貴族の家
自我があるまま赤ん坊時代を過ごすのは退屈この上ない。大人が順番に俺の顔を覗き込んでは、赤ちゃん言葉で変顔を披露していく。自分も姪っ子にこんなことをしていたのかと思うと恥ずかしくなってくる。
目と耳から入る情報からしてどうやら俺は有名貴族の家に産まれたようだ。しかもこの世界では貴族は魔法が使えるらしい。そういえば神様が言っていたな。別の世界で精進しろって。俺は本当に異世界に転生したのか。
それにしても自由に動けないっていうのは結構つらいな。あ、うんこ出た。
4才になった俺はすでに何でも一人で出来るようになっていた。着替え、歯磨き、お風呂、食事、睡眠。当然といえば当然だ、中身は35才のおっさんなのだから。言葉も流暢に話せる。異世界の言葉なのに違和感なく話せるのはもしかして神様のおかげかな。グッジョブ神。
「おーい、カイル。ここにいたのね」
姉のメアリーが手を振りながら駆け寄ってきた。ちなみにカイルというのは今の俺の名前だ。
「こんなところでまた魔法の練習?」
「まぁそんなとこ」
この世界では魔法力が全てといってもいい。重いものを持ち上げたり、素早く動いたり、体を頑丈にしたり、遠距離攻撃をしたりと魔法で何でも出来る。
ちょっと前に気付いたのだが、俺には目を凝らして見ると相手の魔法力がわかる能力が備わっているらしい。それによると俺の魔法力はほかの貴族たちの比ではないようだった。例えば父のアルファラドの魔法力を100とすると俺の魔法力は3000くらいだろう。俺はこの力をさらに磨くために魔法の訓練に明け暮れていたのだった。
これなら俺が大人になるころにはこの魔法力と家の経済力で一生遊んで暮らせるな。
「カイル、なにニヤニヤしてるの。気持ち悪いわよ」
「実の弟に向かって気持ち悪いってひどいなぁ姉さんは」
「うふふっ冗談よ。食事の支度が出来たって。早く行きましょ」
俺の手を取り走り出すメアリー。九つも年が離れているせいかそれとも俺が転生者だからか、メアリーはあまり血のつながった姉という気がしない。
その後も魔法の研鑽を重ね続け、気付けば俺は16才になっていた。
そんな折、姉に婚姻話が舞い込んでくる。平たく言うと政略結婚だった。家は長男である俺が後を継ぎ、長女である姉メアリーは有力貴族の息子の家に嫁がせるというものだった。
結婚式前夜、俺とメアリーは久しぶりに長く語り合った。
「……そうだったんだ。ふふっ、アドマイア君てホント面白いわね……あらもうこんな時間」
アルバムを見ながら時間が過ぎるのも忘れて談笑していた。時計を見ると夜十二時をまわっている。結婚式前夜にしては夜更かししすぎたかな、と思っているとメアリーが急に真剣な顔になって俺の目をみつめた。
「カイル、あなたはやろうと思えば何でも出来るのよ。でもだからこそよく考えて行動するのよ、いい?」
「う、うん。わかったよ姉さん」
最後の言葉が妙に胸に残った。俺はメアリーの部屋を出てすぐ立ち止まる。
「あっそうだ。アルバム忘れた」
俺はメアリーの部屋のドアを開けようと。したところで固まってしまった。部屋の中からメアリーのすすり泣く声が聞こえてきたからだ。そっと少しだけドアを開けてみる。メアリーはベッドに顔をつけうなだれて泣いていた。そのとき――
「だれっ!」
俺は瞬時に体を隠しそのまま自分の部屋へと戻った。
一瞬だったが見間違いではない。振り返ったメアリーの目には大粒の涙があふれていた。
「もしかして俺がいなければ……」
俺がいなければメアリーが家督を継いでいただろう。そんな気持ちがよぎる。
この家にいれば楽して生きられるハズ。う~~~ん、金持ちの家を捨てるのはもったいない。すごくもったいない、けど……メアリーの涙を思い出す。
心は決まった。
その夜、俺は持てるだけのお金を持って家をあとにした。




