魔力量0
フェルミナ・フォルヴェルネ、魔力量0。
その声に、会場中がざわめく。
そんな中、事の張本人であるフェルミナは、一瞬、辺りをキョロキョロと見回した後、普通にこっちに歩いて来た。
「お待たせ」
「ん、大丈夫だよ。一瞬だし」
「ありがとう。それじゃ、実技試験まで時間の余裕あるし、さっきの交流ホールにでも戻ってよう」
「だな」
そう言って、俺達は歩き出す。
フェルミナ・フォルヴェルネはその身体に、一切の魔力を持たない。いや、正確には"持たなくなった"。
フェルミナが十二歳の時、彼女のその身体にある全ての魔力が消えた。
原因も理由も分からない。治療法もだ。
しかし、フェルミナはそんなことでへこたれるような奴じゃなかった。
フェルミナは、そんな状況になりながらも、剣士になる夢を忘れなかったのだ。それどころか、それまで以上に努力を重ね、そして、今日、ここに立っている。
だからこそ、俺はフェルミナを、心の底から尊敬しているのだ。
「間もなく、五と半の刻になります。騎士学部受験生の内、受験番号A-1からA-500は騎士棟訓練場A、受験番号A-501からA-1000は騎士棟訓練場B、受験番号A-1001からA-1500は、騎士棟訓練場Cに移動してください」
「それじゃあ、行こっか」
アナウンスの声に従い、訓練場Bに歩き出す。
訓練場の入り口には、模擬試験での受験性の組み合わせ、使用するコートの割り振りが書かれた看板が設置されていた。
さてさて、フェルミナの相手は―—
「ふーん」
「ふーん、じゃないよ! この人ってさっきの……」
「誰が相手でも、フェルミナなら大丈夫だろ」
フェルミナの対戦相手、それは、先程の魔力測定試験で1000を超える数値を出していた、イグニス・ロートだった。
■□■□■□■□
イグニス・ロートは天才である。
炎魔術と剣術を合わせた剣技により、成り上がってきた名門であるロート家の長男。類稀なる剣才、通常の魔術師の十倍以上の魔力量を持って、ロート家に代々伝わる血統魔術を扱う。
そんなイグニスは、受験入試にあたる今日も、緊張せずに、悠然と構えていた。
そして、それは、模擬戦の直前になっても変わっていなかった。
対峙する相手を見据える。
フェルミナ・フォルヴェルネ、魔力量0。その言葉を聞いたときは、耳を疑った。
魔力量0。その事自体は珍しいだけで、対しておかしいとも思わない。珍しいだけで、実物が存在しているのだから、疑う余地が無い。しかし、それが存在しているのと、それがこの受験会場の場にいるのでは、話が別だ。
アステナ王国総合学園『セレスティア』、それは、世界最高峰の学園だ。
当然、そこに入学を希望する人間は数多い。一度の入学試験で合格者を決めるのが不可能なほどだ。よって、今日の最終試験に至るまでに数多の受験者が、篩から落とされる。
だからこそ、今日この日までに、魔力量0の人間が落ちなかったことが異常なのだ。
そもそも、魔力が無いということは、魔術が使えない。これでまず、魔術師の道が閉ざされる。次に、魔術が使えないということは、身体強化魔術が使えない。よって、身体強化魔術が前提の騎士の道が閉ざされる。そして何よりも、最近では、農民などの普通の人間ですら、極わずかだが、身体強化魔術を無意識的に用いて作業を行っているということが分かっている。
つまり、魔力が無いということは、普通の生活を送ることすらままならないのだ。
しかし、今となっては、その理由が理解できた。
その立ち姿だけでわかる。
強い。
常人が並大抵の訓練で到達できる域を超えている。ここに至るまでに、一体どれ程の訓練を行ってきたのだろうか。
しかし、それでも自分には敵わないという自負がイグニスにはあった。
「両者共に、位置についてください」
審判の合図とともに、イグニスとフェルミナは、15メートル程、距離を取る。
同時に、模擬戦用の防護魔術が付与される。この魔術は、致命傷を受けた時、それを一度だけ無効化して、それまでについた傷を全て癒すものだ。
模擬戦では、相手のこの魔術を発動させることが勝利条件となる。
審判が試合開始までのカウントダウンをする。
「3、2、1、試合開始!」
先に動いたのはフェルミナだった。
イグニスへ向かって、一直線に駆け出す。
速い。一瞬で詰められた距離を離すべく、イグニスは背後に飛ぶ。
そしてすぐさま、魔力を纏わせ剣を振り、炎の斬撃を飛ばす。
これを躱す為には、当然、左右どちらかに避ける為の隙ができる。そこの隙を叩きにいく。
魔力の流れから行動を読むのはフェルミナに魔力が無いのでできない。
しかし、動きを知らせるのは魔力の流れだけではない。
身体の向きから、剣の向き、足運び、筋肉の弛緩、目線、呼吸に至るまでの全てが、相手の行動の先を知らせる。
フェルミナは、脚を右に滑らすように動かす。
なら回避方向は右……否、この動きはフェイント。踏み込んでいるようで踏み込んでいない。なら、左!
イグニスは、左へ踏み込む。しかし、その先に、フェルミナの姿は無かった。
慌てて右に振り向く。しかし、そこにもフェルミナはいない。
どこだ?
生じた思考の空白。そこに割り込むように、白銀の光がイグニスの首筋に迫る。
瞬間、鉄と鉄のぶつかる音が訓練場に響く。
イグニスの脊髄反射。それが、自身を狙う刃に対し、身体を反応させる。
行動に思考が追い付く。
上だ。フェルミナは、炎の斬撃が迫る瞬間、上に弧を描くように飛び、回避と同時に攻撃を仕掛けたのだ。
「どんな身体能力してんだよッ」
思わず零れる悪態。
同時に、振り向きながら、着地するであろうフェルミナに向けて剣を振るう。
空中。それは、剣士にとって、身動きが取れず、もっとも無防備になる瞬間だ。いくらか身をよじることは出来ても、深く踏み込まれたら、躱すことはできない。どんなに身体能力が高くても、その身に掛かる自然の摂理には歯向かえない。
下からの斬り上げ。それは必中、そして必殺。
勝った。
そう確信した時だった。
フェルミナが空に踏み込んだ。そのまま、地上にいる時と変わりなく加速する。
「は」
気の抜けるような声が漏れる。
ありえない。
空中で踏み込んだ? そんなことをこの瞬間を目にしていない者に言ったら、見間違いだと笑われるだろう。
しかし、フェルミナは確かに、空を蹴り、加速した。それが、空中で踏み込むということでなければ、なんだろうか。
いや、いくら疑っても、現状は変化しない。振り上げられた真剣がイグニスに迫る。
回避? 無理だ。
今まさに斬りかかろうと踏み込んだ人間が、どうすれば回避ができるのか。
不可避。
そう考えた次の瞬間、イグニスの身体から、魔術陣が浮かび上がり、フェルミナの剣を防ぐ。
模擬戦用の魔術陣が発動した。それが表すことは一つしかなく。
「そこまで! 勝者、フェルミナ・フォルヴェルネ」
審判が決着を告げる。この瞬間、イグニス・ロートは人生初の敗北を喫した。
「は?」
負けた? このイグニス・ロートが? 魔力も無い女に? どれくらいの時間だった? 十秒もかかっていない。そんな思いが、イグニスの胸の中を蠢く。
思わず膝を地面に付き、剣を落とす。
甲高い音が響く。
その時。
「あっ、いけないいけない」
コートを去ろうとしていたフェルミナが、イグニスの方を振り返った。
イグニスは舐められまいと表情を引き締める。
しかし、フェルミナは―—
「ありがとうございました!」
にこやかに、一点の曇りも無く、イグニスに頭を下げた。そして、後ろを振り返る。
イグニスは、試合後に礼を言ったことが無かった。彼にとって礼とは、施しを受けたものが、与えてくれたものに述べるものだ。イグニスは、格上として、試合という施しを、受けるのではなく与えてきた。故に、イグニスに負けた者は礼を言い、イグニスはそれを受け取るだけだった。
しかし、今はどうだ。
試合に負けたのに、礼を言われる。
これは、彼の傷ついた自尊心に塩を塗り込んだ。
「ふざ……けるな」
声が、零れた。
そこから溢れるように、黒い感情が溢れてくる。
ふざけるな。俺が負けたなんて認められるか。間違っている。俺は、イグニス・ロートだぞ!
思わず剣を握り、立ち上がる。衝動に身を任せ、去ろうとするフェルミナの背中に向けて、走り出す。
そして、剣を振り上げ―—
「があっ!」
地面に叩きつけられた。
身体が重い。まるで、見えない何かに、地面に押し付けられているかのようだ。
「なん……だよ、これッ!?魔術……か?」
しかし、そんな得体の知れない魔術よりも、もっと恐ろしいものがあった。
心臓を貫かれるような、冷や汗が流れて止まらなくなるこの感覚。
殺気だ。
地面に押し付けられながら、なんとか、殺気の飛んでくる方向に顔を向ける。
訓練場に設けられた観客席。そこに、銀髪金眼の男がいた。
あいつは、確か、魔力測定試験の時に、フェルミナの傍にいた奴。名前は、確か―—、
その時、イグニスの身体を押し付ける力が強まった。
全身が潰れそうな圧力に意識が遠のく。
そして、薄れゆく意識の中、今、自分に殺気を向けてくる相手の名前が浮かんでくる。
ウェネス・フォルヴェルネ。
その名を思い浮かべてすぐに、イグニス・ロートは、意識を失った。
■□■□■□■□
そして。
訓練場の観客席、それも、学園教師のみが立ち入りを許されるエリアで。
「魔力0の少女と、あの少年は……っ!? マジかぁ。え、あの二人おもしろ!」
フェルミナ・フォルヴェルネとイグニス・ロートの模擬戦、そこで起こった一幕を、真紅の髪を揺蕩わせ、橙色の瞳を輝かせながら観察する少女がいた。




