TURN6/THE BEGINNING ⑤
「ハッカイ……!」
グリフィンもまた苦々しい表情で、かつての仲間を見つめる。
願わくば、こんな形で再会を果たしたくなかった。
願わくば、戦うことなく話し合いでこの場を見逃してもらいたかった。
だがしかしハッカイが纏うその殺気は、それが不可能であることをまざまざと突きつけるのだ。
「久しぶりやな、グリフィン。まさかカタギとして静かに生活していたおまえが出張ってくるなんて、ほんまにガッカリやで」
黒装束を纏ったハッカイは馴れ馴れしくも、憤りを混じえた様子でかつての旧友へと語りかける。
手負いとなったエルザ姫がグリフィンの診療所に訪れるのは、自明の理。
だがハッカイはそこを急襲することは断じて認めなかった。
かつての戦友の、平穏な生活。
ハッカイはそれを守るため、王女派のメンバーがグリフィンの診療所を出たあとにエルザ姫たちを捕縛。もしくは処刑するつもりだった。
しかし蓋を開けてみれば、グリフィンもまた王女派に協力する始末。もちろん可能性としては大いにあり得たが、しかしハッカイとしては考えたくなかった。
なぜならば、これ以上かつての仲間に手を下すのはもうたくさんだと胸中では慟哭しているのだから。
「ハッカイ、もうやめるんだ!」
そんな胸中を察して、グリフィン叫ぶ。
彼の脳裏に浮かぶのは、セントラルシティの公園での最後の別れ。
人懐っこい彼が見せた最後の笑顔。
「 【王女派】には連合軍時代の仲間たちもいるじゃないか!なぜあんなに優しかったキミがそんな非道なことができるんだっ!?」
「阿保。決まっとるやないか」
その言葉に、しかしハッカイは確信を持って応える。
「――それが、仕事やからや」
そのあまりにも偽りのない冷徹な言葉に、グリフィンは言葉を失ってしまう。
「そんな理由で………。キミは、何がキミをそこまで変えてしまったんだ……!?」
「ド阿保。わいが変わったんやない。変わったんは、この世界と時代やろがい」
ハッカイは私見を述べる。
「魔王城の最終決戦。連合軍の敗北を期に世界は変わってしまったんや。異世界転生者/ブラック社長巻き起こした“世界編纂”はそれまでに培われた旧文明の価値観を尽くブッ壊し、そして豊かにした」
「しかしその影では、虐げられている民衆が大勢居ます」
エルザ姫は反論する。
「資金力で決定される極端な階級社会。魔解炉送りをはじめとする非人道な政策。株式会社ハピネスにより展開される徹底された監視社会と解決部隊による弾圧。これらを到底看過することはできません」
「そりゃ、努力が足りへんからちゃうの?」
エルザ姫の言葉を、しかしハッカイは一蹴する。
「今の社会は成果主義を採用してんねん。生まれや出自は関係あらへん。やりようによっていくらでも成り上がれる時代や。あんたら王族や貴族がデカい顔して肩で風邪切ってた時代とは違う。そりゃあ努力が足りへんからやろ?」
「誰しもが同じように努力できるわけではありません」
エルザ姫がピシャリと力説する
「だからこそ、すべての方々が人間として最低限の生活を送れるよう取り計らうのが政治の務め。それこそが基本的人権の尊重。人間は皆、生まれながらにして平等なのですから」
「それを不平等っちゅーんや。なんで努力もできひん能無しのために努力してる連中が割りを食わないかんねん。もう正直者が馬鹿を見る時代は終わったんや」
ハッカイは明らかな苛立ちを募らせていた。
「あんたのことは率直に尊敬しとるし、人としても普通に好感を持ってる。いろいろと世話になった思うてるし、わいも鬼やない。それなりの人情を持ち合わせとるつまりや。だが人は神やない。すべての人々を救おうなんて、そんなもん物理的に不可能や。誰かの幸福は誰かの不幸。わいはその不幸が身内に降りかからんようこれまで闘ってきた。そして、これからも――」
その眼光に、研ぎ澄まされた鋭利な覚悟が灯る。
「あんたは綺麗事が過ぎる。それは利己やで。人には時代に適した生き方っちゅうもんがある。それが出来ひんのやったら不当な扱いを受けてもしょうがないやろ?ましてや【王女派】はテロリスト。変わったんはわいやあらへん。世界と時代。そしてその2つに適合出来んかったあんたらや。なぁ、姫さん」
「ハッカイ……」
グリフィンはやりきれない思いで再度、友の名を呼ぶ。
矢面に立ったエルザ姫ならびに【王女派】たちもまた、悲痛な面持ちを浮かべていた。
「そーゆーワケや。悪いな」
そんな彼らに対して、ふとハッカイは眉尻を下げる。
懺悔を込めた慈悲深い苦笑。悲哀に満ちた諦めの表情。
「……恨んでくれてかまわん。頼むから、ここで往生してくれ」
◆◆◆
グリフィンは戦慄する。
エルザ姫を守る【王女派】は、主に【外交旅団】のメンバーで構成されている。
誰しもが顔も名前も把握した気心の知れた仲だ。
そんな彼等を、覚悟を決めたハッカイは容赦なく殲滅していく。
猪突猛進。
ガンガン行こうぜ!
【勇者パーティー】とは、そういう命知らずの集まりだった。彼等はいつだって攻撃特化。脳筋であり蛮勇。その行動はたしかに既知のものであり必然。
しかし【王女派】は信じたくなかった。
その矛先が自分たちに向けられている事実を、決して受け入れたくなかったのだ。
「グリフィン殿……」
元ペンドラゴン王国の騎士団長は迫りくるハッカイを警戒したまま、グリフィンに告げる。
「―――姫様のこと、頼みました」
「えっ?」
その言葉に驚愕するエルザ姫。そんな彼女を余所に、グリフィンはすぐさま行動を起こす。
「エルザ姫、行きましょう」
彼女の腕を掴み、強引に走り出す。
それを合図に【王女派】の生き残りたちは皆、武器を構え直した。
誰しもが理解していた。
圧倒的戦力差。このままではハッカイひとりに王女派は全滅させられる。
故に、殿が必要だ。
少しでもエルザ姫を逃がすために時間を稼ぐために、殿が必要だった。
「悪いな、オマエたち………」
元騎士団長は振り返らず、ただ謝罪だけを述べる。
彼の背に連なる【王女派】のメンバーに。
否、ペンドラゴン王国の騎士団たちに、だ。
「何言ってんすか。らしくもない」
「いつだって無謀は承知」
「別に、アレを倒してしまっても構わんのでしょう?」
「ったく女騎士。おまえは最後までいろいろとお盛んだな」
しかしペンドラゴン王国騎士団たちに迷いはない。
彼等の任務は今も昔も変わらない。
王国を守ること。
そしてその王国とは、エリザベス=ペンドラゴン。
彼女そのものが生き永らえれば、それはきっと成就されるに違いない。
故に騎士達は、ここで命を賭する覚悟を決める。
「……そんなっ。団長!みんなっ!!」
立ち止まり、引き返そうとするエルザ姫。
しかしグリフィンは再度、腕を引っ張る力をより一層強めるのだった。
「来るんだ!彼等の想いを無駄にする気か!?」
その言葉に困惑し、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるエリザベス=ペンドラゴン。
未だ決断をしきれない彼女を強引に連れ去り、グリフィンは戦線を離脱する。
そして―――
「あんときと同じや」
改めて、敵となったハッカイが陰を落とす。
それは陰鬱と威圧が入り混じった後ろ暗いものだ。
「あんたが、わいに敗けて王国最強の名を返上することになったときと、同じや」
外交旅団、発足当時。
冒険者たちの社会的地位向上に伴い、その有用性が認められ旅団内にも人員として何人か冒険者を配置することになった。
とはいえ、冒険者のほとんどはゴロツキばかり。
正式な訓練を受けてきた騎士が負ける筈がない。
世間的にも騎士たちはおろか、当の冒険者たちですらその大多数はそういう所感を抱いていただろう。
それらを最初に覆したのが、何を隠そうこのハッカイなのだ。
そう。目の前の騎士団長を越えることで、流浪の武道家はそれまでの一般常識を破壊することに成功した。
そして団長は、ここで二度目の敗北を迎えることになる。
「姫様―――」
振り絞った最期の言葉と共に元騎士団長は全身から力を失い、倒れてゆく。
元騎士団長同様、周囲にはペンドラゴン王国の騎士達の亡骸が、無念そうに白い雪原の上に咲き誇る。
そんな彼等を悲痛な面持ちで、ハッカイは静かに見下ろすのだった。
「あんときと違って、さすがに胸糞が悪いな」
思い出すのは、外交旅団と連合軍時代。
何気ない日常の中での、騎士団長たちとの交流。
共に闘い、酒を飲み、泣き笑い、鼓舞しながら、背中を預けあった日々。
「恨んでくれよ。わいはおまえらの怨念を背負う覚悟くらい、もう出来とるさかい」
その声色は悲愴感に震えていた。
◆◆◆
結論をいえば、エルザ姫とグリフィンはすぐさま追い込まれてしまった。
圧倒的物量差。
【解決部隊】による追跡班が瞬く間に到着。その増援はとどまることを知らず、ついに2人は包囲される。
「グリフィンっ!?」
「だいじょうぶ。大丈夫ですから……!」
まさになぶり殺しの状態だった。
全身ズタボロ。残存魔力も空っぽの状態。
グリフィンは【解決部隊】の総攻撃からエルザ姫を守ろうと、身を呈して庇い続ける。
スノーバイクを疾駆させ、周回しながらエルザ姫とグリフィンを囲う解決部隊の兵隊たち。
さらに畳み掛けるよう、指揮官であるハッカイもその場に到着する。
「ホンマに長かった。これですべてが終わる……」
疲労困憊。物理的な体力よりも精神的な摩耗が激しいのだろう。
かつての仲間たちを自らの手で葬る地獄のような所業。
この悪夢のような連鎖を一刻も早く、ハッカイは終わらせたくて仕方がなかった。
「くそ、ここまでなのか……!」
グリフィンの表情には慙愧の念が滲む。
詰み。最早、グリフィンとエルザ姫がいくら悪あがきをしたところでこの盤面を覆しようがなかった。
絶対絶命。そう、彼等だけでは―――
▼魔王は 呪文を唱えた!
【影なる鋭利な刃】、発動!
刹那、幾多もの黒い三日月型の斬撃が竜巻の如く巻き起こり、解決部隊の軍勢を一斉に蹴散らす。
スノーバイクが木っ端微塵に粉砕し、兵隊たちは切刻まれた上、空へと打ち上げられる。
事態の急変に驚愕するエルザ姫とグリフィン。
最早、四面楚歌でしかなかった二人はともに言葉を失っていた。
「フハハハハっ! 吾輩、降臨!!」
青髪ウルフカットの男が快活に叫ぶ。
褐色肌にサングラス。柄シャツに黒いコートを羽織った野性味溢れる男。
魔王イスカリオテ。
このときの彼は人間の姿でまだ復活したばかり。
異世界転生者が支配する“経済による平和の世紀”に風穴を開けるため、株式会社ハピネスに対抗しうるだけの新たな組織創立を企てていた。
つまりは後世の【解放戦線】である。
そのためにイスカリオテが率いる【魔王軍残党】に匹敵するだけの潜在能力を備えた勢力を探していた。
そんな最中、エリザベス=ペンドラゴン率いる【王女派】の窮地を知る。
かつての脅威だった敵の実力こそ十二分に理解していた魔王イスカリオテは【王女派】に白羽の矢を立て、接触を試みるためにこの場に駆けつけた次第だった。
だが当時のエルザ姫やグリフィンたちがその事実を知る由もなく、
「み、味方!王女派のメンバーですか?」
「……わ、わかりません。少なくともわたくしは初対面の人です」
2人は狼狽することしかできないでいた。
無論、ハッカイ率いる【解決部隊】のメンバーも魔王イスカリオテの素性をこのときはまだ知る由もなかった。
「何者や、おまえ?」
怪訝そうにハッカイが問い掛ける。
「……吾輩は、魔王イスカリオテ!」
臆すことなく堂々と応える魔王イスカリオテは、謎にドヤ顔。
その応答に、グリフィンとエルザ姫はさらなる驚愕の表情を露にする。
「魔王だって!?」
かつての敵の総大将。事実はどうあれ、突如現れた助っ人がその名を口にしたことでさらに困惑を募らせる。
「然様。貴様のことは把握しているぞ、グリフィン=ゴドリック。忌々しき勇者パーティーの一翼よ。そして貴様もな、劉八戎」
「で、なんや自分。魔王やて?」
どうやらハッカイは、眼前の人物が魔王イスカリオテであることに懐疑的な様子。無理もない。魔王イスカリオテは何度も甦っているとはいえ、それらは200年周期。そのすべてが魔族としてであり、人間態であることは前代未聞。
しかし解決部隊を一瞬で屠ったその実力は脅威であることに違いなく、故に警戒心を露わにするのだった。
「他人様をバカにすんのも大概にせェよ」
「バカになどしておらん。吾輩は吾輩である」
「どう見ても人間やろがい」
「どんな姿であれ、吾輩は吾輩なり」
魔王、仁王立ち。
その態度は不遜であり、ハッカイが苛立てば苛立つほどにその嘲笑いを一層濃くしていく。
それを理解したハッカイは議論は無駄だと判断し、ため息をひとつ。
「……で、アンタは解決部隊の邪魔をするってわけかいな?」
「如何にも。彼女の身柄は吾輩が戴いてゆく」
そして魔王は、背後のエルザ姫を一瞥する。
「見つけたぞ、エリザベス=ペンドラゴン。かつての【連合軍】の長にして“救国の聖女”よ。貴様の采配に吾が軍はどれほど辛酸を舐めさせられたことか……。そんな貴様を、よもや助太刀することになろうとは。運命とはまったぬわからぬものよ。フハハハ!」
「……まぁええわ。どのみち敵には違いないんや」
ハッカイはすでに精神を限界まで磨耗していた。
かつての仲間たちを手に掛けた感触と罪悪感が脳を蝕み、フラッシュバックする。彼等の死を無意味なものにしないためにも、今日ここですべてを終わらせる。
そのために、エルザ姫をここで殺さなくてはならない。
強迫観念が、ハッカイを駆り立てる。
「吠え面かくなよ……」
刹那、動く。
「チンピラァァーーーーッッ!」
魔力の全身流動により、身体能力ならびに強度が爆発的に活性化。その伸び代は、かつて魔剣公ヴァシレウス戦で勇者パーティーが使用した【全強化集約】並み。
その上、ハッカイは発勁の使い手。つまりは一撃一撃の威力を十全に貫通させる達人だということだ。
文字通り、一撃必殺。
そんな威力が込められた拳が、魔王イスカリオテ目掛けて放たれる。
しかしその一撃を魔王は威風動画、真正面から受け止める。
ノーガード。その勇姿はさながらプロレスのようだ。
正中線。腹部に一撃。
見事なまでの会心の一撃。
あまりにも手応えあり。普段ならこのまま臓器をぶち破り、肉体を貫通する。
―――その筈だった。
拳が、魔王の腹筋で停止する。
ハッカイが放った拳の威力を物語るように、魔王の背後ではその余波によって地面の積雪が宙を舞い、木々の枝が荒々しく揺れていた。
それは、魔力の一点集中。
魔王イスカリオテは、ハッカイの攻撃を予測し、それに耐えられるだけの魔力量を腹部に集中させたに過ぎない。
いわば、擬似発勁。
かつて魔剣公ヴァシレウス戦でハッカイが行なったテクニックであり、ハッカイ自身が目の前の出来事にまるで狐につままれたように愕然とするのだった。
「吾輩のターン―――」
魔王が動く。その表情は余裕綽綽。
ニカッと底意地の悪い笑みを見せつけるのだった。
「そいやッ!!」
繰り出されたのは、ただのパンチ。
ただの右拳。飾り付けのない、ただの徒手空拳。
だがしかし、ハッカイをブッ飛ばすには充分な破壊力を兼ね備えていた。
「!!?」
ハッカイは数メートル後方へと、きりもみ回転。
そのまま不時着。真っ白な土埃を巻き上げながら地面を滑走する。
その光景に、エルザ姫とグリフィンは戦慄した。
「フハハハハっ!愉快愉快!さすがは元勇者パーティー。噂に違わぬ実力よ!」
一方、魔王は満足そうに笑い声をあげる。
「おぬしほどの拳闘士。魔界にもそうは居らん!どうだ、吾輩の傘下に入らんか?吾輩と共に天下を取ろう!」
「………ド阿保。何を云ってんねん」
ハッカイは動揺を垣間見せつつも、努めて冷静になろうとしていた。
ゆっくりと起き上がり、魔王を睨む。
「たかが一発入れたくらいで調子こくなよ」
「その一発で実力差を推し量れぬ貴様ではあるまい?」
「大体、世界を取るやて?何抜かしてんねん」
「冗談ではない」
魔王は自信に満ち溢れた声で、宣誓する。
「吾輩は魔王。この世界の支配者なり!吾輩は異世界転生者/ブラック社長からこの世界を奪還する!その先駆けとして、吾が【魔王軍】は【王女派】と同盟を結びたい。そのための救援である!」
「同盟、だと!?」
グリフィンが声をあげる。
彼の動揺も当然と云えよう。
古今東西。人類と魔族は、謂わば天敵同士。
伝承や現代においては例外として個人間での異種族交流はあるにせよ、所謂大きな組織同士での友好関係というものは聞いたことがない。
それこそ前代未聞。ましてや直近までお互い殺し合いをしていた相手だ。
人類の中でも温厚な人格を持つグリフィンですら、大いに取り乱すのは必然だった。
「共闘するというのか、私たちが……?かつての敵である魔王軍とっ!!」
「それしか道はないだろう」
魔王は断言する。
「貴様等は明かな戦力不足。到底株式会社ハピネスには太刀打ちできまい。一方、魔王軍は対抗する戦力を保有こそすれ、人間界の民衆を動かす術をまるで持ち合わせておらん。此度の戦いは多数派の意識改革が必定。武力だけではどうにもならんからな。つまり最適解としては、吾輩たちが【王女派】の盾となり、貴様等は【魔王軍】の代わりに株式会社ハピネスの内政に干渉するということだ。そのための同盟。さしずめ【解放戦線】といったところか」
「貴方たちを、信用しろと………?」
エルザ姫が問いかける。
大局を見極める立場である彼女にとってすら、その提案内容の実現性には疑念を抱かずにはいられなかった。
エルザ姫自身、魔界七武将の一角/醜悪なるアグリーに父であるペンドラゴン王を殺されている。
その指揮を取っていたのが、虚言でなければ目の前の人物/魔王イスカリオテなのだ。
つまりは、親の仇と同盟を結ぶということ。
その胸中は決して穏やかな筈がないのだ。
「愚問だな」
その問いかけを、しかし魔王は一蹴する。
「この明かな窮地。吾輩が来なければ、【王女派】は終わっていた」
先程までの豪放磊落な態度から一変。さながら殺し屋のような冷徹な目付きで、エルザ姫を睨め付ける。
「――最早選択の余地もあるまい」
刹那、放たれる殺気。その凶暴な眼力の前ではエルザ姫とグリフィン共々、背筋を凍らせるしかなかった。
暴力を背景とした政治的交渉の優位性。
これは脅迫に値する。しかし別段魔族特有のものではなく、人類間においても当たり前に存在する交渉カードだ。
事実、【女王派】は騎士団長をはじめとする元ペンドラゴン王国騎士団を失ったことで軍事面での支柱を失っており、すでに壊滅状態。抑止力が備わっておらず、ともすれば命を担保するためには魔王イスカリオテの言い分こそが最適解。
最早、強者の言いなりになるしかエルザ姫たちが生き残る選択肢はなかった。
「そういうわけだ。貴様も来い、ハッカイ。吾が軍門に下ること、歓迎しようぞ」
「ふざけるな!わいを誰やと思ってんねん」
「異世界転生者に尻尾を振るだけが能の負け犬。故に主を変えることなど造作もなかろう?貴様は吾輩に負けるのだから」
その言葉にハッカイはブチギレ。
再度魔王へ挑んでゆく。
寸勁による拳闘術。
得意の発勁を次々と繰り出すものの、初撃同様魔王イスカリオテにはまるで効いていない様子。
続いて、魔力による遠距離攻撃/【気弾】を連射。さらに土魔法/【巨大岩石】を叩きつけるが、魔王の闇魔法によって相殺されてしまう。
そのままハッカイは、様々な奥義を御披露目する。
しかし魔王は防御と回避を巧みに使い分けながら徐々に距離を詰め、またもや渾身の鉄拳をお見舞い。
ハッカイはそれを発勁で受け止めるも、その威力を完全に相殺しきることができず、後方へと滑走。
二人の間に適度な距離が空く。
焦りが濃くなり強張っていくハッカイに対して、まるでスポーツでも興じているかのように軽快な魔王イスカリオテ。
そして、戦闘が次の段階へ移行する。
「久しいな、この感覚」
魔王は不意に嗤う。
しかしその矛先は、どうやら己自身。
故にハッカイは奇怪に思い、眉を顰める。
「――人間の肉体とはなんとか弱いことか。なぁ、小僧」
イスカリオテはふと自身の右腕に目をやる。
筋肉疲労による小さな痙攣。老いた大人が若き日の自分を重ねた配分で体力を消耗し疲労困憊となって動けなくなるように、魔王もまた前世における魔族での肉体感覚で攻防を繰り広げた結果、肉体的なダメージが限界値を迎え、表出していた。
当たり前だが、魔王はかつて生命体として強かった。
すべての種族において頂点を極めた存在。勇者という存在を除いて、天敵と呼べるような上位種など存在せず、どのような環境にも適応する万能の細胞。無限に等しい枯渇知らずの魔力総量。天井知らずの進化機能。そして魔界全域の魔族を従えるカリスマ性。何より、それらを全稼働させる不屈の精神。
しかし、すべては過去の話。
今の姿は人間であり、この体たらくはなんということだろうか。
力任せに物事を解決してきた強者ゆえの悪癖。
かつての肉体に染み着いた闘い方が抜けきらず、自らを顧みないその戦闘姿勢に己の肉体は今、悲鳴をあげている―――
だからこそ、思い出した―――
「弱き者は学習する。それは強き者を見習うということ―――」
不意に魔王は歯をむき出して嗤う。
「吾輩は弱い。故に学ばせてもらったぞ、小僧……」
そして、魔王は構える。
「―――貴様の戦闘技能を」
それはハッカイが習熟させたカンフーの構えそのもの。
モノマネや見様見真似。いわゆる付け焼き刃のそれではなく、真髄を体得した者による凄みを伴った構え。
(……コイツ、まさか!?)
ハッカイは戦慄する。
不意に白銀の世界が静まり返る。
両者の呼吸だけがゆっくりと浸透していく。
極限集中状態が導く静寂なる世界。
刹那、両者爆ぜる。
双方の拳が激突する。
それを皮切りに高速に繰り出される徒手空拳。
その動きはまさに鏡写し。まるでハッカイが二人いるかのように、両者の動きは同調する。
「盗んだんか。わいの戦闘技術を!」
手応えが、確信に迫る。
構え。体捌き。打点。体重移動。足捌き。
すべてがハッカイの使用する流派の動きそのもの。
つまるところ、魔王はハッカイのカンフーを完コピしたのだ。
「こんな短期間で、わいのカンフーを……!」
これまでの人生を踏みにじられたような憤りがハッカイの全身を駆け巡る。
「たわけ。吾輩を誰と心得る。悠久の刻を生き永らえた万物の支配者、魔王ぞ?」
魔王、嘲笑。
そう。1000年の刻を漂流した人類の天敵。
魔界は勿論、人間界からも様々な挑戦者が現れた。
当然、彼等は人間界でもトップクラスの武芸者。
いわば人類の総決算。そんな最高峰たちとの闘いを魔王はすべて記憶している。
「貴様のルーツを辿ることなど造作もないわ」
点と点を結ぶと線となり、線と線を結ぶと面になり、面と面を結ぶと立方になる。
魔王イスカリオテは、ハッカイの動きから過去に相対した武芸者たちの類似した動きをピックアップ。
さらにその流派の礎となる戦闘思想を分析。
そこから構築されるであろう技や動きを想定。
そして、再現させたのだ。
ハッカイの脚部に雷が迸る。
同時進行で魔王の脚部にもまた、雷が発生。
【雷龍脚】。
ふたりの蹴撃が息を合わせたように衝突。激しい火花を炸裂させる。
そしてふたりは身体を翻し、追撃を同時に繰り出す。
【爆鳳导弹拳】
今度は高出力の炎を纏った右拳。
それらはお互いの胸部に直撃。刹那、爆発。
しかし両者ともに悲鳴や雄叫びをあげることなく、口と鼻から血反吐を吐きながら静止。
ハッカイは痛覚をこらえるよう歯を食いしばり、魔王は不敵に笑っている。
ハッカイはそのまま右拳に発勁を注力。
寸勁による拳闘術が魔王目掛けて襲いかかる。
刹那、ハッカイは後方へ弾き飛ばされる。
それは発勁による攻撃。
魔王イスカリオテもまた、同じ動作を行っていたのだ。
(くそ、ここまで猿真似されるなんてわいもまたまだやな……!)
ハッカイは倒れないようなんとか堪えきり、立ち姿を維持する。
やがて衝撃による後方への滑走が止まると、視界が敵を捉える。
両者の間合いは開ききっている。
(どんだけ頑丈やねん、コイツ!?)
ダメージ量は遥かに魔王が積んでいるハズなのにそれでも尚、魔王は嗤う。
その瞳には闘志が燦々と燃え、その表情には喜色がへばりついている。
そして、魔王は構える。
それは挑発だ。
その構えは、奥義の構え。
【黄帝龍】。
ハッカイが最強たる所以であり、要。
流派の歴史にして、完成形。
「………付け焼き刃が過ぎるんちゃうか、魔王」
「鉄は熱い内に打てというであろう?インスピレーションが迸るうちに物は試しておかんとなぁ」
歴戦と叡智が結合する。
魔王の体内で莫大な魔力が練られ、黄金の輝きが体外へと出力される。
「―――両儀四象八卦」
ハッカイもまた、魔王の動きに続いて同様の段階へ移行する。
魔王イスカリオテ同様に体内の魔力を縮退させ、高出力高密度に練り上げられた破壊の塊を今か今かと待ちわびながら、安易に放出しないよう抑え込む。
お互いの視線がかち合う。
「――黄帝龍!」
刹那、両者から放たれる黄金の龍。魔力で編み上げられた疑似的なものであり、高エネルギーを圧縮させただけあって凄まじい輝きと熱量が暴れ狂う。
二匹の龍はお互いの巨躯に向かって喰らいつき、絡み合う。
まるで雪林のド真ん中に突如太陽が出現したかのように、周囲の積雪は一気に蒸発。
熱風で木々が靡き、その影響で鳥が一斉に羽ばたき、轟々と大地は揺れる。
そして二匹の龍は融合するように、ひとつの球体へと形を成し、そのまま膨張。
やがて破裂し、巨大な爆発が辺りを焼き尽くすのだった。
◆◆◆
「魔王様ぁぁーーーーっっ!!」
森から様々な異形たちが姿を現す。
魔族だ。彼らは魔王軍。その残党たち。
彼らは全員、仕えるべき主の身を案じていた。
「うむ、皆御苦労。大義である」
尊大に、魔王は返答する。
辺り一面、焼け野原。
【黄帝龍】同士の衝突による余波であり、上空から森を見下ろせばこの地点だけまるで頭髪の十円ハゲのように荒野と化している。
彼ら魔王軍は、当初こそ魔王と共にエリザベス=ペンドラゴンを追ってこの森に訪れたものの、途中で魔王が行方不明。必死に捜索を行っていたところ、遠方で巨大な爆発が起き、ここまで駆けつけた次第だった。
「肝が冷えましたぞ、魔王様」
「まったく、あんたって人は………」
「先陣を切るのは我等が役目」
「毎度毎度単身で突如行方を眩ますのは、ほんと辞めてください」
「リリス様やモルガナ様に俺等がドヤされますんで」
胸を撫で下ろした魔王軍からは、次第に小言が続々と噴出する。
慕われているのは間違いないが、その実どこか子供を相手にする父兄のように世話を焼かれている印象をエルザ姫たちに与える。
「フハハハハ!うむ、わかったわかった。大体わかった」
そんな彼等の言い分を、魔王は笑ってごまかす。
メンドクセェ。そんな内心を滲ませながらも、魔王はあくまで笑顔を取り繕う。。
「……チッ、増援かいな」
満身創痍で立ち尽くすハッカイは吐き捨てる。
形勢逆転。勝負の結果は、敗北。
魔力の枯渇。体力の消耗。敵の増援。
詰み。万策尽きたとはこのことか。
いつのまにか窮地に陥っていた武闘家は、ここが自分の死に場所であることを悟る。
しかし、
「案ずるな。今日のところは見逃してやる」
「……どういう風の吹き回しや?」
ハッカイは怪訝そうに目の前の強敵を凝視する。
「興が乗った。それだけのことよ」
魔王は余裕綽綽といった様子で、軽快に笑う。
それは本当に気分的なものだった。噂に聞いていた元勇者パーティの実力をその身で体感した魔王は一種の高揚感に浸っていた。
実力のほどは及第点。先刻の台詞も決して冗談ではなく、あわよくば彼を仲間に率いれたいという算段も少なからずある。
「本来、魔王からは逃げられない。幸運に思えよ」
そんな魔王の様子に、ハッカイは苛立ちを募らせる。
「わいの首を取るチャンスなんて、この先ほんまないで?」
それは負け惜しみであることを、彼自身痛感していた。
魔王とハッカイとの実力差は、圧倒的なものがある。それでも強がらなければこれまで築いてきた地位が揺らぐような気がしたのだ。
それは保身だが、自己のためではない。
これまで奪ってきた犠牲者たちの尊厳のためである。
屍の上に建つ自分の命に意味がなければ、これまで潰えた彼等の命はなんだったのだろうか。
「自惚れるなよ」
しかし魔王は、躊躇なくそれらを踏みにじる。
「貴様程度、脅威とも感じぬわ」
ハッカイの表情が凍りつく。
そんな彼に背を向け、魔王は歩を進める。
行先は無論、王女派の代表/エルザ姫。彼女を守るように寄り添うのは、元勇者パーティーの回復担当/グリフィンだ。
座り込んだ二人は困惑と疑念を向けた眼差しで、魔王を見上げる。
一方、イスカリオテはその無様を鼻で嘲笑うのだった。
「……さて、これからの正義の話をしようじゃないか」
かくして、この日の出来事をキッカケに【魔王軍残党】と【王女派】は共同戦線を張ることになり、【解放戦線】が創立される運びとなった。
当初、【王女派】はその戦力差と組織力の差から内心【魔王軍残党】への隷属。すなわち傀儡と化すのを絶望視していたが、蓋を開けてみればそれは対等かつ尊重された立場を与えられ、むしろ困惑したくらいだった。
『利用価値が失くなり次第、蹂躙する。精々励めよ。フハハハハハ!』とは、魔王談である。
【解放戦線】の誕生は、社会的弱者たちによって構成された地下社会は至極当然のように歓迎。隠れ蓑として十全に機能する。
さらに【株式会社ハピネス】内におけるエルザ姫の支持者は圧倒的であり、資金洗浄や武器の提供。情報提供に改竄など、水面下でエルザ姫に協力する者たちが後を絶たず、かくして魔解炉に送られる人々を解放する運動が世界各地に伝播していく。
これらは当然【株式会社ハピネス】の管理体制を脅かすものだ。
さらに後日発生する極東の島国・ヲウスでの勇者奪還作戦を発端とした、元勇者パーティの剣士/飛鳥率いる如月グループとの一戦・“桜都事変”は【解放戦線】の確固たる求心力を世に知らしめることになるのだった。
◆◆◆
■OPEN THE WORLD■
システム起動―――
全世界記憶/勇者特権へ接続。
起死回生/発動。
対象/タロー♯A001。
復活の呪文/入力。
▼知者不惑 仁者不憂 勇者不懼
入力完了/認証開始
整合成功。
バックアップデータ/インストール
甦生開始/正常に起動。
NOW LOADING………▼▼▼
対象/タロー♯A001。
これより、覚醒に入ります。
全表示化/通常モードへ移行。
勇者は難を避けず。
ご健闘をお祈り申し上げます。
◆◆◆
虚構か現実か―――。
微睡みの意識の中、誰かの声が聴こえる。
それはとても耳心地がよく、安らぎと癒しを与えてくれる。
「――あぁ、タロー。おいたわしや」
甘くて優しい女性の声。
その声色はまだあどけなさが残るものの、品性を帯びた怜利なものだ。
「やっと貴方を見つけることが出来ました。ここに辿り着くまで、本当にたいへんだったんですよ?」
歓喜で声が震えている。泣いているのだろうか。
そしてタローは、この女性のことをよく知っている。
エリザベス=ペンドラゴン。
解放戦線の共同代表となった彼女は、勇者奪還作戦を立案。
周囲の反対を押し切って最前線に立ち、極東の島国ヲウスの首都・桜都の地下に建設された巨大地下施設/勇者研究機関を強襲。その陣頭指揮を執り、そして遂に辿り着いたのだ。
人類の希望。勇者が眠るこの場所へ
『緊急事態発生!緊急事態発生!総員、警戒体制に移行せよ。繰り返す。総員、警戒体制に移行せよ』
けたましいサイレンと共に、室内を赤い点滅が彩る。
エルザ姫の眼前ーーー
研究対象だった勇者タローは、開かれた黒いカプセル状の機械の中で静寂に横たわっている。
機械の森と表現すべきか。びっしりとコードやらパイプラインがびっしりと木の根のように張り巡らされ、部屋中のあちこちから、そのすべてが勇者を納めたカプセルへと集束する。
この機械の排熱を促進させるため、室内には冷却機能が作動しており、チクチクと肌を刺すような痛みを伴った寒さに満たされている。呼吸と共に、鼻や喉の奥までが凍りつくような感触を覚える。
タローはこの場所で解析されていた。
勇者と呼ばれる存在だけが持ついくつかの固有能力の総称/【勇者特権】。
これらの再現と社会実用のため、彼は日夜様々な機器を通してモニタリングされていた。
そしてもうひとつ同時進行で行われていたのは、社会インフラのエネルギー供給源としての利用。
すなわち勇者が保持する尋常ならざる莫大な魔力総量を人為的に搾取し、様々な社会インフラへ分配するということ。
つまりは、人間発電機というわけだ。
しかし、その供給も今潰えた。
エルザ姫の手によって。
「貴方は、変わり果てたこの世界をどう思うのでしょうか」
ふと、エルザ姫の声色に哀愁が籠る。
「……変わり果てたわたくしをどう思うのでしょうか」
それは畏れだ。
現在、彼女の身分はテロリスト。世界に仇なす敵なのだ。
紆余曲折あれど、異世界転生者/ブラック社長が率いる株式会社ハピネスの支配によって人類文明は飛躍して豊かになった。
魔解炉に利用価値のなくなった人間を使うという点を除けば、最適解の世界であるかもしれない。
故に彼女の内では迷いが生じている。
解放戦線としての活動は自分の利己ではないだろうか?
そして目覚めた勇者タローに拒絶され、ハッカイやアスカ同様に敵として相対しなければならないのではないだろうか?
これ以上、見知った仲間同士での殺し合いはもうたくさん。
そんな畏れを孕んでいた。
「それでも、私は逢いたかった――」
無論、勇者が味方となれば戦力としてこれ以上頼もしい存在はないだろう。
解放戦線は現状、戦力増強が急務だ。
この世界における最高意思決定機関と化した株式会社ハピネスを相手取るのが目的なのだから当然と云えよう。
しかしこうした組織の長ゆえの合理的な打算で再会を歓んでいるわけではない。
あくまでエリザベス=ペンドラゴン個人として、旧知の仲として再会を歓んでいるのだ。
「今はただ、貴方の声が聴きたい―――」
こうして、眠れる勇者が知らぬ間に物語は始まる。
この世界を取り戻すために。
異世界転生者との再戦が始まるのだ。




