ウェネス・フォルヴェルネの入学試験
試験開始の合図、それと同時に、俺は魔術を展開する。
まずは様子見。火炎魔術の中級魔術『爆炎』を同時に百。
単純な魔術である『爆炎』でも、これほどの数が同時に放たれれば、上級魔術にも引けを取らない迫力と火力になる。
光が爆ぜ、直後に轟音。そして、火煙。
煙が晴れた、その場には――
「たっく、いきなり馬鹿みたいな火力を叩き込んできおって。もう少し年寄りを労れ」
無傷で、服に焦げ一つ付いていないソフィアが立っていた。
結構速く撃ったつもりなんだけどな。いや、これ、常時張ってるタイプの簡易結界か。
「年寄りって……。一体何歳なんですか?」
「さぁ? 三百くらいから面倒くさくなって考えるのやめたからの」
真実か冗談か、そんなことを言うソフィア。テキトーだなぁ、真実にしろ冗談にしろ。
「じゃ、今度は大きな音とか無しで行きますよ。お年寄りなら、吃驚して心臓止まっちゃいますもんねっ!」
そう言って、一息でシンプルな魔力弾を生成する。その数、千。それらを一気にソフィアに向けて放つ。
躱すのは無理。簡易結界くらいなら破れるように威力も上げてある。なら、しっかりとした結界を張る必要がある。その隙を狙う!
その時、ソフィアが口を開いた。
「ふむ、良いな。魔力量、魔力出力、魔力制御どれをとっても、そこら辺の魔術師が束になっても敵わんレベルじゃ。ただ、お前、実戦経験は少ないじゃろ。特に自分と同格の相手との」
―—直後、俺の放った魔力弾が、すべて、俺に向けて返ってきた。
金色の球体。それが俺の対応しづらい位置をねらって飛んでくる。
うわ、不味ったな。『略奪』か。
『略奪』、それは相手の物品の所有権を奪う魔術だが、ソフィアが使用したそれは、魔術にも効果があるように改良されている。つまり、先程放った千の魔力弾、その操作権限は今、ソフィアにある。
普段なら、こっちの魔力量と魔力出力で押し返すんだけどな。相手の魔力量と魔力出力が同格な上に、効率的に奪えるように改良された『略奪』。奪い返すのは無理そうだ。
……と、普通ならそう考える。でも、俺は違った。
こちらも負けじと『略奪』を発動させる。勿論、相手の効果が先にかかっているから、まず奪えない。
だから、その効果、術式構造、魔力操作を観る。
目に魔力を込め、相手の魔術の構造や流れを見えるようにし、それを読む。
どこのどの構造がどういうふうに作用しているのか。それを細かく見ていき、脆弱性を探る。
そして見つけた。
魔術を奪えるように改良されている影響で、魔術の高度さの割に、術者本人との繋がりが弱い。これなら、相手の『略奪』そのものに、こちらの『略奪』をかけられるように改良したら奪え返そうだ。
改良を続ける傍ら、魔力弾を更に追加する。今度は、結界でも防げない威力と貫通性を持たせた、より複雑なものを。
放った側から奪われる。それでいい。
こちらに向けて飛んでくる魔力弾を躱しながら、改良を行う。
―—できた。
改良した『略奪』を一気に魔力弾に流し込む。
そして、主導権を奪い返し、撃ち返す!
「なっ!?」
ソフィアが、驚愕と感嘆の混ざった声をあげる。
「見事! やはりお前は面白いな!」
ソフィアは楽しそうに言いながら、自身も紅色の魔力弾を出して、相殺する。
場面は、均衡を取り戻した。
互いに出方を窺う。
その時、ソフィアがにやりと笑って言う。
「小技は破られるか。なら次はド派手にいこう!」
ソフィアは腕を振り上げる。
次の瞬間、黒雲が発生し、試験場を包む。
そして、湿った空気の匂いをはらんだ風が、吹き始めた。
瞬く間に、頬を殴るような大雨を伴い、暴風となって吹き荒れる。
それは、上級魔術の更に上。
或る者は自然の猛威を欲し、また或る者は強大な魔物の脅威を求め、それを生み出した。
それは、事実上の最高階位の魔術。
そして、ごく一部の魔術師の切り札。
―—災害魔術だ。
「あの~、これ入学試験ですよね?」
「そうじゃな! しかし、魔を愛するものとして、それが、久々に見つけた対等な相手に遠慮する理由になるか!?」
楽しそうに言うソフィア。
対等な相手、か。確かに、それは俺も欲しかったところだ。
今朝から見てきた、学園の受験生を思い浮かべる。
誰も彼も、光るものはある。フェルミナも、才能だけで言えば、俺以上だ。
しかし、それでも、まだ発展途上。俺には届いていなかった。
これは俺の生い立ちの特殊さのせいでもある。だから半分、諦めていたところはある。しかし、それでも、落胆が無いわけではなかった。
だけど。
対峙する相手を見据える。
世界最高峰の学園である、アステナ王国総合学園『セレスティア』。
その学園長を務めるソフィア。
王国最強の魔術師と謳われるその名前は、俺でも聞いたことがある。
……俺と対等、か。
面白いじゃん。
「……そうですね。じゃあ、こちらも遠慮せずに行きましょう!」
「ああ! 是非とも!」
この状況で的確な魔術は……、うん、これで行こう。
「『天貪る大鷲』!」
災害魔術の一つ。
それは、一つの国を滅ぼしたとされる、伝説の魔獣を模っている。
特筆すべきは、その対空性能。
本来であれば、重力魔術で鳥と同じ速さで空を飛び、中級魔術で敵に攻撃を仕掛けて余力を削る。それが、魔術の空中戦のオーソドックス。勿論、暴風雨のなかでの対空戦なんて不可能だ。
しかし、この魔術は、音を置き去りにして飛び、上級魔術と同等の火力で町を薙ぎ払う。こんな暴風雨のなかでも、対空戦が可能だ。
魔術で生み出した伝説の魔獣の背に乗り、ソフィアに向かって空を翔ける。
そして、
「『烈風』!」
「『紫電』!」
俺の放った風魔術と、ソフィアの放った雷魔術が、それぞれ、互いの結界に阻まれる。
やっぱり、しっかり張られた結界は破れないか。
なら、ここからは解析勝負だ。
相手の結界、その構成を見抜き、それを貫通できるようにこちらの魔術を改良する。
その工程が、どちらが早く終わらせることができるかで、勝敗が決まる。
伝説の魔獣が放つ烈風と、暴風雨に轟く紫電が激突を繰り返す。
解析を進めながら、相手の魔術を防ぐ。言うは易く行うは難し、だ。
そもそも、魔術の解析自体、深い魔術の理解が必要になる。常人なら、慣れるまで三十年はかかるだろう。
俺は、他の人よりかは、解析し慣れている方だけど、それでも、一瞬で解析できるわけでもない。それが、ソフィアほどの魔術師が張る結界となれば、なおさらだ。
―—だけど、
「だからこそ、面白い!」
互いに、魔術を撃つペースを上げる。
相手の魔術をこちらの魔術で打ち消せずに、結界に頼る場面が増える。
その結界を読んで解析する。
このレベルになると、少しの読み間違いが、相手に大きなリードを許してしまう。だから、一度も読み間違えは許されない。
そのギリギリの緊張感が心地よい。
魔術を放つ。
相殺される。
魔術を放つ。
結界に防がれる。
解析を進める。
魔術を放たれる。
相殺する。
魔術を放たれる。
結界で防ぐ。
解析を進められる。
魔術を撃つ刹那、相手より先に解析しきれるかどうかの瀬戸際での攻防。
そんなギリギリの戦いも、いや、ギリギリの戦いだからこそ、長くは続かない。
解析を終え、結界の脆弱性を見つける。
ソフィアに目を向け、目が合った。
彼女はにやりと笑う。
そうか、ソフィアも終わったか。なら―—
「最後は、早打ち勝負で決めましょうか!」
「ああ!」
互いに魔力を練り、改良した魔術に流し込む。
そして―—
「『烈風』!」
「『紫電』!」
互いが放った魔術は、互いに解析し尽くした結界を、すり抜けるように貫いた。
次の瞬間。
雷が俺の肩を貫き、風がソフィアの脇腹を抉った。




