石の巨人
巨大な拳がヴァル達に向かって振り降ろされる。唸りを上げる拳が、床に次々とクレータを造り、その度に派手な激突音が響かせた。
「あいつ、この前のミノタウロスより厄介!」
繰り出される攻撃を躱しながら、ヴァルが叫ぶ。
リーサたちが召還した化け物は、廃寺院で召喚されたミノタウロスと同じ、巨大な人型を取っていた。しかし、ミノタウロスとは大きく異なる種であることは、誰の目にも明らかだった。
生物の様に細胞といった有機物ではなく、全身が無機物――無数の石を寄せ集めて形成されているのだ。
その姿はあまりにも異形で、全身に、鱗の様に石が並び、顔に当たる部分には1つだけ赤く丸い水晶が輝いている。
さながら一つ目巨人である。
「このっ!」
ヴァルは隙を見て、レラジェが出してくれた対ゴーレム用のライフルを打ち込むが、石の巨人の表面を少し抉る程度で、まったく効いている様子がない。
しかも、ミノタウロスより厄介なことに、この石の巨人は破壊されても、散らばった石が破壊した箇所に集まって修復してしまうのである。
今も目の前で、脇腹に出来た窪みが元に戻ってゆくところだった。その光景を前に、ヴァルは唇を噛んだ。
再びヴァルに拳が振り降ろされる。
「へん、こんな遅い攻撃」
彼女にとっては鈍重な攻撃を、当然の様にひらりと躱すと、巨人の拳は地面にめり込んだ。
ヴァルは、その攻撃後の隙を突いて、今度は頭に狙いを定めライフルを構えた。
「お姉様! 危ない!」
レラジェの叫び声とほぼ同時に、ヴァルの横で何かが弾けた。
「ぐっ!」
側面から襲い掛かる衝撃に、ヴァルの口からは血が迸り、体は人形の様に弾き飛ばされた。
それでも、地面を数回転がった後、すぐにしゃがんだ姿勢で止まり、何が起きたのかと出所を睨んだ。
すると地面に転がっていた小石が、先ほど躱した巨人の腕に戻って行くのが見え、彼女はすぐ理解した。
体の一部――石を飛ばしたのだ。
ヴァルの横で弾けたのは、躱した巨人の腕であり、腕を構成する無数の石が、真横から散弾銃の様に、ヴァルの脚や肩など至る所に打ち込まれたのだった。
そのダメージは相当で、ヴァルはよろめきながら立ち上がった。表情は痛みに歪む。
ただ、レラジェの声に反応し、咄嗟に防御姿勢を取ったことで、致命傷を避けることが出来ていた。
「面白いじゃん……」
いまだ士気の失せない瞳で、巨人を見上げながら、口元に流れたる血を手で拭った。
「……――ろす」
そんな傷を負いながらも冷静なヴァルとは対照的に、彼女が傷を負ったのを見て、レラジェの怒りのメーターは一気に振り切れた。
「殺す殺す殺す! 絶対に殺す!!」
自身の能力で別空間から取り出したグレネードランチャーを両手に構えると、絶叫にも似た怒りの咆哮を上げながら、がむしゃらに連射し始めた。
爆発の衝撃と轟音に巨大な部屋が揺れ、巨人の体にいくつもの爆炎の花が乱れ咲いた。
「死ね! 死ね! 死ねえぇぇぇ!!」
カチッ カチッ カチッ カチッ
弾切れを伝える金属音が鳴っているのもかかわらず、レラジェは呪怨の言葉を叫びながら引き金を引き続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をするレラジェの視線の先に、巨人を完全に覆い隠すほどの黒煙のカーテンが揺らめいている。それほどまでに凄まじいな連続爆発だった。
辺りには、名残りとも言うべき焦げ臭さも漂う。
巨人に動きが無い中、一瞬の静寂が過ぎた。
「くっ!」
煙が妙に揺らめいたのを見て、レラジェが眉を寄せた。
次の瞬間、煙の中から飛び出す巨大な拳。
無数の爆破を受けてもダメージを全く感じさせない巨人が、再びその剛拳を振るい、石礫を飛ばす。
「ふふ、足掻いても無駄よ。貴女たちが最強の人口生命体だろうと、その攻撃力は現存する武器の威力の域を出ない。そして、その火力では、そいつを葬ることは出来ないわ」
両手をかざし魔力を注ぎ続けるリーサが不敵に笑うが、戦いが始まった当初より明らかに表情に疲弊の色が出ている。
それは、リーサだけでなく、彼女に協力して巨人を召還している周りの男たちも同じだった。
「あいつら、あのダガフから魔力を流用してるみたいだな。でも、あれじゃあ体がもたねぇぞ」
レラジェの妹分の2人、メリアとライラの後ろで、彼女たちの張る障壁に隠れながらアルレッキーノが呟いた。
「え? アル君どういうこと?」
アルレッキーノの横でシアが反応した。
「この前のミノタウロスと同じで、あんな化け物をあの人数で召還し続けるなんて出来ないんだ。ミノタウロス時は廃寺院に魔力増幅の仕掛けがあったが、ここでは、あの塔が作った大量の魔力を、流用してそれをやってるみたいだな。でも、そんな大量の魔力を身体に流したら、身体自体がぶっ壊れちまう」
「じゃあ、リーサは死んじゃうの!?」
「……このままいけばそうだ」
「そんな!」
叫んだシアに、前で障壁を張るライラが振り返って言った。
「うるさいな! 集中が途切れるから静かにしててよ!」
彼女が怒鳴る間にも、巨人から人の頭ほどもある石が幾つも飛んできていた。先ほどから、飛来する石を、2人――ライラとメリアが張る二重の障壁で何とか凌いでいる。
2人ともレラジェに言われて仕方なく、非戦闘員のシアとアルレッキーノを守っているが、レラジェと一緒に戦えないことにイライラしていた。
「ライラ、集中して!」
メリアに諭され、ライラも前方に集中を戻す。シアとアルレッキーノも口を噤んで、固唾を呑んでヴァル達の奮戦を見守った。
視線の先では、召喚者たちも焦っているのか、巨人の攻撃が熾烈さを増していた。腕を振り回し、飛ばす石も数が増えている。ヴァルもレラジェも致命打を避けてはいるが、確実にダメージを蓄積していっている。
(消耗戦だな……何かないのか……)
アルレッキーノは必死に、この状況を打開する方法を考えた。
そんな中、彼の視界の中では、ヴァルが果敢にライフルを放つ。が、弾丸は巨人の左胸に当たって弾かれた。
(……ん?)
こちらに決定打はないが、向こうの召喚師が消耗しきるのを待つには長すぎる。
しかし、この八方塞がりの中、アルレッキーノの思考には、何か引っかかるものが生じた――それが打開策に繋がる気がするが、いったい何が引っ掛かっているのかが分からない。
前方では、今度は巨人の右太ももを弾丸が抉るが、すぐに修復されてしまっていた。
その光景を目にした時、アルレッキーノは閃いた。
「そういうことか!」
「うるさい!」
声を上げたところで、ライラとメリアに同時に怒られてしまったが、アルレッキーノは怯むことなく彼女たちに声を掛ける。
「メリアちゃんは水の魔法が、ライラちゃんは炎の魔法が得意だったよね?」
「何ですか? 馴れ馴れしい!」
「お前、障壁の外に放り出すぞ!」
「いいから! そうだよね!?」
2人の肩に手を置いて話し出したアルレッキーノに不快感を露わにしながらも、彼の勢いに負けて、2人とも首を縦に振って応えた。
それを見て、アルレッキーノはたった今、頭脳を高速回転して出した“打開策”を話し始めた。
初めは、迷惑そうに聞いていた2人も、その“打開策”を聞くうちに、表情が引き締まっていった。
次回、アルレッキーノの勝利への一手が!




