2.軍師が軍師になった理由
敗れたロンシャロンは民衆を不幸にしたが、決して無能ではなかった。
多くの恨みを買いながらも組織は最後まで保たれていたし、戦術にも一理があった。最後にフレスの策にまんまとかかったように見えるのは、結果でしかない。彼らからすれば、ザメルという敵の首領が寡兵で突撃してきたのだから、そちらに集中攻撃をするのは当然だった。ザメルたちが想定以上に粘り強く戦ったので、陽動に引っかかったように見えるだけだ。普通の相手なら、間違いなく妥当な判断であった。
しかしザメル軍は知能よりも武力に特化したような、荒くれの集まりであった。兵士たちの練度も高く、士気が凄まじい。何よりも首魁であるザメル自身の圧倒的な破壊力があり、それが運命を分けた。
最後の戦いではこれが噛み合って結果を出せたが、特にフレスの知略が優れているというわけではない。
フレス自身は、本気でそう思っていた。
思い返してみても、最初からそうだった。ザメル軍へ参加したときから、ずっと自分の知略など大したことがないと。
彼はもともと、ロンシャロン軍に徴用された一兵卒に過ぎなかった。強制的な徴兵だったが、その前から圧政と徴税によって貧民窟での生活を強いられていた。その時期のことは思い出したくもない。徴用されたことで飢餓からやっと逃れられたともいえる。
ロンシャロン軍では輜重部隊に配置されていたが、ザメルが仲間たち十数名と決起した際に真っ先に襲撃を受けた。護衛部隊もなかったのでたちまち運んでいた物資のすべてを鹵獲されたのだが、捕虜となったフレスたちの前で、ザメルたちは荷物の扱いについて困り始めたのである。
「食い物が手に入ったのはいいが、これをどこに置いとけばいいんだ? 俺たちが運ぶのか、どうやって?」
「武器もあります、ザメル様。しかし、全員が背負ってもまだ余りますが、捨てていきますか?」
などといった相談を、フレスの目の前でやり始め、しかも一時間以上話し込んでもまだ結論が出ない有様だった。
比較的冷静に提案をしている人物もいるようだが、大柄な首魁らしき人物に反論されて、たじたじになっている始末。
「確かに想定より物資が多いけど。使える分だけ持ち帰ればいいですよ、余計な荷物を増やしたくない」
「待てよ、そんなのもったいない。無理してでも運ぼうぜ! 後で何かに使えるだろ!」
彼らは圧倒的な武力を持っていたため、抵抗する力もない輜重部隊とは戦闘にもならなかった。もともと士気が高いわけでもないフレスたちは、襲撃と彼らの力に気づいた時点で両手をあげて降参したくらいだった。そのため部隊の人員は数人の見張りをつけられた程度で、拘束さえされずに放置されている。
このあと殺されるかもしれないな、とフレスは考えていたが、一時間も話し込んだ挙句に自分たちの処遇について全く話題にでない。緊張はいつしか緩んで、どうでもいいから早く終わらないかとさえ思えたし、話の進まなさに疲れてきさえした。
だから、思わず口を出してしまったのだ。
「差し出がましいようですが、これほどの物資を、あなた方だけで持ち運ぶことはできないでしょう。まずは拠点を確保するか、隠し場所を探されたほうがいいかと思います」
「ん? おう、そんなことはわかってんだがよ」
と、フレスの声に当然のように彼らは答えた。さらに続けて、彼らの内部事情まで暴露し始める。
「だが俺たちはまだ立ち上がったところでよ。金も武器もなんもねえからな、とりあえず奪えそうなモンを奪ったが、うまくいきすぎちまった。こんなもんを持ってたら戦えねえしよ、かといって捨てていくのも惜しいしよ」
「立ち上がったというと、ロンシャロン軍と戦うおつもりですか?」
「まあな。俺たちはただの飲んだくれのクズだが、罪もない人たちが、奴らに苦しめられてるとあっちゃほっておけん。なんとかせねばと考えた結果よ」
短絡的だな、とフレスは思う。一方、義憤であるとも感じた。単純に、理由をでっちあげて軍隊から物資を奪う言い訳にしているというものではないと思えたのである。
だが今、彼らに必要なものは、十数名が拠点にできるような場所だった。
「それなら、まずはこの先にある中継所を襲撃するべきでしょう」
フレスは自分たちが物資を届けるはずだった場所のことを口にした。
「ほう、そこを襲うとどうなる?」
口をはさんだのは、筋骨隆々の巨漢だった。彼は頭目のザメルと名乗り、フレスの言葉に興味を示している。
「長距離の輸送で使うものです。途中で休むための停泊所のようになっています。そこを制圧すれば、ひとまずはこれらの物資を保存できますし、屋根の下で休むこともできます。道中は、我々の衣服をまとっていけばロンシャロンの兵士たちに怪しまれはしませんし、輸送の経路に沿って進軍すれば、しばらくはあなたたちの決起を悟られないでしょう。彼らが本格的な対策をとらないうちに勢力を確立し、支配地域を作れば、ロンシャロン軍に対抗することも可能だと考えます」
フレスの提案は、誰にでも考えつくようなものだった。
だが、ザメルは膝を打って、「ほう!」と声まで上げる。
「素晴らしいな。おい、言ってることはあんまりよくわからねえが、とにかくお前らの服を借りて、この道沿いに行けばいいって言うんだな?」
「だいたい、そのとおりです。見たところ、みなさんは非常に屈強で、精鋭の戦士。ロンシャロン軍と兵の数が同じなら、決して負けはしないでしょう」
何の気はなく、ただ媚びを売るようなお世辞だったが、フレスの言葉は、ザメルたちをえらく上機嫌にさせた。
「わかっているじゃないか! おい、見たか。こんなところに俺たちの足りねえ頭を補ってくれる天才がいたぞ。こりゃ天からの贈り物だ、天が俺たちにロンシャロンを倒せって言ってるんだぜ!」
とりわけ、ザメルの喜びようは半端ではなかった。大仰にフレスの肩をバンバンと叩いて、ついには顔を近づけて、名前まで聞きだされた。そして、最終的には、
「よし、フレス! お前は今日から俺らの軍師だ! 俺らは今日から改めてロンシャロン打倒を誓うぜ! たった今から、ここにいるやつら全員、血を分けた兄弟だぜ!」
などと本気で叫んでいたのだった。
そして今、ロンシャロンは倒された。これを果たしたザメルがこの地を統治するのが当然の流れだったが、彼はあっさりと引退を決めてしまった。
自分の役割はロンシャロンを打倒するところまでで、あとは娘に任せて隠居というのではあまりにも無責任だ。だが、彼が広い土地を統治することができるような性格ではないということは、フレスも知っている。あまりにも直情的で、短絡的な彼では為政者にはなれない。それなら、何も知らないポプリのほうが可能性がある。重税と戦争によって傷ついた人々に癒しを与えられるかもしれない。
他にもいろいろと言いたいことはあった。山のようにある。圧政を敷いたロンシャロン。それを倒したザメル。それを補佐した自分と、大勢の仲間たち。これからどうしていくべきなのか。
それらを飲み込み、すべきことを整理している間に、ポプリの方が先に口を開いた。
「色々話すことがあると思いますが、先にコロンも中に入れてよろしいですか? 実は連れてきているのです」
と言われ、フレスは頷いた。
コロンというのは、ポプリの数少ない友人だった。彼女よりは年上で、大人の女性である。何かを特に勉強したとか、知識をつけているという話は聞かない。
それでも話が通じる方ではある。少なくともザメルと同じように直情的、短絡的な者が多いフレスの配下、下士官たちに比べれば。
ポプリが扉の外へ声をかけると、すぐに部屋の中へ一人の女が入ってきた。ポプリよりは背が高いが、フレスには及ばない。赤い髪を二つに分けてまとめ、やや粗末な綿のドレスを着た大人の女だった。
「お久しぶりです、フレス殿」
「ええ、コロン殿。健勝そうで何よりです。どうしてこちらへ?」
コロンは軍属でもなければ、政治的な立場をもっているわけでもない。ロンシャロンを打倒したとはいえ、まだまだ完全に落ち着いたとはいえないのに、友達をわざわざここへ呼ぶ意味はない。それがわからないほど、コロンは愚かでもないはずだった。
「いえ、それが。私にも解せないのですが、ザメル様は私を宰相にするといって、こちらへ呼ばれました。ポプリ様を補佐してくれと」
「宰相ですか?」
「はい」
「政治などの御経験があるのですか?」
「いえ、全く」
コロンは首を振った。そうだろうなとフレスも思う。
ザメルは何を考えてコロンを宰相にするなどと言ったのだろうか。宰相という役職を王の遊び相手程度のものだと考えているのか、あるいはコロン以上の知能を持った者を思いつかなかったのか。フレスにはどちらかわからなかった。
実は、前者の方がまだ救いがあった。まだほかにも、まともな立案やデスクワークの出来るものがいる可能性が残る。しかし、後者であるならどうにも絶望的だ。ほとんどすべての政治的判断と、財政をこの三人で取り仕切らねばならなくなる。
兵士たちの中から誰か、昇任させるということも一瞬考えた。その場合は数少ない有能な人材を抜かれたことで、軍の統率が崩壊しかねない。今はまだ無理だ。このままいくしかなかった。
「わかりました。問題は山積していますが……」
「はい、そうですよね。急にこうなって、私もポプリ様も不安なんです。その、どうしたらいいんですか?」
率直に、コロンは内心を暴露した。
「何も、本当になにもわからないんです。何があるんですか? 何をすればいいんですか?」
「正直に言うと私も同じなんです。何もわかりません」
ポプリもそれに同調して、二人で「何もわからない」と繰り返す。問われたフレスとしても、本格的な政治などまるで未経験であった。これまでザメル軍として占領下とした村や町から食料や水などを提供してもらった、あるいはそこの代表者の軽い相談にのったというくらいしかない。
「私も似たようなものです」
フレスも素直に認める。ここは偉ぶっても仕方がないし、先人ぶって教えられることもほとんどなかった。
「しかしながら、我々でどうにかしていくしかありません。ポプリ様は……」
少し言いよどむ。まずは本人の意向を確認したかったが、それさえも負担に感じるだろうかと思ったからだ。
だがポプリは自信がなさそうにしながらも、まっすぐにフレスの目を見た。
「なんでしょうか、あなたが頼りなんです。何でも聞いてください」
「ええ。ポプリ様は、これから我々の手で長期的な政権を保っていこうとお考えですか?」
「え、えっと……。どういうことです?」
戸惑ってしまった。少し噛み砕いた説明が必要そうだ。フレスは少し笑って、ゆったりと話した。
「我々はまず、政治に関してはシロウトです。ですが、城には多くの資料が残されていますし、ロンシャロン支配下で実際に政治を行っていた者も全員が死んだわけではありませんし、中にはポプリ様に力を貸してくれる者もいるでしょう。これらから学んで、我々の手で少しずつ良い政治を行っていくことができます」
「かもしれませんね。実際、とても不安ですけれど」
「しかし、それは付け焼刃であるともいえます。それなら在野にいるであろう、しっかりとした目標や行動計画をもって政治を行いたいという者たちに任せた方がいいかもしれません。シロウトの我々がするよりも、そのほうが民衆が喜ぶ可能性もあります」
「ああ」
ポプリは納得したように頷いた。
「領内にも貴族が残っているでしょうし、そうした人は経済や政治に慣れていますよね。お任せしていいということですか?」
「それを決めるのは」
フレスは少し力を込めてそこで言葉を切り、右手をポプリに向けた。
「ポプリ様ご自身です。ただし、ロンシャロンのような悪政を再び繰り返されては民衆が苦しみます」
「というと、どうしたらいいのか……」
「つまり、私の考えとしては」
自分の考えを、フレスは話していく。
本来的には、彼は逃げ出したかった。自分の浅知恵が通用するような段階は過ぎているし、金や権力と欲望が交錯する政治の世界は全く未知のものだった。何をやっても失敗するのではないか、という不安がのしかかっている。
だがそれでも、この期に及んでもなお民衆を食い物にしようという悪人にこの立場を任せるわけにはいかなかった。
ザメルや自分、そしてその部下たちが、命をかけてつかみとったこの一時の平和。これを打ち崩すことは避けたい。自然とポプリへ話す内容や口調に、熱がこもった。
「ポプリ様がそう望むのであれば、誰か他のものに政権を譲り渡してゆったりと暮らすということもかまわないと思います。ですが、せっかく多くの部下たちが命をかけてつかんだ平和です。すぐにまた圧政が繰り返されるようなことがあっては、死んだ者たちに何と言えばいいか」
「だから、きちんとした者を選ばないといけないということですよね?」
「それを見極めなければなりません。すぐさまここで手を挙げて『私たちが代わりになんでもやってあげましょう』というような者は信用がおけません」
「むう」
ポプリは唸って、両手で頭を抱えている。
「いずれにせよ、有能な者に領内の政治を任せられるように、我々は準備をしなくてはならないということです。そして、その者が領民たちを幸福にするために十分な能力を発揮できるように、我々は領地を復興させていかねばなりません」
「しかし」
横で見ていたコロンが口をはさんだ。
「どうせすぐに権力を譲り渡すのなら、そんなに頑張ってやることもないのではありませんか?」
「とんでもない!」
なんてことを言っているのかと、首を振ってフレスが拒んだ。
「だからこそです。権力移譲をスムーズに行うということは、大変なことなんです。気づいておられないかもしれませんが、権力を譲った相手が、我々を逮捕して処刑するということも十分にありえます」
「そんな?」
コロンが目を丸くしている。
「歴史を紐解けば、政権交代の後は確実に前政権の有力者は粛清されています。そうさせないために、スムーズに権力を譲り渡す用意を作ることは必要なのです。少なくともポプリ様を前任者として尊敬して、たててくれるような穏健さと有能さを併せ持って、民衆をいじめない人物を探すこと。そしてその方と方向性を同じくする政治を前もってしておくことが肝要です! いかに有能な人物であっても、いえ有能だからこそ無能な前任者を生かしておいては災いの種になると考えるかもしれません」
考えすぎかもしれない。そのような穏健な人物であれば、『何もわからなかった子供のやったこと』として見逃してくれるかもしれない。
それでも、フレスはポプリを守るためにできるだけのことをすべきだと考えている。
「それに、民衆はロンシャロンが倒されたことを知っています。まさに我々に期待されている状況です。ここで間違った手段をとれば、『所詮は無頼者の集団だった』とか、『圧政が変わらなかった』とか思われてしまいますし、困窮している人々にとっては一刻を争う状況です。そんなに頑張ってやることもない、などとは言えません」
「それはそうですが。いずれにしても、私たちはここにいても、今日のご飯の用意もどうしていいのかわからない有様です」
確かに。フレスはその言葉にも納得した。
城にいても、ポプリのぶんの夕食など誰も用意しないだろう。命令しない限りは。
政治の前にまず自分たちの生活をどうにかしなければならない。
「それはどうにかしましょう。ザメル様の軍勢はその威容をまだ保っています。私の命令も聞いてくれるでしょう。食糧もあります」
「助かります」
コロンも胸をなでおろしている。
「ザメル様がくれていた当座の生活資金も、手を付けていいのか迷っていたんです」
そう言われて『さすがのザメルもそこまで無責任ではなかったか』とフレスは思った。コロンを呼んだのは宰相をやらせるというより、ポプリの面倒をみてもらう大人が必要だったからかもしれない。
「ともかく、当面は我々が政治を行うしかありません。有能な適任者がいないかは探しますが、すぐには見つからないでしょう。まずすぐに、ポプリ様にどうしても決めていただきたいことがあります」
どうにかしなくては、と考えながらフレスは問いかける。
ポプリが頷くのを待ってから、彼は続きを話す。
「ロンシャロンが倒れた今、残りの二人の三貴族たちと、どのように向き合うかです」
端的に言えば、外交のことについてだ。こればかりは勢力全体の方針なので、フレスが勝手に決めるわけにはいかなかった。
「三貴族、というと?」
ポプリは首を傾げた。
さすがにこの質問にはコロンが答える。彼女も常識的なことくらいは知っていた。
「三貴族というのは、この魔界の三分の一以上を制圧して支配下に置いている人のことです。つまりロンシャロンとルシアン、そしてオルガリアのことです。少し前までは、ですが」
ロンシャロンは倒れた。したがって、すでに三貴族ではなくなっている。
フレスはその後を引き継いで説明した。
「ルシアンもオルガリアも、先の戦いの中でロンシャロンに援軍を出すような気配はありませんでした。彼らにとっては、ロンシャロンがつぶれてくれた方が都合がよかったのでしょう。実は我々も、ルシアンとは交渉を打診したことがあります」
「そうなのですか。では、味方についてくれるのですか?」
ポプリが期待した表情で見上げてくるが、現実は甘くはなかった。
「残念ですが、交渉自体が断られています。ルシアン卿はおそらく、我々にもロンシャロンにも支援を行わないという方針をとったのでしょう」
「というと、高みの見物でしたか」
コロンはそれを聞いて、そんな感想を漏らす。フレスは軽く笑って話を続ける。
「三貴族として、理解できる対応です。我々もロンシャロンがやっていたようにこの地に重い税金をかけ、物資の徴発を繰り返せば他の土地に攻め入れるほどの兵力や軍力が手に入ってしまう。様子を見るのは普通の反応です」
「ルシアンもオルガリアも、今は敵でも味方でもないということですか」
ポプリは確かめるようにそう口にした。
これに頷いて、フレスは話を付け足す。
「ですが悲観的になる必要もありません。これまで、ルシアンは対外政策に消極的です。彼女の治世は非常に安定していて、侵略などせずとも経済が発展し続けていますし、物資も豊かになっています。他の二貴族との争いもすべて守勢に徹していて、領土拡大を狙っていないことが明確です。オルガリアについても、計算高い性格で有名です。戦後の混乱にこれから差し掛かるといえども、我が軍は圧倒的な勝利で勢いづいています。この状態で私たちに挑んでくるような愚を彼は犯さないでしょう。偵察はしてくるかもしれませんが、直接的な侵略はないと思います」
「あなたがそう言ってくれると、少し安心できます」
ポプリは遠慮もなく、「ふう」と大きな息を吐いた。
「するとつまりポプリ様は、どのようにすればいいんですか?」
傍で聞いていたコロンがフレスに訊き返した。
「それはポプリ様のお心次第です。私はザメル様に指名された軍師であって、指導者ではありません。領土拡大をお求めになるのか、閉じこもるのか、我が領の方向性はポプリ様が決めるしかないのです。たとえすぐに身を引くおつもりであっても、一時的な領主であっても、これは変わらないことです」
ポプリはこれを聞いて、少し怖くなったのか身をよじった。が、すぐに背を伸ばして考えを口にする。
「まだ何もわかりませんが、とにかくこれ以上の戦争はしたくありません」
窓の外にふと目をやって、見下ろす。まだ城の内外には負傷した兵士たちがいる。包帯を巻いたまま働いている兵士も数多い。
「この戦いでどれほどの人が亡くなったのか、私には想像もつきません。愚かな戦争はこれでもう終わりにしたいです。そのように方針を決めてくれませんか」
フレスはしっかりと頷いた。
「御英断です。ポプリ様には名君の素質があられます」
内心で安堵のため息をつきながら、彼は答えていた。
「まずはルシアンとオルガリアの両名に、使いを送りましょう。ルシアンとは交渉を断られていますが、以前とは状況が変わっています。それに、我々の意向を伝えるだけでも、価値があります」
「しかし、オルガリアは計算高い策謀家なのでしょう? 何かの策略に利用されるとかはないのですか」
コロンは少し心配そうな声を上げる。当然の懸念だが、それでもフレスは引かない。
「もちろんその可能性はありますが、無駄にはなりません。これ以上の戦火を望んでいないのだとポプリ様が内外に示されれば、皆が落ち着けますし、何より領民を安心させられます」
「はい、そうなることを期待します」
ポプリも頷き、それから口元に手をやって困ったように眉を寄せた。
「ただ口で伝えてもだめでしょう、手紙を用意したほうがいいですよね。あまり字は得意でないのですが」
「ポプリ様は署名をするだけでかまいません。代書人はいませんが、部下の中に達筆な者がいます。文面もこういった場合のお決まりの文句があるはずですから、城の中を探して過去のやりとりを探しましょう」
「あ、ありがとう。あなたは頼りになりますね」
フレスの言葉に、ポプリは肩の力を抜いて大きく息を吐く。背負っていた荷物が軽くなったような、安心した表情だった。
「ポプリ様の統治はこれからです。それより、手紙を届ける方法を模索しないといけません。コロン様、まずは城下にいる行商人たちにコンタクトをとってくださいますか?」
「わかりました。やってみましょう。手紙を届ける方法も探してみます」
コロンも気負っているのか、やる気を出しているようだった。
「他に何かありますか?」
そう言った微笑んだコロンに、ポプリは「そうですね」と顎の先に指をあてる。
「私、気にしてることがあるんです」
「なんでしょうか」
フレスは努めて優しく訊ねた。ポプリは彼に目を向けて、ふわりと触角を揺らす。
「あの、何年か前までは今の時期にお祭りがあったと思うんです。ちょっと、どこの町か村か、記憶はちょっと薄れていますけれど」
「祭りというと。ああ、収穫祭ですね」
コロンが手を打った。
「楽しかったですよね。露店がたくさん並んで、いろんな人が集まって。大道芸をする人もいたんですよ、びっくりするような……カードで鉄を切ったり、壁の中から消えたり、そんなことを見せてくれました。手作りのアクセサリーを売る人もいましたねえ」
「はい。食べ物がたくさん売られていたのを覚えています。甘い匂いがしていましたね」
フレスも思い出話にのっていく。収穫祭は領をあげての催しであり、特に城下では盛大に行われていた。
地の恵みに感謝し、豊作を祝う。皆が歌って踊り、食べて楽しむ。商人たちにとってはかき入れ時でもあった。
だが、今ではすっかりそれが途絶えている。ポプリはそれを指摘した。
「あれ、どうしてしなくなったんでしょうか。内戦が起きたからですか?」
フレスは直接その質問に答えず、代わりに訊き返した。
「理由は色々ありますが。ポプリ様は、収穫祭についてはどのようにお考えなのですか?」
「復活したらいいのにと思っています。すごく楽しかった覚えがあるのに、やらないなんてもったいないです。お金がない、というのはわかっていますけれど」
どこか他人事で、あくまでも希望を述べるようにポプリは言う。フレスはポンと手を叩いて、それからはっきりと投げかけた。
「ポプリ様。ポプリ様は今の我が軍の最高責任者です。我が軍の方針を決めるのは、ポプリ様であられるのです」
「そ、それはわかっています」
「やりたいことがあるなら、方針を打ち出してください。私はそれを支えますし、実現に向けて努力します。コロン様も同じです」
ポプリは「ハッ」と顔を上げて、フレスとコロンの顔を交互に見やった。
無理だと思うから言わない、ということが必ずしも正しいとは限らない。おっかなびっくりでも、言わなければ前進しない。自信がなくとも誰かが支えてくれる。
グッと唾をのんで、ポプリは両手をギュッと握る。
「じゃあ。収穫祭を来期は絶対に開きます。それで、みんなの笑った顔を見ます。これを、今期の目標としてください」
一気に言い切って、それでも不安そうにポプリが下を向きそうになる。が、それをどうにかこらえて、フレスの顔を見続ける。
彼は深く頷いて、笑ってこたえた。
「わかりました。収支も財政もそれを見据えて行いましょう。よい目標を立てられましたね」
「は、はい。そうして、ください」
ドッと疲れたように、ポプリは背もたれに寄りかかった。




