【神々の畏怖】
ルシファーが堕とされた地獄の最下層――NEZARION。
そこは、一度足を踏み入れれば二度と抜け出せないとされる場所だった。
地獄の底から地上へ至る道は果てしなく長く、進む者の生命力を容赦なく奪っていく。
たとえ脱出を試みたとしても、その多くは道半ばで力尽きるという。
さらに、地獄には七つの門が存在する。
それぞれの門には強大な力を持つ番人が配置され、脱出を試みる者の行く手を阻んでいた。
つまり、地獄からの脱出はほぼ不可能。
しかし、ルシファーはその常識を覆した。
わずか三日。
たった三日で七つの門を突破し、地獄からの脱出を果たしたのだ。
「ふっ……こうも容易く地獄を抜け出せるとはな。拍子抜けというべきか、それとも……」
ルシファーは何か腑に落ちないものを感じながらも、考えを巡らせた。
「まあ、ケルベロスには少々手を焼いたが……所詮、このルシファーの敵ではなかったということか」
そう呟くと、目の前にそびえる巨大な扉を見上げた。
それは、地獄と現世を隔てる最後の扉だった。
ここを越えれば、いよいよ人間たちの暮らす世界へと辿り着く。
だが、ルシファーには一つ、果たさねばならない目的があった。
神々への復讐を遂げるため、どうしても手に入れたい力があったのだ。
その力とは、地球の深部に封印された邪神――Verios。
血を司る神であり、通称「血の神」と呼ばれる存在だ。
ヴェリオスには明確な肉体も、生命の源となる核も存在しない。
その存在自体が意思を持つ血であり、他の神々とは根本的に異なっていた。
太古の昔、人々はその恐るべき力に畏怖しながらも、神として崇めていた。
ヴェリオスが持つ能力もまた、極めて異質だった。
変質した血は、持ち主の意思に応じて自在に形を変える。
剣や槍、盾といった武具はもちろん、あらゆる形状へと変化させることが可能だった。
だが、ヴェリオスの力はそれだけではない。
ひとたびその血が他の生物の血に触れれば、相手の身体的特徴や能力を読み取り、自らに再現することができる。
つまり、相手の持つ力を自分のものにできるのだ。
さらに恐ろしいのは、他の生命体を支配する能力だった。
ヴェリオスの血が一定量、他の生物の体内に入り込むと、その意識を奪い、完全に支配することができる。
一度支配されれば、もはや自分の意思で身体を動かすことはできない。
その行動はすべてヴェリオスの意思に委ねられ、生かすも殺すも思いのままとなる。
しかし、神々がヴェリオスを最も恐れた理由は、別にあった。
それは、決して滅びることのない不死の存在だということだ。
ヴェリオスには破壊すべき肉体も、生命の源となる核も存在しない。
どれほど強大な力をぶつけようと、その存在を完全に消し去ることはできなかった。
神々は幾度となく討伐を試みた。
だが、ついに滅ぼす方法を見つけることはできなかった。
そこで神々は討伐を断念し、封印する道を選んだ。
複数の神々が力を合わせ、ヴェリオスを地球の深層へと封じ込めたのだ。
それから悠久の時が流れた今も、血の神は地の底に封印され続けている。
「……ヴェリオスか」
ルシファーは静かに呟いた。
あの力を利用できれば、人間を意のままに操ることもできる。
神々が愛し、庇護する人間たち。
その人間を支配できれば、神々への信仰を根底から揺るがすことも不可能ではない。
そして、信仰を失った神々は力を衰えさせていく。
「この力こそが、人間の信仰を神々から奪う鍵となる……」
だが、問題が一つあった。
ヴェリオスの力はあまりにも強大だ。
その血を取り込んだからといって、誰もが力を得られるわけではない。
あの力を宿すには、それに耐えうる器が必要だった。
「……人間の中に、あの力を宿せる者がいるとすれば……」
ルシファーは六枚の翼を畳んだ。
やがてその姿は変わり、端正な顔立ちをした一人の人間の男へと変貌する。
そして、目の前にそびえる巨大な扉を押し開いた。
その先に広がるのは、神々が愛してやまない人間たちの世界。
ルシファーは静かに、現世へと足を踏み入れた。




