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17.名君ポプリ様

「報告書は読ませてもらいましたし、今出してもらった草案もよくできています。このまま使えそうですが、あなたを下がらせる前に抗議があります」


 翌朝の報告で、ポプリがなにやら不穏なことを言い始めた。

 オルガリア軍への手紙は草案を出したし、塩の値段についての報告書も不備はなかったはずである。何を言われるのかとフレスは身構えた。


「あなた、リッシュと一緒に大浴場に入ったそうですね」

「はい。確かに」

「何を考えているんですか!」


 ポプリが声を張り上げたが、幼いのでかわいらしいとしか思えない。だがフレスは主君を立てるために頭を下げた。

 それに言われていることは申し開きもできないまっとうなことである。軍師が自分で規律を乱したのだから当然であった。


「申し訳ありません。リッシュの他に女性はいなかったので、自分の都合を優先してしまいました」

「そんなことじゃありません。どうせ、リッシュが強引に引っ張っていったんでしょう? ファリアからもそう聞いています」

「といいますと?」


 規律を乱したことを咎められているのでないなら、何を言われようとしているのか。フレスにはわからない。コロンに目をやってみると、非常に嫌そうな顔でこちらを見ている。面倒なことをしてくれましたね、と言わんばかりの顔であった。

 それを尻目にポプリは立ち上がり、両手を腰に当てて抗議してきた。


「どうしてあなたが入れて、私は大浴場に入れないんですか!」

「そっ、それはその……」


 まさかだった。女湯に入るなというまっとうな叱責ではなく、「私も大浴場に行きたい」だったとは。


「私は一人で黙って入って、メイドたちに体をゴシゴシされるだけの、つまんないお風呂タイムなのに。あなたはリッシュと一緒に入って楽しそうにお話していたというのは、不公平ではないですか?」

「それはそうかもしれませんが」

「それに私の後は、もったいないからってコロンが使って終わりなんですよ? 燃料の無駄遣いでしょう!」


 実際には専用浴場の湯も再利用にまわされているが、大した量でもない。いちいちそのために燃料を使っているのは確かに無駄ではある。


「私も楽しく、昔みたいに誰かと一緒に入りたいです」

「そうはおっしゃいますが、ポプリ様はすでに三貴族の一角です。みんな怖がるかもしれませんし、あなたの肌は同性であっても簡単に見せていいものではなくなってしまったのです。メイドたちは別にしてですが」

「ちょっと前まで私だってそうじゃなかったんですよ? リッシュだってコロンだって私のハダカくらい見たことあるでしょう! どうして大浴場に行くくらいのことができないんですか? 子供たちと一緒に入ってほんのちょっと遊びたいだけですよ?」


 かなりすごいことを言っているが、ポプリはザメルが彼なりに大切に育ててきた娘である。子供たちの中に投げ込むのはさすがにまずい気がしたし、子供たちの方も遠慮してしまうだろう。


「それは、できません。申し訳ありませんが」

「もう、三貴族ってこんなにめんどくさいんですか」

「残念ながらそうですね」


 疲れたようにポプリは椅子に腰を落とし、深いため息をついた。


「思った以上に窮屈です。なんとかならないんですか?」

「子供たちと入るのは無理ですが、信頼できる数人だけを選定すればどうにか。コロン様、それでどうにかなりませんか」


 名指しされたコロンが頷く。


「まあ、そのくらいなら。でも、警備は増やさなといけませんし、中で守ってくれる女性兵士が必要ですよ?」

「仕方ないですね。でも、ファリアは来てくれるんでしょう?」


 ポプリは子供たちと一緒に入ることはあきらめたが、ファリアだけは諦められないようだった。


「本人に聞いてみないことには。ですが、その承諾がとれれば大丈夫でしょう」


 ファリアは大人しい方だし、分別がつく。本音を言えばリッシュがいればいいが、他の女性兵士でも十分のはずだ。


「それなら、よしとします。ただし! 今夜!」

「こ、今夜ですか?」

「そうです。これだけの条件をのんだんですから、今夜してください!」


 フレスとコロンは思わず顔を見合わせたが、「できるだろうけれど、したくない」「したくないけれど、しなければならない」という意思疎通が不思議とかなった。疲れた表情で「お互い大変だな」という視線を絡めて、ポプリに向き直る。


「わかりました。なんとかいたしましょう」

「はい。それでは、草案を清書させておきますから、下がってください。またあとで呼びます」


 にっこり笑ってポプリがそう言った。なかなかやるようになったな、とフレスは評せざるを得なかった。


「いやあ軍師殿も大変ですね」


 隣にいたリッシュがまるで他人事のように言うので、フレスは思わず彼女に命令を下した。


「君のせいだぞ。今夜ポプリ様とお風呂にいって警備する役目を命ずる」

「えっ、そんな……。今日は酒を飲んでゆっくりするつもりだったんですよ?」

「だめだ」


 ガックリするリッシュとともに部屋を出る。

 そのかわりに翌朝は遅くするつもりだから、釣り合いはとれるはずだった。だが、目の前の楽しみを奪われたショックは大きい。


「まあいいですが。それが終わったらとっておきの酒を飲みますから。もちろん、付き合ってくれるんですよね?」

「なぜもちろんなんだ?」

「明日は遅いんでしょう?」


 完全に行動パターンを読まれている。ポプリだけではなく、リッシュもやるようになっていた。フレスは軽く息を吐いて頷いた。


「わかった。そうしよう」


 色々と宿題ができてしまった。だが、今は別の仕事がある。どことなく重い気持ちでフレスは執務室に向かう。

 扉を開けると、すでにノースとファリアが机に向かっていた。


「おはよう、もう仕事をしていてくれたのか。まだいいんだよ」

「おはようございます、フレス様! これは、少しでも片づけておこうと思って」


 ノースが手を挙げて挨拶を返してくる。ファリアも書類から顔を上げて、にっこり笑ってくれる。


「おはようございます。朝ごはんをたくさん食べたら眠くなってしまって。ちょっと早いですけど仕事を始めてしまいました」

「ありがたいが、時間になってからでいいんだ。早めにしていると、どんどんそれが当たり前になってしまう。眠たいなら、少し眠ってもいい」

「気を付けます」


 言われて、ファリアはペンを置いた。

 ノースも書類から目を離して、頭を掻いている。


「……リッシュ、どうした?」


 護衛として一緒に執務室についてきたリッシュは、壁際に控えてぼんやりしているようだった。

 先ほどの残業命令がショックだったのかと思ったが、そうでもないようだ。


「いえ、この二人。何の仕事をしてるんです?」


 単純にファリアたちの仕事が気になっただけらしい。フレスは説明した。


「前に言わなかったか? 書類の計算だ。この二人は計算士なんだ」

「しかしその。始業前なんですよね。二人とちょっと話してもいいですか?」

「かまわないが」


 リッシュは興味深そうに少し眠そうなファリアに近づいて訊ねる。


「なあ、すまないが、どういう仕事をしているのか教えてくれないか? 教えてくれたらとっておきにしている私のおやつをあげよう」


 パッとファリアの顔が輝いた。


「わっ、おやつですか! いいですよ、すごく簡単な仕事なんです!」


 ノースも嬉しそうに応える。


「フレス様は、いつもほめてくださるんです」

「そうなのか。なら、さっそくおしえてくれ」


 リッシュは二人からの説明を聞いている。それを横目に、フレスは自分の机に座って仕事にとりかかった。今夜の警備計画はコロンが立て直してくれるだろうが、ファリアに事情を説明する必要もある。今はリッシュが話しているので、あとでになるが。塩値の再計算も必要だった。やることはいくらでもある。

 その脇で、リッシュは説明を聞いて困惑しているようだが、気にしている暇はない。無邪気そうなノースの声が届く。


「まずですね、こちらの書類なんですけど、ここからここまでの数を全部足していくんです。合計をここに書きます」

「ほう。いや、この数を全部か? 概数じゃなくて、本当に全部?」

「全部です。慣れたら楽ですよ」


 淡々とした声でノースの説明が続いている。


「それで、こっちの数字と同じかどうかチェックするんです」

「あ、ああ」

「この書類が出てきたら、こっちにしまってある、去年の同じ月の書類の数字を書き写して、ここからここまでの数字を全部引き算します」

「今度は引き算か?」

「そうです。それで、こっちの書類は、ここの数字を全部足してから、ここの数字と掛け算をします。それで、ここの数字と引き算してください。答えをここに書いて、フレス様にお渡しします。いらっしゃらないときはこの箱にいれておくんです」

「掛け算? 本当に掛け算か? 何桁あるんだこれは」


 驚いているリッシュをよそに、ノースは頷いた。


「だいたい、十二桁ですね。でも、最小単位で計算したほうが後で楽ですから」

「そうなのか……ちょ、ちょっとやらせてもらってもいいか?」


 リッシュは空いている客用の椅子に腰を下ろして書類の一枚と向き合ってみている。

 フレスはそれをちらりと見たが、特に何も言わない。

 そうしている間に、子供たちの始業時間の鐘の音が城下から届いた。


「それじゃ、お仕事をします」

「ああ、頼む」


 短い言葉とともに、ファリアたちは書類にペンを走らせていく。ファリアはまるで速記のように簡略化された筆算で、ノースは小さなカードを束ねたような『計算札』という器具を使って計算していく。コツコツというペン先が机をたたく音と、ノースが計算札を弾くパチパチという小さな音が時折響く。


「む、むむぅ……」


 その中でリッシュはうめき声を上げながら、数字と向き合っていた。

 気が付けば、再び城下から鐘の音が届いてくる。仕事を夢中になってしていたら、いつの間にか時間が過ぎていたらしい。


「時間だ。ノース、ファリア。手を止めてくれ。ご飯を食べてきて、それからお昼寝だ」


 と言いながら顔を上げたが、まだリッシュは客用の机で唸っていた。しかも、その前にあるのは始業時に向き合った書類である。一枚たりとも片付いていない。

 ノースとファリアも少し心配そうに彼女を見ているようだった。思わずと言ったようにファリアが口を開く。


「あ、あの。大丈夫ですよ。その書類は明日の朝までに出せばいいもので、もしできなくてもフレス様がやってくださいますから……」

「うむぅ。す、すまない。私には無理だった」


 リッシュは焦燥した様子でフラフラと立ち上がり、書類をノースに返した。


「い、いえ」

「大事な仕事を邪魔してしまったな……約束のおやつは厨房においておくから」


 などと言いながらリッシュは部屋を出ていこうとしたが、書類を渡されたノースはついでとばかりに立ったままペンをとった。その様子を見れば、パチパチと計算札を弾いてあっという間に書類を仕上げてしまい、十数秒という短さで箱に入れてしまう。


「それじゃ、ご飯を食べてきます」


 まるで何事もなかったかのように、ノースはファリアと二人で部屋を出て行ってしまった。


「軍師殿」


 部屋を出ていき損ねたリッシュは、引き返してきてフレスのところに顔を近づけてくる。


「ど、どうした」

「あの二人、めちゃくちゃ優秀じゃないですか!」

「そう言ったはずだが」

「計算士というのはそういうものなんですか?」

「ま、まあ……そうだな。君がやってくれたことの意味は分かる。子供たちを心配してくれたんだな」


 フレスはリッシュを気遣った。今回は失敗だったが、子供たちの負担を減らそうとしてくれたのだ。


「だが、難しかっただろう。計算術は訓練が必要だからな」


 そういうとリッシュはホッとしたように全身の力を抜いた。


「そうみたいですね。私には無理でした。剣を振ってきていいですか?」

「ああ、まあ。そうしてくれ」


 リッシュはうなだれたまま、部屋を出て行ってしまう。フレスはそれを見送ってから「ああ、ファリアにお風呂のことを伝えるのを忘れた」と思い出したが、もう遅かった。しかし子供たちの食事を邪魔するわけにもいかない。ひとまず自分の仕事をつづけた。

 城から出ている間に、しなければならない仕事は積みあがっていた。ファリアたちが片づけてくれてはいたが、最終的には確認が必要だ。

 とりあえず黙々と仕事を終わらせていると、ノックもなく執務室の扉がバシンと開く。そろそろ昼ご飯の時間も終わろうという頃だ。


「フレス!」


 驚いたことに、やってきたのはポプリだった。怒っているんだぞとばかりに眉を吊り上げ、いつものドレスのままでズカズカとやってくる。


「ポプリ様。どうかなさいましたか……」

「どうもこうもありません。まだファリアに今夜の都合を聞いてくれてなかったんですか! 私が直々に確認したら、何も聞いてないと言っていましたよ!」


 ドン! と机が叩かれた。

 まさかそんなに楽しみにしていたとは。フレスは己の不明を恥じたが遅かった。


「も、申し訳ありません。ファリアはなんと?」

「私が聞くわけにいかないでしょう! 断れなくなります。だから、すぐに確認してください!」


 これはそうとうなおかんむりだ。フレスはただ頭を下げて、食堂に向けて飛び出そうとしたが、ポプリは誰も連れてきていない。主君を一人にするわけにもいかなかった。リッシュがいればよかったが、彼女は剣を振りに行ってしまった。今頃は訓練所だろう。


「わかりました。しかし、ポプリ様をお一人にもできません。一緒に参りましょう」

「もちろんです」


 二人は並んで執務室を出た。

 並んでみればポプリは、やはりフレスの胸あたりまでしか背丈がない。まるで年の離れた兄妹である。

 もちろん、ポプリはプリプリと怒っていたが、それをすべて言葉にして吐き出してきている。子供のように口が止まらない。


「私が今夜と言っているのに、どうしてすぐに聞いておいてくれないんですかっ! あのくらいの年の子なんて、いつどこで誰と変な約束をしてしまうかわからないんですよ? もしも間に合わなくて、『すみません別の子とさっき約束しちゃいました』なんて言われたら、あなたはどう責任をとってくれるんですか! もう一人ファリアを連れてきてくれるんですか?」

「誠に申し訳ないと思っています」

「それはもう聞きました! 大事なのはファリアが一人しかいないということなんです! 予備を用意してください!」

「残念ながら私の力を超えています」

「そうでしょう! だったら最善を尽くしてください! こんな失態は二度と許しません!」

「おっしゃるとおりです。しかし、ずいぶんファリアのことを気に入っておられますね」


 それほど接点はなかったはずだが、と思いながらフレスは訊ねてみる。

 問われてみて、ポプリはフフンと鼻を鳴らした。


「最初はびっくりしました。コロンが突然、複雑な計算がされた書類を持ってくるようになったので。あなたはいないのに、誰がこんな計算をやっているのかと思ってみたら、あんな小さな子供たちがやってたなんて。それにあんなにかわいらしいなんて! こき使われているのかと思って、他の子供たちのところに戻そうとしたら激しく拒否されました……。あなたのところがいいと言って! フレス、いつの間にあんなに小さな子供たちを捕まえてきたんですか?」


 そういって彼女はフレスを見上げた。どことなく、ぼんやりとした目線であるが、羨望が大きく混じった目である。


「捕まえてきたわけではありません。彼女たちは私たちが入った時にはすでにこの城にいたのです」

「ああ、それは報告を受けています。コロンのまとめてくれた書類でですが。つらいことがあったみたいですね」


 ポプリも、ノースとファリアがロンシャロン政権下で虐待されながら計算士の仕事をしていたことは知っているらしい。保護されたときに餓死寸前だったことまでは知らないかもしれないが。


「ええ。ですから気を遣ってあげてください」

「遣ってますよ! だからお風呂に誘うんです」

「他の子供たちにもですよ」

「それはもちろんです。もう少しよくなればおやつの配給も……ああ、もう食堂についてしまいましたね。それじゃ、フレス。ファリアを探してきてください」


 食堂に差し掛かったところでポプリがそう言ったが、探すまでもなくちょうどファリアがノースと並んで食堂から出てくるところだった。

 フレスはそのままファリアとノースに手を挙げた。


「フレス様! どうかしたんですか?」

「休んでいるところにすまない。実は今夜、ポプリ様が大浴場を使われることになった。コロン様とリッシュ、それに君をお話し相手に望まれているのだが、都合はどうだろうか」

「お話し相手ですか? えっと、ポプリ様とお風呂に入るということですか?」

「そうなる。もちろん、嫌なら断ってくれてもかまわない」

「とんでもない!」


 ファリアは両手を振って、否定した。


「ポプリ様とは、もっとお話ししてみたかったんです。ただ私みたいなものとでは、ご身分が違いすぎると思って」

「では、了解ということで返事をしておく。詳しいことは、コロン様から連絡があると思う」

「わ、わかりました。ちょっと緊張しますけど」


 言葉通り、ファリアは早くも今から緊張しているようだった。だがノースはそんな妹を見て誇らしげだった。


「よかったじゃないか、ファリア! ポプリ様に気に入られるなんて。色々話をしておいでよ」

「うん、ありがとう」


 兄の言葉にこたえて、ファリアはなんとか笑おうとしている。

 そのときフレスの後ろからファリアの前に、ポプリが顔を突き出した。


「よかった! 断られるんじゃないかってヒヤヒヤしてました! 楽しみにしてますよ、ファリア!」

「えっ、ポプリ様!」


 ヒャア、と悲鳴を上げそうな顔でファリアがその場にひっくり返った。あまりの驚きだったのだろう。


「驚きました? 私がいたら断りづらいかと思って。でも、今日のお風呂は楽しみになりました! ではまた後で会いましょうね、ファリア」


 言いながらファリアに手を貸して立たせる。ポプリは完全に上機嫌になっていた。

 ファリアが「は、はい」とどこか力の抜けた返事をする間もなく、ウキウキで自分の部屋に戻ろうとしている。フレスはあわててそれを追いかけた。


「ファリアすまない。ノースも、またどこかで別の機会を考えるから……」


 子供たちに声をかけて、素早くポプリの隣へ進む。彼女はすでに鼻歌まで歌いそうなほどの表情である。


「ゆっくりお湯につかってあったまって、それでみんなで楽しいおしゃべりができるなんて。うーん、ジュースを持ち込んだら怒られますかね?」

「やめてください。掃除が大変です」

「冗談ですよ。でもちょっと長湯するくらいは許してくれますよね」

「ほどほどなら。ファリアがのぼせる前に出てください」

「考えておきますが。それにしても楽しみですね。ああ、でもあなたは入れませんよ。残念ですけど」

「もちろんです」


 頷いておく。いくらなんでも女湯に入り込んで話を聞こうなどとは思っていないし、女性同士の話の中身まで知ろうとは思わない。知っている方が問題になる可能性さえある。それでも知っておかねばならないような、何か重大な話がされていればリッシュが教えてくれるだろう。


「覗かないでくださいね。いくらあなたでもそれはダメです!」


 ニコニコしながらポプリは念入りにそういった。ある種の優越感に浸っているようでもあるし、女同士の内緒話ができることに期待が高まっているようでもある。フレスはその笑顔を見て、思わず口元がゆるんでしまう。


「なんです? 変な想像でもしてるんですか?」

「とんでもない。今夜は楽しんできてください」


 スキップでもしそうなポプリを隣に、それを優しく見守りながら歩くフレス。しかも、ポプリは散々に楽しそうな声でフレスに話しかけているのだ。

 これは数多くの兵士やメイドたちに目撃されることとなった。


「まあ、ポプリ様ったらあんなに嬉しそうに。何かいいことでもあったのかねえ?」

「軍師殿も大変そうだな。手のかかる妹みたいじゃないか」


 そんな声が時折聞こえてきたが、フレスは聞こえないふりを通した。ポプリは自分が話すことに精一杯で、聞こえてくる遠くの声には注意を払っていないのだろう。それなら、あえて藪をつつくこともない。


「聞いているんですか、フレス。もう約束を忘れちゃだめですよ!」

「聞いています。今後は気を付けます」


 二人は行きと同じように並んで歩いて、執務室に戻った。

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