13.会議の予定
話を詰めるために、フレスは事情を説明した。
「実は明日の夕方ごろに相手は香辛料の行商を中心にしている方々と交渉する予定です。彼らは海千山千の猛者たちで、私一人ではおそらく太刀打ちできないでしょう」
「そうは思えませんが……」
ネルカが首をかしげたが、ひとまず話を先に進める。
「この方々はもともと、香辛料と一緒に塩を運んでいました。生活必需品の塩で客を呼び、利益の高い香辛料を売って利益を出していたのです。これが従来のやり方でした。しかし、最近では塩の値が高騰したせいで、逆になっています。完全に現在は塩の転売で荒稼ぎしています」
「なるほど。それで、どうなさるんですか?」
頷いて、フレスはまず目的を説明する。
「異常な塩の値段を下げさせることが目的です。本来ならこんな異常な値段で安定推移するわけがありません。新規事業者が大量に安く買って、売り抜けしようとするなど、市場で値を自然に調整する動きがあるはずです」
「しかし、そうはなっていないと?」
リッシュが顎に手を当てて唸った。彼女としても不思議なのだろう。「確かに言われてみれば、ルシアン領にいきさえすれば安く手に入るのに、いつまでもポプリ領で高いままというのは変だな」とは感じても、なぜそうなっているのかまでは思いつかないのだ。
「私に言わせるおつもりですか」
ネルカが嫌そうに眉を寄せて、眼を閉じた。フレスは少し意地悪く笑ってこたえる。
「そのほうがわかりやすいかと」
「しょうがないですね。つまり、発端としてはルシアン領の塩問屋のせいです。彼らは個人商人など相手にしないんですよ。信頼できる行商団などでないかぎり、そこから買うことができません。そしてその、『信頼できる行商団』がポプリ領での塩の値段を管理している。彼らに逆らえば、塩の仕入れ先がなくなるし、ともにルシアン領に出かけてくれさえしない。賊から守ってくれる者もない」
そうなのか、とリッシュは頷いた。
「要は明日の夕方に会うっていう行商人どもが悪いんですね? そいつらを牢にぶち込んだらいいんじゃないんですか?」
「それは悪手だ。脅しにしても最終手段だし、ぶち込む根拠がない。売り物にどんな値をつけようが、商人の自由だからな」
咄嗟にたしなめたが、彼女はまだ不満そうだった。
それを横目に、フレスは説明をつづけた。
「流れとしてはまず、私は少しへりくだって話を進めるつもりです。丁寧に、穏便に」
「それでいいんですか? ナメられると思いますが」
「そうだな。だからこそリッシュ、君は普段通りにやっていい。相手がおかしなことを言い出したら、遠慮なく大声でまくしたてていい。頃合いを見て私が諫める」
「へ?」
戸惑って、リッシュはそんな間抜けな声を出してしまう。
「いいんですか? 普段ならお止めになるのに」
「かまわない。ところでネルカ殿には商人側として交渉に参加していただきたいと思っています。どうでしょうか?」
フレスは唐突に切り出した。
ネルカの眉尻がぴくりと上がった。交渉の場に同席するだけならまだしも、敵側になって参加しろというのだから、当然である。
「商人側とはどういうことですか。ルシアン領の情報を暴露しろとでもおっしゃるんですか?」
「何もかもさらけだせというのではありません。一般的に少し調べればわかる程度のことでいいのです。ルシアン領での塩の値段や、産出量など。そのくらいでいいんです。構いませんか?」
ネルカは頷いた。とても嫌そうに。
「まあ、わかりました。それで、全体的な流れは?」
「まず、香辛料ギルドの領内の通行を、ポプリ軍の兵士で護衛するかわりに、どうか塩の値段を下げてほしいと懇願してみるつもりです」
「それでは突っぱねられるでしょうね」
遠慮もなく断言する。ネルカは全く忖度がなかった。
フレスもその予想に同意する。
「おそらくそうでしょう。護衛には感謝するが、『塩の値段は市場原理で決まっている』とかなんとか言ってくると思います」
「でしょうね。商人という奴らは恩知らずですから」
リッシュが腕を組んで、うんうんと頷いている。
「市場原理とか言っておいても、さっき言ったように露骨に操作してるわけでしょう? やはり、牢にブチこみませんか?」
「うん、いいぞ。そうやって君が怒ってくれたところで、私が再度懇願する。ここでネルカ殿がルシアン領の塩の値について話をしてくれるはずだ。ポプリ領に持ち込んで売るだけでこんなに稼げるんだからやめられるわけがない! とな」
名前を出されたネルカが「エッ」という顔でフレスを見る。だが、やがてあきらめて首を振った。
「わかりました、やりましょう。しばらく塩問屋には顔を出せませんね」
「そしたら商人たちは気まずくなるでしょう。ここで関税の話に切り替えるつもりです」
「関税……ってなんですか?」
リッシュが率直に質問してきた。わからないことを素直に聞けるのは彼女の長所のひとつである。
「まあ、簡単に言えばルシアン領の商品を安くし過ぎないようにする仕掛けだ。それをなくすことも検討している、と脅す」
「そんなのが脅しになるんですか?」
「なる。彼らの中には何人か、領内の岩塩精製所と密接に結びついて取引している者がいる。調査済みだ。彼らからしてみれば、塩の関税撤廃は冗談抜きでまずい。取引相手、お得意様が一撃で息の根を止められるほどの大打撃を受けるからだ」
香辛料商人たちの全員が、ルシアン領から塩を安く仕入れてポプリ領で高値で売るだけの商売をしているわけではない。何人かの商人たちは古くからの付き合いを大事にして、領内の岩塩精製所から塩を仕入れて売っている。商売上のやりあいで、できるだけ安く買おうという交渉はしているようだが、それでもルシアン領から買うよりは高い。それでも取引をしているのは、この精製所とは取引をするメリットがあるとふんでいるからでもある。それはたとえば、ここから直接塩を買っている近辺の人々や飲食店に対してある程度の顔がきいたり、利益を出せる香辛料を安定して売却できたりするというものでもあるはずだ。
関税がなくなってしまえば、ルシアン領からやってくる海塩の安値に岩塩精製所は対抗できない。それを無視して商人たちが限界ギリギリの値で買ったとしても、売る先がないからである。地元近辺への販売だけではとてもやっていけない。関税がなくなると聞けば、彼らは岩塩の精製から撤退するだろう。そうなれば、行商人たちの顔役としての立場はつぶれる。
「えらそうな顔をしていたのに、守ってくれなかった」と言われてしまう可能性すらある。とても受け入れられる提案ではない。
「でも、ルシアン領から輸入してる人たちは平気なんでしょう? それじゃ意味ないのでは?」
「だから意味があるんだ。一部の商人は死活問題だが、残りの大多数は諸手をあげて賛成する。これがいいんだ。実にいい」
なるほど、とネルカが頷いた。
「敵が分断されるわけですね。自分たちの生活が脅かされるから、声を上げざるを得ない。輸入組はその声に耳を傾けざるを得ないが、内心では関税の撤廃は歓迎すべきこと。むしろ、撤廃してくれるなら本望と考えなしに言うバカもいるかもしれないと」
「そのとおりです。こうなれば、領内組は値下げに応じる姿勢をとるかもしれません」
「ひとりでも値下げに踏み切ったら、そこから買えばいいだけだから簡単ですね」
リッシュは能天気にそう言っているが、現実はそういうものではない。
「値下げの言質がとれた商人には優遇を約束するつもりだが、一人二人では民衆に行きわたらない。他も追従してくれなければ」
「それじゃどうするんですか?」
「将来的な関税の引き下げをエサにして、味方に引き込む。いきなり元の値段に戻せというわけではない。まずは三割引きを目標に交渉する。これは最低目標だな」
全く矛盾するようなことを言っている自覚はあるが、仕方がなかった。
「結局関税は下げるんですか? それじゃ領内組がまた離れてしまうのでは?」
「塩への関税ではないんだ。香辛料への関税を撤廃する。もともと香辛料は領内ではほとんど生産がゼロだ。販売されているものともなれば、完全にゼロと言っていい。これを撤廃しても、今は影響が少ない。来季の税収は減るが、それはまた考える」
「それじゃまたご自分が困りますよ。それに値下げもたった三割ですか? 塩の値段はロンシャロン政権以前から比べると5倍か6倍くらいですよ?」
「もちろんだ。だがいきなり元の値に戻すと市場が混乱する。せいぜいいっても半額がいいところだろう。そこが限界だ。半年ほどあとでまた交渉して、さらに値下げする。先ほども言った通り、香辛料商人たちにとって、もともと塩はついでに運んでいるだけでそれを買いに来た者に香辛料を売るという手法だった。塩の値段が暴騰したせいで塩で食っているようになっているが、以前は逆だったのだ。それを段階的に元に戻す。彼らに罪悪感があれば応じてくれるだろう。それでも難しいだろうから、そのときまた何か手を考える必要はあるがな」
フレスは水を飲んだ。もうすでにチェイサーはなくなりかかっているが、彼の注文したパームミードはたっぷり残っている。
「そういうもんですか? でも、値下がりしたらしたで、さっきの精製所の連中が怒るんじゃないですかね」
「もともと数年前までその値段でやっていたのだから、それは精製所の責任だと言いたいところだが、反発が出るのはわかっている。その対策としては、国内の岩塩をうまくブランド化したい」
「ブランド化、ですか?」
「ああ、領内の岩塩は産出量が減っているが、質が落ちているわけではない。なら、特別な日や高級料理に使う高級塩として売ればいい。ルシアン領から輸入する塩は海塩だから、風味が違う。明確に差別化が可能だ。実は、ネルカ殿と相談してみたら、ルシアン領ではかえって岩塩の需要があるという話だった。領内に需要がなければ、輸出という手もある」
海塩のほうが栄養素は多く、味にも深みがあるのが実際のところである。しかし、味わいが違うのは確かだった。ルシアン領の料理人も両者を使い分けることがあるという話なので、うまくやれば岩塩にも生き残りの道はあった。
それに、供給量が減っているのは事実なので貴重なものとして扱うことは矛盾するものではない。
「軍師殿。どこまで考えていらっしゃるんですか?」
「民衆が納得しなければ、商人たちは利益で動くから、すぐに反発をする。彼らにその行動に得があったと思ってもらわなければ今の我々は立ち行けないんだ。そういう意味で、値下げの理由付けも必要だ。いきなりなぜか値下げしてます、というのは不自然だからな。領民には『ロンシャロンの腐敗した官僚をポプリ様が処断したので、心置きなく値下げができました』と説明してもらう。彼らの口からな」
これを聞いたなぜかリッシュは自慢げに胸を張った。
「そうでしょう、そうでしょう。塩の値段が下がるのは私たちのおかげです」
ネルカはそれに取り合わず、ははあ、と感心したように唸る。
「ああ、彼らは暴利をむさぼっていたのに、ロンシャロンが誘導していたように言うわけですか」
「これなら誰も悪者にならない……そして、領内に値下げに応じない塩商人がもしいるなら、彼らにその情報を提供することを約束するつもりだ」
「えっ、そんなことしてどうなるんです? そんな奴らは直接私たちが行って牢にぶち込めばいいのでは?」
リッシュが単純な疑問を口にする。
頷いてフレスが答えた。
「つまり、そういう情報は彼らとしては大チャンスだ。そこにいって普通に塩を売るだけで民衆に恩を売れるし新たな販路を開ける。我々としては悪徳商人が自然淘汰されてありがたい」
「な、なるほど……。ちょっとついていけませんが、すごいことを考えてることはわかります」
「今考えていることはこれで全部、というわけではないが。これでなんとかいけるだろう。ネルカ殿、明日はよろしくお願いします」
「流れはわかりましたが、塩の関税を引き下げるという話ではなかったのですか?」
ネルカは確認するように口を開く。
確かに、協力の対価として「塩の関税の引き下げ」を持ち出したのはフレスである。しかし今の話の流れでは、香辛料の関税引き下げというただポプリ軍の財政に打撃を与えるだけになっている。
「もちろん、引き下げます。ロンシャロン政権以前と同じ水準にするつもりです。上がっていたのを戻します」
「まあ、妥当なセンですね……それはいつ?」
「半年後の交渉の際に押し切ります。岩塩の精製所を保護できるほど、ブランド化と輸出がうまいっていれば、可能でしょう」
「むう」
違約だと声を上げるのも微妙なラインだ。ネルカは唸って、ため息をついた。
これがもっと重要な物資、たとえば穀物や肉類の関税であればたった半年でも噛みついていたかもしれないが、塩の関税など実際のところどうでもよかった。あるよりはないほうがいい程度で交渉材料としては弱い。ここで騒いでアレコレいうほどでもない。
それにもう一つの条件である岩塩の輸出はルシアン領の食文化をより豊かにするだろう。こちらのほうがむしろ重要だった。
ならばここはネルカが飲み込むしかなかった。半年先に少しおこづかいがもらえる約束をしたのだから、ルシアンも怒りはしないだろう。
「仕方ないですね。では、また明日にお会いしましょう。場所はどこですか?」
「午後三時に、こちらに。お迎えに上がります」
フレスが温和な笑みを浮かべて、頭を下げた。




