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第3話 繋がる記憶

(誰が助けた?誰を助けた?……俺はその時、何をしていた?)


(そうだ、俺が女の子を見付けた。頭部から出血、だから中村に確認を……)

(中村は傷を確認し、89式を背中に回し、女の子を抱き抱えた……)

(俺は中村の後衛に付いて……)

(前を歩く中村の背中で89式が揺れていたよな……)

(俺が持っていたのはMINIMI?なら後衛はおかしい……)



 自分を呼ぶ声が何処からともなく聞こえてくる。


「……風見さん!大丈夫か!?顔が真っ青だ」

 混乱する記憶から引き戻される。


「東条さん、えぇ……。済みません、大丈夫です」

「とりあえず一番近いサービスエリアに入るから」



 久しぶりにタバコを吸うと気分は落ち着いた。

(……やっぱり不味い。クソ甘いMAXコーヒーのが良かったか)


 東条は何も聞かず黙って車の中で待っていた。

 風見にはそれが一番有難かった。


「済みません、東条さん。行きましょうか」

「……私が口にしたことが、風見さんの過去に触れたなら申し訳ない」

「……だとしても、東条さんに悪気はないでしょう?」

「まぁ、そうなんだが……」


「医者には診てもらってますから。良くも悪くも病気とは診断されてないんで」

「……なら、私から言う事は無いよ。他言もしない」

「はい。そうしてもらえると」


 車は静かに上り車線を進んで行く。



 月曜日の朝。

 改良された時限インクは甘い匂いが減りコーヒーの邪魔をしなくなった。


「九条ちゃん。そろそろ安田さんと篠田さんに挨拶に行くか」

「はい、風見さん。東条さんのスケジュールも確認して調整しますね」

(九条ちゃんが、あのとき助けた女の子だったらどうする?)

(いや……、どうもしねぇーか。それより中村のことか……)


「風見さん、東条さんも確認出来ました。空いてる日時で調整しますね」

「あぁ。頼むわ、九条ちゃん」


「H&C商事の九条です。お世話になります」

「……」

「はい、そろそろ落ち着いた頃かと。新年度のご挨拶とストックの件で」

「……」

「はい、その日時なら。東条さんと風見と私の3人で。

「……」

「はい、宜しくお願い致します。失礼致します。」


「東条さん。九条です、たびたび済みません。金曜日の午後一に」

「……」

「はい。ストック改良案を持って行きましょう」

「……」

「はい、では正門前で。宜しくお願いします」


「風見さん。今週金曜日の14:00に。東条さんも連絡済みです」

「お、サンキュー。ストックの改良案、間に合うって?」

「準備、出来てるそうですよ」

 風見は有栖にハンドサインを返し席を離れた。


 風見は小田が資料をデスクに置くのを確認して声を掛ける。

「小田部長。今週末に習志野行ってきますんで、例の動画のことも」

「はい。お願いしますね、風見さん」



 週末金曜日の午後。習志野駐屯地正門前。

 日当りに立つと既に暑い。

 実弾装填された20式を握る警備隊員は日陰に避難していた。


 東条、風見、有栖の3人は敷地内を徒歩で指定の建屋に向かう。

 新年度を迎え有栖を初めて見る隊員達なのか感嘆の声が上がる。

「あの娘が噂のココですか!」

「マジでカワイイっすね!」

「……!」

「……!」


 東条が笑い出した。

「九条さん。佐伯さんから聞いていたけど、済まない。おかしくて」

「紫苑ちゃんが居なくなっちまったからな。上手くかわさねーと」

「そうなんですけど……。私は真壁先輩みたいに上手くないので……」


 指定の建屋の前に出迎えの隊員が待っていた。

 案内に従い会議室へ。

 そこにはいつものように2人の幹部が待っていた。

「ようこそ」


「安田さん、篠田さん。お世話になります」

 風見の挨拶と共に東条と有栖も頭を下げる。

「さぁ、お座りになって。今日は話す事が多くなるはずだから」

 篠田は打合せの開始を促す。


 自衛隊の担当者として有栖が仕切り進めて行く。

「ストックの件は軽量化と、他にご要望があればお聞かせください」

「あぁ。こちらの状況と軽量化に関する要望をお話ししますよ」


「こちらからは軽量化案と、欧米民間市場の状況について」

「本年度予算で案件化予定だから、民間市場の状況は重要だな」


「軽量化については、いったん改良案をまとめて参りました」

 東条が各々の前に資料を置いていく。


「あ、東条さん、そういうのは私が……」

「気にしないで、九条さん」


「訓練は市街地想定で継続中。軽量化と形状の維持が要望になります」

「長距離狙撃はM24から更新した新ライフルですよね?」

「あぁ。その際にM24改も撃たせているがね」


「ご要望は軽量化と形状の維持の他には?」

「いや、この2点だけだな。そうだろ篠田?」

「えぇ。訓練をしている隊員から上がるのはその2点ですね」


「それでは、軽量化については私から」

 東条が資料を元に説明を始める。


「形状の維持と言う事は、保持と携行性は問題なしですね」

「あぁ。自分も試したが、どちらも申し分ないですな」

「でしたら、外装をチタンからCFRPに。約23%の軽量化です」


「それと今更ですが……、費用面を考えればオールチタンは無いですよね」


「東条さんなら当然そうなると思っていましたが、ロマンがありますから」

「篠田さんは学生時代、射撃競技をされていたと伺っていますが」

「パルママッチに出るのが夢ですね。安田もだろ?」

「そうだな。純粋な射撃技能と環境を読む力だからな」

「そこも可能な限り協力させて頂きますので、その際は是非お声掛けを」


(東条さん、営業トークが上手くなってる。風見さんに鍛えられたんだな)

「さて、欧米展開については九条さんから……」

「……はい、現在の状況を説明しますと……」



「……それじゃ調達は下期、今は陸自内全体の話をまとめているところ。と」

「済まないね、風見さん。上期で終わらせたかったんだが」

「いえ、安田さん。装備庁から話をしてくれてるなら、チャンスですから」

「そう理解してくれると助かる。今日はこんなところですか」

「はい。有難う御座います、安田さん、篠田さん」

 風見、東条、有栖が頭を下げ打ち合わせは締めとなった。


 風見は会議室を出る前に安田に声を掛けた。

「安田さん、ちょっとタバコ吸いに行きませんか」

「あぁ、ちょうど吸いたいと思ってたところだ」


「東条さん、済みません。九条ちゃんを東京までお願い出来ますか」

 東条と有栖はすぐに事情を察しハンドサインで返答する。



 安田、篠田、風見はそのまま会議室に引き返した。

「篠田が言った、話す事が多いと言うのは、こっちのほうだな」

「安田さん、篠田さん。アフリカ、ですよね?」


「あぁ。SNSで上がった例の動画な、一応ホンモノって見解だ」

「そうすか。小田部長からも、調査でアフリカに行くことになるだろうと」

「……動きが速いな。A課の本来の目的といえばそうなんだが」

「命の取り合いの場で、判断を代行するAI。まぁ、衝撃的ですね」

「覚悟が何かを、考えさせられるよ」


「……自分と九条ちゃんのAI、Heritage Projectの検証モデルなんですが」

「そいつらが、決断は人がするべきだと言いやがるんです」

「AIの解答ですが、自分も決断は人がするべきと思ってるんで」


 風見は自身のパーソナルAIアダムのことは殆ど話さない。

 検証モデルのAIユーザーはモニター対象になるのは周知の事実。

 モニター対象であることが周囲との関係に影響すると考えていたからだ。

 だがその考えが少し変化してきていた。


「そんで、自分のパーソナルAIは稼働を続けてますんで」

「国の指針とも合っているってことでしょう」

「自分の考えと同じで良かったと思ってます」


「……自分語りが多かったっすね。済みません」

「……風見よ、俺と篠田に頼みたいことがあるんだろ?」

「……俺も安田も立場がある。出来ることは限られるが言ってみろ」



「有難う御座います。……山崎先生の、お2人の連絡先、解りませんか?」

「……そうか、風見も山崎医官の世話になってたのか」

「はい、事件のケアプログラムで。アフリカから戻ったら、所沢には居なくて」


「今は防衛医大病院に戻っているぞ」

「事件関係者と言えば、繋げてくれるはずだ」

「そうでしたか……。病院に聞いても教えてくれないと思って……」


「……風見、何か症状が出てるのか?」

「大丈夫っすよ。……ただ、アフリカに行くかもなんで、念のためです」


 風見は自身の知見から自分と有栖が置かれている状況を予想出来ていた。

 自身も含め国に関わる者がおいそれと話せないことも理解している。

 医師の視点で自身を把握し記憶の混乱を解決しようと考えたのだ。



 安田と篠田は風見を見送り再び会議室に戻った。

「九条有栖に気が付いたと思うか?安田」

「あぁ。何かしら気が付くきっかけがあったんだろう」

「山崎医官に頼って裏付けを取るのは、風見なりに俺等に気を遣ってか」

「診断はされてないが、離人症の件で復職出来なかったからな」


「それでも風見は優秀だな、篠田」

「極秘調査やHeritage Projectの現在の方針、何かしら感付いているだろう」

「だから、過去も今もアフリカのことは風見になるのか」

「決断は人がするべきってのも、事件のときの自身の後悔からだな」


「部下が困っていたら、出来ることをする。上に立つ者の役目だな。篠田」



 翌週の週末。防衛医科大学病院。

 風見は総合受付で連絡済みであることを伝え精神科のフロアへ向かう。

 受付で名を伝えると直ぐに指定の問診室に向かうように告げられる。


 風見が少し重い引き戸を開けると2人の山崎が待っていた。

「大変ご無沙汰しています、山崎先生」

「あぁ、久しぶりだね、風見さん。8年ぶりだ」


「そうですね。お互いに色々あったようで。お2人は今、1佐ですよね」

「私と冴子の経験ではそうなるな。風見さんはH&C商事のトップ営業だって?」

「……事件関係者として、情報は伝わるんですね」

「まぁ、グレーな部分があるのは確かだが、あれだけの事件だったからな」

「……自衛隊は離れましたが、今は裏方で頑張れることに感謝してます」


「最後に会った時からだいぶ丸くなったわ。真面目なのは変わらないけど」

「まぁ、色々ありましたんで」


「今日ここに来たのは、その色々に関することだね?」

「はい。ここが閉ざされた問診室で、お2人が医師だから話せることですね」

「解った。話してみなさい」


「先日、東京事件で救出された女の子の名を聞きまして……」

「……フラッシュバックかい?」

「……はい。当時の記憶なんですが、救出したのが仲間か自分か解らなくて……」


「8年前は離人症の診断は出ていないが、その子の名を聞いてからかね」

「はい。感情が希薄っていう自覚はずっとありましたが……」


 山崎はPCのモニターを指でなぞりながら風見にゆっくり伝える。

「記録ではその女の子を発見し、抱き抱えて運んだのは風見さんとなっている」

「……そうですか。じゃあ、中村はなぜ死んだんですか?」

「……風見さんが女の子の状態を確認している間に、銃撃と爆発で。即死だよ」


「俺が見付けて、どうするか悩んだことで、中村が死んだんですね」

「それは違う。直ぐに動いたら、風見さんもその女の子も巻き込まれていた」

「いや、だったら、俺が中村を呼んでいたら……」


 山崎は風見に真正面に向きゆっくり話し出す。

「これはマスコミにも知られていないが……、あの救出作戦は無理があった」

「普段ならやらないが、一緒に取り残された議員から子供だけは助けろと」

「息も絶え絶え、携帯電話で防衛省の上役に直接連絡が入った」


「建前は政権与党のベテラン議員の救出で作戦を決行」

「実際にはその議員の意思を継いで女の子の救出作戦だった」


「中村隊員の死は残念だが、風見さんのせいじゃない」

「普段では考えられない要素が重なった結果だよ」



 風見の当時の記憶が徐々に鮮明になり繋がって行く。


 速成の編成と作戦に戸惑いながらも使命感で自分を納得させた。

 踏み込んだ建物内の瓦礫と硝煙の匂いに戦場に居る恐怖を感じた。

 薄暗がりの中で見付けた女の子に息があって安堵した。

 抱き抱えた女の子の重さにMINIMIと予備弾倉の重さが重なった。

 前を歩く前衛の背中で回収した中村の89式が揺れていた。

 建物を抜け抱えた女の子を医官に託し両膝から力が抜けた。


 東条から聞いた名が頭の中を駆け巡る。

「Arisu Kujo……。そうか、九条有栖……。九条ちゃんがあの女の子か」


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