TURN2/THE BEGINNING ①
──これは勇者の前日譚。
タローは、ペンドラゴン王国辺境に佇む小さな田舎・ヴィレッジ村出身。両親は宿屋兼酒場を地元で営業していた。
彼の運命が動き出したのは、“大賢者”が訪れたことからはじまる。
「ガハハハハッ、いやー奥様。見れば見るほどお美しいっ! どうです? このあと儂の部屋で夜のロールプレイングなんて!」
「もうっ、ホグワーツさん冗談が御上手なんだからっ♡」
豪快に麦酒を呷る老獪な巨漢。
彼こそが、大賢者/“灰色のホグワーツ”だ。
筋骨隆々。生え際が後退した髪と蓄えた髭が加齢により白く脱色しても尚、気力と体力、何より溢れんばかりの若々しい生命力を感じさせる老爺。
古い魔法使いの様式美である黒いローブに先の折れた三角帽子。そして、先端がグルグルした木の杖を携える。
そんなエロじじいの口説き文句をヒラリヒラリと躱す酒場の女将。
だがそんなふたりのやり取りを面白く思わない人間がいた。
「だああああーーーーーッッ!! このクソじじいッッ!!! テメーさっきから話聞いてりゃ、ウチのかみさんに色目ばっか使いやがって!! 表出ろ、ブッ殺してやるっ!」
酒場の店主、激怒。
水商売たるもの、酒と女。こんなやり取りは日常茶飯事な筈だったが、今日の酔客があの“灰色のホグワーツ”ということもあり、ヤキモキが止まらない。
マジで抱かれるかもしれへん!
そんな嫉妬と不安が燻り、爆発した結果だった。
「ああん!!? 上等じゃッッ!!! わしがただの温室育ちの魔法使いではなく、実地調査を重視する冒険者であることを教えてやらァッッ!!!」
一方、大賢者ホグワーツもまた、売り言葉に買い言葉。
酒に酔った勢いに任せて、激昂する。
普段なら決してそんな愚行を起こさない紳士的な彼だったが、敵の強さに本能的に引っ張られたのか?
はたまた運命の悪戯か?
とにもかくにも、こうして大喧嘩の火蓋は切って落とされた。
◆◆◆
村の外。レベル1に近い弱小魔物たちが必死で逃げ惑う。
▼大賢者は 呪文を唱えた!
思念言語。この世界における超能力/【魔法】を構成するプログラム言語。
心象で唱える無音声言語であり、これに付随して魔力を燃費することで指向性を持った超常現象を引き起こすことが可能となるのだ。
【全方位多属性魔法絨毯爆撃】、発動!
大賢者/灰色のホグワーツが放つ無差別破壊。宙に無数に展開しては消えていく幾多の魔方陣より射出される炎や落雷、水の激流。竜巻に土砂。毒液に氷塊。光線にブラックホールなどなど。
バラエティーに富んだこの世のありとあらゆる自然現象が容赦なく大地に降り注ぎ、敵を殺しにかかる。
まさに大賢者、全力全開!
だがそれは───
この老爺が素人相手に過剰殺傷を目論んで出力しているワケではない。
眼前の敵が、それほどの使い手だからだ。
▼酒場の店主は 呪文を唱えた!
「おおおおおおーーーーーーッッ」
酒場の店主は咆哮する。
【魔法無効化】、発動!
店主は、客の誰かが忘れて置いていった安価武器/銅の剣を片手で振るい、無双乱舞。
次々と襲い掛かってくる魔法爆撃をぶった斬り、縦横無尽に駆け巡る。
やがて、接敵。
酒場の店主は、それまで銅の剣が纏っていた【魔法無効化】の魔力を変換。
【不殺の魔力】に切り替え、 銅の剣を非殺傷兵器へと変貌させる。
「くたばれ、クソじじいッッ!!!!」
渾身の逆袈裟斬り。
刃は、天に向かって振り上げられる。
──筈だった。
▼大賢者は 呪文を唱えた!
「憤っ!!」
大賢者が、力む。
刹那、銅の剣。その切っ先が───
ホグワーツの腹斜筋に止められる。
驚愕。酒場の店主は、その眼孔を見開いた。
【強度増幅】、発動!
基礎魔法のひとつにして、灰色のホグワーツが尤も得意とする魔法。
自身は勿論、様々な対象に魔力を注入し、その強度を増幅させることが可能となる。
大賢者特有の絶大な魔力量。注ぎ込まれたその濃度によって、彼の肉体はすっかり鋼のように強固なものとなっていた。
「舐められたものじゃ。伝説の武器ならいざ知らず、市販の銅の剣程度でわしの肌に傷を付けようなどとは、この──」
ホグワーツは杖を捨てる。
そして、固く握りしめるのは右拳。
「無礼者がァァーーーーーーーッッ!!!」
直撃!
刹那、大賢者の鉄拳が炸裂する。
顔面をぶん殴られた酒場の店主は、血飛沫と涎を撒き散らしながら、錐揉み回転。
不時着する飛行機のように、大地を滑走する。
「嘘だろっ!? 旦那がまともに殴られるなんてはじめて見たぜ、俺ァッ!?」
眼を丸くした武器屋が悲鳴をあげる。
「“灰色のホグワーツ”。つまり、あれが本来の姿というワケか。【強度増幅】による徒手空拳。 それが尤も彼の大賢者が得意とする戦闘手段。 まさか生きてこの眼で拝むことになろうとは───」
村で一番物知りな村長が感慨深げに解説する。
「まほうのちからって すげェーーー!!」
デブでモブの村人が絶叫。
観戦するヴィレッジ村の村民たち。
彼等は酒とつまみを片手に酒場の店主と大賢者ホグワーツ、どちらが勝つかの賭けをしている。
胴元は、酒場の女将。
もちろん、彼女が賭けているのは愛する夫/酒場の店主。
………ではなく、世界中に名を轟かせる“灰色のホグワーツ”だ。
「──へっ、上等だ」
酒場の店主が、ふらりと立ち上がる。
不敵な笑み。口許に垂れる鮮血を拭う。
「さすがは大賢者/“灰色のホグワーツ”。噂に違わぬ勇猛だ。だがな───」
刹那、酒場の店主。
瞬間脱衣。
上半身裸となり、その鍛え抜かれた美しい筋肉をお披露目する。
「哈ァァァァーーーーーーっ!!!」
▼酒場の店主は 呪文を唱えた!
【超勇者形態】、発動!
雄叫びと同時に、店主を覆う魔力が金色に染まり、その奔流は激しさを急速に増していく。
「──勝負は、こっからだろうがよ?」
店主は得意気に嗤った。
その有り様を見届けるなり、大賢者は眼を細めて息を呑む。
「【超勇者形態】。そうか、やはり貴様が───」
それは、古の伝説。
世界中で語られるお伽噺。
*********
むかしむかし あるところに いっぴきの龍がいました。
ある日 龍は ニンゲンのお姫さまに ひとめぼれ。
龍は お姫さまをさらい すんでいた古城に とじこめてしまいます。
お姫さま つらすぎ ぴえん。
しかし そんなお姫さまを たすけるために
どこからか 勇者さまが 現れました。
勇者さまは 龍とたたかい 勝利します。
あまりのかっこよさに
お姫さまは おもわず トゥンク。
ふたりは またたくまに 恋におち
どこか とおい国で しあわせに暮らしましたとさ。
めでたし めでたし。
*********
勇者専用魔法/【超勇者形態】。
その力を扱うことができる酒場の店主とは、すなわち──
「──勇者の血統、か」
大賢者ホグワーツは、ほくそ笑む。
予言があった。
五大賢者の長にして指環王/トールキン。
彼の死に際に放った言葉が、全世界を震撼させる。
『大いなる混沌がが現れる………!』
魔法国ヴィヴィデバビデの首都/レビオーサの象徴であり、魔術師たちの総本山/時計塔。
謂わば魔術の聖地で、指環王/トールキンは恐怖のあまり絶叫。
そして彼はそのまま心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまった──。
残された賢者たちは、指環王・トールキンが使用した水晶を解析。
彼が遺した“恐怖の大王”の真意とその全容を調査する。
そして、水晶に遺された情報の一部。
その断片から獲られたのは、古代に封印された【魔王の復活】。
奇しくも時計塔は昨今、魔界に漂う魔力の異常活性を観測しており、それらのデータが過去の魔王復活に纏わる文献と詳細が一致していた。
さらに水晶から獲られた情報はもうひとつ。
それが、“勇者の再来”だった。
“魔王復活”に呼応して、勇者の血筋から“新たな勇者”が誕生するという予言。
かくして、これらの情報を元手に五大賢者のひとり/“灰色のホグワーツ”は、【勇者】の可能性を頼りにここヴィレッジ村に訪れた。
勇者の血筋を辿って───
「つまりは主こそが、世界に名を馳せる“冒険王ミフネ”」
感慨深そうにホグワーツは自身の髭を擦る。
冒険王ミフネ。現代を生きる伝説の冒険者にして、【冒険組合】設立の立役者。
人類未踏の領域を尽く踏破。彼の冒険と人脈が国際社会化を加速させ、世界地図の作成にも大きく貢献。その偉業を追いかけた多くの後進も活躍し、冒険者という職業は社会的地位を確立。国際交流という時流も相俟って、各国の冒険者を繋ぐ【冒険組合】は誕生。
冒険王ミフネはしばらくその会長の座に付いていた。
しかし元々の自由を尊ぶ放浪者としての気質からか、デスクワークや各国要人との折衝をはじめ国際組織の役職者故の貴族的な生活にウンザリし、【冒険組合】の会長を辞任。
以降はその行方を晦ましていた。
ホグワーツが古文書の解読や実態調査を地道に積み重ねていった結果、冒険王ミフネが勇者の血筋である可能性が発覚。
その足取りを追って、探偵あるいは諜報員のような大掛かりな捜索を開始。
世界的権威であるホグワーツは各国政府機関などの協力も経て、遂にはここヴィレッジ村まで辿り着いた。
「まさか酒場の店主をしておろうとはな」
「昔の話さ。冒険王の名は既に錆び付いている。今は女房の尻に敷かれたどこにでもいる平凡な亭主さ」
自嘲。だが酒場の店主/ミフネの表情は満足気。
彼はすでに名声以上の充足を知っている。
余程、現在の生活が幸福なのだろう。
そして、酒場の店主こと冒険王ミフネは構える。
それに応じるように、灰色のホグワーツもまた迎撃の態勢をとった。
束の間の静止。
だが二人の男たちは、すでに眼に見えない不可視の闘いを行っていた。
先制。すなわち主導権の取り合い。
気迫と予想。まるでチェスや将棋の打ち手たちが、幾つも先の手を読むように。
闘志で描いた分身同士が先行し、虚構を交えながら、未来の闘いを演舞する。
静寂。そして重圧。
観衆たちたちは、沈黙し、固唾を飲んで静止した二人の男たちの行く末を見守る。
そして、分身による演舞が終着した瞬間。
その解析完了を受け、漢たちは動きだす。
縮地。踏み込み。瞬間移動。
ミフネとホグワーツは刹那、観衆たちの視界から消える。
そして、次の瞬間──
轟ッ!
お互いの拳と拳が交錯し、お互いの顔面に激突。
メキメキと音を鳴らしながら痛覚を堪え、だが噛み締めるように停止する二人の姿が出現する。
おおっ! と観衆たちは同調するように感嘆。ポジティブなどよめきが迸る。
大賢者と冒険王はその初撃から一気に段階を上げ、一般人の眼には追えぬ速度で徒手空拳を相互に畳み掛ける。
両者拮抗。二人の間合いの範疇では、空気が破裂し、空間が歪み、大地が削岩し、土砂が弾かれ、闘いの律音が伝播する。
五大賢者の一角/“灰色のホグワーツ”が得意とする強度増幅による身体強化を物ともしない酒場の店主ミフネがスゴいのか。
将又、かの冒険王ミフネが使用する伝説の【超勇者形態】に着いていく大賢者ホグワーツがスゴいのか。
世界最高峰のド突き合いは見事なまでに拮抗。
さながらひとつの舞踊のように観衆たちを魅力する。
(──チッ、埒が空かねェ)
酒場の店主ミフネはそう判断すると、徒手空拳の連打の切れ目を見計らって後方へ大きく跳躍。
大賢者ホグワーツもまた、その機を待ち望んでいたかのように同様の動きを展開。
ふたりの間には、長距離の間合いが開く。
「………決着を着けようか」
ミフネの言葉。その眉間には一層険しく皺が寄り、相当の覚悟が窺える。
それに同意したホグワーツもまた「うむ」と一言。
お互いの実力を認めた上での、賛辞と決死の選択。
刹那、二人の魔力が爆発的に膨れ上がる。
小細工不要。真っ向勝負。
お互いの奥の手。その奥義の中の秘奥。
つまり、必殺技を以てして、この闘いに決着をつける。
“灰色のホグワーツ”が手をかざす。
刹那、地面に伏していた杖がひとりでに起き上がり、ホグワーツの掌に向かって飛んで行く。
大賢者はそれを力強く掴む。
▼ホグワーツは 呪文を唱えた!
【全属性混彩合一魔砲】、発動!
ホグワーツの背後に幾多もの魔方陣が展開される。それは一つの円に囲われ、巨大な魔方陣へと変貌していく。
魔法陣は回転。徐々にその速度を増していき、それに比例して大賢者の周囲を強烈な風圧が囲う。
そしてボグワーツが持つ杖の先に、多種多様な色彩を帯びたエネルギーが集束。
それは黒い斑点を伴ったエメラルドグリーンの輝きを放った。
▼酒場の店主は 呪文を唱えた!
【神鳥撃】、発動!
勇者の血統のみが扱える唯一無二の必殺技。莫大な魔力が黄金に輝きながら、ミフネの周囲で鳴動する。
冒険王は両手を合わせ、その矛先をホグワーツに向けて照準を合わす。
莫大な魔力は鋭く研磨されていき、構えられた両手へと集束していく。
「「おおおおおおおおおぉぉぉーーッッ!!」」
咆哮。
そして両者共に、阿吽の呼吸で必殺技を同時に射出する。
【全属性混彩合一魔砲】
【神鳥撃】
お互いの必殺技が勢いよく激突する。
それは最早、天変地異。
眩い閃光と大震動。そして、衝撃波が天地を割る。
人智を越えた圧倒的光景と勝負の行く末を、呆気にとられた観衆たちは言葉と表情を失ったままただただ見守る。
そして決闘の当事者であるミフネとホグワーツは険しい表情で、結末を見定める。
世界が、光に飲みこまれていく──
◆◆◆
「かんぱーい!」
賑わう酒場。村中の人間たちが募り、無作為に麦酒をひたすらに呷る。
「ガハハハハ!いやー、さすがは冒険王と名高きミフネ。此度の喧嘩、まったくもって見事なり!」
大賢者/灰色ホグワーツが豪快に笑う。
その肩を共に抱くのは、冒険王こと酒場の店主/ミフネだ。
「いやいや、それはこちらの台詞だホグワーツ。魔法の腕もさることながら、まさか【強度増幅】による徒手空拳があそこまでの性能を誇るとは。いやはや、まさに天晴れ!」
先ほどまで喧嘩という名の殺し合いをしていたにも関わらず、二人はまるで旧知の仲のように互いを理解し尊重する。
そんなおっさんどもの手の平の返しように、酒場の女将は呆れ顔だ。
「それでミフネ。儂がこの村に来た理由だが──」
ホグワーツが早速本題へ入ろうとする。
しかし、その言葉をミフネが静止する。
「皆まで言うな。事情は大体察している。【勇者】を探しているんだろう?」
そして──
「結論から言おう。俺ァ、勇者ではない」
「何を今更!?あれほどまでの力、何より【超勇者形態】を使用しておいてそりゃないだろう」
「【超勇者形態】は俺が冒険の最中、危機的状況を迎えた際にたまたまリミッターが外れて体得したもんだ」
ミフネは説明をはじめる。
「つまりは後天的能力。だがオマエさんたちが探している【勇者】ってのは、それを先天的に体得している。もっといえば、【超勇者形態】はあくまで“勇者の力の一部”に過ぎない。世間に知られてないだけで【勇者】と認定されるには他にも必須の力が幾つか存在するんだ」
「なんだと?そんな話、儂の権威を持ってしても聞いたことがない。いったいどこでそんな話を───」
「勇者の血筋だからだ」
ミフネはキッパリと答える。
「【勇者】に関しては俺たち以上に精通している人間はこの世に存在しない。そして、安心しろホグワーツ。すでに勇者はこの世に生誕を受けている」
その言葉にホグワーツは息を呑む。
ミフネの実力を以てしても、まだ【勇者】には届かないというのか。
そして、それ以上の逸材がこの世に居るという事実。
灰色の名を冠する大賢者は驚嘆していた。
「紹介しよう。オマエがお求めの【勇者】にして、俺の息子──」
その言葉と共に、ホグワーツの前に人影が現れる。
それは赤い髪のマッシュルームカット。
線の細い体躯に、気だるげな雰囲気。
「タローだ」
「どもっす」
それは、まだ年端もいかぬ幼い少年だった。
タロー。当時10歳。
彼が、後の勇者である。
◆◆◆
勇者としての特権。
略して、【勇者特権】。
勇者タローは現在、3つの【勇者特権】を有している。
【起死回生】
寿命以外の死を超越する能力。
どんなに無惨な死を迎えても、この世界がタローの死を認めることは決してない。
勇者の象徴が不死鳥たる所以である
世界の寵愛により、勇者は何度でも甦るのだ。
【全表示化】。
タロー自身とその視覚内に写る様々な情報を可視化した拡張現実能力。
仲間の能力値や現在地の状況などを網羅する。
【限界突破】。
タローとその仲間たちの成長を加速度的に促す育成能力。強大な魔王に対抗するため、状況に応じた臨機応変な成長を可能とする。
以上3点。
これらこそが、酒場の店主にして冒険王ミフネが詳述していた【勇者】として必須な力の数々だ。
ちなみに“超勇者形態”は、【勇者特権】に含まれない。
勇者専用魔法と謳われつつも、酒場の店主/ミフネのように血筋の者であれば何かしらのキッカケによって発現する代物だ。
「もっともこれらは最低限の権能であり、歴代の勇者たちには個々に応じた『固有の勇者特権』が確認されている。これはあくまで推測だが、それらは勇者個人がその時代毎に直面した障害を乗り越える力を求めた結果、無意識化で【限界突破】を応用して生み出した産物だと俺は仮定している。今後タローにも、タローだけの【勇者特権】が発現するんじゃねぇかな」
ヴィレッジ村の外。村の近辺にてミフネは独白する。
それに耳を傾けるのは大賢者/灰色のホグワーツ。
ふたりの大人は、弱小魔物たちと戯れる息子/タローを傍観する。
「タローの潜在能力は未知数だ。だがそれ故に危うい。【勇者特権】は悪用すれば、世界の均衡をも破壊しかねない代物だ。一時期は【冒険組合】なんかを利用して経験値稼ぎに冒険者たちのお供なんかもさせていたが、タローの有益性に気づいた連中が様々なアプローチで俺たち家族に近づいてきた。実にくだらねェ」
「それだけの逸材だ。仕方あるまい」
「俺たちは誇り高き勇者の一族。だがそれは同時に呪いだ。俺たちに平凡な暮らしは望めない。そう思っていたんだ。だが──」
そう言って、ミフネはヴィレッジ村を眺める。
世界の片隅にひっそりと佇む場末の村。
素朴な生活。慎ましい外観。無知な住民。
「良い村だろ?」
故に勇者の一族であるミフネは救われていた。
その問いかけに、ホグワーツは「ああ、そうだな」と答える。
「ここには俺たちが求めた平穏があった。田舎者はよくも悪くも無知で平等だ。勇者の一族だろうがなんだろうが関係ない。タローに【勇者特権】が備わってることに気づいたとき、俺は来るべき時が来るまでに、できるだけタローに普通の生活を送らせてやろう。そう思っていたんだ。だが──」
ミフネは、大賢者の眼を見据える。
「遂に来ちまったんだな」
その瞳には、哀愁があった。
誇り高き勇者の一族。
この世のすべてを踏破した冒険王。
村中に愛される酒場の店主。
それら人生の酸いも甘いも謳歌した達人特有の熟練した瞳。
ではなく──
あくまでそれは平凡な──
ごく普通の父親たちが誰しもが皆持つ親離れを悟ったときの哀愁の瞳だった。
「──あんたになら、任せられる」
ただの父親/ミフネが真摯に思いを伝える。
ホグワーツはその意を汲み、一言。
「最善を尽くそう」
そう、答えた。
それは当然、世界と──
その運命を背負うことになる一人の若者の人生のために。
かくして勇者タローは、大賢者ホグワーツに預けられる。
そして二人は、広い世界へと旅立つのだった。




