人ならざる者の領域
ヴァルたちが突入を果たしたのと時を同じくして、メリッサ達も、同じようにコンテナで洞窟に突入した後、その終着点に到達していた。
こちらも反対の山と同様に、大きな柱を備えた広大な空間が広がっており、祭壇の様な階段も、石柱の群れも同じである。
ただ、違っていたのは、そこで待ち構えていた相手だった。
「サイード、あなたは私たちの敵ではないはずです」
部下も連れず、広大な部屋にたった1人で立ちはだかるサイードに、ナフィーサが声を上げた。
「あなたもアブドル様と同じで、一族を使命から解放する為に、ダガフを完全停止させようとしてるのですよね? だから私たちがここに来られる様に、色々と施しをしたんですよね?」
剣を構えたメリッサたちを制し、一歩前に出て説得を試みたナフィーサだったが、彼女の言葉にジャファドは口を開かず、黙って聞いている。
「私は分かっていますから。私を利用したのも、本当の目的があったからだと。ですから、道を開けてください。一緒に、貴方の目的を果たしましょう……そして、また親衛隊長として戻ってきてください」
精一杯、心の内を吐き出した。王宮にいた時から、いつも傍にいてくれたジャファドとの記憶が、言葉と一緒に蘇った。
小さい頃から自分を見守り、遊び相手にも、話し相手にもなってくれた。間違ったときは諫め、正しいことをすれば褒め、危険から守ってくれる。そんな、もう1人の父親の様な存在だったジャファドを、ナフィーサは悪人には思えなかった。いや、思いたくなかったのである。
まだ残る親愛とそれが崩される不安を抱えながら、必死に紡いだ少女の言葉に、黙って聞いていたサイードが動いた。
「……ふんっ」
彼の両目が怪しく光った。
次の瞬間、ヘルマン、マリア、ロゼッタの3人の体が何かに弾き飛ばされる様に宙を舞い、広間の壁に叩きつけられた。
激しくぶつかる音を響かせ、3人の体は壁を窪ませてめり込む。
「ぐ、が……」
痛みに顔を歪ませながら、ヘルマンたちは、壁に磔にあった状態からなんとか動こうとするが、押さえつけられているかの様に、ぴくりとも動けなかった。
何が起こっているか分からないが、サイードから攻撃を受けた――そう理解したメリッサは激昂し、ナフィーサの前に出ながら吠えた。
「サイード! 貴様!」
「やめてください! サイード!」
剣を構えるメリッサの背後で、ナフィーサが悲痛な声を上げる。この状況でもまだ、サイードが説得できると希望にすがり、必死に彼の名前を呼んだ。
しかし、対峙するサイードは、見たものを凍り付かす様な殺気に満ちた瞳をこちらに向け、そして、感情の揺らめきが一切ない声で言放った。
「……ご託はいい、さっさと掛かって来い。それとも何もしないまま、ここで死ぬか?」
その言葉が聞こえたと同時に、メリッサ達の近くにいたはずのジャファドが飛び出していた。
放たれた矢の如く、高速でサイードに迫った彼の姿をメリッサが目で捉えた時には、彼の湾曲した剣がまさに振り下ろされようとするところだった。
――ガキンッ!!
しかし、その剣は容易く弾かれた。いつの間にか、サイードが双剣を抜き、片手でジャファドの剣を弾いたのだった。
ぶつかった剣から、火花が散った。
勢いに乗った初撃を容易く弾かれ、ジャファドは微かな焦燥に駆られた。が、それをすぐに闘志で塗りつぶし、そこから両手の剣で目にも留まらぬ連撃を繰り出した。
バチッバチッと火花を何度も迸らせ、剣と剣が高速で激突する。
必死の形相のジャファドに対して、サイードは涼しい顔で攻撃を捌く。
先ほど塗りつぶした焦燥が、再びジャファドの心に沸き上がり、彼の表情にも表れ始めた。
「ジャファド……お前、俺を倒せるのは自分しかいないとか考えてないか?」
戦いの中、呟くようだがはっきりと聞こえる声でサイードが言った。剣を振りながら、その言葉にジャファドは内心ぎょっとした。
はっきりと目が合う。
猛烈な攻撃の中で見た兄の目は冷たく、一切の感情を感じさせない、いや、ジャファド自体に興味がないといった雰囲気だった。
ジャファドは、一族きっての使い手である。それは慢心ではなく、自他ともに認める事実だった。そして、兄のサイードが自分以上の手練れであったことも分かっていた。
しかし、共に過ごしてきた弟だから、兄の実力も、どんな戦い方をするかも理解している。それに、兄が一族を離れてからも、自分は地獄の様な修行を続け、頭領になれるほどに強くなった。
今の自分が本気で戦えば倒せないことはない――実際に剣を交えるまではそう考えていた。
「くっ……おのれ!」
心を見透かされ、ジャファドが動揺した。
その一瞬、攻撃を受けているだけだったサイードの剣が消えた。
正確には、消えたかのようにジャファドの目からは見えたのだが、それと同時に、彼の両手に強い衝撃が走る。
直後、ジャファドの双剣が根元から折れた。
しかし、得物が折れたことを認識する前に、剣に走った以上の衝撃が、顔から胸にかけて走った。
「ぐああぁぁっ!」
血を迸らせ、ジャファドは痛みに絶叫した。
稲妻が落ちたと思えるほどの衝撃を受け、ジャファドの右目から胸の中央に掛けて斜めに切り裂かれた。
痛みに体勢を崩す間もなく、鋭い蹴りがジャファドの腹部にめり込む。ゴキリっと肋骨が数本同時に折れる鈍い音をさせた直後、吹っ飛ばされる身体。
ジャファドは真っ直ぐに蹴り飛ばされ、壁に激突して動かなくなった。
「俺はもう人の域を超えた……お前では勝てない」
遠くで血に染まったジャファドを一瞥し、サイードが何の感慨もなく、冷たく吐き捨てた。
負傷したジャファドがアブドルのもとに転送されてゆく。それに対しても、サイードは止めを刺しに追撃するどころか、転送されるのを見ることもなかった。
「さて、準備運動は終わりだ……本当の戦闘をしようじゃないか――」
冷徹かつ圧倒的な力を前に動けず、言葉を失っているメリッサたちに、サイードが向き直って口を開いた。
「クロード」
凍り付く様な視線がクロードを見据える。
「お前が、尋常ならざる力を持っているのは知っている。そこにいるメリッサの協力が必要なこともな。さっさと力を引き出して掛かってこい」
「ふん、何を勝手なことを。貴様の思い通りになど――」
「貴様とて分かっているはずだ。今の状態で、俺に勝てるはずがないことを。そして、逃げられもしない……転送される前に、ここにいる者の首を全てはねて見せてもいいんだぞ?」
認め難いが、歴然とした力の差がある――クロードは奥歯を噛み締め、サイードを睨み付けた。
「なぜ、そんな回りくどいことをする?」
「強者がいれば自分の力を試してみたくなるものだろ?」
サイードの無表情だった顔に、にやりとした不敵な笑みが浮かんだ。
力を求めるクロードには、ジャファドの言うことはよく分かった。そして、理解した。“この人間は自分と似ている”と。
だからサイードが語らなかった言葉の続きも分かる。
強者がいれば自分の力を試したくなる――試したうえで、叩き潰すから面白い。
「娘、ゆくぞ」
メリッサが返事をする前に、クロードが彼女の腰を抱き寄せた。
2人の体内を力の激流が駆け巡る。あふれる魔力に、クロードの目がかっと見開いた。そして、その猛る魔力をもって、魔法を発動した。
――イルト・カ・ミナル
この世界に存在しない詠唱は、漆黒のオーラを生み出し、それがクロードを包んだ。
オーラは彼の身体能力を数十倍に高めるものだったが、それは人間の使う身体強化の魔法とは次元を別にしたものだった。
「ナフィーサを連れて、遠くに離れてろ」
そう言ってメリッサを体から離したクロードの眼は、漆黒の中に瞳だけがルビーの様に赤く光っていた。もはや、クロードも人ならざる者の域に足を踏み入れたのである。
同じ領域に並びたったクロードを見て、ジャファドは満足そうに口元を綻ばせた。
次回はヴァルちゃんたちと、場面がコロコロ変わりますがお付き合いください。




