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10.計算士たち

 コロンは体を起こして頭を押さえた。それから、なにやら疲れた顔でフレスを見やって言う。


「私は宰相という話だったのですが、フレス殿。あなたが内政のことまでいつの間にか調べてきて、先んじている。どうやって調べてきたんですか。私はお金や食べ物がどのくらい残っているのか調べて、それがどんどん減っていくのを見て恐ろしくなっていただけです。それなのに、接収した農地まで実際に見てきたんですよね? きっとここまでくる帰り道か、行きの途中で。私なんかが内政のトップにいるのは、やっぱりおかしくないですか。あなたが宰相も兼ねたほうがいいと思うのですが」


 言いながら下を向いて、コロンは唸った。


「でも、今の仕事だけでも、あなたが疲れていることはわかります。どうしたらいいんですか?」


 そうまで言ったが、これに答えたのはポプリの方だった。


「そんなことを言い出していいのなら、私の方が先でしょう。父がロンシャロンを討ったところまではよかったのですが、私など何も知らないんです。塩のありがたさも、護衛の必要性も何も知りません。でも、私しかできないことだから、やるしかないんです。コロン、あなたもそうですよ」

「ポプリ様は必要ですよ。でも、私はいらないでしょう?」


 フレスが出してきた政策の数々に、コロンは自分との力量差を感じたのかもしれない。だがフレスとしては、このような策は少し考えれば誰でも思いつくと本気で思っていた。必要なことを少ないリソースでなんとかやろうとすれば、似た考えになるだろうと。

 それにもし、皆が言うように自分が優れていたとしたら、このようなチマチマとしたことはしないだろう。おとぎ話の英雄のように、農地にしてももっと効率的に使用したり、あるいは一部に残っている裕福な商人と連携したり、金融商品を作ったりして財力を増したかもしれない。

 しかし凡人である自分には、そうした方法が思い当たらなかった。

 ありきたりな、地道な方法しか残されていない。ならばその方法を突き詰めてやっていくしかなかった。


「コロン様、お気を確かに。あなたは宰相ですが、我が軍においては新米の官僚でもあるのです。うまくいかないのは仕方がありません。むしろ、資金や糧秣の残りを心配されていて、立派です。歴史上には地位を振りかざし、国家の資金を用いて遊びにふけった政治家など珍しくもない。あなたはそうされなかった。それに私とて、このような本格的な領土運営などこれまでしたこともなかった。先に申し上げた政策案は、私なりになんとかしようと考えただけです。きっとルシアン卿やオルガリア卿がここにおられたら、私の考えた案など鼻で笑い飛ばすでしょう」


 コロンを見下して追い出すということはフレスの考えになかった。彼女には居てもらわなければ困る。ポプリ軍の中には、頭を使える人材は少ない。ロンシャロン軍の元配下の数名がまだ雇用されているが、彼らはコロンと違い、専門の作業に特化している。さらにこれから官僚を在野から登用するとしても、兵士たちに命令を下すには『ザメル直々に指名された宰相コロン』という肩書が必要だ。そこらの馬の骨ではまともにいうことをきかせられない。


「それにあなたは、虐げられた民衆の心に寄り添えます。なにも知らず、政策を思いつけないということが欠点だと思われているのなら、これから学べば解決されることです。それに、ポプリ様のお近くにいてその苦労を分かち合えるのはあなただけ。宰相という肩書は、ポプリ様の近くにあなたを配置するためにザメル様がお考えになったのかもしれません」

「それは、つまりしばらくはポプリ様の遊び相手をしていろということですか?」

「そういうわけでは」

「わかりました。それであなたがいいなら、宰相を続けます。でも、期待しないでください。私は本当に何も知らないんですから」


 深く息を吐いて、コロンが姿勢を正す。ポプリは頷いて、視線を戻した。


「ではフレス、報告は以上ですか? 次はこのまま、オルガリア軍の連絡を待つと。塩商人への連絡はもう始めているのですよね?」

「はい。それと、ルシアン卿からも連絡が近くにあるでしょう。怒ってはいないと思いますが、もしかするとポプリ様にも国境に来ていただく必要があるかもしれません」

「まあ、そうでしょう。正式な同盟締結となれば、私が行かなくては。わかりました」

「今の段階での報告は以上となります」

「お疲れさまでした。下がってください」


 フレスは頭を下げて、部屋を辞した。もちろん、ガルチ将軍の遺骨も忘れずに持って帰った。

 扉を閉めると、彼は遺骨を両手に抱えて深く息を吐いた。先ほどコロンが言っていたことだが、フレスは彼女の気持ちがわかる。自分以外の誰か知恵のある者がでてきたなら、今の立場をすぐに譲りたい。ただの凡人の自分にはもう限界が近い。

 しかし現状では自分以外の誰にも務まらないだろう。軍事も内政も外交も、なんとかしなくてはならなかった。


「誰かが自分の立場に代わってほしい」


 これはポプリでさえも言っていることだし、そのための人材を探してさえいる。それでも今は自分たちでやっていくしかないのだ。

 閉まった扉に背を預けていると、中の会話が漏れ聞こえてくる。ポプリたちが話しているのだ。


「……フレスが私と代わってくれたら、一番いいと思わない?」

「ポプリ様、それは」

「だって、あなたが先に言い出したんじゃない。宰相なんてもう嫌だってことでしょ、さっきのは。私だってもう辞めたいもの」

「いえ、すみません。弱音が出ました。少し、さっきの案を整理しましょう」

「そうね。そうしましょうか。私たちが逃げたらきっと、フレスが疲れて倒れてしまうでしょうし」

「……案外平気かもしれませんよ」

「ほんとにそう思う?」

「いえ、ただの希望です」


 あまり聞いていい会話ではなかった。フレスは扉から離れる。

 だが、今の会話からわかることは、やはりポプリもコロンも重責を感じているということだ。自分だけではない。

 もう少し案を詰めて、商人たちと話し合いに行かなくてはならない。フレスは遺骨を持ったまま、自分の執務室の扉を開ける。


「あ、フレスさま!」


 中にいた女の子が机から顔を上げ、明るい声を上げた。


「ファリア。まだ仕事をしていてくれたのか。ノースはどうしたんだい」

「ノースはインクを取りにいったんです。壺の中がカラッポになってしまって」


 名前を呼ばれて、ファリアはにっこり笑って答える。彼女はかなり幼かった。ポプリよりもさらに下で、おそらく十歳にもなっていないだろう。しかし言葉遣いは丁寧で、しかも彼女の机には書類が束になっていた。


「インク壺が空になった? そんなに。ファリア、こんなにやっていてくれたのか?」


 フレスはファリアの机に置かれていた書類を確かめて、その量に驚いた。内戦が本格化する前に、ロンシャロンが準備していた収税の書類たちである。これらの数値を拾って現状で徴税した場合、どのくらいの税収になるかを算出していたのだ。

 ファリアはその計算をしてくれていたのだ。しかも概算ではなく、細かな数値をすべてきちんと足している。


「計算は得意なんです」

「すごいな。これは、お給料も予定よりアップしないといけないな。それと、おやつも」

「おやつがでるんですか!」


 ファリアがパッと嬉しそうな笑顔をみせた。そこに、両手で壺をもった少年が足でドアを開けて部屋に入ってくる。


「ファリア、手伝ってよ。重いんだ」


 そういったその顔はやはり幼い。ファリアよりは上だが、それでもようやっと働けるようになるか、くらいの年齢でしかない。比べてみれば、二歳くらいの差だろうか。


「ノース、戻ってきたのか。インクを持ってきてくれたんだな、ありがとう」


 フレスは優しく声をかけて、ノースから壺を取り上げる。わざわざ執務室に貯蔵用のインクを持ってこなくとも、インク壺を持っていって補充してくればいいのだが、子供たちの気遣いを無視するようでそれは言えなかった。


「フレスさま! あ、あの。まだ書類が終わっていなくて」


 部屋の主が戻ってきたことを知ったノースは、嬉しそうな表情を見せたが、すぐに申し訳なさそうに仕事の具合を報告してくる。フレスはにっこり笑って首を振った。


「とんでもない。まさかこんなにやってくれているとは思っていなかった。疲れただろう、おやつを出そう」

「いいんですか!」

「食事も出すという約束だからな。それに、今日はよくやってくれた」


 言いながら厨房に一度行って、兵士たちの間食になっているふかし芋を持って戻った。この芋は救荒作物として知られるもので、保存もきく。糧秣の減りが加速したと文句を言われそうだが、子供の笑顔には逆らえない。

 一人一本ずつで、二本。兵士たちには物足りない量だが、子供には十分なおやつだ。


「さあ、おやつだ。こんなもので悪いが……」

「あっ、お芋ですね!」


 部屋に戻ってみると、意外にも子供たちの食いつきはよかった。おやつといって期待させてしまったので落差があるかとも心配したが、二人は嬉しそうにふかし芋を手に取った。


「いただきます!」


 ノースがすぐさまかぶりつく。

 ファリアはあたたかい芋を手にもって、両手を温めなおしているようだった。それから、フレスを見上げた。


「いただきます。でも、フレスさまはいいんですか?」

「ああ、私はいい。食べなさい」


 作業用の机から離れたところで、子供たちはおやつを味わっている。フレスはその間に、二人に処理してもらった書類を確かめた。見たところ、計算ミスなどもない。ノースもファリアも、優秀だった。

 フレスは、自分などよりはるかに計算の早い二人の子供の能力に唸った。子供に仕事をさせなければならない現状にも。

 そこへ、ドンドンと乱暴なノック音が響いた。


「軍師殿! 私のおやつを持っていきましたか!」


 リッシュの声だった。フレスは慌てた。厨房から持ってきた芋は彼女のおやつだったのだ。


「心配ない。ゆっくり食べなさい」


 子供たちにそう言い残して、フレスは部屋の外に出た。外には、大柄の女が憮然として立っている。訓練をしていたらしく、いつもに比べるとかなり簡素な練習用の服だった。湯気がたちそうなほどの汗をかいている。


「リッシュ。君のおやつだったのか。すまない」


 さすがにフレスも謝った。

 調理場に行って自分でふかして調理するつもりだったが、たまたま二本だけ調理済みのものがあったのだ。それに、その場の誰もが「誰のかわからない。軍師殿ならいいですよ」と持っていくのを了解してくれた。

 まさかリッシュの訓練後のおやつだったとは思っていなかったのだ。


「もう食べてしまったんですか? せめて一本は返してください」

「いや、もう返せない。一応、厨房にいた者には持って行っていいと言われたのだが」

「置いていたんですよ、楽しみにしてたのに!」


 そう言われてしまうと困る。フレスは唸って、素直に頭を下げた。


「申し訳ない。その様子では今すぐ食べることに意味があるのだろうな。すぐに厨房で作ってくるが」

「う、うん。そうやって謝られるとちょっと強く言いにくいじゃないですか。まあ軍師殿なら仕方ない。いつも忙しそうですからね。芋くらい自分で温めますよ」


 ふう、とリッシュは息を吐く。


「でも、二本とも食べたんですか? 意外と健啖家ですね」

「いや、子供たちにな……。君も知っているだろうが、汚職に関わらなかったから解雇しなかったロンシャロン配下の文官がいる。まだ子供だ」

「ああ! そんなこと言ってましたね。でも、おやつまであげてるんですか? 甘やかしすぎですよ」

「甘やかしてるつもりはないんだが」


 少し前、ロンシャロンをザメルが倒し、城を制圧する段階のことである。

 この時点で城に勤めていた多くの官僚たちは財産を持ち逃げしていた。城は完全に無人となり、放棄されたのである。フレスたちが実際に城に入ってみたところでは、価値のありそうなものは片っ端から持ち去られており、重く頑丈な金庫に入っていたロンシャロンの個人資産までも、なんとか持ち出そうと引きずった形跡があった。そこかしこに奪い合いの結果であろう、死体が転がっていたほどである。

 城内もひどく荒れていた。官僚や使用人が退去してから一週間も経っていたのだろうか。生活に困窮した者たちが盗みに入った気配もあるので、フレスはリッシュを含めた兵士たちとともに、城の中を一部屋一部屋調べて回った。

 その中の一室で、汚れた毛布にくるまっている兄妹を見つけたのだ。城の一角にある汚い小部屋だった。そのときの二人はかなり衰弱していて、あちこちに怪我まであった。

 最初に発見した兵士たちも、相手が子供だとわかるとすぐにフレスを呼んでくれたらしい。しかし自分の目で見て驚いたことに、子供たちはあまりにもやせ細っていた。


 衰弱死寸前だ! 保護するのは当然だが、いきなりパンや肉を与えたら消化できずに死ぬかもしれない。スープを薄くさせて様子を見なければ。


 そんな心配さえしたほどだったのだ。

 それでも、保護されたノースとファリアは無事に回復した。いまや元気におやつをほおばることもできる。それを考えれば、このくらいは甘やかしているうちに入らない。


「甘やかしているでしょう。仕事ができるような年齢になって、おやつをねだるのは問題です。私がガツンと言ってやりましょうか」


 リッシュはロンシャロンの元配下ということであまり快く思っていないのか、嫌悪感をあらわにドアノブに手をかける。


「おい……」

「一度くらい言わないとわかりませんよ、彼らは」


 止める間もなくリッシュがバタンと扉を開けた。突然開いたドアに、ノースとファリアがびっくりしている。芋を持ったまま、リッシュを見つめた。

 同時に、リッシュも驚いていた。彼女としては怒鳴りつけるつもりだったのだろうが、それもできない。代わりに振り返ってフレスに大きな声を上げた。


「軍師殿、子供じゃないですか!」

「いや、子供だと言っただろう」

「そうですけど、子供すぎます! 何を考えているんですか! それにこの子たち、この城で倒れていた子供たちでしょう!」


 リッシュが一気にまくしたてた。彼女はどうやら、「働いているくらいだから、子供と言ってももっと年上だろう」と思っていたらしい。ノースとファリアは栄養状態が悪いから、実際よりもさらに幼く見える。ファリアなどは下手をすれば七~八歳にも見られかねない。

 実際に保護した時、ファリアを湯で洗うのはフレスにはためらわれた。女性であるリッシュの手が必要だった。だから彼女も二人のことは知っているが、それがロンシャロン配下で働かされていた子供だということは知らなかったのだ。


「二人はロンシャロンの配下だった。虐待をされながらも、必死に働いていたんだ」

「それならなおさらですよ! また同じように働かせるつもりなんですか!」

「しかし君によるとおやつを与えるのは甘やかしすぎなんだろう?」

「むぐ……、あんな小さな子供だと思っていなかっただけです!」


 一瞬ひるんだものの、さらにリッシュは口調を強くした。


「でもこの二人はほとんど幼児じゃないですか! 私がこの子たちくらいのときなんて、食うことと遊ぶことしか考えてなかったですよ!」

「私だってそうだ。だが、働けるこの子たちにただ、毎日部屋で塞ぎこんでいろというのも違うはずだ」


 この言葉になにか思い当たったのか、リッシュはなんとか反論をしたものの、語勢がかなり弱くなっている。


「……せめてもう少し待ってもいいんじゃないですか。残酷ですよ」

「これは子供たちからの希望もあってのことだ」

「本当なんですか?」


 フレスは頷いた。ロンシャロン配下の文官を再雇用した時、ノースたちは「自分も働きたい」と自ら申し出てきたのだ。そこで色々とテストしてみたところ、ノースもファリアもすぐれた計算力をもっていることがわかった。子供だからということを抜きにしても、大人に混じって通用するほどの計算力だったのだ。


「両親の墓を建てるためと、いつか自分たちの家を買い戻すためにお金が必要だと言っていたんだ。そう言われてはどうしようもない」

「……食事は? どうしてるんですか?」


 怒りを飲み込んだリッシュが、ファリアの顔をみながらそう言った。フレスは答えた。


「三食付き。昼寝の時間も与えている」


 リッシュはそう言われて、顔を片手で覆って深く息を吐く。

 少し考えたあと、指の隙間から二人の食べている自分のおやつだったものを見て、ようやっと口を開いた。


「軍師殿」

「どうした」

「明日からは、毎日おやつもあげてください」


 そう言うなり、リッシュは軽く手をあげて、部屋を出て行ってしまった。

 バタンとドアが閉まると、執務室には子供たちとフレスが残される。ノースはキョトンとしたままだったが、ファリアはリッシュのことをどうやら覚えていたらしい。何度か瞬きした後、


「あの、あの人。私をお風呂に入れてくれた人ですよね、フレス様」


 と訊ねてくる。


「ああ、そうだ。頼りになる護衛だよ」


 フレスは笑って応じた。

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