馬車は駆ける
——同刻。サン・カレッドやや東方のある通り。
「御者様、早くお願いします」
「……王女の命とあれば、全力で飛ばさせてもらいます。しっかりと、何かに掴まっておいてくださいよ」
石畳の地面を蹄鉄と馬の息遣いの調べがかき鳴らして、駆け抜ける。木製の車体が縄で馬に結び付けられ、猛烈な力で強引に引っ張られる。御者の手と操縦技術がなければ、一瞬で崩れ去りそうなほど軋みを上げている王女を乗せた馬車は、凄まじいスピードと轟音で東に向かって、突き進む。
王女がここまで急いでいるのは、メルクとアナや東に向かったという騎士の心配もあったが、サン・カレッド中心部で思わぬ時間を食ってしまったからである。
中心部に押し寄せた人々の群れに主要な大通りを奪われ、遠回りをしなければならなかった。できるだけ近道をと、通れるか否かというような細い道を強引に進んだおかげで、車体はかなり汚れて、傷ついていた。
荷台に乗り込むクレアはその衝撃に飛び上がり、頭を打ち、体をぶつけて、クレア自身も傷ついていた。けれど、それでも御者に指示するのは、王女としての自覚があるから。民を、同志を守るため。できないとわかっていても、せめても鼓舞をするためであった。
(……メルク様、信じております)
揺れる車内で、クレアは思いを馳せる。
(お母様のあの慌てよう。おそらく、過去最大級の脅威と言って違わないでしょう。もしかしたら、王国の騎士達に死傷者が出るかもしれない。だから……だからこそ、わたくしは貴方様を信じております)
凛とした、そして期待に満ちたその表情。王女であって、一人の年頃の女の子であるその表情が浮かぶ理由は師への憧憬。そして、王女としての憂慮によるものだ。
(……わたくしが、初めて可能性を感じた、本当の意味での師匠様。貴方様はきっと……)
「……御者様、もっと早くお願いしますっ!」
彼の元へ、早く向かうために、クレアは御者に懇願する。
「……今でも、かなりスピードを出しているのですが、これ以上は危ないと……」
手綱を手に、首を少しだけ後ろへ向けて御者は言う。
「構いません。わたくしがどうなろうと、早く行けるのであれば……」
それは、優しくはあるがある種王女からの勅命に感じられた。
「……わかりました。最高速で、飛ばしましょう!」
御者は鞭を打つ。撓った鞭が空気と馬の背を叩き、猛スピードで駆けだした。
(……もう少し、待っていてください。メルク様。そして、どうか皆をお守りください)
蹄鉄の鳴らす重低音は、さらに強く、人気の減った通りに鳴り響いた。




