始まり
「帰りたい」
アステナ王国総合学園『セレスティア』入学試験当日。
三と半の刻――午前七時、その正門前を埋め尽くす人だかりを見て、俺――ウェネス・フォルヴェルネは、誰に言うわけでもなく呟いた。
「一言目がそれ!?」
隣に立っていたフェルミナ・フォルヴェルネが、その空色の瞳を見開きながら、即座にツッコミを入れてくる。
「だってこんな朝早くから夕方頃まで、人混みに揉まれながら試験を受けるんだぜ。くたびれるの確定じゃん。嫌だよ、自分から疲れに行くのは」
「せめて、試験受けてから言おうよ。だいたい、朝早くって言っても、もう三と半の刻過ぎ、私がいつも稽古を始めてる時間だよ」
「じゃあ、十分早起きだよ。剣士の朝は普通の人より早いことを自覚するようにいつも言ってるじゃん」
呆れたように言うフェルミナに、呆れたように返す俺。
「それはそうだけど……。でも、昨日、お母さんとお父さん、それから家の使用人総出で『頑張って』って、送り出してもらったじゃん。ここで落ちたら、ガッカリさせちゃうよ」
「それもそうだけどさぁ……。はぁ、それもそうか。義父さんと義母さんには、育ててもらった恩もあるしな。いっちょ頑張るか」
フェルミナに言われて、緩んでいた気を引き締める。
どのみち、フォルヴェルネ領から一日かけて王都まで来たんだ。これで帰るほうが、何のために来たんだって感じで勿体ない。
そうこう思っていると、四の刻を報せる鐘が鳴った。それと同時に、正門が開放される。
ここからは、騎士学部を受けるフェルミナと、魔術学部を受ける俺は、筆記試験の間は別行動だ。実技試験の方は観戦が可能らしい。まあ、フェルミナなら筆記も実技も大丈夫だろう。あいつは今日の試験に向けて、万全の対策をして来た。多分、やり過ぎなくらいには。むしろ、フェルミナと一緒に試験を受ける他の受験生が可哀想だ。
「受験番号A-500番からA-1000番の受験生は騎士棟の特別講義室Bに進んでください」
「あ、呼ばれたみたい。じゃあ行ってくるね」
「ん。頑張れ〜」
軽く応援して、フェルミナを送り出す。フェルミナの受験番号はA-683番。結構後の方だと思っていたが、周囲の人だかりを見ると、そうでもないみたいだ。
「となると、俺が呼ばれるのも割とすぐだな」
「受験番号B-500番からB-1000番の受験生は魔術棟の特別講義室Bに進んでください」
言った側から、俺も呼ばれる。俺の番号はB-704番だ。
人混みの流れに乗りながら、試験会場となる教室へ移動する。
うーん、人がごった返していて歩き辛いな。これだったら、人混みの中をスムーズに移動する魔術とか作っておけば良かった。
そこから十分ほど時間をかけて、特別講義室Bに到着した。
なんか、これだけでグッタリと疲れたが、試験はここからだ。
「さて、頑張りますか〜」
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「帰りたい」
「二回目!? そんなに大変だったの、魔術学部の試験?」
場所は変わって中央棟交流ホール。時間は流れて五の刻前。疲れ果てて、交流ホールに設置された長椅子に寝っ転がる俺に、フェルミナが驚きと心配の合わさった目線を向けて聞いてくる。
「いや、試験自体はそこまで難しくなかった。算術と魔術理論の記述と魔術陣の描画がメインだったから、そこまで時間もかからずに解けた。ただ、その後、暇だったから、カンニング防止用の魔術の解魔したら、滅茶苦茶怒られた。なんだよ、解こうとする奴が出てくるとは思ってなかったって。それくらい想定しておけよ。まぁ、幸い問題は解魔前に解ききってたのと、すぐに張り直したのとで、失格にはならずに済んだけどさ!」
倦怠感を吐き出すように、早口で言う俺に対し、フェルミナの目線は、呆れのものに変わっていく。
「いや、それは10対0でウェネスが悪いでしょ。失格にならなかっただけありがたいと思おうよ」
はあ、いや、うん、それもそうか。
「まぁ、そうだよな。そう言えば、魔力量測定試験は全学部同時にやるらしいけど、実技試験は、フェルミナの方はいつからだ?」
「五と半の刻からだって。ウェネスは?」
「俺は五と半の刻三十分から。良かった。フェルミナの方の試験の観戦は出来そうだ」
そう言われて、フェルミナは「うぅ」とうめき声を漏らす。
「そんなに期待しないでよぉ。確かに受験に向けて対策はしてきたけど、私より凄い人は沢山いるんだからね」
「大丈夫だよ、フェルミナなら。というか、安心しろ。フェルミナで大丈夫じゃなかったら、俺も無理だから」
「全然安心できないよ!」
そんなこんな言い合ってると、五の刻を報せる鐘が鳴る。
そろそろ、魔力量測定試験の時間だ。
「全受験生は、中央棟大訓練場に移動してください」
「よし、それじゃあいこうか」
「うん。と言っても、私達、測る意味、そんなに無いよね。結果、見なくても分かるし」
「だな。どっちかっていうと、俺たちよりも学園側が知れるようにする感じになるだろうな」
そうこう言いながら、試験会場へ向かう。
大訓練場には、既に多くの受験生が集まっていた。
見ると、受験生は何列かに分かれて並んでおり、その先に、魔力量測定用の水晶と結果を記録する記録員が控えている。水晶の大きさは人の丈と同じくらいか。結構性能良さげだな。
「え~と、これは列に並べばいいのかな?」
「ぽいな」
そうして列に並んで順番が来るのを待ってると、記録員の声が聞こえてくる。
「クロア・アルバルト、384……カナリア、57……クリリナ・クルーナ、202」
人の名前と数字、受験生の氏名と、その後の数字は魔力量といった感じか。
魔力量はこういった数字で表されることが多く、一般人でだいたい50、普通の魔術師で100と言われている。
その時、右隣の列からどよめきが聞こえてきた。
耳を澄ませてみると、「イグニス・ロート」「1023」という言葉がチラチラ聞こえてくる。
イグニス・ロートって言えば、ロート家の長男だったかな。うろ覚えだが、義父さんから、名前だけなら聞いたことがある。魔力量1023か。結構多いな。俺が聞いたことあるレベルで有名なら、それなりに強いってことなのかな。
「次」
ふと近くで記録員の声が聞こえた。
気が付くと、俺の一つ前の受験生まで順番が進んでいた。
「受験カードを渡してください」
記録員の言葉に従い、男子受験生が掌より少し小さいくらいのカードを記録員に手渡す。記録員は、受け取ったカードに手を翳し、魔術陣を展開すると、魔術陣が淡く光る。
なるほど。カードの方に情報を魔力で刻み込んで、それを魔術陣で読み取っているのか。
「それじゃあ、この魔測晶に手をかざしてください」
「はい」
受験生が手をかざすと水晶に75という数字が浮かび上がる。
「グルカ・リリルカ、75」
そう言うと、記録員は魔術陣を少し変化させた後、再び、受験生のカードに手をかざす。
さっき読み取った情報を編集して、カードに転写している感じか。てか、これ無詠唱って地味に凄いな。才能というよりかは、試験のたびにやってるから、詠唱無しでも自然とイメージ出来るように適応したってところか。
「次」
よし、俺の番だ。
「受験カードを渡してください」
「はーい」
あらかじめ手に持っていた受験カードを、記録員に渡す。
「それでは、この魔測晶に手をかざしてください」
「へーい」
軽く返事をしながら、魔測晶に手をかざす。
まあ、そんなに変な結果にはならないだろう。
「ウェネス・フォルヴェルネ、653」
うん、まあこれなら、そこそこ高い方だろう。
俺は先に進み、途中で足を止めて、フェルミナを待つ。
「ん?」
周囲から、視線を感じる。
見ると、俺は周りから、憐憫の目線を向けられていた。
あー、そっか。俺の記録、本来なら結構高い方なんだよな。ただ、イグニスが1023という記録を打ち立てたから、低く見えてしまっている。そのことを憐れまれているのだろう。うん、どうでもいいな。
あ、フェルミナが魔測晶に手をかざすところだ。
その瞬間、記録員や他の受験生がどよめくのを感じた。そりゃそうだ。事前に知らなきゃ、俺でもびっくりしてる。
やがてざわめきが収まると、記録員がフェルミナの魔力量を声に出す。
「……フェルミナ・フォルヴェルネ、0」




