宿屋のアイリス
「本当にありがとうカイル君」
アイリスさんがこれでもかってくらい頭を下げる。
「でもわたしより年下なのにすごく強いのね。もしカイル君がいなかったらと思うとぞっとするわ」
「いえ、たまたま通りかかっただけですから。それより今からこちらの宿屋に泊まることって出来ますか?」
「うんそれは全然問題ないけど、いいの? こんなお化け屋敷みたいな宿屋で」
と茶目っ気たっぷりに言う。耳が痛い。
アイリスさんは俺が年下だとわかった途端に態度がお姉さんっぽくなったな。
俺は姉であるメアリーの顔を思い浮かべる。
これでよかったん……だよな。自分に言い聞かせる。
「ちょっとカイル君冗談よ。じゃあ、お部屋に案内するわね」
俺の肩をポンと叩いて階段を上がっていく。通されたのは二階の清潔感があって落ち着いた雰囲気のいい部屋だった。この宿屋外観が悪いせいでだいぶ損してるな。せめて外がもう少し明るければ治安も良くなってお客さんも増えるかもしれないのに。
「そうだ」
俺は部屋の窓を開けると電球の切れた街灯に向かって魔力をこめる。すると切れたはずの電球が再び明るさを取り戻した。
「これで半永久的にここら辺一帯の街灯は明るいままですよ」
多分俺が死ぬまでは。
「え、今のなに……魔法?」
目を丸くする。
「カイル君てもしかして貴族さまなの?」
「いいえ貴族なんかじゃありません。俺はただの無職ですよ。それより着替えたいんでそろそろいいですか?」
「あ、うん。ごめんね」
アイリスさんは気を取り直すと、
「なにからなにまで本当にありがとうね。カイル君。何かあったら下にいるから呼んでね」
と言って部屋を出ていった。
明日は早い。もう寝よう。
翌朝一階におりるとアイリスさんが開口一番。
「カイル君、おはよう!」
元気よく挨拶してくれた。俺も「おはようございます」と返す。
「朝食出来てるよ」
食卓にはご飯とみそ汁、目玉焼きや焼き魚が用意されていた。そう、こっちの世界の食べ物はもといた世界と大して違いがないのだ。
俺は好物の焼き魚に舌鼓を打ちながらご飯をかきこんだ。
「おいしそうに食べるねぇカイル君」
「実際すごくおいしいですから」
「ふふっありがとう」
なんて平和なんだ。テオール家では食事の時間は私語厳禁だったからこんな朝の時間は久しぶりだ。
朝食の間アイリスさんといろいろな会話をした。アイリスさんの家族はもういないこと。親戚の宿屋を半ば押し付けられてやっているということ。そしてお客が来なくてもう店をたたもうと思っていることなどアイリスさんの身の上話を聞くことが出来た。そうはみえないがアイリスさんも21才の若さで苦労してきたようだ。
俺は朝食を済ませると身支度をして、玄関で掃除をしていたアイリスさんに話しかけた。
「夜中だったのに泊めてもらってありがとうございました。おいくらですか?」
「いいのいいの恩人からお代は受け取れないわ」
「いやそういうわけには……」
「いいからいいから……」
「でも……」
というやりとりが3ラリーほどしたところでアイリスさんが急に真顔になった。
「だったらお代の代わりって言ったら変だけど、一つだけお願いきいてくれる?」
「はい。俺に出来ることならなんでも」
「わたしも一緒に連れていってほしいの」
「え」
今なんと?
「カイル君家の事情で町を出るんでしょ、わたしもこの町出たいの。どこかで一からやり直したい」
じっと俺の目をみつめてくる。
「足手まといにならないようにするわ。だからお願い」
いや、まてまて。俺は楽して暮らしたいんだぞ。一人の方が気楽に決まってるじゃないか。なんで同行者なんか。
だが、アイリスさんの一からやり直したいという言葉が胸に強く響く。う~~ん。
「……わかりました。一緒に町を出ましょう。でも行き先も何も決まってないんですよ。いいんですね」
俺は念を押す。
「ええ、もちろんよ。これから楽しくなるわね」
アイリスさんはその場でくるりと回ってみせる。つーか昨日とキャラ変わってないかこの人。
俺はアイリスさんの身支度を待つ間、宿屋の部屋から拝借しておいた地図を確認――
「カイル君お待たせ!」
する暇もなかったな。どうやらアイリスさんはこうなることを想定していたようだった。
アイリスさん、意外に食えない人だ。




