04元夫は具合が悪いらしい。で?
彼との過去の傷を乗り越え、プロフェッショナルとして、問題に取り組む。屋敷の一室で、ビスカイと向かい合う。
「では、具体的な協力体制について話し合いましょう」
感情を排した声で言った。こちらもプロであるから。
「ああ。まずは騎馬隊の再編からだ。君の育成スキルで、強力な馬を揃えてほしい」
ビスカイは真剣な表情で答える。
「もちろん。交易路の安全確保も急務。疾風と私の力を最大限に活用する」
「感謝するシャーリン。この恩は、一生忘れない」
ビスカイは深々と頭を下げたが、以前のような喜びも怒りも感じない。目の前の課題に集中するのみ。
「それから、私個人の活動費と牧場の運営費は領地から出してもらう」
毅然とした態度で告げた。もはやビスカイに依存する存在ではない。
「ああ、もちろんだ。必要なものは全て提供しよう」
ビスカイは迷わず答えたその日を境に辺境の領地で活動を開始。彼女は王都から数名の部下を呼び寄せ、訓練場を整備し、領地内の馬たちの育成に全力を注ぐ。
疾風は良きパートナーとして、圧倒的な存在感を示し、ビスカイは活動を全面的にサポートした。彼はシャーリンに必要以上の干渉はせず、ただひたすらに彼女の指示に従う姿は、以前の彼にはなかった謙虚さと真摯さを感じ取れるほど。
訓練中に、ビスカイと目が合う。どうやら、いつものように遠くから活動を見守っていたらしい。眉を上げる。彼の表情には以前のような未練や執着はなく、シャーリンへの敬意と感謝の念が込められているように見えた。
小さく微笑む。微笑みは過去の傷が完全に癒えたわけではないが、それでも前に進むための確かな一歩になる。
「ビスカイ。今日の訓練はここまでにしましょう」
声に、ビスカイはハッとしたようにこちらに歩み寄ってきた。
「ああ、シャーリン。ありがとう」
王都から辺境の領地へ赴いたビスカイと向かい合っていた。広大な訓練場には、シャーリンが育成したばかりの若駒たちが元気に駆け回っている。
「シャーリン、君の育成スキルは本当に素晴らしい。こんなにも短期間で、これだけの馬たちが育つとは」
ビスカイは心からの感嘆の声を上げた。顔には疲労の色がまだ残っているが、こちらへの敬意が明確に見て取れる。
「当然。私にとっては、これが仕事だから。あなたの評価は必要ない」
冷たく言い放つ視線は横をすり抜け、訓練中の馬たちに向けられている。
「そう、だな。すまない」
ビスカイは言葉に詰まり、すぐに謝罪の言葉を口にする。彼はもう、シャーリンに個人的な感情を求めることはないと理解していた。それは、シャーリンが幾度となく彼に突きつけた冷たい壁。
「騎馬隊の再編は順調。兵士たちの練度には、まだ課題がある。彼らにもっと馬との絆を深める訓練が必要」
淡々と指示を出した。
ビスカイとの個人的な関係は一切持ち込まずに、ひたすらに聖なる蹄の守護者としての職務に徹する。
「分かった。すぐに手配しよう。何か、他に困っていることはないか?」
ビスカイはニーズに応えようと必死だ。行動はこの地の民を救うため、シャーリンへの償いのためだと、理解していた。それだけでは、心が動くことはなかった。勝手に足掻くといい。
「別にない。余計な口出しをしなければ、全て順調に進むでしょう」
言葉にビスカイは肩を落とした。それでも彼は諦めずに傍に立ち続ける。
数週間後、シャーリンが育成中の馬たちの様子を見ていると、一人の女性が訓練場に現れた。栗色の髪が特徴的な懐かしい顔。
なんと、元浮気相手、リーネリーナ。
「シャーリン様……お久しぶりです」
リーネリーナは、おずおずとシャーリンに近づいてきた。表情にはシャーリンへの申し訳なさが見て取れる。
「……何の用?」
表情一つ変えずに問いかけた。
リーネリーナの出現は心に冷たい水を浴びせかける。
「あの、ビスカイ様の容態が……最近、とても体調が思わしくないのです。私では、もうどうすることもできなくて」
リーネリーナの声は切羽詰まっていた。彼女はシャーリンがこの地にいることを知り、藁にもすがる思いでやってきたのだ。
「それが、私と何の関係があるというの?」
言葉は氷のように冷たかった。リーネリーナの苦しむ顔を見ても何の感情も湧かなかない。
「シャーリン様は、ビスカイ様と夫婦だった方です。それに、シャーリン様は薬草にも詳しいと聞いて……どうか、助けていただけませんか?」
リーネリーナは目の前でひざまずいた。目には涙までも浮かんでいる。こちらの顰蹙を買う行為だ。
「私はもう妻ではない。薬師でもなければ、彼の個人的な世話をする義務もない」
はっきりと拒絶して心の中には「許せない」という強い感情が支配している。
「で、でも……このままでは、ビスカイ様が……死んでしまう」
リーネリーナは懇願するようにシャーリンを見上げた。
「それは、あなたが気にすることでしょう。私には関係ない。当て馬にするつもりなら、他を当たって」
視線を逸らし、踵を返そうとした時、リーネリーナが震える声で言う。
「シャーリン様は、本当にビスカイ様のことを少しも心配されていないのですか?」
その言葉が足を止めた。しかし、彼女がリーネリーナを振り返ることはなかった。
「心配する必要がないわ。彼は私を裏切った男。その事実が変わることはない。あなたに言われなくても人間なんだから、人並みの感情はあるけど?ご丁寧にご教授をどうも」
それだけ言い残し、訓練場の奥へと歩いていき、リーネリーナはその場に一人取り残され、泣き崩れる。




