第3話 一年半
「ご迷惑おかけしました」
熊出没注意!
と書かれたパンツが透けて見えている中年医師に頭を下げて、病院を後にする。
最後に覚えているのは……そう、保健室の先生の豊満な胸を包み込んだブラ、そして太ももの隙間から覗く黒いパンティ。
そんで気付いたら病院にいた。代償は高くついたというわけか。
廊下ですれ違う看護師さん達からも極力目を逸らす。鼻血が再発しそうだ。
どうやら俺はあの後で意識を失って救急車で運ばれたらしい。鼻血にしては出血が多かったのでいくつか検査を受けたが、検査結果はどれも大丈夫そうとの事。
「災難だったな」
横から頭をくしゃくしゃと撫でてくるのは父親。
名前は柊 春都。母さんは俺が小さい頃に死んでしまったため、男手一つで俺と妹を育ててくれた。
仕事中だったらしいが、俺が救急車で運ばれたと連絡があって、仕事を早く切り上げて駆けつけてくれたらしい。
「ごめん、父さん。仕事だったのに」
「そんな事気にすんな。子供のためならいつだって駆けつけるさ」
その言葉は大袈裟でも何でもなく、今回の様な体調不良や学校行事にはかならず駆けつけてくれる良い父親だ。
「一応公務員でしょ。そろそろクビになっちゃうかもよ?」
「それでクビにされる職場ならこっちから辞めてやるさ。毎年余らせては消えていく有休が使えて嬉しいくらいだ」
すごく格好いい事を言っているが、そんな父親でさえ、俺には半裸に見えている。
改めて父さんに感謝を伝えながら、車の助手席に乗り込む。
病院から家までは車で二十分くらいだ。
「おーおー。やってるな」
父さんがそう呟いたのは、車で病院の駐車場から出てすぐの事だった。
男三人がただならぬ様子で病院に駆け込んでいく。三人と言っても、一人の男は二人の肩に腕を回して担がれている様な様子だった。
三人とも某狩猟ゲームに出てきそうな防具を身につけていて、ただ走っているだけでもガチャガチャと騒がしい。
「探索者?」
「だな。まぁ受付が緊急でポーション使わなかったんなら、そんなに重症でもないだろう。すぐそこの小松ダンジョンだろうな。中級ダンジョンだけあって怪我人は絶えないしな」
先ほどまでいた病院の近くには、中級のダンジョンがある。正確にはダンジョンが出来たから、病院を建てたらしいけど。
「菜月達が通ってるダンジョンもここかな?」
「いや、高一で中級はまず無理だろう。高木ダンジョンの方じゃないか?あっちは初級だしな」
ダンジョンという地下迷宮が世界に現れたのは、三十年くらい前。俺が生まれる前の事だ。ダンジョンの中には、それまで地球上には存在しなかった生物が蔓延っている。スライムやゴブリンをはじめとして、上級ダンジョンにもなるとドラゴンまでいるらしい。
父さんが運転しながら左膝をさすっている。無意識だろう。そこに、昔モンスターにやられた大きな傷があるのを知っている。
父さんは若い頃、探索者をやっていたらしい。父さんが二十歳になる頃、この世界に初めてのダンジョンが出現し、当時はゲームや小説などのサブカルチャーの影響もあってお祭り騒ぎだったみたいだ。
「傷が痛む?」
からかうように聞いてみる。
「あぁ、またあの穴ぐらに戻りたいってな。うずくんだよ」
ダンジョンの話をするときの父さんの雰囲気が好きだった。一瞬だけ、父親から探索者の顔になる。その時は悪友の様な関係で話ができた。
「だから未練たらしく探索者ギルドの職員なんてやってる訳だよ。もう察してるとは思うけどな」
「そうだろうなと思ってた」
「澪には黙っとけよ」
二人で笑った。
それはなんとなく察していた。しかしそれ以外に現実的な問題もあっただろう。二十歳から探索者ばっかり十年もやって怪我で引退。子供が二人いて、ギルド職員に誘って貰えたのは幸運だった。というところか。
「気分悪くないか?結構出血したって言ってたからな。リクライニング倒して休んどけよ」
「あいよ」
リクライニングを調整している間に、父さんがラジオをつける。
"…に刺殺死体が見つかった件で、警視庁は二十五歳の探索者、田中雄一を容疑者として指名手配。探索者ギルドにも協力を依頼し、合同で捜査を進めていくとの事です"
また探索者絡みの事件か。
週に一回はこんなニュースが流れている。
「また探索者の事件?」
「らしいな。今回のはかなり現場が遠いからな。一応うちの支部にも依頼は掲示する事にはなるかな」
「高レベルの人?」
「いや、二十五歳でまだ若いし、レベル30そこそこらしい。怪我して犯罪者落ちの類いだ」
「ふーん」
探索者とは、ギルドから資格を得てダンジョンに入る人達の事だ。ダンジョンの中でモンスターを倒すとレベルが上がる。それに伴って身体能力も高くなり、レベル30にもなるとオリンピック選手並みの動きができるとか。
ちなみに父さんはレベル100くらいだ。
つまり本気を出せばおよそ人間とは思えない動きもできるらしい。どれくらいか聞いた事があるが、「クリ◯ンくらいかな」と笑いながら言ってたのが印象的で覚えている。
探索者ギルドの公式発表では、現在の世界最高レベルはアメリカの探索者で562だ。超級ダンジョンの最高到達深度は55階層。
それがどのくらい凄いのかも正直言ってわからないが、とんでもなく金を稼いでいるってのは知ってる。今や世界の富豪ランキングはほとんど探索者が占めているのだ。
ラジオでは、先ほどのニュースについての議論が続いていた。
"やはり探索者は国で厳しく管理すべきなんですよ"
"いや、またその話ですか。もう三十年議論され尽くしたでしょう。結論として探索者を止められるのは探索者だけです。既存の兵器技術でダンジョン産のアイテムや武器防具に勝てない段階で、探索者の善意に頼るしかないのが現状でしょう"
"だからそもそもダンジョンへの出入りをもっと厳しく制限すべきと言うんですよ。誰でも探索者になれると言う制度が間違っている。事実、今ではスキルが発現したばかりの中学生ですらアルバイト感覚でダンジョンに行っているんですよ"
"しかし探索者以外が、彼らが命懸けで得たアイテムの恩恵を受けているのもまた事実です。魔石と言うエネルギー資源を始めとして、ポーションなどの医療アイテム、ダンジョン産の鉱石類。どれを取っても、既に我々の生活に必要不可欠なものになってしまった"
この手の論争は未だに絶えない。
どちらの言う事も正しいと思う。犯罪探索者を始めとしたデメリットもあるし、ダンジョンから持ち帰るアイテム類のメリットも多大だ。
それでもダンジョン産のアイテムは、こちらの世界の物と比べて規格外すぎた。
だから今でもダンジョン関係の法律はゆるゆるだし、国民の大半は探索者を応援する姿勢だ。
だからこのラジオの二人でいえば、ダンジョン否定派の方が少数派と言える。
「さて………、ステータスオープン」
俺がそう唱えると、目の前に半透明のウィンドウが現れる。
そこには、自分の名前やらなんやらと一緒に、所持しているスキルが確認できる。毎日確認しても何の変哲もなかったその画面に、今日やっと変化があった。
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名前:柊 結都
レベル:1
ジョブ:なし
固有スキル:
【視覚強化・大】
一般スキル:
なし
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固有スキルが生えた。
14歳の誕生日から一年半待ち続けてようやくだ。
「やっと…」
ぼそっ、と呟いてしまった。
それに過剰に反応したのは父さんだった。ステータスウィンドウ開いてそう呟いたらそりゃあバレる。
「お!まさか固有スキルか!?何だったんだ!?」
「ちょい!危ない!運転に集中してよ!」
車があっちこっちにふらつくが父さんはお構いなしだ。
「じゃあ早く教えろよ!」
「視覚が強化されるんだってよ」
「【視覚強化】か!なるほどな!悪くねぇぜ!五感強化系の中では一番だ!ダンジョン入るにあたって絶対損にはならねぇからな。特に五感の中で視覚は一番重要だ。なんなら【危機察知】や【直感】とかの第六感系よりも良いぜ!良かったじゃねぇか!」
正直言うと、少しだけ拍子抜けした。
世の中には【剣術強化】や【槍術強化】などの戦闘スキルが上がりやすくなる様な固有スキルもある。初級探索者から中級探索者になるにあたって、固有スキルが戦闘向きかどうかも一つの目安とされていた。
だが、問題が解決して良かった。
人の服が透けて見えるのは、俺の頭がおかしくなったんじゃない。
【視覚強化・大】のせいだ。
………ん?
【視覚強化・大】
ーーいや待て。
"大"?




