第4話 想いの継承
「Arisu Kujo……。そうか、九条有栖……。九条ちゃんがあの女の子か」
風見が口にした九条有栖の名を聞き2人の山崎は少し驚きそして安堵した。
「何か大事なことに、気が付けたかね」
「……優秀だけどどう接するべきか、悩んでいた部下が居るんですが」
「まさに中間管理職の悩みだな。今の立場に馴染んでるじゃないか」
「……山崎先生。ここは外来の診察もしてくれますよね?」
「あぁ。仕事の悩みも大きなストレスになり得るからね」
「俺は……、病気ですか?」
「いや、この問診だけでは診断出来ないね。経過観察としようか」
「……解りました、山崎先生。また診てください」
「……あぁ、そうしよう」
風見が席を立ち頭を下げ少し重い引き戸を開ける。
山崎孝之と山崎冴子の2人の医官は風見を静かに見送る。
風見が問診室を出るときは表情が少し軽くなっていた。
「あなた、風見さんと有栖ちゃんは、今までお互いに……」
「今は上司と部下だ。あとは2人に任せよう。風見さんもそのつもりだろう」
「……でも、風見さんもあなたも流石だわ。ここなら患者と医者だから」
「……さて、何のことかね」
週末金曜日の昼前。
風見がオフィスに着くとランチ前の慌ただしさ。
「風見さん。午前休なのに早いですね」
「あぁ、昼は社食で食おうと思ってな。高城、午前中は?何かあったか?」
「いえ、大丈夫です。……せっかくなら皆で行きませんか?」
「そうだな。皆、オフィスに居るならそうするか」
各々の好きなメニューが載ったトレーがいつもの席に置かれる。
佐伯の軽口。
高城の的確なツッコミ。
有栖の微妙にボケた返答。
(紫苑ちゃんが居ないのは少し残念だが、皆の声が良く聞こえる気がするな)
「風見さん。……なんか良いことでもあったんすか?」
「……翔太はなんでそう思ったんだ?」
「……いや、何となくですけど、目付きが少し優しくなったような」
「……そうか。ポーカーフェイスが出来なくなるなら、ちょっと困るな」
「風見さんのトークスキルなら、大丈夫じゃないすか~」
(……私もそう思った。昨日までとなんか違う。その前は先週の金曜日……)
(……でも、嫌な感じはしないから、きっと良い方向なんだろうな)
同じ金曜日の午後。霞が関。
紫苑の手元にはこれから行われるワーキンググループの会合資料。
大雑把なテーマに参加者の所属省庁と同じく大雑把な肩書だけが並ぶ。
(テーマは首都圏テロ対策。副題にAIとデジタルの影響、か)
(扱いは国内事件だから警視庁と警察庁だけど、当然防衛省も)
(装備調達に関して。を建前に、このワーキンググループは本命の1つね)
(……副題はこの前の動画の影響でしょうけど、なんかな……)
「真壁さん。1回目だから参加者の顔合わせと、認識合わせが中心ですね」
「はい。……このワーキンググループ、メインのものですよね?」
「えぇ。東京事件の経験がありますから。あとは例の動画ですか……」
「山喜さん……、あの動画、その……、騒ぎ過ぎって思いませんか?」
「……AIが判断して人が死ぬんですよ?ヤバいじゃないですか」
(鋭いのか鋭くないのか、どっちなんだ?この美人さんは)
「……まぁ、そうですね……」
(騒ぎが演出っぽいけど……。それ自体は問題じゃないか)
会合開始5分前。
会議室に集まる参加者には見たことのある顔が数名。
(あ、経産省の。あの人はちょっと雰囲気が違う。民間出かな?)
(あの人……、SATの高木さん。高城さんと打合せで何度か……)
(……自衛隊は安田さんと篠田さんか。流石、スーツを着ると雰囲気が全然違う)
「本日はお忙しい中をお集まり頂き、有難う御座います」
「当ワーキンググループは、主に首都圏における……」
「……」
「……経済産業省の……、輸出入の管理を……」
「……警視庁の高木です。現場の実運用を長らく。宜しくお願いします」
「防衛省の安田です。私も現場を長く。宜しくお願いします」
「同じく防衛省の篠田です。私も安田と長らく現場を。宜しくお願いします」
「内閣官房の山喜と申します。本グループの運営補佐に。宜しくお願いします」
「真壁です。H&C商事から参りました。違う視点でお役に立てればと……」
参加者の自己紹介も安全管理の対象のため簡潔だ。
続くワーキンググループのテーマについても参加者は心得がある。
違うのは副題のAIとデジタルの影響についてだ。
「縦割り組織の利点か、例の動画はそれぞれで検証されているかと」
「可能な範囲で情報共有をさせて頂きたいのですが……」
進行役の内閣官房担当者からのフリが入る。
「真壁さん。装備に関わる民間の視点ではどうですか?」
(なるほど、この場ではこういう役目か)
紫苑に期待される役回りが早速やってくる。
「動画は本物との評価が多数なのは、皆様もご存じかと思います」
「途中で確認できるI/Oデバイスが、予想通りの物なら」
「技術面より、倫理と人がやる意味が問題になるのではないかと……」
今年度からHeritage Projectのメンバーにもなった山喜は思った。
(そう、問題なんだ。国防も担うHeritage Projectとしては)
(だから煽る。国民にさらっと受け流されては困るんだ)
進行役は他の参加者からも意見を募る。
「警視庁の高木さんは如何ですか?」
「……使い方次第ですが、現場のAI利用は正直抵抗がありますが……」
「デジタルの観点では、あのデバイスは有用性を感じます」
「ただ、普通の人の兵士化は脅威です。安田さんと篠田さんはどうですか?」
「素人がAIとデバイスだけで、訓練された者に敵う筈はありませんが」
「高木さんがおっしゃる通り。心理も能力も安価に底上げされるのは脅威です」
「守る側は常に不利ですから。簡単に入手出来るのは数に繋がりますので」
紫苑は現場で脅威に直接対応する高木や安田達の意見を聞いて思った。
(甘かった……。安田さん達から比べれば、私ですら立ち位置が違う……)
(演出されたとしても、世論で脅威と認識させる必要はあるかもしれない……)
(……でも、だとしたら、誰の意思で演出がされているのだろう?)
(A課に居ても聞いた事がない……。いや、それは自惚れか)
(例のドローンと同じ。私達が知らない黒幕と実行役が居ても不思議じゃない)
「……本日は第1回目ですが、タイムリーな話題で少々時間が押しました」
「会議室の時間はまだありますので、ご挨拶等、ご自由にお使いください」
「次回の日時は追ってご連絡致します。本日は有難う御座いました」
進行役の締めの言葉で会合は終了になるが顔見知りの挨拶はこれからだ。
「山喜さん、ちょっとご挨拶してから戻っても……」
「はい、大丈夫ですよ。以前のお客様ですよね」
紫苑は断わりを入れて安田と篠田の元に駆け寄った。
「安田さん、篠田さん。引き続き宜しくお願い致します」
「あぁ、真壁さん。……ちょっと色々とありそうだからね」
「そのためのA課ですし、私が出向になったのも、そのためでしょうから」
「……それでも、任せるべき時は、然るべきところに、ですよ」
手短な挨拶で紫苑に対し安田も篠田も引くべき線を示唆していた。
紫苑が安田と篠田との挨拶が終わるのを待って警視庁の高木が頭を下げた。
紫苑は高木から頭を下げられたことに少し驚き慌てた。
「あの……、高木さん、ですよね?」
「はい。もう一昨年のことですか。何度か高城さんと一緒に来られて」
「覚えていてくれたなんて、有難う御座います」
「真壁さん。あなたのことは忘れませんよ」
「え……?それは……」
「あぁ、誤解させたなら申し訳ありません。少し、宜しいですか」
2人では少し大きな会議室だが紫苑と高木以外の者はもう居なかった。
お互いに頭に浮かぶことがあった
(SAT関係者と2人になれるなんて早速のチャンス……)
(ご家族と2人になれるチャンスはそうそうないはず……)
「あの……」
「あの……」
お互いの言葉が重なる。
「あ、……真壁さんからどうぞ」
「……いえいえ、高木さんからお声掛け頂いたので、高木さんから」
「……それでは。……生前、お父様には大変お世話になりまして」
「私が今、こうして居られるのは、お父様のお陰なので」
「せめてご家族に一言お伝えしたく。……有難う、御座いましたと」
高木は紫苑に深く頭を下げる。
(まさか東京事件当時のことを知っている人が、向こうから来るとは……)
「あ、あの頭を……。その、高木さんは父の最後には……」
「あ、済みません。話せないですよね……、そういうことは」
「いえ……。あなたも私も、何も話していませんよね」
「え?……え、えぇ。そうですね……」
「……やれるヤツがやれと。最後に」
その言葉を聞き紫苑の頬には涙が伝う。
「そうですか……。それは私が言われたことと、同じですね」
「私の場合は、私の誕生日なのに仕事に行く、父の言い訳でしたけど……」
「あの……、失礼ながら、それは言い訳ではないかと……」
「はい……、解っています。父の、責任への向き合い方だと」
「……お父様から聞いていました。娘の誕生日だと」
「そして、特別な仕事だから、やれるヤツがやらなければと娘に伝えたとも」
しばらくの沈黙。
「高木さん。有難う御座います」
「いえ、こちらこそ。私の我儘な想いを聞いて頂き、有難う御座います」
「……女の私では、父と同じ現場に立つことは難しいと考えました」
「今は、父が守ろうとしたことを、少なからず手伝えていると感じています」
(そう、父さん。やれるヤツがやるから、私はここに来たよ)
(真壁隊長。娘さんはあなたの言葉を理解し、同じ現場に立っていますよ)
当時の子供と若者は成長し先人の想いを追う。
想いの継承も人がするべきことだろうか。




