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16.帰還した日

「ただいま戻りました。ガルチ将軍の遺骨は無事に返還し、塩の購入先も見つかりました。詳しい報告はこちらにまとめています」


 翌々日、フレスは城に戻ってポプリに報告を上げた。

 ポプリは深く椅子にかけたまま報告書を受け取り、パラパラとそれをめくって目を通した。宰相のコロンも隣からそれに目をやっている。

 ひととおり見終わって、やっと顔を上げる。


「ご苦労様でした。疲れているでしょうから、もう休んでいただいて構いません……と言いたいところですが」


 彼女は報告書をコロンに手渡し、膝の上に手を置いた。


「そういうわけにもいきません。実は、こちらからもあなたに報告と相談があります」

「はい。どのようなものでしょうか」

「まずオルガリア軍からの使者と名乗るものが、私宛てに手紙を持ってきました」

「早かったですね。もう少し時間がかかるものと思っていました」


 驚きながら、フレスはそう答える。ルシアンですら、まだ正式な返書を持ってきてはいないのである。それなのに、オルガリア軍の動きが想像以上の素早さだった。


「有翼種の方が持って来られました。返事を待って、まだ城下におられます」

「なるほど」


 納得である。オルガリア軍の拠点は山間の、かなり高い位置にある。そこから滑空して飛んできたのだろう。翼の大きい者ならこの城までたどり着くことは不可能ではない。


「その内容はお確かめになられましたか?」

「もちろんです。開封は私がしましたが、コロンと一緒に読みました。あなたも見てください」


 その指示で、コロンがきれいなお盆にのせて手紙を持ってきた。これを受け取り、慎重に開く。

 内容としては、無難なものだった。


「我が領土への侵略が、すべてガルチ将軍の独断ということにされていますね」


 申し訳なかったが、あれはオルガリア軍としての判断ではない。また、そちらもガルチ将軍を討ち取り、我が兵を降伏させてすでに軍に組み込んでいる。それを咎めない代わりに、お互いに痛み分けということにしてなかったことにしよう……といった内容が書かれている。

 ガルチ将軍の遺骨の返還には感謝しており、そのお礼に不可侵は継続するとも。


「正直に言ってしまっていいのなら」


 とコロンが口を開く。


「だいぶ、なめられてませんか? 勝手に攻めてきたのはあっちなのに、不可侵は継続するからそれで満足しろと言ってるようにしか聞こえません」

「率直に言えばその通りだと思います」


 フレスもこたえた。体裁としては無難な文章だが、実質的にはオルガリアはほとんど謝罪も賠償もしないと言っているに等しい。


「実際のところ、これは我々を試していると思います。なめているというよりは、どう切り返してくるのか見ているというのが正解でしょう」

「ではどうするのがいいのでしょうか? 不可侵を破った違約としてお金を要求するのがいいのでしょうか?」


 困った様子でポプリが言う。違約金の要求も確かにありえる選択肢の一つである。


「それもいいですね。今の我々に必要なことです。それに、収穫祭の資金にもなる。しかし、もっと要求できるはずです」

「というと?」

「人質を要求します。それも、政治のことをよく知っていて、実務の出来る人物がいい」

「それはつまり、オルガリア軍に人質を要求しておいて、その人質を我が政府に組み込むということですか? 無茶苦茶ですよ!」


 コロンが思わずといった様子で、大きな声を上げた。

 これにフレスは少し考え、自分の考えをなるべく穏健に聞こえるように言葉を選んで返す。


「こちらとしても、これで相手の出方を見るということができます」

「むっ、それはそうですが」

「我が軍はまだまだ成長途中です。すべてを見られたとしても、オルガリア軍にとっては大した価値もないでしょう。それよりも彼らが畏れているのは我が軍の精強さという一点のみ。ザメル様やリッシュのような百戦錬磨の戦士が束になって襲ってくる我が軍だけが彼らの畏れるところであり、私たちの整備している法体系や税制、財務状況など見られたところで弱点にはならないのです」

「たしかに」


 ううん、とコロンが唸った。フレスは最終的な提案をまとめる。


「つまり、違約金は少し控えめにして、その補填として優秀な人材をもらう。これをオルガリア軍に要求します」

「断られるだけでは?」


 ポプリが単純な疑問を挟んだ。確かにその心配はあるが、織り込み済みだった。


「それはそれでかまいません。オルガリア軍最強のガルチ将軍はザメル様が討ち取ってしまいました。あれ以上の攻撃をしかけるのは、オルガリア軍といえどもすぐには不可能ですから。つまり、今のところは反撃を恐れることなく強気に交渉を重ねられます」

「理屈はわかりますが、こちらから攻めることも難しいのでしょう。それなら、戦争の火種になるようなことは避けるべきでは」


 やはり心配そうな様子で、ポプリがそう言った。またしても戦争になって、お互いの領土が荒れれば、困るのは民衆なのである。

 だがフレスは譲らない。


「仕掛けてきたのはオルガリアです。ここで相手をつけあがらせると、今はよくても将来かならず火種になります。ここは前に出なければなりません」

「そうかもしれませんが。人質なんて誰が来るんでしょうか。それこそ火種になりませんか。いっそのこと、誰がほしいのか指定したほうがいいのでは?」

「そうしたいところですが、今回はせずに相手に選ばせます。もしも人質など出せないといえば、そのぶん違約金を増額するつもりです」

「ううん、そうですね……。わかりました。あなたを信じます」


 ポプリはグッと唾をのんだ。怖いけれども勇気を絞って承認した、というのがわかる。


「すみませんが少し休んだら、返事の草案をください。問題なければ清書させて、使者に渡します。あなたの報告書もゆっくり読ませてもらいますから、他に報告がなければ、今は退室してください」


 そう言われたので、フレスは辞しようとしたが、コロンが止めた。


「待ってください。あと一つだけ」

「なんでしょう」

「あの、忘れてしまっているかもしれませんが、ルシアン卿との戦いのときに兵士たちに約束してしまったことがありました」

「ああ、あの件ですね」


 そういえばそんなこともあった。フレスは座りなおして、意見を述べる。


「確かに先の模擬戦でポプリ様は『活躍した者を大将軍にする』とお約束をされました」

「そうです。あのときは咄嗟にそんなことを言ってしまいました」

「大将軍の地位と、特権として『最初に敵に突進する権利』をお約束されました」

「はい」

「私の立場としては、そういったお約束は歓迎できません。ですが、約束されたものは仕方ありません」


 コロンが資料をそっと手渡す。ちらりと目をやってみると、そこには彼女たちが考えたのであろう大将軍の候補たちが名簿になっている。候補の人数は少ないが、資料は彼らの特徴や経歴をしっかりと書き出している。 


「誰を大将軍へ昇進させるか、お考えはありますか?」


 フレスは少し軟らかい声色で訊ねた。それでもポプリは少し申し訳なさそうな表情になり、コロンから資料を受け取りながら答えた。


「はい、こちらに書いてある通りですが。あのとき活躍していた兵士をコロンに覚えていてもらって、あとからリッシュたちに聞いて名前を拾っています」

「さすがです。お忘れにはなっていなかった」

「あたりまえです!」


 ポプリは怒ったが、フレスが穏やかに笑っているのを見てさらに膨れた。からかわれているような気になったのだ。


「む、さてはフレス! 私がいつまでもこの話を出さないので怒っていたんですね! みんな忙しいと思って遠慮していたんです」

「さすがのご判断です。それでは、そのお名前を伺います。いただいた資料にも載っていますが、あらためて」


 肩の力を抜いたように、ゆったりとした問いかけだった。今回は外交問題でも領民の命がかかっているわけでもない、比較的平和な話題だからだ。


「一応言いますが、あの模擬戦で一番活躍したのは、門を直接打ち破ったリッシュだと私も把握しています。ですが今回は候補にいれていません」

「はい。それは承知しています。リッシュは我が軍でも最も勇敢な戦士の一人ですが、私の護衛です。大将軍にするよりも、細々とした仕事を任せられる今のポジションが良いと判断しています。いずれ彼女にも正式な地位を与える必要があるかと思いますが、それは別の機会に議題にしましょう」

「彼女を除外すると、拠点制圧後にまずあなたの指示に従って、負傷兵をまとめて治療をはじめたムスクという人物を評価しています。この兵士は時折、なりふり構わず突っ込むことがあるとのことですが……我が軍の大半以上の者がそうなので欠点とは言いづらいでしょう。平時では命令されたことは律儀に愚直に守るとのこと。自分勝手に判断する者よりは、大将軍への適性がありそうと判断しています。つまり、冷静さがあるということです」


 名前を出されたムスクはこの場にいないが、フレスも何度も顔を見たことのある勇猛果敢な戦士であった。ロンシャロン軍との戦いで敵の指揮官を討ち取ったことも確かあった。腕前から考えて、大将軍に取り立てても兵士から文句は出ないだろう。


「御慧眼。ムスクは私も評価している下士官の一人です」

「他には、リッシュと一緒に門を破壊した一人であるカルバン、私の護衛として忠実に命令をまもったククランも評価します。この三名が私が考える大将軍にふさわしい人物です」

「ありがとうございます。たしかにカルバン、ククランも優秀な兵士の一人。彼らも悪くありませんし、今回はもっとも活躍した者という条件でありましたが……適性を考えるとムスクが良いかと思います」


 カルバンやククランといった名前を挙げられた人物も、ポプリたちの候補にあがるだけあって人格や腕前も申し分なかったが、彼らはムスクの下につけたほうが生かせると考えられた。二人とも勇猛さでは申し分ないが、カルバンはリーダーにするには頼りなく、ククランは人望がやや薄い。

 もちろんムスクにも欠点はある。情に脆すぎる、優柔不断な一面があるなど、考えればそれなりにマイナス評価はある。それでもここでは彼しかいない。

 本当にこれでいいのかは誰にもわからないが、ムスクの忠勇さは期待できる。それに真っ先に敵陣に突撃する特権を与える以上、命令を忠実に実行するというムスク以外に任せると危険でさえあった。ここではこれしかないとフレスは判断した。


「では、ムスクを大将軍に昇格させましょう!」


 ポプリは嬉しそうに宣言する。


「なんでしたっけ。剣で肩を叩くんですよね? あれ、やってみたかったんです!」

「それは騎士の叙任式ですね。今回は違います」

「そうなんですか? なら、ムスクを大将軍にも騎士にもしちゃえばできますよね?」


 無茶苦茶を言っている自覚がないのか、ポプリはコテンと首を傾げる。

 フレスは反論する気もなくなった。それに歴史の浅いポプリ領で騎士や叙任という概念を語ってもあまり意味がないとも思う。ポプリはすでに三貴族の一角になっているのだから、好きにすればいい。あとから伝統などついてくるだろう。


「わかりました。わがポプリ軍初の騎士はムスクです。大将軍であり、誇り高き騎士でもあるということになりますね」

「格好いいですね! わくわくします」

「せっかくですから、きちんと場を整えて、中庭で兵士たちを集めて昇格式を行いましょう。そのほうが当人にも名誉でしょうし、兵士たちの士気もあがります」

「わかりました、そうしましょう」


 ポプリが応じて、コロンも頷いた。あとの細かい手配はコロンがしてくれるはずだった。ザメルが直々に宰相に指名したコロンの命令は、兵士たちにもある程度通用する。

 そのコロンが確かめるように口を開いた。


「ポプリ様直々の推挙ですし、しっかりとおめかしをしたほうがいいですね。いつもの格好だと特別感がありません」

「えー、おめかしをするんですか! 面倒なんですよ」


 率直にポプリが拒否した。ぐずっているようでもある。

 ポプリがいつも着ている服は、高級なものではあるが動きやすさを重視した地味な色のドレスだった。これが彼女の最も気に入っている格好なのである。


「ポプリ様、綺麗なドレスを着れるのに嬉しくはないんですか?」

「嬉しくありません。動きにくいんです!」

「そんなことおっしゃらないでくださいな」


 本気で嫌がっているポプリを、コロンはどうにかなだめようと苦心している。おそらく、オルガリア軍の使者に対応するときにもおめかしをさせられたのだろう。そのときの面倒くささをもう一度やらされるときいて、どうにか回避しようとしているのだ。なにやら平和すぎる光景である。

 フレスは口をはさんだ。


「それなら、動きやすくてきれいな衣装を発注されたらどうでしょうか? ポプリ様もご納得でしょう」

「そんなお金がどこにあるんですか!」


 コロンがとっさに恫喝してきた。さすがのフレスもあまりの声に気圧される。

 とはいえポプリが折れないので、相談が長引いた。最終的に今のドレスを動きやすいようにポプリが納得する形で仕立て直すということになり、城下の職人に登城を依頼するということで決着。その時にはすでに日が暮れていた。

 ようやく報告会議を終えたフレスが部屋を辞したとき、そこにはメイドと番兵以外には誰もいなかった。リッシュは既に旅の疲れをとるために休んでいる。フレスも少し休んで、自分の仕事をしなければならない。

 彼は自分の寝室に向かった。城の二階の端にある、広めの部屋だ。

 元々はおそらくロンシャロンの配下の高官が使っていたであろう寝室だったが、今は簡易寝台が運び込まれてフレスの寝室になっている。この寝室を彼はあまり気にいっていなかった。広すぎて使いづらいのである。もっと狭くていいと思ったのだが、リッシュやコロンから『軍師殿のような重要人物がみすぼらしい部屋だと格好がつかないし、なめられるから』という理由でこの部屋を使うように言われたのだ。


「今日は風呂が使える日だったはずだが……」


 この城にある大浴場は、湯を沸かすのに燃料を使う。このため、毎日使えるわけではなかった。

 今日は皆が使える日だったが、残念ながら時間が遅れた。男性が入れる時間帯は既に過ぎてしまい、今の時間は女性たちが湯を使っているはずだ。その後は店じまいとなり、汚れた湯は濾過して別のことに使われる。洗濯や武器の手入れなど。


「軍師殿!」


 ドカンと音がして、突然扉が開いた。そちらに目をやると、リッシュが立っている。何やら上機嫌で、大きな手ぬぐいを持っていた。


「会議は終わったんですか。風呂に行きましょう!」

「……もう時間が過ぎているし、君と一緒に入るわけにはいかないだろう。もう戦場じゃないんだ、混浴は認められない」

「軍師殿なら誰も文句言いませんよ! それに私が入りに行くといつも一人ですし、ポプリ様やコロン様はいつも専用浴場に行かれますしね!」


 無茶苦茶を言っている。フレスはリッシュの恨みを何か買うようなことがあったのかと思わず自分を疑った。


「ポプリ様が大浴場に行くわけにはいかないからな。それは当然だ」

「別に構わないと思うんですけどね。男たちは芋洗いみたいになってますけど、女の方は数が少ないんで悠々としたもんですよ。誰も気にしないと思いますよ」

「メイドたちが使っているんじゃないのか?」

「彼女たちは仕事が終わるのが遅いから、今の時間帯だと入れないんです。たぶん、時間ギリギリで風呂に入って、上がってから洗濯と掃除って感じですよ」

「子供たちは?」


 城にいる孤児たちや、ファリアのことを思い出してフレスは問いかけた。しかし、これもあっさりと砕かれる。


「子供たちはカラスの行水ですよ。もうとっくに上がってます」

「しかし私が入っていい理由にはならないと思うが」

「大丈夫ですって! 貸し切りですよ」


 結局リッシュに引きずられるようにしてフレスは大浴場に連れていかれてしまったが、途中で髪の湿ったままのファリアと鉢合わせになった。


「あっ、フレス様。もしかして、今からお風呂ですか? 女性用の時間ですけど……」

「大丈夫だ! 私が許可する。ファリア、もうどうせ誰もいないだろう?」


 リッシュが力強く宣言し、ファリアの疑問を吹き飛ばしてしまった。


「確かに今は誰もいませんでしたけど」

「じゃあ大丈夫だ。しばらく誰も来ないから、問題ない!」


 あっけにとられるファリアを残して、フレスを引きずったリッシュはそのままズンズンと進んでいく。

 いざ浴場についてみれば、確かに女性用の時間帯だが、誰もいなかった。遠慮もなく服を脱いで浴場に入っていくリッシュに圧倒される。相変わらず筋肉が美しくて、力強い背中だ。

 観念したフレスも彼女に続いて服を脱いで、浴槽の湯で旅の埃を流す。湯につかると一日の苦労が抜けていくようだった。


「やはり風呂が一番ですね。水だと冷たいですし、いまいちさっぱりしませんよ」


 容赦なくリッシュがくっついてくる。洗った髪を手ぬぐいでまとめて湯につからないようにしているが、それがかなり新鮮に見える。

 これほど優秀な戦士を自分一人の護衛に使っているのは問題だろうかという気になったが、ひとまず別の話題を振った。


「そういえば、先の模擬戦での約束の話が出たよ。大将軍にするとかいうやつだ」

「ああ、ポプリ様、それ忘れてなかったんですね。誰になったんですか?」

「それはまだ言えん。だが、納得の人選だった。近々、式典があるはずだ」

「そうなんですね。私じゃないんでしょ?」


 じゃあ興味ないです、とばかりにリッシュが腕組みをして横目に見てくる。それが少しおかしくて、フレスは笑ってしまう。


「なんで笑うんです? もしかして本当に私なんですか?」

「おいおい、君は推挙しないと最初から言ってあっただろう。その話も少ししてある。君にもいずれはきちんとした地位を用意するとポプリ様もおっしゃっていたんだ。そうむくれるな」

「むくれてなんかいません。軍師殿の護衛は私以外にできないでしょ?」

「まあそれはそうだな」


 しばらく他愛もない話題を交わしたところで湯船からあがり、脱衣所に出てみるとデカデカと「軍師殿使用中」と書いた紙が貼りつけられているのが目に入った。


「リッシュ、なんだこれは」

「当然の処置ですよ! 少ないですけど女性兵士もチラホラいますからね。入ってこられたら迷惑です」


 彼女は悪びれもせずに手ぬぐいで体をぬぐっている。


「いや、しかし……やはり迷惑だったんじゃないか?」

「軍師殿が健康を損なう方が迷惑でしょ? 文句を言う女がいても、私が黙らせておきますよ」


 どこまでも強引なリッシュだが、頼もしくはある。フレスはあきらめるしかなかった。

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