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第5話 激変前夜

 平日の午前中。防衛医科大学病院の精神科受付。

 有栖が名を伝えると直ぐに問診室が案内される。


「おはようございます。孝之先生、山崎先生」

「あぁ、有栖君。お早う」

「おはよう、有栖ちゃん」


「駅から歩いてくると、ちょっと暑いですね」

「前回は3月だったから、まだ少し寒かったわね」

「そろそろ許可が出る頃だと思うが、どうだね?」


「はい!今日はそれを話したくて。1ラウンド25枚、満射です!」

「……それは凄いね。シングルかい?それともダブル?」

「ダブルです!孝之先生もクレー射撃、やったことあるんですか?」


「アメリカに居たとき、同僚に誘われてね。ルールは公式のシングルだったよ」

「日本はダブルが普通みたいですけど、速度と角度は公式と同じ射台です!」

「ボールが飛ぶのと同じように、クレーも何処に飛ぶか解るかい?」

「はい!ほとんどが思った通りに飛んでいきます」


 2人の山崎は医師であり自衛官だ。

 訓練で射撃経験もありクレー射撃の難しさも知っている。

(公式射台で満射は偶然出るものではないな……)

(ボールの飛び先が解るのと同じ……。でも身体能力は別のはず……)


「誰かと一緒に行ったのかね?」

「はい!会社の上司と先輩と、あと協業先の方と」

「そうか。……楽しかったかい?」

「はい。射撃と、その後のご飯を食べながらの銃談議も」

「それは良かった。本当に……」

(ホント。話したいことが話せるの、あんなに楽しいと思わなかったな)


「射撃場は何処に行ったのかね?近いところだと伊勢原か」

「千葉です。ご飯が美味いんです。クリームソーダなんかもあって!」

「クリームソーダ?有栖ちゃん、甘いもの好きだった?」

「普段はあまり。でも昔から球技の後は甘いものが欲しくなって」


「……絵を描いたり、表計算の資料を作るときはどうだい?」

「とくに……。あ~、動く物を追って体を動かす時ですね、甘いものは」

「更に反動のある銃で撃つんだから、疲れてクリームソーダだったのね?」

「そうですね!満射も取れたので、アイスと炭酸飲料でご褒美です!」

「……」

「……」



 山崎冴子が有栖を見送り問診室に戻って来た。

「あなた。有栖ちゃん、症状の発症よね」

「あぁ。稀な例だが更に稀か」

「空間把握能力が突出してるけど、コミュニケーションに違和感は無いわ」

「射撃のように視界と運動を一緒に制御する時に、特に無理が出るようだな」

「その反動がクリームソーダね」


「それにしても……、有栖ちゃんに話していないのね。風見さんらしいわ……」

「……もし苦しんでいるなら出来ることをする。それだけだ」



 翌週の平日。いつもより少し早い朝。

 各々が自宅から画面越しに繋がっている。

「ルーカス、こんばんは」

「お、おはよう、有栖。この時間は日本じゃ仕事には早いんじゃない?」

「今日は私も東条さんも、自宅からだから大丈夫ですよ」

「ルーカスこそ、遅くからの会議に今まで有難う」

「い、いえ、東条さん。お互い様ですから」


「ルーカス、まずこちらの状況を伝えると、狩猟目的の購入が多いです」

「バランスが良いっていう評価のためかな?」

「はい!ルーカスとジャックさんの共通の評価ですね!」


「そして使用後の評価が、購入理由の期待通りだったと」

「良いサイクルだね!有栖」

「はい!」


「F-TRに最適化された製品ではないけど、お2人の評価のお陰です!」

「バランスの良さは一番最初に感じたことだからね」

「その辺の感覚は日頃から撃ってないと、解らないですよね」


「でも日本って、その辺に関係なく良いモノ作ってくるからなぁ」

「ルーカス、それって例えば何だい?」

「東条さん、Marchはご存じですよね?」


「あぁ。日本が誇る精密で高倍率のスコープだね」

「はい。ホントのロングレンジをやる先輩達も、アレは衝撃だったって」

「目的に応じた最適化で、善し悪しではなく考え方の話だね」

「そうです!東条さんと同じことを、先輩達も言ってました!」



「ルーカスのほうはどうですか?SNSでレポートは見てますけど」

「う~ん、レポートでだいたい書いちゃってるけど……」

「そう、スコアがまた上がり始めてますね!」


「マズルジャンプが減った分、反動の逃がし方が変わってね」

「それがスコアに影響を?」

「疲れが減ってるんだと思う。後半のスコアが上がってるでしょ」


「イヴ、ルーカスの得点傾向を調べられる?」

『はい、有栖。ストック交換後、得点上昇は後半に集中しています』

『ルーカスはエンデューロの経験があり、持久力と()()が強味かと』


『私は超高性能AIですが、ルーカスがレーサーだったと後で知りました……』

『……今後の信用の為にも、黙っていたほうが良かったですかね?』

「アハハ!イヴ、漫才はイイから!」

「イヴって自虐ギャグまで言えるんだ……。やっぱり日本製は一味違うね」


「ルーカス、秋までがシーズンだね。引き続き頼むよ」

「はい、東条さん、有栖、イヴも。選ばれた理由、果たしますよ!」



 続いて同日の本来の始業時間。

 有栖と東条はそれぞれのオフィスから画面越しにジャックを迎える。

「こんばんは!ジャックさん」

「そちらはおはようだな、有栖、東条。……風見はどうした?」

「今、別プロジェクトの準備で。宜しくと伝えて欲しいと」

「そうか。忙しいのはなによりだ」


「今、EUの記録を見ていたんだが、ルーカス、イカしてるな」

「はい!ストック変更のブレも収まって、また得点が伸びてきました!」

「ヤツはまだ伸びる余地が存分にある。若さが羨ましいぜ」

「ジャックさんだって若い頃、スリーガンマッチでそう言われたのでは?」

「ハハッ!言うな東条!アンタもあっという間にそうなるぜ!」


「ジャックさん、お陰様でセールスは好調です」

「スポーツシューティングより狩猟用途が多いんじゃないか?」

「はい、その通りです!」


「俺が所属するハンティンググループは、全員Raijinに替えたぜ」

「え?全員ですか?」

「東条も知っての通り、オレの地元は狩猟文化が根強くてな」

「私もそれで狩猟を始めたんだ。そこが地元の役員に誘われてね」


「まぁ、東条の新事業と言ったら、皆が勝手にオーダーしていたんだがな」

「……皆さん、東条さんが役員だった頃の……」

「そうだ、有栖。俺と同じように東条に救われた奴等さ」


「……ジャックさん。皆さんに有難うと、伝えてもらえますか」

「あぁ、承知した。……こういうのが、人の営みってヤツなんだがな」


「済まない、話が説教じみたな。今はリーグ戦の時期なんだが……」

「……何か変化があったんですか?」

「ルーカスみたいな選手が増えたな。イヴ、答えはまだ言うなよ」

『はい、ジャックさん。東条さんと有栖への問題ですね?』

「イエス!どういうことか解るか?」


 東条と有栖は頭を捻る。

「東条と有栖なら解るはずだぜ。ヒントは同じ事が他でも起きる、だな」


「……機材の性能は頭打ち。次に来るのは低価格化ですね」

「……素養を持っている選手が、良い機材を得られ易くなる、ですか?」

「東条、有栖、2人とも流石だ、イカすぜ。イヴ、一言で言うと?」

『はい、ジャックさん。……機会の均一化、でしょうか』


「イヴもイカすぜ!まさに一言でまとめたな」

「競技だからな、他者との競争はモチベーションの1つだが……」

「日本の()に近いのか、己の鍛錬に収束するだろう。ルーカスのようにな」


「さぁ、年寄りの講釈はこれくらいで」

「いえ、ジャックさん。良いお話が聞けました」

「私もです!実体験をお持ちの方のお話しは面白いです!」

『ジャックさん。実体験を積めるのが羨ましいです』


「そう言えばジャックさん!ロングアクション用、注文されましたか?」

「あぁ。次は.338の Lapua MagとNorma Magの比較だな」

「そんな注文しなくても、なんて言うのは野暮ですね」

「ハハ!そうだ東条。有栖も興味あるだろ?楽しみにしてくれ」


「はい!お待ちしています!」



 夜の防衛医科大学病院。

 山崎自衛医官の執務室。

 山崎孝之医官はPCを前に腕組みと打鍵を繰り返していた。

(銃器への強い興味。ボールの軌道が読める。これまでも疑いは充分にあった)

(クレー射撃の様子を聞く限り、サヴァンの症状……)

(空間に限らず把握能力に優れ、人並みにコミュニケーションが可能)

(解り易く言えば、天才の部類に入る……)


「あなた。有栖ちゃんのレポート?」

「あぁ。……冴子、お前も解っていると思うが、かなり稀な例だ」

「そうね。周囲からは、ちょっと変わっている子、で済んでいるのもね」


「ボールの軌道が読めるのは稀な才能だが、日の目を見なかったな」

「そのお陰でこれまでは目立たずに済んできたわね……」

「ただ、射撃能力が開花した切っ掛けは気になる……」

「仕事の影響でしょ。自分の意思で選んだはず。心配し過ぎじゃないかしら」

「そうだと良いのだが……」


「それより有栖ちゃんはとっても美人。話題にされやすいわ」

「SNSで射撃に関連して、有栖君のことと思われる書き込みがあったよ」

「もう?それは大丈夫なの?」


「射撃場だったためか。運良く写真も氏名も出ていない」

「……マスコミに見つかったときが心配だわ」

「そう。だから見つかってしまう前にだな……」


 東京事件の被害者は保護対象として守られている。

 テロの目的が不明で標的だった可能性が有るからだ。

 2人の山崎は自衛医官として被害者を診察しレポートを上げてきた。

 その仕組みを利用し有栖の守りを強固にしようと考えたのだ。



 1週間後の平日午前中。

 H&C商事営業部部長の小田のスマートフォンが鳴る。

「はい、小田です」

「……」

「海外市場の調査ですか。えぇ、品目と場所に依りますが……」

「……」

「はい。それでは初回ですので、ご挨拶を兼ねて対面で」

「……」

「はい、この番号で。ご連絡お待ちしております」

「……」

「それでは、失礼致します」

(……少し、警戒し過ぎな気もしますが、こういう仕事の為ですからね)


 小田は風見のデスクに向かい声を掛ける。

「風見さん。新しい引き合いです。午後一に奥の会議室で」

「承知です、小田部長。俺だけでいいですか?」

「えぇ。とりあえず今のところは」



 風見は現状を整理する。

(アフリカの事か。例の動画の影響か、報道が前より少し増えた)

(AIがどこまで判断するべきかの議論も増えている)

(アダムが言った、決断は人がするべきってのは国の考えだろう……)

(……この状況も、国が望んだ事か)


「風見さん。昼、行きませんか?」

「あぁ、高城。……予定はスケジュールに全部入っているか?」

「えぇ。解っているモノは全て入れていますが」

「そうか。近いうちに時間もらうわ」


「……翔太と九条ちゃんは、昼は?」

「行きます、行きます~」

「私も、このメールで終わりです。直ぐに行きますので」


「九条ちゃん、天ぷら定食でいいか?頼んどくわ」

「え、あぁ、はい……。お願いします」


 風見はハンドサインを返しゆっくり社食に向かう。

 その後ろ姿から有栖は目が離せなかった。

(なんだろう……、ちょっと前から風見さんの雰囲気が変わった)

(前より自然?になった感じ。……うん、今のがカッコいい)

(う~ん、それはちょっと違うか。……って、何言ってんだろ、私)


『有栖。どうかしましたか?バイタルが急に……』

「え?えぇ?なんでもないよ!」

『はい、有栖。……過去パターン照合。恋を封印する前と……』

「イヴさーん、ストップ!ストーップ!」

『はい、有栖。……済みません。業務時間中の話題では有りませんでした』

「そうそう。この話題は、また今度ね」



 午後。防音会議室は2人で話すには少し広い。

「風見さん。アフリカの件、昼前に連絡が有りましてね」

「正式な依頼ですか?」

「そうですね……。正式なモノにするのに近日中に打合せですね」


「俺も同席します。……で、イイんですよね?」

「はい。……それと、ここからの話が私の予想で、この場の本題ですが……」

「小田部長?……だから俺なんですよね?覚悟なら……」


「……守る必要がある人が、きっと一緒に行くことに」


 風見は自身の覚悟が足りなかったと後悔する瞬間だった。


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