TURN4/THE BEGINNING ③
――黒紫の閃光が無音の極小点から一気に膨らみ、鳴動する。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
「【滅殺漆黒剣】ッッ!!」
稲妻を帯びた斬撃が、まるで大蛇のように流動しながら膨張。荒野を一気に疾駆する。
真っ暗な曇天の下、荒れ狂う豪雨にさらされた連合軍所属の戦士たちは一同に防御や回避行動を取るが、無情にも【滅殺漆黒剣】は百単位の人間を薙ぎ払った。
「怯むな!前へ!!」
隊長格たちの号令と共に、連合軍兵士たちは一斉に動き出す。
近接系の戦士たちは剣や槍、斧、鈍器、徒手空拳を振り回す。弓兵は自身もしくは援護により属性付与された高威力過多な射撃を行う他、魔法使いたちは一斉に詠唱を行い、多種多様な属性の魔法攻撃を射出する。
その圧倒的物量はすべて、ただ一点。
たった一人目掛けて、集束する。
魔剣公ヴァシレウス。
魔界七武将の1人であり、最強の魔剣士。
銀髪の髪に上半身裸。右腕には銀の籠手を嵌めて、その手には真っ黒な剣を握っている。
なんと彼は単騎で、あろうことか連合軍の拠点に乗り込んできたのだ!
「さぁ、奏でろ!乱舞のメロディを!!」
その雄叫びを合図に、魔剣公は走り出す。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
「【竜鱗剣】!!」
手に携えた黒い剣が消失。入れ替わるように白い突起物だらけの大剣が出現する。
魔剣公はくるりと横回転。
【竜鱗剣】を横一線に振り抜く。
刹那、大剣の突起物が炸裂。
ヴァシレウスを囲う結界のように宙へと拡散する。
飛散した突起物群は属性付与矢や魔法攻撃に触れ、次々と爆破。
連合軍による遠距離攻撃を無力化していく。
▼魔剣公は 呪文を唱えた
「【輪廻転生】!【因果応報】!」
剣がまた入れ替わり、今度は炎と氷の双剣が出現する。
高速連続斬撃。朱色と青白いふたつの光が凄まじい速度で交錯し、竜鱗剣が撃ち漏らした遠距離攻撃を次々と斬り伏せる。
霧散していく魔法。叩き折れる槍や矢。様々な色彩を帯びた光が線香花火のように散っていく。
そんな最中、近距離戦用兵士たちが接敵。
彼等は勇猛果敢にヴァシレウスへ続々と飛び掛かっていく。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
だがそれに応じるようヴァシレウスは、次々とその手に持つ魔剣を変更させ、敵をどんどん斬っていく。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
縦に。横に。袈裟に。幾多に。一閃に。
縦横無尽。花鳥風月。天衣無縫。
あっちこっちで血飛沫が舞い、絶命の声が木霊する。
まるで竜巻が大軍に突っ込んだかのような勢いで、屈強な戦士たちが四方八方へと吹き飛んでいった。
―――不意に、魔剣公は刮目する。
刃と刃が激突した。
刹那、眩い閃光が迸ると共に拮抗。
剣を振るうヴァシレウスの膂力が何者かの手によって、遮られる。
つまるところ同等の好敵手が現れたことを示唆していた。
「御相手をつかまつろう。なんちって―――」
黒髪ポニーテールの巫女装束の女。
勇者パーティーの剣士/飛鳥だ。
その眼光は鋭利に研がれ、その手に握る日本刀のように妖艶な美しさを誇る。
直感する。強敵の到来だ。
魔剣公は嬉しさのあまり、白い歯を剥き出し、ニチャリと粘着質な笑みを思わずこぼす。
「―――推して参る!」
飛鳥の発声と共に、拮抗した剣をお互いが振り抜く。両者は弾き飛ばされ、地を滑走。
強制的に互いの間に距離が空く。
そして両者共に、再び眼前の敵目掛けて容赦なく斬りかかる。
飛鳥には現在、幾多もの強化魔法が掛けられていた。
腕力。防御力。魔法耐性。速度。などなど。
連合軍の魔法使いたちが総力を挙げて、付与する戦闘総合能力強化魔術。
名付けて【全集約強化】。
それらを統御しているのは、勇者パーティの医療魔術師/グリフィンだ。
「大賢者ホグワァァーーツ!整合作業が追いつきません!ご助力を!」
勇者パーティーの後方担当グリフィンの周囲では、大量の魔方陣がモニターのような機能を果たし、忙しなく点滅している。
これらの制御をグリフィンは一人で奮闘していたが、しかしその情報処理にも限界が近づいていた。
「却下」
だが大賢者ホグワーツはそれを隣で気だるげに眺めている。
「この戦場で、おまえさんにはその規模の魔術を扱うための大演算と処理方法を体感し、獲得してもらう。当然、失敗は仲間の死に直結するであろう。――死ぬ気でやれ」
「ひぃぃいいいっ!!」
グリフィンは悲鳴をあげた。
◆◆◆
「ひぃぃいいいっ!!」
一方、ヴァシレウスの周囲でも同じような悲鳴が起こっていた。
【連合軍】の兵士たちが次々と空高く打ち上げられ、絶叫しながら逃げ惑う。
「逃げろ逃げろ逃げろ!そっちへ行ったぞーーーっ!」
魔剣公と女剣士。
双方が広範囲での高速戦闘をおっぱじめ、連合軍兵士たちを巻き込みながら、あっちこっちで破壊を伴う剣劇を繰り広げ始めたのだ。
互いの刃が一撃一撃ぶつかる毎に衝撃波が巻き起こり、周囲を薙ぎ払う。
その移動速度は最早瞬間移動の域であり、各所を転々と転移。その渦中をまるで連合軍の兵士たちは、ドッジボールを回避する子供のように、必死で災厄の発生地点を予測しながら、ただひたすらに回避へ専念していた。
「クハハハハハ!いいぞ、もっとだ!」
一方、ヴァシレウスは愉悦に浸り、踊るように剣を振るう。
これほどまでの強敵に巡り会うことが出来ようとは―――
魔王イスカリオテとの闘いを除いて、無敗を誇る自分がここまで高揚したのはいつ以来ぶりだろうか。
眼前の敵・飛鳥の剣技はあまりにも美しい。
潔い剛の太刀筋と、芸術性に富んだ技の種類。
まさに花鳥風月。それらを封殺する自分の技量にも魔剣公は酔いしれ、その胸中では自己陶酔が充満していく。
一方、飛鳥もまた同様の快感に満たされていた。
自身の能力が限界突破を果たし、未知の領域へ突入している感覚にひどく興奮していた。一点集中状態による剣の冴えは、これまでの鍛練や経験則による剣筋からも明らかに逸脱している。
その卓越した剣撃の軌道は、万能感と新たなインスピレーションを自身にもたらしてくれた。
破壊と創造。再構築。
彼女の剣技は、新たなる段階へ移行しようとしている。
しかし、時間切れ。
幻夢は唐突に終わりを迎えた。
「!?」
すべての強化魔法が消失し 、飛鳥は我に帰る。
グリフィンの整合作業が追いつかず、ついに制御不可能を起こしたのだ。
その異変を、ヴァシレウスもまた察知する。
興醒め。しかし魔剣公の剣裁きは止まらない。
その表情に愁いを残しつつ、ここまで闘い抜いた好敵手に賞賛と尊敬の念を込めて、渾身の一撃を振るう。
―――死。女剣士は自身の敗北を悟る。
「【爆鳳拳】!」
刹那、魔剣公の胸部を衝撃が穿つ。
飛鳥を庇うように、彼女の前方にまで跳んできたひとつの影。
勇者パーティのひとり・武術家/ハッカイ。
鍛え抜かれた彼の拳が魔剣公を突き刺したのだ。
魔力で増強された発勁による運動エネルギーが槍のようにヴァシレウスを貫通。その威力に引っ張られる形で、魔剣公は後方へと吹き飛んでゆく。
「選手交代!わいに任しときィ!」
◆◆◆
「……やれやれ。ま、及第点っちゃ及第点かのう」
大賢者/灰色のホグワーツが【全集約強化】の整合作業を行いながら、嘆息する。
その隣では医療魔術師/グリフィンが【全集約強化】を統御するための情報処理に耐えきれず泡を吹きながら昏倒していた。
◆◆◆
ハッカイは、魔剣公ヴァシレウスの懐にひたすら飛び込んでゆく。
零距離近接格闘。
武術。それも徒手空拳の達人であるハッカイにとって、近接戦闘における間合いや距離という概念は必要ない。
通常の打撃は、拳をテイクオフ。
つまり拳を一旦引いてから、再度打ち出すという運動法則に従っている。
しかしハッカイの発勁。
もといワンインチパンチは、これらテイクオフの動作無しで対象に手を接触させたまま、運動エネルギーを発生させることが可能なのだ。
さらにその攻撃は、鎧通し。
すなわち内臓破壊と呼ばれる部類の技術であり、打撃というよりも波動や振動に近いため、如何なる防具を纏っても防御を成すことはない。
ホグワーツを介して注がれる連合軍の魔術師たちによる【全集約強化】。
ハッカイもまた、先ほどの飛鳥同様の全強化状態で魔剣公に戦いを挑む。
肘、膝、肩、頭突き、掌底、拳、蹴り。
凄まじい速度。脅威の柔軟性。零距離戦闘。
無数の打撃音が鳴り響く。
ヴァシレウスにとっては同じ剣士の間合いを持つ飛鳥よりもある意味厄介な相手であり、懐に飛び込まれた今、長物の間合いでは圧倒的に不利な状況だ。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
それらを認め、ヴァシレウスは長物の武器から短剣へと武装を変更する。短剣を逆手に持ち、超音速多連続で周囲を切り刻む。
連続する風斬音。それに反応したハッカイは後方回避。
斬撃を回避しながら、間合いを開いていく。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
「【疾風剣】!」
刹那、魔剣公が短剣の切っ先を向ける。
照準はもちろんハッカイ。
刃身が光ると、お手玉程度の竜巻の塊を射出。
それは見事にハッカイの腹部に命中し、破裂。
まるで散弾銃のように鎌鼬を四方八方に炸裂。その肉体を切り刻む。
―――筈だった。
しかし【疾風剣】が衝突する瞬間。
ハッカイは腹部に発勁の要領で魔力を一点集中。
【疾風剣】がぶつかるタイミングで爆破させ、その衝撃力で斬撃を相殺。
つまり無効化に成功する。
だが魔剣公は、そこまで想定済みだった。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
「【滅殺漆黒剣】ッッ!!」
追撃。膨張した黒い刃が波状となり、ハッカイを呑み込もうとその凶暴な顎を大きく開く。
しかし―――
「天壤無窮剣!」
不意に現れた飛鳥の必殺技によって【滅殺漆黒剣】は掻き消され、霧散する。
▼勇者は 呪文を唱えた!
「【ロケットパンチ】!」
魔力により形成された拳型の閃光が迫りくる。
魔剣公ヴァシレウスは【ロケットパンチ】を軽々と斬り払い、そして高らかに嗤う。
「―――来たか、勇者!」
眼前に集結する勇者パーティーの前線要員たち。
タロー。飛鳥。ハッカイ。
彼等は魔界七武将/魔剣公ヴァシレウスを正面から見据える。
その精悍な面構え。強者の風格。これまでに繰り広げた死闘の手応え。
合格点だ。まったく持って申し分ない。
これならば全力が出せる。
魔剣公ヴァシレウスは歓喜のあまり身体を震わせた。
「この姿になるのは、魔王イスカリオテ様以来だ。―――楽しませてくれよ」
▼魔剣公は 変身した!
ヴァシレウスは人間に近しい姿から、悪鬼羅刹。
いわゆる“阿修羅のような形態”へと変貌する。
その複数の腕には多種多様な魔剣が握られ、その特性に応じた魔法属性の輝きを放っている。
「―――【超勇者形態】!」
▼勇者は 呪文を唱えた!
それと同時に――――
ハッカイは勿論、再び飛鳥にも【全集約強化】が発動。
意識を失っていたグリフィンが復帰し、ホグワーツと共に再度整合作業を開始したのだった。
「ガンガンいこうぜ!」
勇者の合図と共に、【勇者パーティー】が一斉に飛び掛かっていく。
それに応じるのは、魔剣公ヴァシレウス。
多彩な魔剣を同時に一閃。
各個攻撃にぶつけていく。
初撃完封。
四者にとってこの刹那のときだけが永く、停滞しているかのように感じられた。
そして、時は加速する――。
刃が疾走する。
勇者パーティー三者による連携攻撃。
四方八方から。または一方向から。
そのときの最適解を。阿吽の呼吸で。
無言のまま。呼吸の隙も与えず。
剣戟の乱舞が押し寄せ。狂い咲く。
しかし魔剣公の名は伊達ではない。
まるで身体中のいたるところに眼が着いてるかのように。
それも驚異的な動体視力で敵の剣筋を捉え、六臂異形の腕に構えた魔剣が結界の如く迎撃していく。
そして防戦一方だった魔剣公の剣の軌道が徐々に徐々にと攻勢の太刀筋へと切り替わり、気付けば勇者パーティーの面々はいつしか防戦一方の立場へと転じてしまっていた。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
轟ッ! すべての魔剣が極彩色に発光。
【属性付与】を発動させる。
燃え盛る炎。凍える冷気。迸る雷。駆け巡る風圧。砕け散る岩石。禍々しい邪毒。
【属性付与】の威容は凄まじく、通常の兵士ならば最早その剣先にする迂闊に近付くことすらできない状態となっていた。
おまけに魔剣公の神業とも呼ぶべき絶技が重なり、勇者パーティは窮地に追い込まれてゆく。
絶対絶命。けれども勇者は諦めない。
▼勇者は 呪文を唱えた!
基礎魔法/【強度増幅】。
但し、剣に注ぐその魔力出力は刃が蒼白く発光するほどに過剰。
タローは魔力総量による力業で、【属性付与】の魔法属性に対抗しようと画策する。
(一瞬だけでいい。ヴァシレウスの剣を止めることが出来れば、勝機はある筈だ)
そして勇者は、魔剣公の太刀筋に集中する。
極限集中状態、突入!
ヴァシレウスが振るう刃がタローの尋常ならざる思考加速により、瞬く間にスローモーションへと変換されていく。
無論、あくまでこの事象はタローの内在で起こっている出来事であり、現実のスピード感はそのままだ。
「――見切った!」
次の瞬間、爆ぜる。
神速。超身体能力により体現する剣捌き。
横一文字による一閃。
その一撃が、魔剣公が放つ幾多の剣撃を打ち払う。
勇者の過剰な【強度増幅】が、極彩色豊かな【属性付与】を相殺。
切り払われた衝撃で、魔剣公の動きは一瞬だけ停止。
大きな間が生まれ、その驚愕からヴァシレウスは刮目する。
―――かくして、道は切り開かれた。
「色即是空・天壤無窮剣!」
「両儀四象八卦・黄帝龍!」
飛鳥とハッカイが同時に雄叫びをあげる。
ふたりの必殺技が、勇者が拓いた道を穿つ。
「ぐおおおおおおぉぉぉぉおうッッ!!?」
魔剣公の剣が数本。無様に宙を舞った。
喰らった強烈なダメージのせいか。
ヴァシレウスの変身は急速に解け、元の人間に似た姿へと萎んでゆく。
しかし、まだ倒れない。
▼魔剣公は 呪文を唱えた!
「【滅殺漆黒剣】ッッ!!」
閉ざされそうな意識の中。
歯を食いしばり、最後の力を振り絞った渾身の一撃を解き放つ。
だがそれを、勇者最大の奥義が狙いを定めるのだった。
▼勇者は 呪文を唱えた!
「【神鳥撃】!」
その一撃は最大出力の【滅殺漆黒剣】を粉々に打ち砕き、魔剣公ヴァシレウスを突き破る。
滅びゆく肉体と意識の中、魔界随一の剣士はかつてない幸福に満たされていた。
ヴァシレウスは生粋の戦士だ。
故に戦いこそが至上の喜び。命のやりとりの中で自らの魂が研磨され、上昇していく感覚。その頂を目指して、これまで修練を重ねてきた。
だが魔王イスカリオテに一度敗れ、且つその人となりに好感を抱いた彼は忠義を誓い、魔王軍に入軍。
人間界統一の暁には再度魔王と闘うことを目標に、今日まで人間界侵攻に精を出していた。
だが道半ばで、その目標は潰えた。
しかし後悔の念はない。
魔界の掟はたたひとつ、弱肉強食。
彼は戦士として誇り高く生き、そして戦場で誇り高く死す。
誇り高き敵によって。
その本懐が今、果たされたのだ。
「――見事なり。勇者たちよ」
かくして、【連合軍】は【魔界七武将】の一角に、初白星をあげることとなったのだった。
◆◆◆
魔剣公ヴァシレウス撃破によって勢い付いた【連合軍】はその後、【勇者パーティー】を前衛に次々と【魔界七武将】を打ち破っていく。
嵐戦空中要塞/天空貴族ガルガダ
環境異常樹海/蠢く森ウォールモート
道楽漫遊都市/道化王バル=マスケ
氷獄冥界墓跡/殺戮女神ネヒュテュス
暗黒海底沈船/邪新星クトゥノア
勇者タローたちは人間界の総力を注ぎこんで、尋常ならざる強敵たちを各個撃破。
ついには【魔王軍】の本拠地である“魔王城”の座標をも突き止める。
魔王城。人間界侵攻作戦における魔王軍の本拠地。
それは人間界と魔界の狭間に建造されていた。
故に魔王城への侵入は容易ではなく、【連合軍】ならびに魔術師たちの総本山/【時計塔】により早急に解析が進められ、その全容が明らかになる。
魔王に与えられた特権。
略して、【魔王特権】。
【勇者特権】の対となる魔王専用の固有能力。
その内のひとつに【創造支配】というものがある。
【創造支配】は謂わばダンジョン創造能力であり、内容としては人為的に“不思議のダンジョン”を発生させ、さらにその内部を自由に構築することができるというものだ。
つまり魔王城もまた、魔王特権/【創造支配】により創られた謂わばお手製ダンジョン。
そして時空の狭間に健在する不可侵の要塞。
しかしそれは敵の人類だけでなく、味方の魔族も同様の筈である。
故に軍隊の運用効率等を考えたとき、当たり前だが味方の出入りが出来ないなんてありえない。
つまり、鍵があるのだ。
魔王城への道を開閉する鍵。
つまり時空の壁を操作する術が。
そして解析の結果、それは儀式魔術によるものであり、【魔界七武将】が拠点とした支配領域にその儀式場が点在することが発覚する。
儀式魔術の発動権限は本来、各【魔界七武将】のみしか保持していなかったものの、さすがに全人類の叡智を結集すれば違法操作も容易い。
かくして道は開かれる―――
【連合軍】は総力戦に挑み、魔王城の領域へと侵入を成功させる。
無論、待ち構えるのは魔族率いる魔物の軍勢。
瞬く間に両者は激突。
こうして、最終決戦の火蓋が切って落とされる。
―――そして勇者パーティーの行く手を阻むのは、魔王軍七武将がひとり。
最後の生き残りにして、
最初の相対者/醜悪なるアグリー。
「げひゃひゃひゃ!待っていたぜ、勇者タロー!」
以前とは違い、全身が真っ白なカラーリング。
なんでも自身の肉体に様々な改造を施したのだという。
「これが俺様、醜悪なるアグリーの真骨頂!」
魔力を総動員させ、その力を解放する。
肉体が肥大化し、変容する。
アグリーはまるで枝や根が幾重にも絡まる大樹のように。
否、それはまるで出鱈目に繋ぎ合わせた森や街のような無作為さで、様々な魔物の特徴を表出させる。
それは嵌合体。
つまりは混沌獣だ。
「決着をつけるぞ!勇者ぁぁぁーーーっ!!」
最早、原形を留めることもなく、まさに醜悪なる怪物/アグリーは、勇者パーティーに襲い掛かる。
◆◆◆
醜悪なるアグリーは、その混沌とした肉体から無尽蔵に魔物を産み出していく。
その魔物たちもまた、混沌獣であり、創造主たるアグリー同様、醜悪な見た目を弄していた。
タローたちは、押し寄せるこの醜き魔物の軍勢を迎撃するものの――
「くっ、キリがない…………っ!」
飛鳥は忌々しそうに吐露する。
千軍万馬。いくら斬り伏せても斬り伏せても軍勢は増え続け、その根源であるアグリーに辿り着けそうな気配がまるで感じられない。
さながら混沌獣たちは、“肉の壁”。
その防衛力は破格であり、勇者パーティーの力を持ってしても、突破するのは困難を究めていた。
「勇者たちに援護を!」
魔術師たちが構築したモニターで、全体の戦況を確認していたエルザ姫が号令を出す。
決して他の戦場も容易な戦況ではない。
しかし勇者パーティーたちがぶつかっている“醜悪なるアグリー”を突破できなければ、これ以上の進軍は不可能だ。
王手。魔王の元まであと一歩。
ここで勝たなければ、人類に未来はない。
連合軍は勝負に出る。
「応援が来たで!」
ハッカイの感嘆と共に、後方より連合軍の増援が到来。
勇者パーティーを援護するため、魔法や弓矢、投擲などの遠距離攻撃が放たれる。
それらは醜き魔物たちの大軍を一掃し、続いて近接戦闘型の兵士たちが後詰めに参入する。
かくして形成逆転。醜悪なるアグリーの防衛線に綻びが見え始める。
「総員。ここは一点集中突破で行きましょう」
グリフィンが勇者パーティーに告げる。
タロー。飛鳥。グリフィン。ハッカイ。
そしてホグワーツ。
彼等は一点に集まり、陣形を整える。
そして、それぞれの必殺技を繰り出した。
▼グリフィンは 呪文を唱えた!
「すべての生命に祝福を!我等は汝の愛しき子にして汝の盾!【全生命息吹】!!」
刹那、勇者パーティならびに駆けつけた人類の精鋭たちは皆一斉に全回復が施される。
▼勇者パーティーは 必殺技を繰り出した!
「色即是空・天壤無窮剣!」
「両儀四象八卦・黄帝龍!」
「全属性混彩合一魔砲!」
「神鳥撃!」
爆砕。四つの必殺技は、魔物の群れを一気に灰塵と化し、穿たれた道程は一筋の一路を切り拓く。
「行くぞ!」
かくして、アグリー本体に辿り着いた勇者パーティーは力の限り好き勝手に暴れまくり、総攻撃。
蘇生と増殖を際限なく繰り返す“醜悪なるアグリー”だったが、勇者タローが核となる部分を発見し、これを破壊することでアグリーの自壊が急速にはじまった。
「ば、馬鹿な!すべての魔物の力を手に入れたこの俺様が―――馬鹿なァァァア!!!?」
醜悪なるアグリー、撃破。
これにより、すべての【魔王軍七武将】が【連合軍】の手により討伐された。
この吉報は瞬く間に魔王城で戦闘を行うすべての人類に伝播。彼等の士気を大いに沸かせることとなる。
「これであとは魔王だけだ………!」
誰しもが、そう思っていた―――
◆◆◆
魔法国ヴィヴィデバビデの首都レビオーサ。
魔術師たちの総本山/時計塔。
彼等は、故人である大賢者の長・|指環王《ロード オブ ザ リング》/トールキンの水晶に眠る予言の全情報の解析をいよいよ終えようとしていた。
「馬鹿な………!トールキン様の預言は魔王復活を指していたのではなかったのか!!?」
時計塔にどよめきが走る。魔術師たちは機材で散らかった研究棟を走り回り、急ぎ世界各国の首脳陣へと解析結果を通達する。
「く、来る…………!異世界転生者が来る!!」
◆◆◆
「|時は金なり《Time is money》―――」
魔王が座る筈の玉座には、男が1人座っていた。
それは、勇者たちの世界にとっては異質な風貌だった。
「来たな、勇者たちよ」
男は中年男性。
眉間にしわを寄せ、堅苦しく強面な印象。
黒髪の整えられた襟足の長いオールバッグ。
知性漂う顔相と鋭い目付き。
黒いスーツに襟シャツネクタイ。高級時計。磨き抜かれピカピカの革靴。
現代日本。サラリーマン。
だが、当時の彼等がその概念を知る筈もなく、魔族の装束か何かかと勘違いしていた。
「おまえが、魔王――――?」
勇者タローが問いかける。
だがその答えは、当然NOである。
「いや違う。俺は、そうだな………。さしずめ、ブラック社長とでも言うべきか」
「ブラック、社長?」
灰色のホグワーツが怪訝そうに復唱する。
「以前いた世界での俺の蔑称だ。とはいえ気にしなくていい。どちらかといえば俺ァ、この字名。けっこう気に入ってる」
ブラック社長は脚を組み、冷徹に勇者パーティーを見下す。
「そう、俺こそが異世界転生者/ブラック社長!これからこの世界を統べる者だ」
「異世界転生者………世界を統べる、じゃと?」
灰色のホグワーツは眉をひそめる。
大賢者をはじめ、勇者パーティーたちに並々ならぬ不穏な空気が伝播していく。
聞き慣れない言葉、異世界転生。
そして、実質の世界征服宣言。
状況は未確認であり、当初の予定も狂いっぱなしだが、だがしかし、この場の誰しもが確かに理解していることがある。
―――目の前の男・異世界転生者/ブラック社長は敵である。
「おっさん、魔王はどーしたんや?」
間髪いれずにハッカイが問いかける。
若き天才武道家の質問に、ブラック社長は嘲笑を浮かべた。
「無論、倒した。中々の強者だったぞ。だが、女神から授かった俺の能力の前ではなす術もなく敗れていったよ」
「魔王を………倒した………!?」
飛鳥が動揺する。
彼女はもちろん、他の勇者パーティーたちもまた、同じ気持ちを抱えていた。
これまで【魔界七武将】という数々の強敵たちと対峙し、そのどの個体も一個軍隊に匹敵するだけの戦力を単騎で保有していた。
【連合軍】。つまりは人類の総戦力をあげて、ギリギリの瀬戸際でこれまで勝利をおさめてきた。
そんな強者たちを束ね、あまつさえそれら強者よりも圧倒的強さを誇ると謳われる魔王軍の長/【魔王】。
その魔王すらも、このブラック社長という男は退けたという。
それも無傷。仲間を連れている様子もなく、悠々自適に尊大に玉座に鎮座するたったひとりの中年男。
すなわち、この男はひとりで魔王を倒したのだ。
勇者パーティーは、その事実に戦慄する。
―――中でも、勇者タローは致命的だった。
これまで魔王打倒のためだけに、その人生を捧げてきた。
謂わば、勇者の行動指針。
おかしな話ではあるが―――
若き青年の人生の大半を食い潰してきた“打倒魔王”という使命。
大人たちに言い聞かされてきた宿命。
いわば永年掛け続けられていた洗脳は―――
今、横から根こそぎ持っていかれ、自身の存在証明/存在価値を奪われたような錯覚に捕らわれていた。
彼の精神を削ぎ、燃え尽き症候群にも似た重度の喪失感。すなわち、心の空白を生じさせる。
そんな勇者の胸中も露知らず、ブラック社長は話を続ける。
「そうだ。俺が魔王を倒した。そして、これからこの世界に改革を興す。資本主義の導入。文明の近代化。超巨大企業体による世界統治。
―――つまりはそう、経済による平和の世紀。
俺は、この世界を最適化するのだ!」
「………いったいなんの話をしてるんだ?」
医療魔術師/グリフィンが困惑する。
無論、他の人員もまた理解が及ぶ筈もなく。
「ふむ、異世界か」
そんな中、灰色のホグワーツがポツリと呟く。
「魔界とはまた違う遥か遠い次元の彼岸。理論上、その存在は証明されておるが、御主がそこからの客人となると、前代未聞。史上初の渡来人となろう。だが見たところ、悪人の様子…………」
大賢者は手に携えた杖を、クルクルと回転させ、その杖の先端を床に叩きつけた。
室内に、ガァンと音が響く。
「つまりは侵略者。情けをかける余地もあるまい――」
くわっ、とホグワーツの眼孔が開く。
その顔相は如何にもやる気満々といったご様子。
大賢者もまた、勇者同様に魔王打倒を掲げてここまできた。そもそもの発起人である。
その使命喪失の混乱で生じたストレスを怒りという方向性に変換。突如出現した目の前の手頃な脅威にすべてぶつけることを決断する。
つまりは、八つ当たりだ。
そんな意気込みに索引されて勇者パーティーたちも皆、戸惑いながらも徐々にその武器を構えていく。
ホグワーツ。ハッカイ。飛鳥。グリフィン。
そして、勇者タロー。
焦燥と困惑。そして勇気を持って―――。
いざ未知なる強大な敵へ、挑まんとする。
「|時は金なり《Time is money》。手早く済まそう」
異世界転生者は好戦的に嗤う。




