TURN1/勇者と魔王
──世界は近代化を迎えていた。
異世界転生者/ブラック社長の降誕を発端とした社会変革/【世界編纂】。
それまで運用されてきた農業を中心とした君主制度による封建主義社会は強制的に終止符が打たれ、時代は工業を中心とした民主制度による資本主義社会へ急速に移行。
“魔導器”と呼ばれる古代文明が残した遺産を再現・加工・量産した機械活用による産業化が瞬く間に推し進められ、市場メカニズムの合理化はそれまで持たざる者たちであった一般市民にも財を得る機会を与えた。
かくして半ばカースト制度染みた身分制の固定観念は駆逐の一途を辿り、個人の価値を測る新たな指標として、どれだけ資本を獲得しているかという拝金主義にも似た社会階級が誕生する。
その頂点に立つのは当然、異世界転生者/ブラック社長。
彼が創設した国際巨大企業/【株式会社ハピネス】こそが事実上、世界の中枢機関というわけで───
そんな【株式会社ハピネス】が席巻するこの時代を、人々は“経済による平和の世紀”と呼んでいた。
「吾輩たちはそんな時代に反旗を翻す、謂わばテロリストというわけだ」
晴れ渡る空の下、青髪褐色肌の男が威風堂々宣言する。
そんなに胸を張って云うことか、と勇者タローは呆れを込めたジト目を向ける。
ここは安易な物言いをすれば、長期休暇にもってこいな南の島のリゾート地。
南アリアドス洋に浮かぶ1192の島で形成された海洋国家/オケアノスの領内に属する島のひとつである。
とはいえ、地図にない島。
とある資産家が所有する別荘地。表向きは慈善活動に精を出す国際的な影響力を持った公人という立場だが、その裏では巨大犯罪組織を束ねる首領という二面性を持つそんな資産家が協力者として、テロリストを名乗るこの青髪褐色男に提供した、謂わば秘密のアジトである。
──勇者は現在、その別荘の庭園内に設置されたプールサイドへ訪れていた。
プールサイドでは、人間と魔族が和気藹々と共存しながら遊泳や日光浴を楽しんでいる。
無論、カジュアルな格好ではあるものの軽微な武装をした警備員もチラホラ見受けられる。しかし憩いの雰囲気を壊さないような配慮が垣間見られることから、本日はあくまで遊興が主旨なのであろう。
ありえないことだ。
現代においても人間と魔族間の軋轢は未だ健在であり、このような光景は世界中広しといえど本当にここだけではなかろうか。それくらいありえないことなのだ。
とてつもない違和感に周囲を観察するタロー。
そして観衆の視線もまた、勇者に集まっていた。
無論、これからの時代の台風の目であり、世界一の有名人と言っても過言ではない勇者に、誰しもが興味津々だった。
そんな周囲を余所に、青髪褐色肌の男は話を進行する。
「ようこそ、【解放戦線】へ。貴様の入隊を歓迎するぞ、勇者よ」
【解放戦線】。
【株式会社ハピネス】が支配するこの“経済による恒久的平和”に反旗を翻す者たちだ。
組織は主に2つの大きな組織の同盟によって成り立っている。
ひとつは【王女派】と呼ばれる人間の勢力。
そしてもうひとつが、かつての人類の天敵/【魔王軍】の残党。すなわち魔族による勢力である。
何を隠そう、今目の前にいるこの青髪褐色男こそが───
「吾輩こそが、魔王軍の総司令にして万物の王。――魔王イスカリオテぞ!」
このドヤ顔である。
勇者は訝しむように、魔王を名乗る青髪褐色男をまじまじと観察する。
魔王イスカリオテ。
青髪ウルフカットに黄金の瞳。八重歯を剥き出しにする妖しげな笑みは、快活さと狡猾さを滲ませる。
斑模様の入った黄色いアロハシャツスタイルは全開で、褐色肌の肉体は筋骨隆々を誇る。
ハーフのチノパンに、足元は黒いスポーツサンダルという出で立ち。
風格こそ南国系マフィアのボスっぽい雰囲気があるものの、その飄々とした態度にはそのへんのチンピラ然とした印象が拭えない。
そして、何よりも───
「まさか、魔王が人間だったなんて───」
今更ながら、勇者は染々と述べる。
魔界の知的生命体/魔族の容姿は千差万別。
多様性に富んでおり、獣のような姿から爬虫類や昆虫、海棲生物。植物や無機物、竜に鬼に悪魔。無論、人間に近しい種族だとエルフやドワーフなども存在する。
しかし、眼前にいる魔王イスカリオテは人間に類似した種族などではない。
まさしく、人間なのだ。
「この姿は仮初めでな。死霊降術を礎とした様々な我が軍の叡知を結集して、吾輩の魂をこの肉体に繋いでいるに過ぎん。おかげで弱体化が著しくてな。まったく嘆かわしいことだ」
フハハハ!と魔王は高笑いをあげる。
古来より言い伝えられる魔王イスカリオテの姿形は時代によって異なりはするものの、共通事項としてはやはり生命体としての肉体強度だろう。
一説には襲名性であり、歴代の魔王はすべてイスカリオテを名乗る別個体という説が魔術師の聖地/魔法大国ヴィヴィデバビデの魔界研究家たちにより提唱されていた。
しかし、それらは魔王イスカリオテ当人ならびにその配下たちから否定される結果となる。
魔界の掟はただひとつ、弱肉強食。
常在戦場。魔界は常に群雄割拠の戦国時代。
覇権を巡り、下克上が絶えない無法地帯こそが魔族の日常なのだ。
故に伝統を重んじるだとか、権力を継承するだとか、血族による支配だとか、そんな人間染みた権力争いは存在しない。
───力こそがすべて。
だからこそ魔王という座は、それだけの価値がある。
イスカリオテ以外の魔王が現れないのは、単純に魔界の勢力図が常に拮抗しており、そこから抜きん出る実力者がイスカリオテを除いて現れないからである。
つまり魔界はそれだけの激戦区ということであり、復活する毎にそれらを突破する魔王イスカリオテの実力が頭ひとつ抜きん出ていることを示唆していた。
200年周期の復活を経て、魔王イスカリオテは過去の名声に頼ることなく、必ず腕っぷしだけでその時代の猛者たちを屈服させ、毎度毎度魔界を制覇してきた。
そして、これらの事実から帰結する結論として───
イスカリオテは現在、この人間の姿で魔王軍を統括しているということだ。
──すなわち、単純に強いのだ。
無論、現在の肉体はあくまで人間であるため、魔族と比較すると生物学上その肉体組成はあまりに脆弱。
しかし、この世界の万物には“魔力”と呼ばれるエネルギーが巡っている。
このエネルギーの扱い方ひとつで、肉体が強靭になったり、超常現象を引き起こすことが可能となる。
つまり十中八九。魔王イスカリオテは、この魔力の総量および扱いが誰よりも長けていることが推察される。
おそらく勇者と同等。あるいはそれ以上に───
「そうか、おまえも敗けたんだったな。あの異世界転生者/ブラック社長に───」
「然様。貴様同様にな。故に魔族の肉体を失い、このような姿となってしまった」
魔王はそう言うなり、『まぁ、座ろうや』とジェスチャー。
近くに設置された手頃なテーブル席へ案内する。
「貴様が異世界転生者/ブラック社長に敗れ、眠りについてから約3年の月日が経過している」
そう、何を隠そう勇者が異世界転生者に敗れてからすでに3年の月日が経過していた。
勇者は不死身である。
不死鳥を象徴とする彼等は“勇者特権”と呼ばれる先天的な特殊能力を所持しており、その内のひとつ・【起死回生】により天寿を除くすべての死を無効化することが可能なのだ。
だがこの権能が起動するためには幾つかの条件が必要だった。
これまで体験した勇者の復活は、大きく分けて2つに分類される。
即ち、遺骸の有無だ。
勇者の肉体が消失した場合、どういう理屈なのかその肉体は最寄りの教会に常設された勇者専用の棺桶の中で再生が施される。
一方、遺体として残存した場合、その肉体は死亡した現場にそのまま残ることになる。これを教会に持ち運び、先述した勇者専用の棺桶に収納することで復活が促進される。
勇者が眠っているという表現は、この【起死回生】における後者を、謂わば中途に留めたものだ。
人類と魔族の最終決戦/“魔王城の戦い”で勝者となった異世界転生者/ブラック社長は“勇者研究機関”と呼ばれる軍事施設にて、勇者の遺骸を保管。
“勇者特権”の研究をはじめ、その無尽蔵とも謂える勇者の魔力を随時搾取。
勇者研究機関の施設一帯は疎か、一国の社会インフラを保全するまでのエネルギー源として大いに利用。
謂わば、人間発電機として機能していたのだった。
だがそれ程までの恩恵を齎せば、その要因が外部に漏れるのは必定。
かくして勇者は【解放戦線】に救出され、3年ぶりの復活を遂げることになる。
そして現在というわけだ。
「この3年間はこれまでの歴史では考えられないほどに文明のレベルが進歩した。それも加速的にな」
具体的に明示すると、読者諸君が暮らす世界でいうところの中世から現代へ一気に駆け抜けている。
あまりに異常な速度だ。
これらの背景には、“魔法”というこの世界独自の文化が大きく作用していた。
この摩訶不思議トンデモ技術を、【株式会社ハピネス】という一元化された指令系統に結集。全世界というひとまとまりの単位で文明開化に動員したことで、常軌を逸脱した爆発的な生産性を創出。文明のレベルをここまで一気に押し上げた。
無論、その陣頭指揮を執ったのは異世界転生者/ブラック社長。
すべてが彼の功績であり、歴史は勝者が築き上げるという典型的な事例だ。
「【世界編纂】。当時の連合軍ならびに魔王軍による最終決戦/“魔王城の戦い”に参戦したすべての勢力を単騎で壊滅させた異世界転生者/ブラック社長により執り行われた歴史の分岐点。【世界編纂】で行われた主な取り組みは2つだ」
魔王は、チョキの要領でボディランゲージ。
概略を説明する。
「ひとつは貴族制度の撤廃。“天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず”。すべての人間は平等という大義の名の下に、当時の支配階層。つまりは王侯貴族から支配権を奪うことで名実ともに世界の実権を握ることが出来たのだ」
黙ってコクリと頷く勇者。神妙な面持ちで真摯に耳を傾ける。
「そしてもうひとつが軍事力の放棄。世界各国が保有する自国の軍事力をすべて放棄させ、株式会社ハピネス提供の安全保障軍事サービス/【解決部隊】に加盟させた。強制的にな」
【解決部隊】。
株式会社ハピネスが保有する実質の私設軍隊。表向きは民間軍事会社となっており、歴史的転換期である【世界編纂】にて各国が軍隊を放棄した代替機能として設立された。
資金、物資、人員提供と引き換えに加盟国の安全を保障する国際的な治安維持機構だ。
「時に勇者よ、国とはなんだ?」
「……人の集団における最大値とか?」
「暴力の独占。ひとつの主体が合法的な暴力装置を保有する領域を指す」
「……中々に物騒な切り口だな」
「たわけ。抑止力なくして国の存続などあり得ない。生命の本質は弱肉強食。生存競争こそが真理。平和とは、すべての万物にとって不自然な状態だ。この世は万物照応。小規模だろうが大規模だろうが本質は変わらない。如何なる規模に置いても、それは不変の真理なのだ!」
「さすが世界征服を企んだ外道。詭弁が過ぎるんだよ」
勇者は呆れた様子で、軽蔑の視線を向ける。
しかし魔王は揺るがない。
「だが事実だ。実際、【株式会社ハピネス】は世界中から暴力を剥奪し、そして独占することで前人未到の統一国家。すなわち超国家としての実態を手に入れた」
株式会社ハピネスは、現代社会における中枢機関にして社会体制そのものだ。
旧世代の財閥や商社を複合させた国際巨大企業であり、実質的な世界の統治機構。
現代は、株式会社ハピネス主導による企業統治によって成り立つ時代であり、つまりそれが“経済による恒久的平和”というわけだ。
それら情報を統合し、勇者は現在の社会状況を要約しようと努力する。
「つまりは貴族制度が撤廃されたことで、いわゆる階級社会は失くなって、軍隊も独占されることで国家間の戦争が失くなって。オマケに今の世の支配者は、いわば商人ってわけで───」
勇者、思考中………。
「じゃあ世界は今、平和なんだ。良いことじゃん」
「おめでたいヤツだな、貴様は」
今度は魔王が呆れた様子で、ジト目を向ける。
「統一国家の行く末は、社会主義に発展していくものだと相場は決まっている。そもそも“経済による平和の世紀”は、魔導器文明の再盛期と言えよう。【株式会社ハピネス】は各国が保有する魔導器の回収をはじめ、古代文明の遺跡からも発掘作業を行い、それらを複製・量産・発展させることで社会インフラのレベルを底上げしてきた経緯がある」
“魔導器”とは、古代文明が残した魔力を動力源とするオーパーツだ。
主に魔力を注入して別のエネルギーに変換する類のものが多く、大小サイズも様々。当時の文献や建造物の名残から、古代文明は魔導器を発展させて社会インフラにも活用した非常に高度な文明だったと推察される。
【株式会社ハピネス】はそれら技術の再現に尽力しているのだ。
「故に反乱分子との確執を明確にしたともいえる」
「文明が豊かになることに対して不満を訴える人間がいるってのか?」
「物事には必ずメリットとデメリットが存在する。立場の相違によって利害の差異が生まれる。だから貴様はおめでたいのだ」
その言葉に、勇者は黙って口を尖らせる。
「先程、統一国家の行く末は社会主義になると話したな」
それまでの飄々とした態度とは一変。
魔王の表情が真剣なものへと移ろう。
「領地の拡大が上限に達した国政は、やがて資源の配分を必然と行ってゆく。資源には限りがあるわけだからな。如何なる体制の中枢機関がこれらを運営しようとも、その結末は変わらぬ。すなわち経済と権力の一極集中。これにより生じるのは、激しい不平等と格差だ」
「待てよ。貴族制度の撤廃で不平等はなくなる筈だろ?」
「この世の優劣が出自だけだと?時代が変われば、身分を推し量る物差しもまた変わる」
「じゃあ、なんなんだよ。“現代の物差し”ってのは」
「社会への貢献。すなわち成果主義だ」
「至極真っ当な話じゃないか」
「つくづくおめでたいヤツだな、貴様は」
それは冷笑。皮肉が籠っていながら、先程までのまだ温かみの残った笑いとは違う。
侮蔑の視線。タローは困惑をする。
「よいか?資源には限りがある。優劣には順位が付けられる。つまり社会の中枢に近しい者ほど高い報酬を得られ、遠い者ほど低くなる。資本に基づく階級社会は新たな不平等を生じさせる。さらに【株式会社ハピネス】が索引する“経済による平和の世紀”は利益追求型社会。すべての意志決定は【株式会社ハピネス】の利益に従う形で進行する。すなわち個人の自由が制約される社会。そこに表現の自由や職業選択、プライバシーなど存在しない。すべてが【株式会社ハピネス】によって決定される」
「極端すぎないか?まるでディストピアだ」
「世界を制する、とはそういうことだ。すべてが極端に傾くのが統一された世界というもの。吾輩が抱いた野望の行く末だ」
息を飲む勇者に対して、魔王はさらに話を続ける。
「そして文明が豊かになればなるほど、確実にぶつかるのがエネルギー問題だ」
「エネルギー問題?」
「すなわち、魔力」
“経済による平和の世紀”は“魔導器文明の再盛期”といえる時代であり、その動力源は魔力。【株式会社ハピネス】は様々な方法で魔力の抽出を取り組んでいる。
「社会インフラの根幹は生命の根幹と変わらぬものだ。世界は魔力で構成され、文明もまた魔力で構成される。そして人の肉体もな。貴様も吾輩も、誰しもが魔法を使用するにあたっていずれ限りがあるだろう?“魔導器”によって開発された社会インフラの大半は、この大地の龍脈から抽出して成り立っている」
「つまり、この世界を巡る魔力にも限りがある、と」
「豊かな文明にはそれ相応の運用コストが必ずかかる。そして人類とは、一度覚えた贅沢を手放すことに耐え難い生き物だ。人類は今、この世界の寿命を削ってその贅沢を享受している。これら事実を環境破壊という」
「戻れないのか、人類は?僕が眠る前の時代に──」
「不可能だ。それには【世界編纂】並みの大事変が必要となろう。それこそ、異世界転生者級のな」
「異世界転生者……」
ふと勇者の肉体に痛みが奔る。
過去の古傷。勇者装備のひとつ・勇者の鎧が破壊されたときの鳩尾を穿たれたときのものだ。
だがしかし、それは錯覚にすぎない。
タローはすでに全快している。
つまりは幻肢痛。心的外傷だ。
“魔王城の戦い”で決した敗北の追憶が、タローの身体を蝕んでいるのだ──
「だが株式会社ハピネスも無能ではない。“魔導器文明の再興”をはじめ、この短時間で人類の発展をここまで押し上げた実績がある。中央集権のメリットは意思決定と実行の速さだ。株式会社ハピネスはこれらエネルギー問題に対してとある策を施行した」
「とある策?」
「そう、それこそが【魔解炉】だ」
魔王は話を続ける。
「この世界のすべての生命は、“魔力”を必ず持ち合わせている。これらを出力・変換する技術を“魔法”と呼び、魔法を使える者たちを【魔法使い】。その最たる専門家たちを【魔術師】と呼ぶ」
【魔術師】と【魔法使い】の境目はズバリ、基礎魔法の習得だ。
①自身の身体強化
②携行物の強度増幅
③ボール系魔法
以上三点を身に付けた上で、“三種類以上の属性魔法”を使えることが基準とされており、これらの習得者が【魔術師】とされている。
魔力には、指紋や網膜のように個体差があり、個人認証にも使用可能。
また血液型のように、必ず個々の属性を兼ね備えており、環境や相性によって能力上昇、能力低下などの体調状況を左右する。
「【魔解炉】とは、魔力を抽出・加圧し爆発的に増幅させることで社会インフラを安定供給させるための施設だ。
その燃料となるのは、魔力が籠った鉱物やあるいは魔導器。
そして、生命体。
基本的には、魔物と魔族だ。
人間界の生命体と比較して、魔界の生命体は純度の高い魔力を内包しており、低コストハイリターンが確約されている。
よって【解決部隊】をはじめ、【冒険組合】の冒険者たちは“経済による平和の世紀”を迎えた現在でも魔物討伐を生業のひとつとしており、昨今では魔界進出にも注力している」
「つまり、おまえたち魔族は狩られる側に回ったと?」
「然様。皮肉なものだな。貴様等とシノギを削りあった先の時代。人間界は我が魔王軍の侵攻を受け、混沌を極めていた。我々魔族は捕食者として人類を地の果てまで追いかけ回したというのに、時代の変遷を経ていつしか立場は逆転していた。因果応報といえば月並みだが、いつの世も盛者必衰。永遠とは誠、御伽噺に過ぎんのう」
「──性懲りもなく何度も復活している輩がよくいうぜ」
魔王は、不滅の存在だ。
その魂は魔界に繋がれており、彼は悠久の時を彷徨っている。
闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり。
すべては表裏一体。そして魔王が不滅ならば、勇者もまた不滅なのだ。
「貴様たち“勇者の一族”との因縁は、彼是1000年前にまで遡る。以降、我輩は転生を繰り返し、200年毎に復活を遂げてはゼロから魔界を統一し、人間界へ侵攻作戦を企てる日々が始まった。
今回でその数、6度目!
いや、この人間の姿を含めると7度目か。
その都度、貴様の祖先が悉く吾輩の前に立ち塞がりその野望を打ち砕いてきたワケだが、まさかその末裔と共闘することになるとはな」
「ってことは僕は【6代目勇者】になるわけか」
勇者もまた、そんな遠い祖先たちに思いを馳せる。
なんとも壮大な物語だろうか。
その生き証人がここにいるというのだから、尚更だ。
もっとも、そいつは一族が永年追っていた敵であるのだが───
「てゆーか、その都度ゼロから軍団を作ってたのか?」
「うむ、如何にも。まず転生すると姿形どころか種族すら全然変わってくるのでな。吾輩がかつての魔王であることを誰も認めてくれんのだ。さらに魔界は『弱肉強食』という不文律こそが絶対の原則。故に結局、力ずくで捩じ伏せるしか魔族を従わせる方法がないのである」
魔王は苦笑する。
その渇いた笑いには、どこか老人のような哀愁が漂っていた。
「それで狩られる側になった魔王軍は自衛のため、【株式会社ハピネス】に反旗を翻していると?」
「無論、魔王軍も含むがそれだけではない。株式会社ハピネス主導の現行秩序に反感を持つ者は思いの外、大勢いる。魔族はもちろん、人間側にもな」
そして、魔王はふと神妙な顔つきとなった。
「時に勇者よ。これまでのお話のおさらいだ。
統一国家の行く末は社会主義。
“経済による平和の世紀”は利益追求型社会。
資本に基づいた超格差社会であり、求められるのは、社会への貢献。
すなわち成果主義だ。
だが当然、成果を挙げられない人種という者も存在するだろう。
いわゆる社会的弱者。高齢者・障害者・失業者・少数民族・難民・貧困層・社会不適合者などなど。
かつての世界なら良くも悪くも見過ごされてきた彼等だが、しかし“経済による平和の世紀”は容赦しない。
この世に生を受けてから死ぬまで。
我々はこの世界に管理され、奉仕する義務が課せられているのだから」
“経済による平和の世紀”は統一国家であり、管理社会だ。
そして、社会福祉という概念が存在しない。
つまり、一度社会のレールから外れたときの救済措置が一切整えられていないのだ。
「死ぬまで働けってのか?そんなのいずれ限界がくる。働けなくなった人たちはいったいどうなるんだ」
「そのための、【魔解炉】だ」
──刹那、勇者の中で点と点がつながり、すべてを確信する。
すべての生命は、“魔力”と呼ばれる生体エネルギーを持ち合わせている。
【魔解炉】は、それら生命体をエネルギーに分解する役割を持つ。
すなわち、それは悪魔の所業だった。
「──燃料にするのか?人間を」
「至極真っ当であろう。おめでたいことだ」
「ふざけるな!」
勇者の憤慨に、しかし魔王は嘲笑する。
「それが現代社会の礎だ。人類文明が辿り着いた行く末にして極致。貴様たちが犯した愚行だろうに。すでに世の大多数はこの事実を受け入れつつある。だから貴様はおめでたいといったのだ」
魔王はさらに話を続ける。
「人間は環境や社会の影響を受け、悲惨な出来事に対しても次第に慣れる生き物だ。イデオロギーやプロパガンダ、社会的な圧力や恐怖、経済的な誘因、身近な暴力に国家間を取り巻く闘争。民族浄化や大量虐殺。そういった負の連鎖に心の自己防衛メカニズムが機能する。人心の中には抵抗や良心の呵責を感じつつも、恐怖や報復を恐れ、やがては無関心となっていく」
「誰も疑問に思わないのか?そんな社会システムに──」
「そう思った連中が集まったのが、吾輩たち【解放戦線】ということだ。しかし今、吾輩たちはひとつの危機に直面している」
「ひとつの危機……?」
反芻する勇者に対して、すぐさま魔王は解答する。
「エリザベス=ペンドラゴン」
その情報開示に勇者/タローの瞳孔が著しく開く。
かつて世界各国が魔王軍に立ち向かうため結集した人類の守り人たち・連合軍の総司令にして、タローの母国であるペンドラゴン王国の姫君/エリザベス=ペンドラゴン。
通称、エルザ姫。彼女もまた共に闘った仲間の1人であり、そして何よりもタローにとっては大切な想い人でもあった。
「解放戦線で吾輩と対を成す共同代表が現在、行方不明となっている。貴様の最初の任務は彼女の捜索だ」




