍では、斥候ができる者が少なかった。ロンシャロン軍は多くの兵士にとって家族や身内のカタキなので、姿を見れば我を忘れて突進してしまう。


「カルバンはどうです?」

「そうですね。カルバンは復調してから少し素直になってくれました。もともとまじめな方でしたからね。水を飲んだのはよくなかったですが、深く反省してくれたようです。斥候にも出せますが……彼は戦ってくれた方が力が生かせる。むずかしいですね」


 そうして食事が終わった後も食堂で話をしていると、「大変だ!」と声を上げ血相を変えたエカルが戻ってきた。


「おい、軍師殿。やばいぞ、ククランが……その、倒れてる! ヤバい病気かもしれねえ! すぐ来てくれ! 衛生兵も呼んである!」

「えっ」


 リッシュはあっけにとられた。またククラン。あいつは何をやっているのかと思ったが、病気ということであればまずい。思い切り殴った記憶がよみがえる。うつったかも知れないし、なんだったらあの傷が原因ということもある。

 エカルが状況の説明を言いよどんだのが気になる。食堂で叫ぶには憚られるような状況なのか。


「すぐにいきます」


 フレスは立ち上がって、小走りに進んだ。エカルが先導してくれる。


「こっち、こっちだ! 二段ベッドの下!」

「ウッ」


 呻いたのはフレスではなく、ついていったリッシュだった。異臭がする。

 数日前にも同じ匂いを嗅いだ。完全に糞便臭。なにがあったんだ、と問いかけたかったがとにかく見ればわかるだろう。ククランがいるという、多数のベッドが押し込まれた兵舎区間に顔を突っ込む。瞬間、「リッシュ、下がって!」と言われる。


「エカル殿も、この部屋から出て!」


 フレスが怒鳴るように言った。珍しいことだった。


「何があったんです? もしかしてククランも水を……」


 と言いかけて、やめた。実際にククランは水を飲んでいたが軽症で、ザメルに殴られてからは飲んでいない。それからもう何日も経っている。今さら発症するというのは考えられなかった。これは別の原因だ。

 だからこそ、フレスは部屋に入るものを制限したのだ。


「……赤痢ですか? それとも」


 小さな声でフレスがその場にいた衛生兵に確認する。問われた方も軽く頷いていた。リッシュのときに来てくれた衛生兵とは別の人物で、鼻や口を衛生的な布で覆い、伝染病に備えている。彼は町医者のところで助手をしていた経験がある。衛生兵ではあるが大柄で筋肉質。負傷兵を運ぶことに定評があり、助けられた者たちからは神のように崇められている。


「可能性はありますね。水は違うでしょうから、手洗いが十分でなかったか、なんなのか。軍師殿も口を覆ってください。危険です」

「とにかく、例の天幕に隔離しましょう。ここは厳重に洗わないといけません。念のため、この部屋のものはベッドを含めて焼却ですね」

「私は水を作ってきます。しかし、どうやって運び出しますか? 下手にさわると感染しますよ」

「とにかく出さないと話になりません。今いるベッドからシーツごと引っ張りだすか、何か担架のようなものはなかったでしょうか」


 そんな会話を経て、フレスと衛生兵が部屋から出てきた。リッシュが状況を聞いてみると、ククランは奥のベッドで糞まみれになっているらしい。


「正確にはわかりませんが、あなたと同じような状態です。水が原因ではないとすると、赤痢を含む色々な病気が疑われます」

「赤痢って、どんなやつなんですかね……」


 リッシュが疑問をあげると、隣でエカルが目を見開いていた。


「こ、これが赤痢かよ! 聞いたことだけはあったけど、やべえよ。めちゃくちゃ感染力があるって話だ。しかも、ケツから血を垂れ流して死ぬんだって。……ちょっとブルってきた。さすがに手伝いたくねえ」

「もちろんです、ここは私がやります。適切な処置がなければ二次感染がおそろしいですから。エカル殿もリッシュもそうですが、ここ数日で彼と接触した人は発症する危険がある。十分注意してください」

「注意ったってどうすればいいんです? もう手遅れですよ。やりたくないけど、手伝います」


 エカルは嫌そうな顔をしながらも、布で口元を隠し、革製の手袋を持ってきた。

 それをはめながら、彼女は覚悟を決めたようにリッシュへ話しかける。


「リッシュよう、もし私が感染してクソ垂れ流しても、私のことは放っておいていいからな。そんときは早く殺して死体を燃やしてくれ」

「なっ、何を言ってるんだ。お前がいなきゃ我が軍は終わりだ。やばいって軍師殿も言ってたんだぞ」

「死んじまったら意味ないんだよ。これ、お前が思ってるより百倍やべえ病気だからな? 最悪だぜ、病気に殺されるなんてよ」


 それからククランを運び出し、部屋の中のものをあらかた運び出しては焼却。そして徹底的な洗浄。

 リッシュはククランの看病をフレスとエカル、そして勇気ある衛生兵に任せてしまったので、力仕事をほとんど請け負った。そうしながらも申し訳ない気分でいっぱいだった。


「感染したら放っておいてくれ」


 というエカルの言葉が耳にこびりついて離れない。

 死神のような伝染病がまさに戦友たちを殺そうとしているとリッシュは認識していた。自分もククランの糞便のついたベッドを運んで燃やしたり、部屋を洗浄したりしたが「それも十分感染リスクがある。気をつけろ」と念を押されたくらいだった。何があっても、痒くなっても目や鼻を触るなと何度も言われた。

 汗をぬぐいたい気持ちを必死にこらえる。そうしながら部屋の中のものを運び出し、燃やすということを繰り返している途中、リッシュはふとおかしなものがあることに気づいた。変わった形のカバンだった。


「なんだこの荷物、誰かの私物か。かわいそうだけど全部燃やせって命令だからな」


 燃やす前に中身を改めてみたところ、下着などの衣類の他、見たことのない食べ物が目につく。干し肉の束と、硬めに焼かれたパンだ。


「こんなの、ここに来てから支給されてないぞ! これは、なんだ? ど、どうすれば……」


 こっそりとここまで持ち運ばれたのか、あるいは地元住民から買い入れたのか。どうやって入手したのかさっぱりわからない食べ物を前に、リッシュは混乱しかかった。

 こんなときはどうすればいいのかと考えるうち、エカルがいつもやっていることが思い出される。何かにつけて「おい、軍師殿、大変だ!」と報告に走ってくるあの姿。

 それは正しいことだった。今のような状況では。

 すぐに報告することだ。とにかく。


「軍師殿、大変です!」

「君までどうした」


 疲労のあまりか、天幕の外で座り込んでいたフレスに、例の食べ物を差し出す。


「部屋にあったカバンの中からこんなものが見つかりました。これも焼却していいですか?」

「あっ、これは……」


 フレスは驚いたようにそれを見た。そして、天幕の中にいるエカルを呼ぶ。


「エカル殿、見てもらえますか。これは、その、あなたが処分してくれたと思っていたのですが」

「なんです?」


 エカルも食べ物を見て、目を見開いた。


「ど、どうしてこれが残ってるんですか? 焼き捨てたはずなのに!」

「何か問題なんですか?」


 リッシュが訊いてみると、フレスは少し冷静に説明した。


「これは、ロンシャロン軍が汚染したと思われる保存食です。食べられないのはわかっていたので、焼却処分したはずのものなんです。つまり」

「えっ? ってことは、ククランは病気じゃなくて、これを食べたせいで下痢をしてたんですか?」

「確定ではありませんが。原因としてはおそらく。彼には昨日、夕食抜きを言い渡しましたから、お腹がすいたんでしょう。それでこれを食べた。辻褄が合いますね」


 頭痛をこらえるように、フレスは深く息を吐きだした。

 そこにエカルが質問をぶつける。


「本人はなんて言ってたんですか? 突然ウンコ塗れになって倒れた理由は」

「身に覚えがないと」

「どの口が言ってたんですかね……、まあそれは後で存分に言ってやるとして、これこいつを看病する価値ありますかね?」


 誰もが疑問に思っていることを、エカルは口にしてしまった。だが価値がないと言ってしまえば、これまでの全員の苦労が無駄になってしまう。フレスは「ない」とは言わなかったが、軽く首を振る。


「もちろん、我々がしたことに意味はあります。今後もし本当に赤痢が出たとき、その予行演習として心構えを学べました。いえ、まだ確定ではありません。ですから厳重な体制は続けます。当たり前ですが……」


 さすがの彼も、ククランの愚行については言葉を探している。すぐに何も言えなかった。

 ようやくひねり出した言葉も、弱かった。それは、いつもよりもずっと言葉に覇気がなく、自信なさげに聞こえるものであった。


「今の段階で決めつけて、彼をなじるなどはないようにしてください。すべては確定してからです」


 疲労が色濃く残るフレスは、そのままザメルに報告するために歩いて行ってしまった。あとに残されたのは糞まみれになっているエカルと灰だらけのリッシュ、そして汚染された食料だけだった。


「最悪だぜ、死神と戦ってるつもりだったのに、もしかしたらバカの自爆に付き合わされてただけだった……かもしれないとはよ」


 エカルも深い溜息を吐いた。リッシュもその気持ちはよくわかる。

 たったさっきまで、感染源を断つために部屋の中のものをすべて焼いていたのだ。あの部屋で寝泊まりしていた兵士たちは赤痢の恐怖でいてもたってもいられないだろうし、念のために狭い場所に隔離されているだろうし、その上使っていたベッドや置いていた荷物も焼かれるハメになる。

 これは、リッシュが味方二人を殺し、毒水を大勢に飲ませた一件には及ばない。及ばないが、リッシュの突撃はただフレスへの反発だけではなく、水を得るためという全体への奉仕が理由の一端にあった。水もきちんと自分で安全性を確かめたつもりであり、しかもみんなに勧めたのも奉仕、リッシュ本人としては優しさだったのだ。

 だがククランの場合は自分だけで食料を盗んで隠し、こっそり食べていたのだから始末に負えない。どのような正当性もなく、言い訳も不可能だった。


「ちなみにだけどよ、お前の時はザメル様、どのくらい怒ってたよ? どつかれたか?」

「いや、『次はない』と言われたが殴られなかった。もう痛い目を見ただろうしって」

「悪いけどククランのやつ、絶対そんな甘いことにならねえぞ。ベッドも燃やされたから、今夜から寝る場所がないヤツだっているんだしよ。だいたい、私もそうだけどお前、許せねえだろ。一発や二発ザメル様に殴られたくらいですませられたらたまらねえよ」

「確かにな」

「とはいえ、赤痢ってやつの怖さはロンシャロンも知ってるだろうし、その干し肉にも赤痢菌がついてたのかもしれねえ。だから、奴の病気が絶対赤痢じゃないとわかるまでは安心できねえ。めんどくせえ」


 と言っていたのだが、ククランは数日で回復した。『本当に赤痢だったらシャレにならないから』ということでありったけの医療物資が集められ、リソースが潤沢になったおかげである。

 エカルは精神的にも肉体的にもほとんど限界で、ククランの軽快を見届けた瞬間に自分のベッドに向かっていき、泥のように眠っている。

 フレスは目の下に真っ黒いクマをつくりながらも、ザメルに『ククランが危機を脱出した』と報告。ザメルの命令でそのままベッドに担ぎ込まれた。ぐったりとベッドに沈んだフレスも、しばらくは目を覚まさないだろう。

 二人の疲労を見たリッシュは、ククランに言いようのない怒りが湧いた。もちろんリッシュも看病を手伝ったが、体力があるのと感染のリスクもフレスたちほどではなかったので疲労は比較して少なく済んだ。

 だが怒る資格はない。自分はもっとひどい被害を出した。リッシュは歯噛みをしてこらえる。

 フレスをベッドに担ぎ込んだあと、リッシュはザメルの部屋に戻った。


「軍師殿にお休みいただきました。眠っていらっしゃいます。エカルも休んでいます」


 そう報告したが、ザメルは短く「おう」とだけ言って、「下がれ」とは言わなかった。じっと何かをこらえて、考えている様子だった。

 フレスたちがこの問題にかかっている間に、ザメルは拠点を奪還に来たロンシャロン軍を迎撃し、追い払ってその後始末もしている。一人だけ楽をしているなどということはなかった。疲れているはずである。

 しばらく待っていると、ふとザメルが足を組み替えて、呟くように言う。


「なあよ。俺はお前のときは殴らなかったよな」

「はい」


 リッシュは答えた。エカルにも言った通り、殴られなかったのである。


「そのときよりはマシな被害だったから、あいつも同じようにして、『次はねえからな』って言えばいいと思うか?」

「それだけでは納得しないと思います。エカルも、私も」

「だろうな。俺もそう思う。お前は一応ロンシャロンを倒すためにやったことだって思えるが、あいつはそうじゃねえ」

「はい」


 やはり失敗の理由となった動機が違いすぎる。リッシュも頷いた。


「俺だって、厨房にちょっと行って晩飯の肉をつまみ食いしたとかだったら、ゲンコツで済ませるぜ? だがよう、これは話が違いすぎるじゃねえか」

「はい」

「俺の兄弟はバカばっかりだな。まあ、俺が悪いのかもしれねえ。ちゃんと言って聞かせられねえ俺の能力不足なのかもしれねえ」

「いえ……」


 リッシュは否定しようとしたが、無理だった。ザメルが声をかぶせる。


「気を遣わなくていい、わかってるから。もうどうすりゃいいのか俺にはわからん。お手上げだ。ククランのやつが起きたら、そのまま天幕に寝かせとけ。俺はもうわからんから、フレスが起きてから任せる。もういいぞ、下がってフレスを護衛してろ」

「は、はい。わかりました」


 リッシュは引き下がった。ザメルは完全に呆れていた。怒りを完全に通り越していた。扉を閉めてから、思わずつぶやく。


「馬鹿な奴だ、ククランめ」


 どのような恐ろしい罰が下されるのか、リッシュは恐怖半分、興味半分になりながらフレスのいる部屋に向かう。

 赤痢かも知れないと聞いたエカルは、「自分が感染したら放っておいてくれ。すぐに殺して燃やしてくれ」と言っていた。それほどの決意だったし、伝染病の恐ろしさを知っているからこその発言だったはずだ。

 フレスも「最悪の場合はこの拠点を放棄することも視野に入れています」と言い、「その場合、感染した人を見捨てざるを得ないかもしれません。濃厚接触者である私も当然、見捨てられるべきです」とまで吐き出していた。彼にとってそれがどれほどの苦渋の決断であるのか。リッシュには想像もできない。

 そこまでのことだったのだ。もし、あの汚染された食料が見つかっていないままだったら、実際に拠点が放棄されていた可能性さえある。


「ちゃんと謝罪に来るのかどうか、そのときは便所掃除と土下座を要求してもやつは反論できまいな」


 冗談を一人で呟いてみたが、まったく面白くなかった。気分は晴れない。

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