23.盗賊団
ムスクへの説明の主な部分は、現在の状況の確認と国境付近への派兵のことについてだった。
「当たり前だが、空を飛んでくるのはネルカ殿くらいだ。他の大勢の官僚は徒歩か馬、金があるなら馬車というところだろう。そこでまさか我が領の盗賊に襲われましたというのではどうしようもない。ネルカ殿の時はリッシュが止めてくれたが、あれも本来は未然に防ぐべきであって、責められるべきことだった。だから、ムスク将軍には多少の時間と金をかけても盗賊たちを壊滅に追い込んでもらわなければならない」
「責任重大ですな……敵の情報はあるのですか?」
うむ、とフレスは頷いて資料を指さす。
「かなり大きめの盗賊団だと予想されている。おそらく五十人は下らないだろう。下手をすると百人以上いるかもしれん。実際、殺害されている商人も少なからずいるし、塩の転売を個人で行おうとした者を襲っているようだ。逆に、食い詰めた者たちを吸収して規模が大きくなっているともいえる」
「それほどの規模だと、周辺地域に迷惑がかかっているのではありませんか。商人たちも討伐しようとはしていないのですか?」
「傭兵たちはそんな命の危険を冒さないのだ。正直に言うと、本当ならこういった盗賊団は力任せに討伐するより降伏させてきちんと逮捕したい。なぜなら、周辺の人々がやむにやまれぬ事情で参加しているといったこともありえるからだ。だが、今回は緊急だから仕方がないし、なるべく殺すなという命令も出しづらい。兵士たちが殺さないために剣を引いて、敵の反撃で自分たちが死んだというのでは話にならない。ムスク将軍、どうすべきかな」
問われて、ムスクは淡々と答えた。
「盗賊は『死の森』へ追い込みましょうか。矢で追い込んで、捕らえられませんか」
「森の奥へ入るつもりか? 危険すぎる」
フレスは困惑する。
ポプリ領、ルシアン領、オルガリア領の外側に広がっている森や海は、『死の森』『死の海』と呼ばれる。そこへ行くことは不可能であるとされていた。行けば死ぬからである。したがって、『魔界』とは現在のポプリ領、ルシアン領、オルガリア領のみを指している。
なぜその森や海に入ると死ぬのかということはまるでわかっていない。歴史上、この地域や海域の開発や探索は何度も試みられてきたのだが、一度も成功していない。多数の犠牲者を出しただけだ。死者の体を持ち帰って調べるということもされてきたが、全く死因もわからないままであった。
また人は死ぬが、植物や小動物や虫などは平然と死の森と魔界を行き来する。なぜ人だけがだめなのか、研究されてはいるが、成果は出ていない。
魂を何かに吸い取られた、というしかない。足をそこに踏み入れた者は即時に昏倒し、死ぬ。
『魔界』とは何で、『死の森』には何があるのか、何もわからない。だがそれを利用することはできる。
「兵士たちの命をかけるような博打はできない」
「ですが、軍師殿。この手の盗賊たちは我々が『死の森』へ近づけないことを知っていてここに潜んでいるのです。彼らはギリギリの境界を知っていますからな。その付近の限界まで下がって、我々が折れるのを待てばいい。昔から無法者たちはそうしてきたのです」
「うむ、それは知っている」
フレスは腕組みをして、それから顎のあたりを右手で触った。
「だが、逃がすわけにはいかない。かといって『死の森』を焼き払う、というのはリスクが大きすぎる。うまく全員を誘い出すか、本拠地を吐かせられればいいのだが」
「難しい問題ですな。単純に考えれば陽動しかありませんが」
「どんなにおいしそうな集団がいたとて、盗賊団が全軍で出るようなことはないだろう」
「ですな。全軍でかかりたくなるような、とんでもなく上質で、大勢で、金を持っていそうな集団がいれば、そしてその情報が不自然なく盗賊団にもたらされれば、話は違うかもしれませんが」
ムスクはそう言い、「どこかのお貴族など、近くを通るとか。そういう予定はないものですかな」と訊ねてきたのだが、フレスは手を差し出した。
「ムスク将軍。その集団に二つだけ心当たりがある」
「ほう、二つも! それなら陽動は容易です」
「だが、君の肩に全軍の未来がかかる。一つはポプリ様だ。ルシアン卿との同盟のために、どうしてもポプリ様本人が近くに行かねばならない。しかも、たった二週間後の話だ」
ウッ、とムスクは息をのんだ。軍師殿は何を言っているのか、とも思った。
「主君を盗賊退治の囮に使われるおつもりですか!」
思っただけではなくて、実際に声に出ていた。彼は不器用で、率直な男であった。
大声に気づいたのか、机に突っ伏したままのリッシュが顔を上げて、しかし「ああ」といった調子で再び机に体を預ける。何も言わなかった。
焦っているムスクにフレスが答える。
「だが他の商人集団はいつも護衛を付けているし、今さらだろう。他の有力貴族は我々の都合を聞いてくれるとも思えん。ポプリ様が来られる、となれば当然盗賊団も黙っていない。露骨に焦って沈黙するか、好機と見て全軍出てくるかのどちらかだろう」
「博打は打てないとおっしゃったでしょう」
「もちろんだ。だが、ポプリ様がそこを通ることは確かで、根拠のある情報だということだ。情報に聡い者ならこれを知っていても不思議ではないし、国境近い町や村なら『近々ポプリ様が来られる』とうわさが流れても不思議でもない」
「む、むう。とすれば、どのようにされるのですか? 前回のように五百名を連れて巡察を兼ねるのですかな」
ルシアンとの模擬戦をしたときのように、ポプリを完全警備するという選択肢もある。そのまま盗賊団をポプリ指揮のもとに壊滅させるという手もないことはない。だがその場合、盗賊たちは『死の森』近くに隠れて大勢が生き延びてしまうだろう。
「いや、これが難しいところなのだがポプリ様は調印式の直前まで厳重に警備する。その前に少人数で調印場所となる橋を下見に行かれる、という段取りだ。そのときの護衛は三十名程度でいいだろう」
「足りません。敵は五十名以上、最悪百名を想定しているのでしょう?」
「だからだ。敵は全軍を出してもポプリ様を捕らえようと考えるだろう。もし、この下見計画を知っていたのならな」
フレスがそう言って、地図を指で示す。襲撃されるであろう場所もあらかじめ想定されていたのだ。
ムスクの見たところでは、確かに敵の首領がその下見を知っていたのなら、ここで襲いたくなるだろうなという地点であった。数の利を生かしやすい広い草原で、森から飛び出しての奇襲が利きやすそうだ。
「しかし、ポプリ様にもしも万一のことがあれば、どうされるのですか」
「それはない。下見に行くのはポプリ様ではなくて、エカル殿だからだ」
エカルというのは、リッシュと同じく最古参で内戦を戦ってきた女性兵士の名だった。
「ああ、影武者ですか!」
ムスクは納得して、手を打った。エカルはかなり小柄で、ポプリと並んでもそれほど差はないはずである。その上彼女の得意とする武器はかなり長めのダガーナイフで、持っていても護身用の武器として違和感がない。もちろん、隠すこともできる。
「彼女にはギリギリまで無力なポプリ様を演じてもらう。それが実行できるかどうかは怪しいところもあるが」
「まあ、エカルは私も知っていますが。ポプリ様を演じられるような人材ではないと思いますが……」
「遠目にそれっぽく見えれば大丈夫だろう。それより問題は三十名の手勢で百名の盗賊を返り討ちにできるかだ。精鋭をそろえれば不可能でもないが、圧倒すれば敵はすぐに逃げ出してしまう。ギリギリの接戦を演じるか、それともさらに敵の裏をかいて一網打尽にするか。本来ならもっと情報を集めるべきだが、あと二週間しかない。いや、日数としては十日が限度だ」
「むむぅ」
いくら三十名を最精鋭で固めても、そのままぶつかれば死傷者がでるのは避けられないだろう。いかにポプリ軍が最強といえども盗賊団も甘く見ていい相手ではない。最大で三倍もの戦力差を見越す必要があるのだ。
「これがまず一つ目の心当たりだ」
「わかりました。では、二つ目の心当たりとは?」
「そちらは君も思い当たっていると思うが、近々やってくる二百名のルシアン軍の官僚だ。彼らはまず間違いなく生活費や身の回りの品々を持ってくるだろうし、その中には計算機や時計といった高額なものもあるだろう。盗賊たちも狙うはずだ」
「なるほど、しかしそちらは絶対に狙われるわけにはいきませんな。というより、その被害を防ぐために我々が出撃するのですから」
こちらは影武者も使えない。つまり、最初の作戦で全てを決める必要がある。
だがその森の地形はおそらく盗賊団側が熟知している。これでは伏兵は使えないし、増援を呼べばその瞬間に盗賊たちは撤退してしまうだろう。
「うむむ、もしこれが失敗したら、全軍で森の中を掃討する必要が出ますな」
「それは無理だ。我が軍では森の中を動き回り、卑怯な戦術を厭わない盗賊団をたたき出すことができない。奴らのねぐらを抑えられれば別だが」
歴史的に見ても、いわゆるゲリラ戦術をとる敵を正規軍が有効に打破した事例は少ない。かつて自分たちがロンシャロン軍を相手にやっていたことを盗賊団にされているのだ。だからこそ、フレスにはこの任務の難しさがよくわかっている。
「まあ、誰かひとりでも殺さずに捕らえられればねぐらの場所を吐かせられるかもしれん。そうなれば彼らの拠点を潰せる。しばらくの間は活動できなくなるだろう。それが最低限度の目標となる」
「なるほど。それなら」
「欲を言えば全軍その場で壊滅させたいが、無理だろう」
「ですな……妙案が浮かべばお伝えします」
ムスクは目を閉じて深く息を吐いた。兵士たちの命を預かる立場として、責任を感じているのだろうか。彼はもともと下士官だったが、一気に大将軍の立場になって重圧に慣れていない。
「では、次の議題にいこうと言いたいところだが、少し待ってくれ。資料が間違っているな」
目を落としていた資料のミスに気付いたのか、フレスが話を中断してペンを取り出した。別の資料を参照しながら、訂正をすすめていく。しばらくかかりそうだった。
「真面目ですね。そんな資料、軍師殿しか見てないんですから間違ってたって大丈夫ですよ」
少し元気を取り戻したのか、リッシュがそんなことを言い出す。
「たとえ今はそうであっても、あとから誰かが見返すかもしれないだろう。きちんとしておくにこしたことはない」
「そんなもんですかね」
リッシュは足まで組んで、少し退屈そうにフレスの作業を見守った。
一方ムスクは何かに気づいたように、リッシュの顔を見やる。そして少し慎重に声をかけた。
「もし、リッシュ殿」
「どうかされたか、大将軍」
リッシュは気負いもなく軽く答えた。
「もしエカルが嫌だと言ったらと心配されているのか? あいつを説得するのは私の手には負えないから、そのときはあきらめてくれ」
「いや、それではなくて。その、リッシュ殿は軍師殿をえらく信頼されておりますな。先ほど、軍師殿はポプリ様を囮に使われるようなことをおっしゃったのに、平然としておられた。なぜそこまで信頼できるのですかな」
「なぜって。あぁ、ムスク将軍はあとから参加したから、あのことを知らんのですか。私の糞まで軍師殿が処理した話を」
「な、なに? 糞? 糞とはあの糞ですか?」
突然意味不明の単語が出てきたように、ムスクは混乱しきった。
「じゃあちょっと話していいですかね、軍師殿。減るものでもないでしょう」
リッシュは話をする前に、なぜかフレスの許可をとろうとする。問われたフレスは「君がいいなら」と応じた。
ムスクは何か嫌な予感がしたが、自分から話を振った手前、「もういいです」とは言えない。リッシュは足を組んだまま、「もう何年になるんでしたっけか」と天井あたりに視線をさまよわせながらも話を始めてしまった。




