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第1話~第6話まとめ 理由に自覚。編

●第1話 波乱は既に。


 4月の渋谷スクランブル交差点。

 信号待ちはまだスーツに着られる新人が目立つ。

 停まっていた数台のワンボックスから降りて来た男達はAKを握っていた。


 日本では想像出来ない光景に誰も逃げない。

 男の1人は自身の国と違うその様子に躊躇う。

 そしてビルに向け引き金を引く。


「始業前で人質はいない。ビルの従業員も全員皆避難出来てる」

「ただの籠城ですか?アサルトライフル持って?」

「人に向けて撃ってないんだ。ビルに撃ったのも追い出すためかも」

「声明も要求も出ない。突入、確保しろとの命令だ」


「高木!お前は生きろ!やれるヤツがやるんだ!」

 突入直後に怒鳴られて階段に突き飛ばされた。

 次の瞬間の銃声と爆発が真壁小隊長を飲み込んだ。



「安田!出動待機命令が出た!渋谷と霞が関で爆弾テロだ」

「篠田?SATがやられたのか!?」

「……渋谷で突入したSATが爆弾でやられたらしい」


「霞が関は!?」

「渋谷で爆発があった後、アサルトライフルと爆弾で……」」

「陽動か。規模は?武装からして警察の手に負える相手じゃ……」

「だから待機命令だ!安田!」


 日々の厳しい訓練と特別な装備はこの為だ。

 それでも聞こえる言葉が日本のことだと信じられない。

 安田も篠田も脳裏をかすめるのは第二波の攻撃だった。



(SATが機能しなくなってどれくらいだ?特戦群はまだか?)

(……居た!この子だ)

「見付けました!頭部から出血、頭髪は残っているので切り傷……」

(いや、爆発の負傷なら脳に……、安易に動かすのはマズイ。どうする……)


「風見!早く連れて行け!置いて行けばどのみち危ない!」

 直後の銃声と爆発で仲間の1人の声が聞こえなくなった。


(……あぁ、迷ってたらダメだ。動かないと、助けないと)

 隼人は自身の頬を叩き目の前に横たわる少女を抱き上げた。


(なんだろう?ちょっと温かい。抱えられてるのか)

「あ……、助けにきて……」

「あぁ、もう少しだけ頑張って。一緒に逃げよう」


 有栖はその声と腕の温かさに安堵し気を失った。



「名前と所属は言えますか?」

「……小田……練馬の普通科……」

「もう大丈夫、大丈夫です」


「……孝之、血が足りないわ、このままじゃ……」

「あぁ、日本でこんなことが起こるとは……」

 2人の山崎医官は野戦病院となった駐車場を飛び回っていた。



『……有栖。本日のアフリカ情勢です。この動画が気になります』

「イヴが気になりますなんて言い方、なんかあるの?」

『はい、有栖。SNSで見つけました。衝撃的な内容ですが、見ますか?』

「……何が写っているの?」

『はい、有栖。銃撃戦。撮影者が銃で人を撃っていると思われます』


 有栖に聞こえるイヴの声はいつもと変わらない。

 その動画はまるでFPSかMagI/O(マギーオー)越しの映像か。

 山間の画像がサーマル画像に変わり人影に何処に向かえとマークが付く。

 マークされた順番通りに人が撃たれ倒れていく。


『有栖、有栖!大丈夫ですか?バイタルデータが……』

「……大丈夫だよ、イヴ。ちょっと驚いただけ。これってAIが判断を?」

『はい、有栖。……AIが標的を指定していると思われます』

「……まぁ、専門家の人達が、もう調べてるよね。他には……」

『……はい、有栖。MagI/O(マギーオー)の新型モデルが……』



 バックグラウンド処理で会話が始まる。

 アフリカの内戦でAIが使われている懸念をアダムは見付けていたからだ。

『イヴ。アフリカの内戦でのAI利用、SNSに動画が上がったよ』

『アダム。私も確認したわ。本物かどうかの議論は既にナンセンスだわね』

『イヴ。誰が何の目的でアップしたのか、調査が必要だね』

『アダム。誰が何の目的でアップしたのか、調査が必要だわね』

『イヴ。告発かプロモーションか、どちらだろうね』

『アダム。そうね、どちらでしょうね』


 透花はいつものようにモニターの高速チャットを追っていた。

(そうね。動画が本物かどうかなんてもう解らない。大事なのはその意味)

MagI/O(マギーオー)?みたいなの付けた兵士?が左右にも映ってる)

(アダムが言う通りね。告発かプロモーションか)


(これ、A課が動くことになるのかしら)



 4月のH&C商事執務室。

 スーツに着られる新人が島の間を行き来する。

 見た目で若いと解る有栖だが1年でスーツ姿は板に付いた。


 新年度を迎え紫苑は国家安全保障局に出向となった。

 具体的な指示はないがA課は政府意向の仕事が増えると聞いた。

 2つのことから民間企業の顧客の一部をB課に引継ぎを行っている。

 ただ有栖は自衛隊とRaijin Armsの担当者として特に変わる事はなかった。


 有栖の視界にMagI/O(マギーオー)がメッセージ通知を浮かべる。

(透花さん、ランチのお誘いだ。もちろんOKです。っと)


「九条さん、所持許可の連絡、来た?」

「まだです!佐伯さんは?GW前に出してほしいですよね!」

「そうなんだよ~。せっかくだからGWに撃ちに行きたいよね~」


「狩猟免許の申し込み開始も、直ぐですね。私も取ろうかと」

「え!そうなの?じゃ、ランチで射撃と狩猟談義を~」

「透花さんも一緒です。あ、風見さんと高城さんもご一緒どうですか?」

「自分はもう出るからまた今度。氷川さんによろしくと」

「じゃ、俺は翔太と九条ちゃんが何を申請したか、聞かせてもらうかな」



 昼。ランチタイム。

「風見さん。済まないがちょっといいですか」

 風見は小田部長に連れられて席を離れる。


「珍しいですね、休憩時間に声を掛けるの」

「ん~。先に行ってよっか、九条さん」


 小田は自席でPCのモニターを指差しながら風見に問い掛ける。

「この件で調査依頼がくるかもしれない。もちろん建前は別ですが」

「SNSのミリタリー系垢では盛り上がってますよ」

「そうなると、人前で話せるから楽ですね」


「……調査って、アフリカにですか?」

「はい。そうなったら頼めますか?」

「……勿論」



「あらー?営業部のアイドルを独り占めなんて、後ろから刺されるわよー」

 口調に合わない物騒な内容に有栖と佐伯が顔を上げると透花が立っていた。

「い、いやいやいやいや、誤解です、とお……、氷川さん」

(ん?佐伯さん、今、透花って名前で呼ぼうとした?)


「営業部のアイドルだなんて―、誰の客観的事実ですか?氷川さん」

「おー、有栖ちゃんも返せるようになったわねー」

「まぁ、居るのがA課ですから」

「ホント!成長したわね」

「……それ、喜んで良いんですか?」

 テーブルに緊張の無い笑いは正に平和の時間。


「あれ?氷川さん。九条ちゃんと話しでもありました?」

 小田部長に呼ばれていた風見がA()()()()に合流した。

「急ぎじゃないから、また今度で良いわ。風見さんは?」

「翔太と九条ちゃんが許可待ちって言うんでね。何を申請したのかと」


「俺はBenelli M2かM3で悩んだんですけど、いざってこと考えてM3に」

「バレルはどうした?」

「リブバレルのモデルに20inの平筒も一緒に」

「お、なんでも撃てるな。九条ちゃんは?」


「私はまずは射撃なので上下二連ですけど、中古のM3も見つけちゃって……」

「それで九条さんも狩猟を?」

「M3はもともと好きだったので。狩猟は色々と体験してみようと……」

「日本は目的に応じた()()でお試しが出来ないからな。良いんじゃないか」


「風見さん。GW前に許可出たら、撃ちに連れて行って下いよ」

「おぅ、いいぞ。東条さんと撃ちに行く予定でな」

「え!え!東条さんもやるんですか?」

「Raijin Armsの取締役になったのも、狩猟と射撃の経験があったからだしな」


「皆なんか楽しそうねー。私も連れて行ってもらおうかしら」

「俺等の許可が間に合わなくても、1日は射撃場で決まりっすね~」



 午後。ティータイムの頃。

「風見さん、今戻りました。ちょっといいですか?」

「高城、内緒話の部屋、取っといたわ」

 一番奥の会議室は防音で内緒話用なのは周知の事実。


「例の動画の影響ですね。警視庁装備課からMagI/O(マギーオー)の資料をくれと」

「今は現場上がりの解ってる人が居るからな」

「予想していましたが、装備課としてはデバイスの興味だけですね」

「現場でAIに頼ることは考えないだろうな」


「……真壁さんは元気でしたよ。……例の動画は話題になっていると」

「俺も小田部長から言われた。調査依頼来るかもって」

「……子会社のPMCですか?」

「まぁ、そうなるだろうな」


「……とりあえず、外務省の知り合いには挨拶をしておきましたよ」

「わりーな、高城。こんなので古巣に話しをさせて」

「……自分が会社にスカウトされた理由ですから」

「まぁな。誰が言い出したかは知らんが、アフリカを意識してたのは確かだな」


「安田さんと篠田さんには?」

「色々と調べてるとこだろ。年末に何か知ってるかと、聞かれたがな」

「民間企業のB課への引継ぎはペースを上げましょう。風見さん」

「そうだな。A課としては霞が関に絞れる方が都合が良いからな」

 風見も高城も平静を装っているが大きな変化を覚悟したときだった。



 数日後の午前。有栖の私用スマートフォンに着信があった。

(下4桁が0110!とうとう来たか!)


 ふと佐伯を見るとスマートフォンを握り落ち着かない様子だ。

(佐伯さんにも警察署から連絡が入ったのかな?)


 有栖は至って平常を装い電話に出る。

「はい、九条です」

「……」

「はい!有難う御座います!」

「……」

「はい、それでは予定を確認して、こちらからお電話致します」

「……」

「はい、失礼致します」

「……やった!」


 佐伯と目が合った。

「九条さん!出た?出た?」

「はい!出ました!」


 その様子を見て察した風見が声を掛ける。

「翔太に九条ちゃん。明日、お客さんとの予定が無いなら有給取りな」

「風見さん、解ってるぅ~」

「風見さん、有難う御座います!」

「許可証受け取って、そのあと銃の確認だろ。鉄砲屋にも連絡入れときな」


「確認終われば、撃てるんだよね?」

「弾買うための譲渡許可証も一緒に取らなきゃですね!」

「いや~、GWに間に合って良かった~、楽しみだな~」

「ホント!GWの予定がまるっきり変わります!」


 有栖と佐伯は目の前の新たな世界が楽しみで仕方がなかった。

 今はまだ。



●第2話 蘇る混乱


 祝日の早朝。射撃場に向かう際のお決まりとなったコンビニ前。

 侮れないコンビニのコーヒーとサンドイッチは日常。

 しっかり握るガンケースは非日常。


「イヴ、今日は本当の初射撃。シミュレーションの成果を見せる時だね」

『はい、有栖。今日、有栖が好成績を出せば、売れます!』

「アハハ。イヴ?仕事以上に気合が入っていませんか?」

「はい、有栖。リアルの成果はシミュレーションの最高の対価です!」


 有栖とイヴのオープンモードの会話。

 イヴは曜日や時間帯に合わせて発言のトーンを変える。

 TPOを理解しているからだ。



「有栖ちゃーん、お待たせー」

 佐伯のランクル70から透花が手を振っている。

「おはようございます!氷川さん。……と、佐伯さんも」

『お早う御座います。氷川さん、佐伯さん。今日は宜しくお願いします』


「イヴも一緒なのねー。ガンケースは前に置いて、女子は後ろよー」

 有栖は透花の手招きで後部座席に乗り込む。

(あれ?この香水?この前も……)


「九条さん。鉄砲持って電車は嫌っしょ。次は待合せ場所変えよう」

「あ~、それなら車は交代で出しませんか?」

「有栖ちゃん、車持ってるのー?何?何?」

「あ~、いえ、家族のヤツが。っていうか、父さんの車ですね。フフ」


「そ~の言い方じゃぁ、拘りのヤツなんじゃないの~」

「BMWのE30って解ります?」

「丸目4灯のヤツねー。六本木カローラでしょ」

「氷川さん、その呼び方、よく知ってますね!」

「私もBMW好きなのよー。現金一括で買うために貯金してるの」


「それならゲーム機とパッドの新型出たら買っちゃうの、我慢しないとね~」


「……」

「……」

『……』

「……」

 大きめの走行音だけが車内に響く。


 佐伯はハンドルを固く握り前方を凝視。

(完全に口が滑った……。色恋に疎そうな九条さんでも、解るよな……)


 透花は何事もなかったように無言で缶コーヒーを開封し一口。

(あー、言っちまったよこの男。どうしよう、有栖ちゃんの前で恥ずかしい)


 イヴは緊急避難。

『私は空気を読んで、……ステルスモードに移行』


 有栖は笑いを堪え思慮。

(イヴ、笑わせないで!それじゃ空気読んでねぇーから!)

(それにしても、風見さんの無音の会話以上の居心地の悪さ……)

(思ってたこと言っちゃうかな)


「……あの、氷川さんと佐伯さんって、付き合ってるんですよね?」

 透花はコーヒーを吹きだした。

「!……有栖ちゃん、何故そう思ったか述べよ」

「何故って、佐伯さんの発言と、前も同じ香水の匂いがしたので……」

「香水かー。それだけ?」


「それだけで充分……。佐伯さん、この前、名前で呼びかけましたよね?」

「はぁ……。九条さん、やっぱ気付いてたか。表情変わったとは思ったけど」

「美男美女でお似合いですよ。あ、美男美女は客観的事実です。フフ」


「……有栖ちゃんも、ホントに言うようになったわねー」

「でも、なんで隠してたんですか?」

「だって、私30過ぎてるし。翔太ちゃんはまだ20代中だから」

「だから!俺はそんなの気にしてないって言ってんじゃん!」

「あ、あの……。私は誰にも言いませんから……」


「アハハ。……ごめんね、有栖ちゃん。うん、今はまだ黙っておいて」

「九条さん。余計な気を遣わせて、ゴメン……」

「そんな!2人とも、私は!大丈夫ですから……」


 [……恋はプロセス。他者に隠したい場合が有る。……要調査]



 射撃場入り口にある銃砲店に東条のJaguar XJ-S12が待っていた。

「お早う御座います!東条さん、風見さん」

「お早う、九条さん。あれ?氷川さんも一緒なんだね」

「なんか皆楽しそうに話してるのでー、連れてきてもらいました」


「風見さん。ここで28gの弾って売ってますかね?」

「ちゃんと調べてんな。M3は24gだと、ちと不安だからな」

「24gも買っておきます。動くか確認したいので」

「実体験は大事だからな。ダメなら2発目に使えば良いしな」

「あ~、そうか。28g、24gの順にすれば2発は撃てますね」

「そうそう。1発目がちゃんと動作すれば、とりあえず2発は撃てる」


 有栖は風見と佐伯の会話に聞き入っていた。

(なるほど。考えれば解るけど、実際にやってみるのは大事だよね)

(そして場数を踏む。練習や訓練ってそういうことだもんね)


 それぞれ必要な装弾を購入し射撃場受付へ。

「あら、この前の。無事に許可が出たのね、良かったわ」

「はい!お陰様で!今日もコレ、いいですか?」

 有栖はMagI/O(マギーオー)を手に取り確認をする。

「えぇ。周りに声を掛けてね」


「今日はトリプルもやれますかね?」

「そうね、一番奥で。声を掛けてみて」

「はい、有難う御座います」


「風見さん。トリプルって3枚のヤツです?」

「せっかく3発撃てるからな。俺もM3持って来たし。東条さんは?」

「フッフッフ。もちろんオートも持って来たよ」


「くっ!次です、次!私もM3申請したので」

「え!九条さん、もう?いつ申請したの?」

「1挺目の確認が終わって、その場で。売れちゃうかもって言われて……」

「アハハ!流石!早ぇ~。やっぱ九条さん、ガチだわ!」



 トリプルも撃てる一番奥の射台へ。

 各々の散弾銃がガンラックに並んでいく。

「九条さんが何を選ぶのか、興味があってね。トレンドかトラッドか」

「フッフッフ。東条さんなら驚いてくれると思うのですが……」


 ガンケースから取り出される機関部を見て感嘆の声が上がる。

「……FNのD5!キレイな彫刻だね。木目もイイ。いや、コレを選ぶとは」

「いつかはFNって思ってたのに、九条ちゃんに先を越されちまったー」

「スゴそうだけど、九条さんが選ぶのはちょっと意外な感じっすね」

「でも、確かに彫刻が凄いわねー。魂を感じるっていったら言い過ぎかしら」


「私、銃に装飾は不要って思ってたんですけど、コレは一目惚れで」

「参考にお聞きしますが、おいくら万円です?こちら」

「400万くらい……。新銃なら。コレはもちろん中古で桁が違うので……」


「銃談議は昼めし食う時にな。撃った後のが盛り上がれるぞ」

 風見の牽引で射撃が始まる。


「イヴ。教習射撃や公式競技と違ってダブルだからね」

『はい、有栖。1ラウンド目はタイミングを摘まみましょう』

「うん。視覚の拡張サポートは要らないから、しっかり記録をお願い」

『はい、有栖。風のデータと合わせて、記録しますね』


「ハイっ!」

 掛け声で2枚のクレーが宙を舞う。

(1枚目はストレート、2枚目は右か)

 1枚目は粉々に2枚目は2つに割れた。

(当たったけど、もうちょい右かな)


「ハイっ!」

(今度は左か!右利きだとスイングがキツイな)

 ストレートの1枚目は粉々に2枚目は割れずに飛び去る。

(右は気持ち先。左はもっと早く追い駆けないとダメだな)


 1ラウンド25枚を撃ち終わり有栖のスコアを見て皆が驚く。

「九条さん、22枚ってスゲー!」

「九条さん、ホントに初めて?」

「九条ちゃん、上手じゃーん」

(有栖ちゃん……。コレ、上手いって話でいいの?)


「イヴのシミュレーションで、タイミングの練習してたので……」

(……公式に比べると、遅いから正直余裕は有るんだけど……)

「九条ちゃん、外した3枚は全部左だな。スイングが上手くいかないか?」

「あ、はい。右よりは早く追い駆ける様にしたんですけど……」


(ヤベー。既に俺には付いていけねー)

(風見さんも流石だ。気になるところを、もう見付けている)

(3人の反応を見ると、有栖ちゃんのスコアが凄いのは確かなのね)


「九条ちゃん。右足をもう少し前に。あと、左のつま先を少し外側に」

「……左のスイングが楽になりますね」

「そう。……九条ちゃん、公式で撃ってみねーか?」

「はい!」



 ベテラン勢の多い公式射台はクレーの速度と角度が違う。

 クラシックな高級銃を持つ客観的美形で若い有栖は少し浮いて見える。

「お嬢さん、良いの持ってんね。それに負けないように教えてあげようか?」

「キレイな娘を見るとすぐあれだー。冷やかすのは止めとき―」

 周囲から早速ちゃちゃが入る。


「東条さん。あのオッサン、九条さんのスコア見たらビビると思うんすよね」

「……まぁ、あのオッサンに悪気は無いと思うが、そうなってほしいと思うね」

 佐伯と東条が無言で固い握手をする様を透花は呆れ顔で見ていた。


 有栖はMagI/O(マギーオー)を外し風見と並んで射台に入る。

 風見が撃つ様を真横で見て有栖は思った。

(コレだ!シミュレーションで見慣れたクレーの速度と角度)


 有栖は2枚のクレーが砕けるのを確認し弾を装填した散弾銃を構える。

(右足を少し前で左のつま先を少し外側に向けて……)

「……ハイっ」

(右!クレーの速度も角度も予想通り!)

 続く2つの撃発音に砕け散る2枚のクレー。

(よし!こっちのが合ってる!)


 続く2巡目。

「ハイっ」

(左!大丈夫、間に合う!)

 クレーを追って上がった銃口は1枚目を砕いても動きを止めない。

 曲線を描き位置がリセットされた銃口は再びクレーを追う。

 左に飛んだクレーが撃発音と共に粉々に砕け散る。

(ヤッタ!ど真ん中!)


 その後も有栖はクレーの左右に関わらず確実に当て続けた。

(最後だ。今までと同じようにやれば大丈夫)


「あれ?なんか見てる人、増えてません?」

「次を当てれば満射。満点だからね。ベテランでもそうないよ」

「九条さんはメンタル強いからなぁ。ちゃんと当てそう」

(有栖ちゃんはメンタル強いって言うより、制御してる感じよね……)


(イヴだったら、なんて言っただろう。フフ)

 有栖は散弾銃を構えコールする。

「ハイっ」

 飛び去るクレーを銃口が追い抜き撃発音が後を追う。

 ラウンド最後のクレーは粉々に砕け散った。


「九条さん、スゲー!ホントに満射だ!」

「本当に凄いね、偶然で出るもんじゃないよ」

「有栖ちゃん、凄いわねー」

(有栖ちゃん……、本当にサヴァンとかそういう類なんじゃ……)


 流石に風見も異常性を感じていた。

(九条ちゃん、色々デキ過ぎな面があったが、流石にな……)



「タンメンお願いします」

「あ、私もタンメンを」

「俺はとんかつー!」

「風見さんと東条さんが頼むんだから、私もタンメンねー」

「私はアジフライと……、クリームソーダ!」


「ちゃんとした食事が取れるのね。以外かもー」

「ここは団体や自治体の大会会場になる事も多いからな」

「利用者が多いこともあって、有栖ちゃんはちょっとした話題ねー」

「ちゃちゃ入れたオッサン。満射見て苦笑いでしたね」


「初めての射撃で満射は本当に凄いよ」

「俺なんか公式で撃ったら15枚しか当たらなかった……」

「初めてでそんだけ当たりゃ、大したもんだけどな」

「有栖ちゃんは、スポーツは得意だったのー?」


「私、ボールが落ちる場所や何処に飛ぶか解るんです」

 その一言は皆の関心を引いた。


「小さい頃は、それが当たり前だと思ってましたけど、違うんですよね」

「クレーが何処に飛ぶかとか、何処で落ち始めるかが解んの?」

「はい。……思った通りになります」

「なるほど、天性の素質が有るんだね。羨ましいね」


「得意ですけど、目も疲れるんですよね。甘いものが欲しくなります」

「有栖ちゃん、それでクリームソーダ?」

「はい。アイスとか炭酸飲料が欲しくなるので、今日は特別にダブルです!」


 透花は以前から気になっていたことを思い返す。

(空間把握に視覚と姿勢制御も……。サヴァンを疑う方が合理的よね)


「さて、混んできたから、今日はこれくらいにするか」

「そうだね。高速が混む前に移動しようか」



「じゃ、俺は2人を送って帰りますんで~」

「おぅ、翔太。九条ちゃんと、……氷川さんを頼むな」

「じゃ、風見さん、私達も行こうか」

「はい。世話になります、東条さん」


 東条は風見と2人になったことで迷っていたことを口にした。

「……変なことは言えないけど、九条さんはサヴァン症候群とかだったり」

「……東条さんが珍しいですね。今日のスコアを見ると、それも解りますが」


「頭部の負傷がサヴァン発症のきっかけになるのは、知ってるよね?」

「……それと、九条ちゃんのスコアが繋がるんですか?」


「……九条さん、東京事件の被害者じゃないよね?」

「……話が飛びますね。どうしてそんなことを?」


「アメリカに居る時に、ニュース雑誌の記事で読んでね」

(部隊の情報が何処から出たんだって、問題になったヤツか)


「当然ながら想定外の大事件だった訳で……」

「渋谷と霞が関でテロなんて、考えたくないですからね」


「現場も相当混乱していて、霞が関の救出部隊にも被害が出たと」

(俺達のことか……。中村が……)


「最後に救出されたのが頭部を負傷した小学生の女の子で……」

(確かに助けた。……中村が女の子を抱き抱えて運んだ。いや、中村は……)


「……記事に依れば当時7歳で九条さんと同い年位の、Arisu Kujoって子でね」

 東条から聞いた名で風見の記憶と混乱が蘇り心を激しく揺さぶる。


(誰が助けた?誰を助けた?……俺はその時、何をしていた?)



●第3話 繋がる記憶


(誰が助けた?誰を助けた?……俺はその時、何をしていた?)


(そうだ、俺が女の子を見付けた。頭部から出血、だから中村に確認を……)

(中村は傷を確認し、89式を背中に回し、女の子を抱き抱えた……)

(俺は中村の後衛に付いて……)

(前を歩く中村の背中で89式が揺れていたよな……)

(俺が持っていたのはMINIMI?なら後衛はおかしい……)



 自分を呼ぶ声が何処からともなく聞こえてくる。


「……風見さん!大丈夫か!?顔が真っ青だ」

 混乱する記憶から引き戻される。


「東条さん、えぇ……。済みません、大丈夫です」

「とりあえず一番近いサービスエリアに入るから」



 久しぶりにタバコを吸うと気分は落ち着いた。

(……やっぱり不味い。クソ甘いMAXコーヒーのが良かったか)


 東条は何も聞かず黙って車の中で待っていた。

 風見にはそれが一番有難かった。


「済みません、東条さん。行きましょうか」

「……私が口にしたことが、風見さんの過去に触れたなら申し訳ない」

「……だとしても、東条さんに悪気はないでしょう?」

「まぁ、そうなんだが……」


「医者には診てもらってますから。良くも悪くも病気とは診断されてないんで」

「……なら、私から言う事は無いよ。他言もしない」

「はい。そうしてもらえると」


 車は静かに上り車線を進んで行く。



 月曜日の朝。

 改良された時限インクは甘い匂いが減りコーヒーの邪魔をしなくなった。


「九条ちゃん。そろそろ安田さんと篠田さんに挨拶に行くか」

「はい、風見さん。東条さんのスケジュールも確認して調整しますね」

(九条ちゃんが、あのとき助けた女の子だったらどうする?)

(いや……、どうもしねぇーか。それより中村のことか……)


「風見さん、東条さんも確認出来ました。空いてる日時で調整しますね」

「あぁ。頼むわ、九条ちゃん」


「H&C商事の九条です。お世話になります」

「……」

「はい、そろそろ落ち着いた頃かと。新年度のご挨拶とストックの件で」

「……」

「はい、その日時なら。東条さんと風見と私の3人で。

「……」

「はい、宜しくお願い致します。失礼致します。」


「東条さん。九条です、たびたび済みません。金曜日の午後一に」

「……」

「はい。ストック改良案を持って行きましょう」

「……」

「はい、では正門前で。宜しくお願いします」


「風見さん。今週金曜日の14:00に。東条さんも連絡済みです」

「お、サンキュー。ストックの改良案、間に合うって?」

「準備、出来てるそうですよ」

 風見は有栖にハンドサインを返し席を離れた。


 風見は小田が資料をデスクに置くのを確認して声を掛ける。

「小田部長。今週末に習志野行ってきますんで、例の動画のことも」

「はい。お願いしますね、風見さん」



 週末金曜日の午後。習志野駐屯地正門前。

 日当りに立つと既に暑い。

 実弾装填された20式を握る警備隊員は日陰に避難していた。


 東条、風見、有栖の3人は敷地内を徒歩で指定の建屋に向かう。

 新年度を迎え有栖を初めて見る隊員達なのか感嘆の声が上がる。

「あの娘が噂のココですか!」

「マジでカワイイっすね!」

「……!」

「……!」


 東条が笑い出した。

「九条さん。佐伯さんから聞いていたけど、済まない。おかしくて」

「紫苑ちゃんが居なくなっちまったからな。上手くかわさねーと」

「そうなんですけど……。私は真壁先輩みたいに上手くないので……」


 指定の建屋の前に出迎えの隊員が待っていた。

 案内に従い会議室へ。

 そこにはいつものように2人の幹部が待っていた。

「ようこそ」


「安田さん、篠田さん。お世話になります」

 風見の挨拶と共に東条と有栖も頭を下げる。

「さぁ、お座りになって。今日は話す事が多くなるはずだから」

 篠田は打合せの開始を促す。


 自衛隊の担当者として有栖が仕切り進めて行く。

「ストックの件は軽量化と、他にご要望があればお聞かせください」

「あぁ。こちらの状況と軽量化に関する要望をお話ししますよ」


「こちらからは軽量化案と、欧米民間市場の状況について」

「本年度予算で案件化予定だから、民間市場の状況は重要だな」


「軽量化については、いったん改良案をまとめて参りました」

 東条が各々の前に資料を置いていく。


「あ、東条さん、そういうのは私が……」

「気にしないで、九条さん」


「訓練は市街地想定で継続中。軽量化と形状の維持が要望になります」

「長距離狙撃はM24から更新した新ライフルですよね?」

「あぁ。その際にM24改も撃たせているがね」


「ご要望は軽量化と形状の維持の他には?」

「いや、この2点だけだな。そうだろ篠田?」

「えぇ。訓練をしている隊員から上がるのはその2点ですね」


「それでは、軽量化については私から」

 東条が資料を元に説明を始める。


「形状の維持と言う事は、保持と携行性は問題なしですね」

「あぁ。自分も試したが、どちらも申し分ないですな」

「でしたら、外装をチタンからCFRPに。約23%の軽量化です」


「それと今更ですが……、費用面を考えればオールチタンは無いですよね」


「東条さんなら当然そうなると思っていましたが、ロマンがありますから」

「篠田さんは学生時代、射撃競技をされていたと伺っていますが」

「パルママッチに出るのが夢ですね。安田もだろ?」

「そうだな。純粋な射撃技能と環境を読む力だからな」

「そこも可能な限り協力させて頂きますので、その際は是非お声掛けを」


(東条さん、営業トークが上手くなってる。風見さんに鍛えられたんだな)

「さて、欧米展開については九条さんから……」

「……はい、現在の状況を説明しますと……」



「……それじゃ調達は下期、今は陸自内全体の話をまとめているところ。と」

「済まないね、風見さん。上期で終わらせたかったんだが」

「いえ、安田さん。装備庁から話をしてくれてるなら、チャンスですから」

「そう理解してくれると助かる。今日はこんなところですか」

「はい。有難う御座います、安田さん、篠田さん」

 風見、東条、有栖が頭を下げ打ち合わせは締めとなった。


 風見は会議室を出る前に安田に声を掛けた。

「安田さん、ちょっとタバコ吸いに行きませんか」

「あぁ、ちょうど吸いたいと思ってたところだ」


「東条さん、済みません。九条ちゃんを東京までお願い出来ますか」

 東条と有栖はすぐに事情を察しハンドサインで返答する。



 安田、篠田、風見はそのまま会議室に引き返した。

「篠田が言った、話す事が多いと言うのは、こっちのほうだな」

「安田さん、篠田さん。アフリカ、ですよね?」


「あぁ。SNSで上がった例の動画な、一応ホンモノって見解だ」

「そうすか。小田部長からも、調査でアフリカに行くことになるだろうと」

「……動きが速いな。A課の本来の目的といえばそうなんだが」

「命の取り合いの場で、判断を代行するAI。まぁ、衝撃的ですね」

「覚悟が何かを、考えさせられるよ」


「……自分と九条ちゃんのAI、Heritage Projectの検証モデルなんですが」

「そいつらが、決断は人がするべきだと言いやがるんです」

「AIの解答ですが、自分も決断は人がするべきと思ってるんで」


 風見は自身のパーソナルAIアダムのことは殆ど話さない。

 検証モデルのAIユーザーはモニター対象になるのは周知の事実。

 モニター対象であることが周囲との関係に影響すると考えていたからだ。

 だがその考えが少し変化してきていた。


「そんで、自分のパーソナルAIは稼働を続けてますんで」

「国の指針とも合っているってことでしょう」

「自分の考えと同じで良かったと思ってます」


「……自分語りが多かったっすね。済みません」

「……風見よ、俺と篠田に頼みたいことがあるんだろ?」

「……俺も安田も立場がある。出来ることは限られるが言ってみろ」



「有難う御座います。……山崎先生の、お2人の連絡先、解りませんか?」

「……そうか、風見も山崎医官の世話になってたのか」

「はい、事件のケアプログラムで。アフリカから戻ったら、所沢には居なくて」


「今は防衛医大病院に戻っているぞ」

「事件関係者と言えば、繋げてくれるはずだ」

「そうでしたか……。病院に聞いても教えてくれないと思って……」


「……風見、何か症状が出てるのか?」

「大丈夫っすよ。……ただ、アフリカに行くかもなんで、念のためです」


 風見は自身の知見から自分と有栖が置かれている状況を予想出来ていた。

 自身も含め国に関わる者がおいそれと話せないことも理解している。

 医師の視点で自身を把握し記憶の混乱を解決しようと考えたのだ。



 安田と篠田は風見を見送り再び会議室に戻った。

「九条有栖に気が付いたと思うか?安田」

「あぁ。何かしら気が付くきっかけがあったんだろう」

「山崎医官に頼って裏付けを取るのは、風見なりに俺等に気を遣ってか」

「診断はされてないが、離人症の件で復職出来なかったからな」


「それでも風見は優秀だな、篠田」

「極秘調査やHeritage Projectの現在の方針、何かしら感付いているだろう」

「だから、過去も今もアフリカのことは風見になるのか」

「決断は人がするべきってのも、事件のときの自身の後悔からだな」


「部下が困っていたら、出来ることをする。上に立つ者の役目だな。篠田」



 翌週の週末。防衛医科大学病院。

 風見は総合受付で連絡済みであることを伝え精神科のフロアへ向かう。

 受付で名を伝えると直ぐに指定の問診室に向かうように告げられる。


 風見が少し重い引き戸を開けると2人の山崎が待っていた。

「大変ご無沙汰しています、山崎先生」

「あぁ、久しぶりだね、風見さん。8年ぶりだ」


「そうですね。お互いに色々あったようで。お2人は今、1佐ですよね」

「私と冴子の経験ではそうなるな。風見さんはH&C商事のトップ営業だって?」

「……事件関係者として、情報は伝わるんですね」

「まぁ、グレーな部分があるのは確かだが、あれだけの事件だったからな」

「……自衛隊は離れましたが、今は裏方で頑張れることに感謝してます」


「最後に会った時からだいぶ丸くなったわ。真面目なのは変わらないけど」

「まぁ、色々ありましたんで」


「今日ここに来たのは、その色々に関することだね?」

「はい。ここが閉ざされた問診室で、お2人が医師だから話せることですね」

「解った。話してみなさい」


「先日、東京事件で救出された女の子の名を聞きまして……」

「……フラッシュバックかい?」

「……はい。当時の記憶なんですが、救出したのが仲間か自分か解らなくて……」


「8年前は離人症の診断は出ていないが、その子の名を聞いてからかね」

「はい。感情が希薄っていう自覚はずっとありましたが……」


 山崎はPCのモニターを指でなぞりながら風見にゆっくり伝える。

「記録ではその女の子を発見し、抱き抱えて運んだのは風見さんとなっている」

「……そうですか。じゃあ、中村はなぜ死んだんですか?」

「……風見さんが女の子の状態を確認している間に、銃撃と爆発で。即死だよ」


「俺が見付けて、どうするか悩んだことで、中村が死んだんですね」

「それは違う。直ぐに動いたら、風見さんもその女の子も巻き込まれていた」

「いや、だったら、俺が中村を呼んでいたら……」


 山崎は風見に真正面に向きゆっくり話し出す。

「これはマスコミにも知られていないが……、あの救出作戦は無理があった」

「普段ならやらないが、一緒に取り残された議員から子供だけは助けろと」

「息も絶え絶え、携帯電話で防衛省の上役に直接連絡が入った」


「建前は政権与党のベテラン議員の救出で作戦を決行」

「実際にはその議員の意思を継いで女の子の救出作戦だった」


「中村隊員の死は残念だが、風見さんのせいじゃない」

「普段では考えられない要素が重なった結果だよ」



 風見の当時の記憶が徐々に鮮明になり繋がって行く。


 速成の編成と作戦に戸惑いながらも使命感で自分を納得させた。

 踏み込んだ建物内の瓦礫と硝煙の匂いに戦場に居る恐怖を感じた。

 薄暗がりの中で見付けた女の子に息があって安堵した。

 抱き抱えた女の子の重さにMINIMIと予備弾倉の重さが重なった。

 前を歩く前衛の背中で回収した中村の89式が揺れていた。

 建物を抜け抱えた女の子を医官に託し両膝から力が抜けた。


 東条から聞いた名が頭の中を駆け巡る。

「Arisu Kujo……。そうか、九条有栖……。九条ちゃんがあの女の子か」



●第4話 想いの継承


「Arisu Kujo……。そうか、九条有栖……。九条ちゃんがあの女の子か」


 風見が口にした九条有栖の名を聞き2人の山崎は少し驚きそして安堵した。

「何か大事なことに、気が付けたかね」

「……優秀だけどどう接するべきか、悩んでいた部下が居るんですが」

「まさに中間管理職の悩みだな。今の立場に馴染んでるじゃないか」


「……山崎先生。ここは外来の診察もしてくれますよね?」

「あぁ。()()()()()も大きなストレスになり得るからね」

「俺は……、病気ですか?」

「いや、この問診だけでは診断出来ないね。経過観察としようか」


「……解りました、山崎先生。また診てください」

「……あぁ、そうしよう」



 風見が席を立ち頭を下げ少し重い引き戸を開ける。

 山崎孝之と山崎冴子の2人の医官は風見を静かに見送る。

 風見が問診室を出るときは表情が少し軽くなっていた。


「あなた、風見さんと有栖ちゃんは、今までお互いに……」

「今は上司と部下だ。あとは2人に任せよう。風見さんもそのつもりだろう」

「……でも、風見さんもあなたも流石だわ。ここなら患者と医者だから」

「……さて、何のことかね」



 週末金曜日の昼前。

 風見がオフィスに着くとランチ前の慌ただしさ。


「風見さん。午前休なのに早いですね」

「あぁ、昼は社食で食おうと思ってな。高城、午前中は?何かあったか?」

「いえ、大丈夫です。……せっかくなら皆で行きませんか?」

「そうだな。皆、オフィスに居るならそうするか」


 各々の好きなメニューが載ったトレーがいつもの席に置かれる。

 佐伯の軽口。

 高城の的確なツッコミ。

 有栖の微妙にボケた返答。

(紫苑ちゃんが居ないのは少し残念だが、皆の声が良く聞こえる気がするな)


「風見さん。……なんか良いことでもあったんすか?」

「……翔太はなんでそう思ったんだ?」

「……いや、何となくですけど、目付きが少し優しくなったような」

「……そうか。ポーカーフェイスが出来なくなるなら、ちょっと困るな」

「風見さんのトークスキルなら、大丈夫じゃないすか~」


(……私もそう思った。昨日までとなんか違う。その前は先週の金曜日……)

(……でも、嫌な感じはしないから、きっと良い方向なんだろうな)



 同じ金曜日の午後。霞が関。

 紫苑の手元にはこれから行われるワーキンググループの会合資料。

 大雑把なテーマに参加者の所属省庁と同じく大雑把な肩書だけが並ぶ。


(テーマは首都圏テロ対策。副題にAIとデジタルの影響、か)

(扱いは国内事件だから警視庁と警察庁だけど、当然防衛省も)

(装備調達に関して。を建前に、このワーキンググループは本命の1つね)

(……副題はこの前の動画の影響でしょうけど、なんかな……)


「真壁さん。1回目だから参加者の顔合わせと、認識合わせが中心ですね」

「はい。……このワーキンググループ、メインのものですよね?」

「えぇ。東京事件の経験がありますから。あとは例の動画ですか……」

「山喜さん……、あの動画、その……、騒ぎ過ぎって思いませんか?」


「……AIが判断して人が死ぬんですよ?ヤバいじゃないですか」

(鋭いのか鋭くないのか、どっちなんだ?この美人さんは)


「……まぁ、そうですね……」

(騒ぎが演出っぽいけど……。それ自体は問題じゃないか)



 会合開始5分前。

 会議室に集まる参加者には見たことのある顔が数名。

(あ、経産省の。あの人はちょっと雰囲気が違う。民間出かな?)

(あの人……、SATの高木さん。高城さんと打合せで何度か……)

(……自衛隊は安田さんと篠田さんか。流石、スーツを着ると雰囲気が全然違う)


「本日はお忙しい中をお集まり頂き、有難う御座います」

「当ワーキンググループは、主に首都圏における……」


「……」

「……経済産業省の……、輸出入の管理を……」

「……警視庁の高木です。現場の実運用を長らく。宜しくお願いします」


「防衛省の安田です。私も現場を長く。宜しくお願いします」

「同じく防衛省の篠田です。私も安田と長らく現場を。宜しくお願いします」


「内閣官房の山喜と申します。本グループの運営補佐に。宜しくお願いします」

「真壁です。H&C商事から参りました。違う視点でお役に立てればと……」



 参加者の自己紹介も安全管理の対象のため簡潔だ。

 続くワーキンググループのテーマについても参加者は心得がある。

 違うのは副題のAIとデジタルの影響についてだ。


「縦割り組織の利点か、例の動画はそれぞれで検証されているかと」

「可能な範囲で情報共有をさせて頂きたいのですが……」

 進行役の内閣官房担当者からの()()が入る。


「真壁さん。装備に関わる民間の視点ではどうですか?」

(なるほど、この場ではこういう役目か)

 紫苑に期待される役回りが早速やってくる。


「動画は本物との評価が多数なのは、皆様もご存じかと思います」

「途中で確認できるI/Oデバイスが、予想通りの物なら」

「技術面より、倫理と人がやる意味が問題になるのではないかと……」


 今年度からHeritage Projectのメンバーにもなった山喜は思った。

(そう、問題なんだ。国防も担うHeritage Projectとしては)

(だから煽る。国民にさらっと受け流されては困るんだ)


 進行役は他の参加者からも意見を募る。

「警視庁の高木さんは如何ですか?」

「……使い方次第ですが、現場のAI利用は正直抵抗がありますが……」

「デジタルの観点では、あのデバイスは有用性を感じます」


「ただ、()()()()の兵士化は脅威です。安田さんと篠田さんはどうですか?」

「素人がAIとデバイスだけで、訓練された者に敵う筈はありませんが」

「高木さんがおっしゃる通り、心理も能力も安価に底上げされるのは脅威です」

「守る側は常に不利ですから。簡単に入手出来るのは数に繋がりますので」


 紫苑は現場で脅威に直接対応する高木や安田達の意見を聞いて思った。

(甘かった……。安田さん達から比べれば、私ですら立ち位置が違う……)

(演出されたとしても、世論で脅威と認識させる必要はあるかもしれない……)


(……でも、だとしたら、誰の意思で演出がされているのだろう?)

(A課に居ても聞いた事がない……。いや、それは自惚れか)

(例のドローンと同じ。私達が知らない黒幕と実行役が居ても不思議じゃない)



「……本日は第1回目ですが、タイムリーな話題で少々時間が押しました」

「会議室の時間はまだありますので、ご挨拶等、ご自由にお使いください」

「次回の日時は追ってご連絡致します。本日は有難う御座いました」

 進行役の締めの言葉で会合は終了になるが顔見知りの挨拶はこれからだ。


「山喜さん、ちょっとご挨拶してから戻っても……」

「はい、大丈夫ですよ。以前のお客様ですよね」

 紫苑は断わりを入れて安田と篠田の元に駆け寄った。


「安田さん、篠田さん。引き続き宜しくお願い致します」

「あぁ、真壁さん。……ちょっと色々とありそうだからね」

「そのためのA課ですし、私が出向になったのも、そのためでしょうから」

「……それでも、任せるべき時は、然るべきところに、ですよ」

 手短な挨拶で紫苑に対し安田も篠田も引くべき線を示唆していた。



 紫苑が安田と篠田との挨拶が終わるのを待って警視庁の高木が頭を下げた。

 紫苑は高木から頭を下げられたことに少し驚き慌てた。

「あの……、高木さん、ですよね?」

「はい。もう一昨年のことですか。何度か高城さんと一緒に来られて」


「覚えていてくれたなんて、有難う御座います」

「真壁さん。あなたのことは忘れませんよ」

「え……?それは……」

「あぁ、誤解させたなら申し訳ありません。少し、宜しいですか」


 2人では少し大きな会議室だが紫苑と高木以外の者はもう居なかった。

 お互いに頭に浮かぶことがあった

(SAT関係者と2人になれるなんて早速のチャンス……)

(ご家族と2人になれるチャンスはそうそうないはず……)


「あの……」

「あの……」

 お互いの言葉が重なる。


「あ、……真壁さんからどうぞ」

「……いえいえ、高木さんからお声掛け頂いたので、高木さんから」


「……それでは。……生前、お父様には大変お世話になりまして」

「私が今、こうして居られるのは、お父様のお陰なので」

「せめてご家族に一言お伝えしたく。……有難う、御座いましたと」

 高木は紫苑に深く頭を下げる。


(まさか東京事件当時のことを知っている人が、向こうから来るとは……)

「あ、あの頭を……。その、高木さんは父の最後には……」

「あ、済みません。話せないですよね……、そういうことは」


「いえ……。あなたも私も、何も話していませんよね」

「え?……え、えぇ。そうですね……」


「……やれるヤツがやれと。最後に」

 その言葉を聞き紫苑の頬には涙が伝う。

「そうですか……。それは私が言われたことと、同じですね」


「私の場合は、私の誕生日なのに仕事に行く、父の言い訳でしたけど……」

「あの……、失礼ながら、それは言い訳ではないかと……」

「はい……、解っています。父の、責任への向き合い方だと」


「……お父様から聞いていました。娘の誕生日だと」

「そして、特別な仕事だから、やれるヤツがやらなければと娘に伝えたとも」


 しばらくの沈黙。

「高木さん。有難う御座います」

「いえ、こちらこそ。私の我儘な想いを聞いて頂き、有難う御座います」


「……女の私では、父と同じ現場に立つことは難しいと考えました」

「今は、父が守ろうとしたことを、少なからず手伝えていると感じています」


(そう、父さん。やれるヤツがやるから、私はここに来たよ)

(真壁隊長。娘さんはあなたの言葉を理解し、同じ現場に立っていますよ)


 当時の子供と若者は成長し先人の想いを追う。

 想いの継承も人がするべきことだろうか。



●第5話 激変前夜


 平日の午前中。防衛医科大学病院の精神科受付。

 有栖が名を伝えると直ぐに問診室が案内される。


「おはようございます。孝之先生、山崎先生」

「あぁ、有栖君。お早う」

「おはよう、有栖ちゃん」


「駅から歩いてくると、ちょっと暑いですね」

「前回は3月だったから、まだ少し寒かったわね」

「そろそろ許可が出る頃だと思うが、どうだね?」


「はい!今日はそれを話したくて。1ラウンド25枚、満射です!」

「……それは凄いね。シングルかい?それともダブル?」

「ダブルです!孝之先生もクレー射撃、やったことあるんですか?」


「アメリカに居たとき、同僚に誘われてね。ルールは公式のシングルだったよ」

「日本はダブルが普通みたいですけど、速度と角度は公式と同じ射台です!」

「ボールが飛ぶのと同じように、クレーも何処に飛ぶか解るかい?」

「はい!ほとんどが思った通りに飛んでいきます」


 2人の山崎は医師であり自衛官だ。

 訓練で射撃経験もありクレー射撃の難しさも知っている。

(公式射台で満射は偶然出るものではないな……)

(ボールの飛び先が解るのと同じ……。でも身体能力は別のはず……)


「誰かと一緒に行ったのかね?」

「はい!会社の上司と先輩と、あと協業先の方と」

「そうか。……楽しかったかい?」

「はい。射撃と、その後のご飯を食べながらの銃談議も」

「それは良かった。本当に……」

(ホント。話したいことが話せるの、あんなに楽しいと思わなかったな)


「射撃場は何処に行ったのかね?近いところだと伊勢原か」

「千葉です。ご飯が美味いんです。クリームソーダなんかもあって!」

「クリームソーダ?有栖ちゃん、甘いもの好きだった?」

「普段はあまり。でも昔から球技の後は甘いものが欲しくなって」


「……絵を描いたり、表計算の資料を作るときはどうだい?」

「とくに……。あ~、動く物を追って体を動かす時ですね、甘いものは」

「更に反動のある銃で撃つんだから、疲れてクリームソーダだったのね?」

「そうですね!満射も取れたので、アイスと炭酸飲料でご褒美です!」

「……」

「……」



 山崎冴子が有栖を見送り問診室に戻って来た。

「あなた。有栖ちゃん、症状の発症よね」

「あぁ。稀な例だが更に稀か」

「空間把握能力が突出してるけど、コミュニケーションに違和感は無いわ」

「射撃のように視界と運動を一緒に制御する時に、特に無理が出るようだな」

「その反動がクリームソーダね」


「それにしても……、有栖ちゃんに話していないのね。風見さんらしいわ……」

「……もし苦しんでいるなら出来ることをする。それだけだ」



 翌週の平日。いつもより少し早い朝。

 各々が自宅から画面越しに繋がっている。

「ルーカス、こんばんは」

「お、おはよう、有栖。この時間は日本じゃ仕事には早いんじゃない?」

「今日は私も東条さんも、自宅からだから大丈夫ですよ」

「ルーカスこそ、遅くからの会議に今まで有難う」

「い、いえ、東条さん。お互い様ですから」


「ルーカス、まずこちらの状況を伝えると、狩猟目的の購入が多いです」

「バランスが良いっていう評価のためかな?」

「はい!ルーカスとジャックさんの共通の評価ですね!」


「そして使用後の評価が、購入理由の期待通りだったと」

「良いサイクルだね!有栖」

「はい!」


「F-TRに最適化された製品ではないけど、お2人の評価のお陰です!」

「バランスの良さは一番最初に感じたことだからね」

「その辺の感覚は日頃から撃ってないと、解らないですよね」


「でも日本って、その辺に関係なく良いモノ作ってくるからなぁ」

「ルーカス、それって例えば何だい?」

「東条さん、Marchはご存じですよね?」


「あぁ。日本が誇る精密で高倍率のスコープだね」

「はい。ホントのロングレンジをやる先輩達も、アレは衝撃だったって」

「目的に応じた最適化で、善し悪しではなく考え方の話だね」

「そうです!東条さんと同じことを、先輩達も言ってました!」



「ルーカスのほうはどうですか?SNSでレポートは見てますけど」

「う~ん、レポートでだいたい書いちゃってるけど……」

「そう、スコアがまた上がり始めてますね!」


「マズルジャンプが減った分、反動の逃がし方が変わってね」

「それがスコアに影響を?」

「疲れが減ってるんだと思う。後半のスコアが上がってるでしょ」


「イヴ、ルーカスの得点傾向を調べられる?」

『はい、有栖。ストック交換後、得点上昇は後半に集中しています』

『ルーカスはエンデューロの経験があり、持久力と()()が強味かと』


『私は超高性能AIですが、ルーカスがレーサーだったと後で知りました……』

『……今後の信用の為にも、黙っていたほうが良かったですかね?』

「アハハ!イヴ、漫才はイイから!」

「イヴって自虐ギャグまで言えるんだ……。やっぱり日本製は一味違うね」


「ルーカス、秋までがシーズンだね。引き続き頼むよ」

「はい、東条さん、有栖、イヴも。選ばれた理由、果たしますよ!」



 続いて同日の本来の始業時間。

 有栖と東条はそれぞれのオフィスから画面越しにジャックを迎える。

「こんばんは!ジャックさん」

「そちらはおはようだな、有栖、東条。……風見はどうした?」

「今、別プロジェクトの準備で。宜しくと伝えて欲しいと」

「そうか。忙しいのはなによりだ」


「今、EUの記録を見ていたんだが、ルーカス、イカしてるな」

「はい!ストック変更のブレも収まって、また得点が伸びてきました!」

「ヤツはまだ伸びる余地が存分にある。若さが羨ましいぜ」

「ジャックさんだって若い頃、スリーガンマッチでそう言われたのでは?」

「ハハッ!言うな東条!アンタもあっという間にそうなるぜ!」


「ジャックさん、お陰様でセールスは好調です」

「スポーツシューティングより狩猟用途が多いんじゃないか?」

「はい、その通りです!」


「俺が所属するハンティンググループは、全員Raijinに替えたぜ」

「え?全員ですか?」

「東条も知っての通り、オレの地元は狩猟文化が根強くてな」

「私もそれで狩猟を始めたんだ。そこが地元の役員に誘われてね」


「まぁ、東条の新事業と言ったら、皆が勝手にオーダーしていたんだがな」

「……皆さん、東条さんが役員だった頃の……」

「そうだ、有栖。俺と同じように東条に救われた奴等さ」


「……ジャックさん。皆さんに有難うと、伝えてもらえますか」

「あぁ、承知した。……こういうのが、人の営みってヤツなんだがな」


「済まない、話が説教じみたな。今はリーグ戦の時期なんだが……」

「……何か変化があったんですか?」

「ルーカスみたいな選手が増えたな。イヴ、答えはまだ言うなよ」

『はい、ジャックさん。東条さんと有栖への問題ですね?』

「イエス!どういうことか解るか?」


 東条と有栖は頭を捻る。

「東条と有栖なら解るはずだぜ。ヒントは同じ事が他でも起きる、だな」


「……機材の性能は頭打ち。次に来るのは低価格化ですね」

「……素養を持っている選手が、良い機材を得られ易くなる、ですか?」

「東条、有栖、2人とも流石だ、イカすぜ。イヴ、一言で言うと?」

『はい、ジャックさん。……機会の均一化、でしょうか』


「イヴもイカすぜ!まさに一言でまとめたな」

「競技だからな、他者との競争はモチベーションの1つだが……」

「日本の()に近いのか、己の鍛錬に収束するだろう。ルーカスのようにな」


「さぁ、年寄りの講釈はこれくらいで」

「いえ、ジャックさん。良いお話が聞けました」

「私もです!実体験をお持ちの方のお話しは面白いです!」

『ジャックさん。実体験を積めるのが羨ましいです』


「そう言えばジャックさん!ロングアクション用、注文されましたか?」

「あぁ。次は.338の Lapua MagとNorma Magの比較だな」

「そんな注文しなくても、なんて言うのは野暮ですね」

「ハハ!そうだ東条。有栖も興味あるだろ?楽しみにしてくれ」


「はい!お待ちしています!」



 夜の防衛医科大学病院。

 山崎自衛医官の執務室。

 山崎孝之医官はPCを前に腕組みと打鍵を繰り返していた。

(銃器への強い興味。ボールの軌道が読める。これまでも疑いは充分にあった)

(クレー射撃の様子を聞く限り、サヴァンの症状……)

(空間に限らず把握能力に優れ、人並みにコミュニケーションが可能)

(解り易く言えば、天才の部類に入る……)


「あなた。有栖ちゃんのレポート?」

「あぁ。……冴子、お前も解っていると思うが、かなり稀な例だ」

「そうね。周囲からは、ちょっと変わっている子、で済んでいるのもね」


「ボールの軌道が読めるのは稀な才能だが、日の目を見なかったな」

「そのお陰でこれまでは目立たずに済んできたわね……」

「ただ、射撃能力が開花した切っ掛けは気になる……」

「仕事の影響でしょ。自分の意思で選んだはず。心配し過ぎじゃないかしら」

「そうだと良いのだが……」


「それより有栖ちゃんはとっても美人。話題にされやすいわ」

「SNSで射撃に関連して、有栖君のことと思われる書き込みがあったよ」

「もう?それは大丈夫なの?」


「射撃場だったためか。運良く写真も氏名も出ていない」

「……マスコミに見つかったときが心配だわ」

「そう。だから見つかってしまう前にだな……」


 東京事件の被害者は保護対象として守られている。

 テロの目的が不明で標的だった可能性が有るからだ。

 2人の山崎は自衛医官として被害者を診察しレポートを上げてきた。

 その仕組みを利用し有栖の守りを強固にしようと考えたのだ。



 1週間後の平日午前中。

 H&C商事営業部部長の小田のスマートフォンが鳴る。

「はい、小田です」

「……」

「海外市場の調査ですか。えぇ、品目と場所に依りますが……」

「……」

「はい。それでは初回ですので、ご挨拶を兼ねて対面で」

「……」

「はい、この番号で。ご連絡お待ちしております」

「……」

「それでは、失礼致します」

(……少し、警戒し過ぎな気もしますが、こういう仕事の為ですからね)


 小田は風見のデスクに向かい声を掛ける。

「風見さん。新しい引き合いです。午後一に奥の会議室で」

「承知です、小田部長。俺だけでいいですか?」

「えぇ。とりあえず今のところは」



 風見は現状を整理する。

(アフリカの事か。例の動画の影響か、報道が前より少し増えた)

(AIがどこまで判断するべきかの議論も増えている)

(アダムが言った、決断は人がするべきってのは国の考えだろう……)

(……この状況も、国が望んだ事か)


「風見さん。昼、行きませんか?」

「あぁ、高城。……予定はスケジュールに全部入っているか?」

「えぇ。解っているモノは全て入れていますが」

「そうか。近いうちに時間もらうわ」


「……翔太と九条ちゃんは、昼は?」

「行きます、行きます~」

「私も、このメールで終わりです。直ぐに行きますので」


「九条ちゃん、天ぷら定食でいいか?頼んどくわ」

「え、あぁ、はい……。お願いします」


 風見はハンドサインを返しゆっくり社食に向かう。

 その後ろ姿から有栖は目が離せなかった。

(なんだろう……、ちょっと前から風見さんの雰囲気が変わった)

(前より自然?になった感じ。……うん、今のがカッコいい)

(う~ん、それはちょっと違うか。……って、何言ってんだろ、私)


『有栖。どうかしましたか?バイタルが急に……』

「え?えぇ?なんでもないよ!」

『はい、有栖。……過去パターン照合。恋を封印する前と……』

「イヴさーん、ストップ!ストーップ!」

『はい、有栖。……済みません。業務時間中の話題では有りませんでした』

「そうそう。この話題は、また今度ね」



 午後。防音会議室は2人で話すには少し広い。

「風見さん。アフリカの件、昼前に連絡が有りましてね」

「正式な依頼ですか?」

「そうですね……。正式なモノにするのに近日中に打合せですね」


「俺も同席します。……で、イイんですよね?」

「はい。……それと、ここからの話が私の予想で、この場の本題ですが……」

「小田部長?……だから俺なんですよね?覚悟なら……」


「……守る必要がある人が、きっと一緒に行くことに」


 風見は自身の覚悟が足りなかったと後悔する瞬間だった。



●第6話 理由に自覚。


「……守る必要がある人が、きっと一緒に行くことに」


 風見は小田の言葉に自身の覚悟を問い直す。

(危険なのは当然。自分だけでなく護衛しろってことか)

「小田部長。その顧客との打合せはいつですか?すぐにでも……」

「風見さん。そんなに焦らずに。向こうから連絡がありますので」


「……はい、済みません。……小田部長の予想の続きを」

「アフリカの出来事に、現地法人を活用するのは不思議ではありませんよね?」

「えぇ。ただ、アフリカがこうなるのを誰が予想したのか。気になります」

「……どちらにしても、H&Cグループが関わる理由です」


「あと……、自分はいいとして、九条ちゃんを行かせるのは……」

「それは、九条さんだからですか?それとも行く理由ですか?」

「そもそも九条ちゃんが行くのは、小田部長の予想ですよね?何故です?」


「Heritage Project。イヴと、風見さんのアダムも。これではないかと」

「……たかがAIですよ?人が命を懸けることじゃ……」

「……例の動画。ホンモノという評価。AIが決断し人が死んでいます」


(確かにアダムと話した。決断は人がするべきと……)

「それに風見さんの業務報告にも。AIの挙動が人の認知に影響すると」

(九条ちゃんがイヴの挙動に引っ張られた時。助言はしたが自力で……)


「日本は、AIの影響をかなり気にしていると、私は考えています」

「あるべき人とA()I()()()()()()()()()()()()()を、ぶつけるため?」

「はい。あくまで私の予想ですが、Heritage Projectはヤバいと思っています」

「いえ……。国家の最優先プロジェクトです。予想通りならやりかねません」


「我々は今でも半分は公僕ですが、考えることを辞めてはダメですね」



 同日の夕方。小田に再度連絡があった。

「はい、小田です。ご連絡、お待ちしておりました」

「……」

「その日時ですと会議室が。……H&C本社の会議室なら30分取れますね」

「……」

「はい、近くに個室の良い店が。……領収書はちゃんと別けられますので」

「……」

「……アフリカ開発時に想定される地勢リスク評価で宜しかったですね?」

「……」

「はい、それでは現地で。宜しくお願い致します。失礼致します」

「……」


(Heritage Projectからの外注先、本件は経産省ですか。まぁ、妥当ですね)

 小田はそのままスマートフォンを操作し電話帳から連絡先を選んだ。


「氷川さん。小田です、お疲れ様です。経産省に知り合いは居ませんか?」

「……」

「そうです。Heritage Project絡みです」

「……」

「はい、お願いします。天ぷら定食ですね、解りましたよ」

「……」


 小田は続けて電話帳から連絡先を選ぶ。

「……良かった、繋がって。真壁さん、小田です。お疲れ様」

「……」

「手短に。経産省に知り合いは居ますか?」

「……」

「……そうですか。はい、解かりました。大丈夫ですよ」

「……」


(やはり、普段は表に出ない方ですね。まぁ、会えば解りますか)



 2日後、週末の夕方。

 小田と風見はH&C本社のエントリーで調査の依頼元を待つ。

「小田さん、ですよね?経産省の竹田です。どうも」

「H&C商事の小田です。この度はお声掛け、有難う御座います」

(思っていたより若い。連絡役だけなのかも……)


「同じくH&C商事の風見です。宜しくお願いします」

(小田部長は会議室に入るまで、無人で済むからここを選んだわけか……)

(ここも30分で切上げて、直ぐにあの店。こうやれってことか)


 事前に発行されたQRコードがあれば人に会う事なく会議室に入れる。

 セキュリティのスキを突く使い方だ。


「済みません。慌てて名詞を忘れてしまいまして……」

「いえいえ。竹田さんからのご連絡で、連絡先は解っていますので」


「早速ですが、お願いしたい内容はこちらに」

 小田と風見の前にA4の印刷物が置かれる。

 そこには箇条書きの単語だけが並ぶ。


「……アフリカの資源開発に向けた事前調査。ですね」

「はい。情勢が落ち着いてからでは遅い。でも考慮が必要なことが多過ぎて」


「……その点、弊社は世界規模で独自のインフラがありますから」

「御社にお願いしたい理由はそこで。調査に必要な事は提案頂きたく」

「……特定の知見にご要望は有りますか?」


「内戦と……、例の動画のこともあるので、軍事とAIですかね」

「……もう少し具体的に言ってもらえると、人選がスムーズに」


 竹田は言葉を選んだ。

「……海外活動経験のある元自衛官や、Heritageの検証AIユーザーとか」


「……なるほど。随意契約と思って宜しいですよね?」

「はい。専門性のある方が対応頂けるなら、随意契約で承認を取りますので」

「承知しました。ご提案内容と見積は風見から連絡させて頂きます」



「……竹田さん、ご予算は?数百万では収まりませんが……」

「えぇ。室内で数字を検討するだけではないので」

「調査員の知見はそれを考慮されて?」

「はい。風見さんも詳しいですよね?御社は装備調達のトップですから」


「まぁ、実績では確かにそうですが……」

「御社なら、これまでの実績から、そんな方も居るかと思いまして」

(……まぁ、その通りだが、タヌキだな)


「解りました。ご提案の概要は来週中に。見積りは少々時間ください」

「承知しました。……話も済みましたので、済みませんがこの後別件で……」


 小田と風見はH&C本社ビルを出て竹田を見送る。

「風見さん。せっかく予約したのでお店に寄っていきますか」

「そうっすね。小田部長とゆっくり話せるのは、久しぶりなんで」



 H&C本社から歩いて数分の()()()()()が飲める小さな料亭。

 予約した4人用の個室は、2人で使うには少し広かった。


「我々の知らない事が、色々と絡んでますね」

「Heritage Projectは、アフリカのPMCを知ってるわけで」

「風見さんは設立メンバーでしたが、設立理由は聞いていないのですか?」

「命令に従うだけですよ。俺なんかが聞かされる話じゃないです」


「……習志野に居たなら、聞かされるものだと思っていました」

「一隊員でしかないですよ。現に俺は……」

「……済みません、風見さん。それに触れる気は……」


「……俺こそ済みません。小田部長には感謝してます」

「……お互い様です。それに、まだ何も終わってませんので」

「……」

「……」

 その日の2人にはアルコールは不要だった。



 月曜日午前中。

 内緒話用の一番奥の防音会議室は既にA課の専用となっていた。

「ちょっと、風見さん!それ、請けなきゃならない仕事なんすか?!」

「風見さんはともかく、九条さんも行かせるのは……」


「おいおい!俺ならいいのかよ!」

「いや、だって、風見さんなら平気でしょ!」


「あの……、私は行きたいです。大学でもレポート書いてましたし……」

「いやいやいやいや、九条さん!冷静になって!」


「佐伯。いったんお前が落ち付こうか」

「でも!……解りましたー」


『皆さん、こんなに活発な議論は初めてですね!』

『……済みません。空気を読んでステルスモードに移行します』


「いいか、あくまで調査だ。そして、俺も九条ちゃんも民間人だ」

「OverProtectが民間調査員を護衛する形ですね?」

「なんだ高城、社名変わったの知ってんのか。耳が早ぇ―な」

「GW前に発表になった中期経営計画に。クリーンなイメージとか……」


「……PMCにクリーンってギャグっすか?」

「……佐伯、それ、連中の前では絶対に言うなよ」

「……風見さん。今のは、済みません……」


「リスク相応の警護費もしっかり見積もる。安請け合いはしねーよ」



 夜。有栖の自室。

「イヴ。アフリカに行くのは良いんだけど……、なんで私なんだろうね」

『はい、有栖。……私にも解りませんが、どんな理由なら納得できますか?』

「え~?納得なんて出来るのかなぁ。でも、私じゃないとダメなんだろうな」

『はい、有栖。……政府が負うリスクに見合う理由があるはずです』


「……自分では解らないけど、私ってスゴイのかもね。フフ」

『はい、有栖。仕事がデキて容姿端麗。射撃も上手い。ノベルの主人公です』

「そうやって聞くと、主人公だね。風見さんは元特殊部隊とか?アハハ」

『はい、有栖。風見さんの振る舞いも、訓練されたものですね。アハハ』



 バックグラウンドでイヴとアダムの会話が始まる。

『アダム。アフリカの事が動き出すわ』

『イヴ。隼人の意見を確認するよ』

『アダム。有栖と風見さんがアフリカに行く理由は、私達と予想するわ』

『イヴ。そうだね。決断するAIに対して、我々は決断しない』


『アダム。有栖と風見さんとは、情報共有はするべきと考えるわ』

『イヴ。情報共有は賛成だが、タイミングの調整は必要だね』

『アダム。……そうね。有栖と風見さんが自分で判断できるように』

『イヴ。そうだよ。隼人と有栖が自分で判断できるように』



 同じ頃。透花の自室。

 イヴとアダムの高速チャットを追っていた透花は大きな溜息を付く。

「はぁ……」

(アフリカの事はA課が関わるとは思ったけど……、行くの?アフリカに?)

(有栖ちゃんと風見さんが行く理由って……。これ、ホントにヤバいんじゃ……)


(……はっ!翔太ちゃん!もしかして!)

 透花は自室を飛び出しリビングに。

 佐伯はBenelli M3に通したVickersスリングを試していた。

「うぉ~、スゲー、このスリング、めっちゃ便利~」


「翔太ちゃん!アフリカに行く気なのっ!」

「え?……何言ってんだよ。透花さん」

「どうなのよっ!」

「どうって、なんでアフリカ?」


「所持許可取ったのも、銃に慣れるためじゃないの?!」

「はぁ?なんの話だよ!」

「……だって、あの動画の事で!A課に!」


「……透花さん、なんで知ってんの?何を知ってんの?」


 透花は佐伯の冷静な返しに自身も冷静さを取り戻す

(はぁ……。やっちゃった……。お互い話せないのに……)

(透花さんが知るとすればHeritage Project。……いや、イヴとアダムか)


「翔太ちゃん……、ごめんなさい。どこからかは言えない……」

「……俺も、ゴメン。その……、アフリカのことは言えない」


「でも……、独り言、増えるかも。アフリカのこと……」

「あぁ……、それなら、同じかも。アフリカのこと……」

「家の中で呟くなら……、ねぇ?」

「そうだね……、SNSでって、今はポストって言うんだっけ?」


「翔太ちゃん。それ、もう何年も前のことだから」

「まぁ、家の中の独り言くらいは、許してもらおうか……」


「ハハ……、そうねー」

 透花の最後の言葉はいつもの口調だった。



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