第1話 なんでもない今日
「あぁー暑い」
ジリジリと照りつける太陽の中。
俺、柊 結都は、いつも通りの道を歩いていた。高校に入学してから三ヶ月。毎日のように通っているこの道にもすっかり慣れてしまって変わり映えはしない。
なんだかんだで七月上旬。
年々上昇し続ける気温は、この時期にしてすでに日中最高三十五度を超えている。
もうこれ、命の危険があるレベルじゃないの?夏休み延長しようよ。それか完全リモートにしようぜ。誰も困らないでしょ?と毎日思っている。通学中なんて毎分思っている。
「おはよー結都!」
トボトボと歩く俺の横を、制服姿の女の子が通り過ぎる。ヒラヒラと揺れるスカートの中は、強すぎる日差しの影になってギリギリ見えない。くそう太陽め。
「早くしないと遅刻するよー!」
少し先でこちらを振り返った彼女は、朝日に照らされて、一層輝いて見えた。
彼女は俺にはもったいないと評判の幼馴染、夏目 菜月。クリっとした大きな目と肩までのゆるふわな茶髪。身長は百五十センチほどと小柄。誰が見ても美少女だ。
そんな美少女菜月ちゃんは、女子高生らしい通学カバンと、二メートル程の長いケースを肩からかけている。
「なんでこの気温でそんなにはしゃげるんだよ。オーバーヒートするぞ」
「だって私、暑いの好きだし」
「この時期に暑いのが好きって言えるのは本物だよ。げっ、まだ八時なのにもう三十四度もある…」
スマホで気温を確認して少し、後悔する。
見ないほうがよかった…。
「だって私、夏生まれだし?」
確かに彼女は汗ひとつかいていない。
「それなら俺も夏生まれがよかったなぁ。これからの時代、冬生まれには暑さ対策で補助金を出すべきかもな」
「何言ってるの?」
「俺もわかんない」
だめだ。頭がぼーっとする。
全然面白くない事を言った自覚はある。それを後悔する余裕は今はない。
「そんなに暑さがつらいなら、結都も早くレベルあげれば良いじゃん。睡眠不足でも大丈夫だし、風邪とか引かなくなるらしいし」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな。寄生って言われたくないしなー」
彼女が暑さに強いのは、俺よりもレベルが高いからと言う事もある。
「周りの目を気にしすぎじゃない?」
「誕生日当日にスキル発現した菜月に言われても嫌味にしか聞こえない」
菜月が肩から提げている黒いケース。
その中には華の女子高生に似つかわしくない、ゴツゴツとした長い杖が入っている事を俺は知っている。
いつも学校終わりに、複数人でパーティを組んでダンジョンに行っているらしい。
「結都も、きっともうすぐだって。今に凄いスキルがどーんと発現するはずなんだから、そうなったら一緒に冒険しようよ。悠真と待ってんだからさ!」
下から顔を覗き込んでくる菜月は反則級に可愛い。
ってかそんな距離で顔を覗き込んでくるんじゃない。勘違いするだろ。
「あぁ、役立つスキルが出たらな」
役立つスキルねぇ…。
いつのことになるやら。
*
「うぃーっす、結都」
「おはよー悠真。あぁーエアコンだ。幸せー」
教室になんとか辿り着くと、冷房の効いた教室がオアシスに思える。菜月も同じクラスだが、さっさと自分の席に行ってしまって、もう友人達に囲まれている。
「最近ますます暑いよな。ウチはまだ五分くらいだからいいけど、結都は歩いて三十分だろ?家出る前にちゃんと水分補給してるか?この暑さだとお茶じゃなくてスポドリじゃないとダメだぜ?あと保冷剤を一つ持って出るだけでもだいぶ違うからな?」
オカンみたいに面倒見の良いこいつは永野 悠真。短髪でスポーツマンな爽やかイケメン。本人は自覚無しだが、女子達からの人気が高いのを俺は知っている。中学からずっと一緒のクラスの腐れ縁みたいな友達だ。
「はいはい。ありがとうよ。あーもう、俺のスキル【体温調節】とかでいいかもー…」
「それはそれでアリかもな。ダンジョンには暑いエリアや寒いエリアもあるしな」
「冗談だよ」
悠真の返答にうなだれる。どうせここまで待ったのならば、もう少し使えるスキルが良い。
「やべ、森センだ」
慌てて悠真が離れていく。
数秒後、ガラガラと扉を開けて入ってきたのは、プロレスラーかと思うほどの筋骨隆々の大男。森先生。通称、森センだ。中級探索者だったが、足の怪我で引退して、今は教師をやっている。………と言う噂がある。
森センはギロリと教室を見渡すが、生徒は全員着席し、森センと目が合わないようにしている。
「今日の連絡事項は特には無い。もうすぐ期末試験があるから、しっかり勉強しておけよ。一年生の一学期と言えど、内申点には響くからな。もし英語でわからない所があれば聞きに来い。中間試験で分かったと思うが、この時期は中学の時に基礎がしっかりできてないとすぐ躓くからな。わからないまま二学期に進むと取り残されるぞ」
言ってることは正しい。それでも森センに英語を聞きにいく人はいないと思えた。親切ではあるのだろうが、その目つきと体格で精神的にも物理的にも近寄りがたい。
「あとは、探索者ギルドからまたいつものお達しだ。スキルが発現した者は、速やかにギルドまで申請しに行くように、との事だ。以上終わり」
森センは言いたいことだけ言うと、そのまま教室から出て行った。
探索者ギルドからのお達し。
その部分で、俺はクラスの何人かからチラリと視線を向けられた。
それも仕方ない。このクラスでまだ固有スキルが発現していないのは俺だけだからだ。だから森センの言葉もほぼ俺一人に向けられた様な物である。
「ふぅー。一時間目は…英語か、また森センじゃん」
思わず呟く。
スキルの話になる度に気が滅入る。
俺が何か悪いことをしたわけでは無いのだが、今ではスキルの話題が出るたびにチラチラと好奇や哀れみの視線を向けられるようになってしまった。
十四歳の誕生日を過ぎた者には全員もれなく、少なくとも一つ、スキルが与えられる。それは固有スキルと言われ、生涯変わらない。いつ与えられるかは分からないが、たいていは誕生日から半年以内。遅くても一年以内には発現するらしい。
俺は一月生まれなので、あれやこれやと、もう一年半も経ってしまった。
もしかしたら俺だけ固有スキル無しなのではないかと思わずにはいられない。ただ、そんな人は今まで一人もいないらしい。どんなにしょうもないスキルでも、必ず一つは貰えるという話だ。
「おい、"だんじょ"。次の英語の宿題ちょっと写させろよ」
不意に後ろから声をかけられる。"だんじょ"と言うのは俺の事だ。馴れ馴れしく肩を組んでくるが、それは親しみからではなく、ただ単に圧力をかけたいだけだ。
「まぁいいけど…」
俺は従順に英語プリントを取り出すと、その男子生徒に手渡す。
その男子生徒は金髪に近いほどに髪の毛を脱色していて、ピアスを開けている。きっとうちのばあちゃんが見たら"非行少年"と言うと思う。
名前は宍戸 大我。
中学は一緒だったがクラスはずっと別で、高校から一緒のクラスになった。今回の英語のプリントもそうだが、ことあるごとに俺だけにウザい絡みをしてくる。
イジメまではいかないしこちらもそこまでは思っていないが、正直話しかけてくれるなとは思っている。
表面上は努めてフレンドリーに接しているつもりだけど。
ちなみに"だんじょ"とはこいつがつけた俺のあだ名だ。
顔が中性的だから、男女。それがいつのまにか男女になっていた。
なんだそのあだ名。センスのかけらもない。そんなセンスのないあだ名で呼ばれるこっちの身にもなってみろ。恥ずかしい。と、いつも心の中では思っている。
これ、やっぱりいじめられてるのか…?
うーん。いやまぁ、いいように利用されてる、くらいかな。
これでいじめられてるとなったら全国のいじめられっ子に申し訳ない気もするし。
「そろそろ森セン来るよ」
ちょうどチャイムの一分前にくるのが森センの特徴だ。だから早く諦めて席に帰ってくれ。
「んー。量が多いわ、無理。んー………ほい」
大我君は俺の名前を消し、そこに自分の名前を書きこむと、そのままプリントを持っていった。
俺の机には半分しかやってないプリントが残される。
やっぱりアイツキライ。




