第8話 視線の交点
深夜。風見の自室ではアダムとの会話が続く。
「俺と九条ちゃんにアダムとイヴ。アフリカ行きの理由として納得だな?」
『はい、隼人。……予想としては充分かと。他にまだ?』
「OverProtect設立と内戦。知ってたかのように、なんでアフリカなんだ?」
『はい、隼人。……アフリカである事が、最初から決まっていたようだと?』
「そうだな。……最初からアフリカで何かやるつもりだった。だな」
翌週の平日。午前中。
風見は小田に見積書とだけ書かれたファイルを社内チャットで送信した。
小田は直ぐにファイルを開き確認する。
(護衛費と保険料は特別対応費ですか。まぁ、そうなりますね)
(政府間の調整済みの前提条件も当然です。ですが……)
「小田部長、見積書を送りましたよ」
「はい、見ています。ちょっと話しましょうか」
小田と風見の2人が席を離れる様子をA課メンバーが目で追う。
(まだ見積りの話か。外務省が動くのはまだ少し先か)
(また小田部長とだ。アフリカ、どうなってんだ?)
(小田部長と話す時の顔、なんだろ?ちょっとカッコいいかも)
MagI/Oの骨伝導イヤホンからイヴの声がする。
『有栖。手が止まっています。どうかしましたか?』
「どうせ視線追尾とバイタルデータで、イヴには解ってるでしょう~」
『はい、有栖。風見さんの表情と声は以前より豊かに。気になりますか?』
「うん。風見さんもだけど、高城さんと佐伯さんも、なんかね……」
『はい、有栖。……アフリカの話から、A課はそわそわしています』
「イヴもそんな言い方するんだね。……どうなるのかちょっと不安かな」
『はい、有栖。これまでと仕事の性質が違います。皆と話しをしてみては?』
「うん、そうだね。ちょっと飲み会でもやっても良いかもね」
(イヴはMagI/Oで得た皆の様子を数値化して言ってるはず)
(私もだけど、A課がそわそわしているのは確か)
(……イヴも変わった気がする。何か目的を見付けたみたいな)
「さて、続きをやっちゃおうか」
『はい、有栖。区切りを付けて、飲み会の提案をしましょう』
いつもの防音会議室で小田と風見が話す。
「風見さん。調査内容を書かず、期間で見積もるのは良いですね」
「経産省もこの方が良いでしょう。それと前提条件ですね」
「政府間で話しが付いている事を示す書類の発行ですね」
「はい。時間は掛かっても非常時の大義名分は欲しいです」
「小田部長。この件、アメリカがノってこないのは……」
「はい、うっかりしていました。アメリカは反政府側に付いていますね」
「アルには現地勢力と、アメリカ軍の両方に話を通してもらいましょう」
「クリーンなPMCはそのためですからね」
「連絡は取っていたのですか?」
「いえ、弾不足の時以来です……。向こうも気を遣ってるのでしょう」
「そうですか。向こうに行ったら、アルと話してみてください」
「はい、そうですね。お互いに変わったこともあるはずなので」
「さて、風見さん。竹田さんに見積書を送って、アポを取ってください」
「話さないと、見積内容の合意にならないでしょうからね」
「そうです。それとアフリカである理由。何かヒントがあるかも」
「はい。陰謀とは思いませんが、国が求めるものは何か、知りたいので」
風見は自席に戻り経産省の竹田宛にメールを送ると直ぐに携帯が鳴った。
「はい、風見です」
「……」
「今日ですか?そちらの参加人数は?あと、折返しはこの番号で?」
「……」
「はい、直ぐに確認してご連絡しますので。失礼します」
「小田部長。竹田さんが今日、これからと。向こうは2人だそうです」
小田は頷きながら電話を取り何処かに連絡している。
「風見さん。17:00から料亭の個室を取りましたよ」
小田の声を聞き風見はすぐに竹田に電話を入れる。
「……」
「小田部長。先方、承知だそうです」
「竹田さんともう1人、どんな方が出てくるんでしょうかね?」
「とっとと話を付けて進めたいんでしょうから、それなりの方でしょう」
「風見さん。18:00で終わらせて、そのままA課で飲み会にしてください」
「今もA課のメンバーは、風見さんを心配そうに見ています」
「……有難う御座います。小田部長」
「風見さんと私は事実として元軍人。でも彼等は違う。育て方も変わります」
「経験は違いますが、気持ちに違いはありませんよ、紫苑ちゃんも含め」
「それは解っています。A課ですから」
風見が自席に戻ると有栖が声を掛けた。
「風見さん。高城さんと佐伯さんとも話したのですが、皆で……」
「九条ちゃん、急だけど高城と翔太にも言っといて。18:30に例の料亭にって」
「……はい!解りました!今日のお薦めは何でしょうね?楽しみです!」
(……急だけど、連絡入れておくか)
風見がSMSを送ると直ぐに返信があった。
小田と風見が一足先に店の前で待っていると竹田と初老の男が現れた。
「小田さん、風見さん、お待たせしました」
「いえ。さぁ、こちらです。個室を取っていますので」
小田とともに竹田と初老の男が店に入り風見が続く。
個室に案内され店員が小田に声を掛ける。
「お仕事のお打ち合わせなら、お茶が宜しいですよね?」
「そうですね。熱い緑茶を、少し大きめの湯飲みで頂けませんか」
「かしこまりました。5分ほどお時間を」
「では、5分あるので先にご挨拶を。経産省総務課の神谷です」
(お店の配慮に気付き先に動かれた。交渉には厄介な相手かもしれませんね)
(神谷さんか、この人は慣れてるな)
「小田さん、風見さん。先日は失礼しました。同じく総務課の竹田です」
(竹田さんもトボけていましたか)
(竹田さんに試されたか?こういうの、慣れてるのか)
引き戸がノックされ陶器のタンブラーで緑茶が運ばれた。
コーヒーに慣れるとその香りは新鮮だ。
「せっかくですから飲みながら。この店が出すので、きっと美味しい」
「……確かに美味しい。急須で淹れた熱い緑茶なんて久しぶりです」
「さて、本題に入りましょうか。神谷さん、竹田さん」
「……先日は竹田がお2人を試すようなことをして、申し訳ありません」
「……神谷さん。お互いに立場を踏まえただけでしょう」
「理解頂けても、失礼なのは変わりませんから」
「……神谷さん。駆け引きに時間を使いたくないのが本音でして」
「……今回、経産省として2つの目的を満たしたい。小田さんと風見さんは?」
「こちらのことは何処までご存じですか?」
「商事とPMCは政府の意向が多分に入っていると」
「私も風見も、国の役に立ちたいと思っています。神谷さんと竹田さんは?」
「個人的には同じです。……我慢が必要な時もありますが」
「神谷さん。満たすために2つの目的を教えてください」
「……1つは御社の特定人材をアフリカに行かせる。理由は知らない」
「もう1つは?」
「資源利権の確保のため、現地情勢を本当に知りたい」
「神谷さん。調査活動について、政府間の話しは付けてくれますよね?」
「勿論です。その代わり、現地の対応は臨機応変に」
「風見さん。見積りを見てもらいましょう」
風見は見積書を神谷と竹田に見える様にテーブルに置く。
「政府間の合意を示す書類は問題無いでしょうが、保険料はご理解を」
「ロンドンの保険ですよね?プロジェクト化の前ですから仕方ありません」
「発注はJOGMECからですよね?」
「はい。随意契約で調整します」
小田も風見も拍子抜けしていた。
政府案件だがこれまでとは性質が違うものと構えていたからだ。
「神谷さん、竹田さん。話が早くて助かります」
「風見さん。それはこちらも同じです。意味のない交渉は避けたい」
「神谷さん。まだ大丈夫なら、少しお話を伺えませんか」
「では、小田さん。18:00までにしましょうか」
「例の国の資源について、政府はいつから目を付けられていたのですか?」
「40年以上前ですよ。状況が大きく変わったのは、20年ほど前ですか」
「独裁政権が倒れたのと、政権トップ死去の時期ですか」
「風見さん、詳しいですね。独裁政権の頃は、まだ生まれる前では?」
「えぇ、まぁ。海運ルートに影響する場所なので、調べた事が有りまして」
ベテランの神谷は日本ではあまり報道されないことを口にする
「2大勢力の支援が世界大戦になりかねないと……」
「10年ちょっと前に、アメリカと中国は手を引いたわけで……」
「当時のアメリカは、自国の負担を減らす政策だったのですが……」
「アメリカからの投資が減って、世界的な不況になりました」
「その時に買い込んだ資材でH&C本体は、今は潤っていますね」
「民間企業ですから、上手くやってくれるのは助かりますよ、小田さん」
「そして、次の大統領は支援を再開。負けじと中国が続きました」
「アメリカは冷静を保っていますが、中国は派手に動いています」
小田と風見は神谷に確認する。
「それが去年くらいから顕著に出始めたわけですか」
「戦闘時間の短縮と、例の動画ですか……」
「……それに中国が関わっているかは、解らないことになっていますがね」
(Heritageに関係なく、情勢を知りたいのは本当でしょうね)
(……コレを予想してアフリカにPMCを作ったなら、預言者だな)
「小田さん、風見さん。唐突ですがHeritage は最重要プロジェクトです」
「……唐突ということに、しておきましょう」
「……そうですね。唐突ですね」
「あらゆる事に関わり、影響力があっても不思議ではありませんよね?」
「……えぇ。そうですね」
「……まぁ、そうですね」
「今回の依頼も、そういうことですよ」
「さて、ちょうど良い時間になりましたね。小田さん、風見さん」
「とても勉強になりました。有難う御座います、神谷さん」
「いえいえ。我々の労力は無意味な交渉で使うべきではありませんので」
「風見さん。押印した見積書を竹田に送っておいてください」
神谷と竹田は静かに去っていく。
個室に残る小田と風見は2人で口元が緩んでいた。
「風見さん。神谷さんはやり手ですね」
「はい。こちらの出方を全て予想していましたね」
「ですが全く悪い気はしません。お互いにやるべきことが進むので」
「でも、小田部長。疑問は変わりませんね」
「そうですね。変わりませんね。なぜアフリカなのか?が」
引き戸がノックされ店員が声を掛ける。
「お連れ様がいらしていますが、お通ししても宜しいでしょうか?」
「それでは風見さん。あとは頼みましたよ」
「小田部長。たまには一緒にどうですか」
「うっかり昔のことを話したらマズイですから。また今度にしましょう」
小田と入れ替わりにA課メンバーが揃う。
「あれ~?小田部長、帰っちゃいました?」
「別の仕事だろ。そのうち付き合ってもらうから」
「それ、いつになるんすか?風見さん」
「さぁ?そのうちにな」
「本日はコースで承っておりますが、お待ちになりますか?」
「先に飲み物だけ頼めますか?」
「勿論です。こちらからお好きな物を」
「……だそうだ。皆、好きな物を頼んでくれ」
各々にグラスが届き風見の言葉を待つ。
「新期を迎え2ヶ月ほどだが、……少しでも皆の不安を解消したいと思う」
「乾杯は、合わないな。翔太、こういう時は何が良いんだ?」
「お疲れ様~、じゃないすかね?」
「じゃぁ、それで頼む」
「それでは皆様~、お疲れ様~」
グラスが鳴り喉も鳴る。
久々に解ける緊張。
だが新たな緊張がA課を待っている。
それはイヴとアダムの善意か。
それとも天の声とされる誰かの意思か。




