第21話 グラデーション 後編
アルはスコア表を確認し風見と有栖に提案をした。
「ハヤト。アリスにボルトアクションを撃たせてみないか?」
「どうだ、九条ちゃん。100mと300mの撃ち比べとか、面白いぞ」
「撃ってみたいです!せっかくですから風見さんのM700で」
「OKだ。30-06のFMJがしっかりあるからな」
マットと砂のレストバッグも用意されちょっとした競技会の様相だ。
「ハヤト。ゼロインは100m。撃って確認してくれ」
風見はアルに静かに頷きプローンの姿勢で構えスコープを覗く。
「九条ちゃん。スポッターを頼む」
「はい!」
(ロングアクションのM700はM24を思い出す。悪くない)
一呼吸し静かに引き金が引かれ撃発。
「風見さん。9点、7時の方向」
「よし、初弾の落ち方も想定内。次の4発はXサークル中心に繋げられるか……」
ゆっくり4発の撃発音。
風見の宣言通り4つの弾痕がターゲットの中央で重なっている。
「ゼロインは問題無い。九条ちゃん。撃ってみな」
「はい!」
「レティクルがターゲットからブレないように、引き金を静かにな」
「はい……」
始めてのボルトアクションライフルの引き金は散弾銃とはまったく違った。
最初は壊れているのか思うくらい軽くそして切れが良い。
スラッグでは苦労して当てたのにライフルはあっけなかった。
「9点、5時の方向。初めてで上出来だな、九条ちゃん」
「はい!……あの、ライフルって、こんなにあっさり当たるんですね」
「今はレスト使ってるしな。バイポッドにしてみな。難しいぜ」
「はい!やってみます」
(スラッグの50mもキツかったけど、スコープ越しの100mはブレが大きい)
(上下にしか揺れないはずなのに、こんなにブレるんだ)
「九条ちゃん。機械式スイッチのチューニング、覚えてるか?」
「300m先の1inが約0.005度の差。脈は止められないけど、呼吸なら……」
呼吸を止めた瞬間にシアーが落ちる様にリズムを計りゆっくり引き金を引く。
「8点、1時の方向」
「8点、10時の方向。さっきよりは9点寄りだ」
「9点、2時の方向」
有栖の射撃の様子を見て皆が手を止めざわつき始める。
「……今日が初めてのライフルって嘘だろ?」
「……アルが撃たせてみろって、こういうこと?」
「九条ちゃん。マガジンにあと1発。問題と思う事、言ってみな」
「……銃口の跳ねが、弾をブレさせていると思います」
「間違いじゃないが、銃口は跳ねるだけじゃない。あと、反動が必ず来る」
「……呼吸と同じですね。制御できる部分で再現性が有れば、安定するはず」
「流石だな、九条ちゃん。具体的には?」
「銃口の動きを安定させる。反動は消せないので、真っ直ぐ後ろに逃がす……」
「上等だ。まぁ、口で言うほど簡単じゃないが、それを意識して撃ってみな」
「はい……」
リズムを計り呼吸を止めた瞬間にシアーが落ちる。
直後の反動を真っ直ぐ後ろに逃がす。
2つを同時にイメージして静かに引き金を引く。
「10点、12時の方向」
風見の声に歓声が上がる。
「スゲーぞ!アリス!」
「ハヤトの指導も流石だ!」
更にアルが盛り上げる。
「300m。ハヤト・アリスペアとジェイミー・アレックスペアで勝負だな」
「交互に5発、合計10発の合計点で競う。シンプルだろ?」
「負けた方が、ナイロビのレストランでランチを奢る。ってのはどうだ?」
ランチと聞いてジェイミーとアレックスは黙々とゼロイン確認を進めていた。
「え!え!いきなり勝負ですか!?」
風見は時計を確認し有栖には日本語で話し掛ける。
「九条ちゃん、勝機がある。ま、向こうもそれを知ってれば対等だけどな」
「勝機ですか?それってどんな……」
「この時間で、このスコープの強みだな」
「アル!準備が必要だ!開始は20分後にしてくれないか?」
アルはニヤリと笑い風見の提案を承諾した。
「九条ちゃん。この弾は100mゼロインで300mだと約50cm弱ドロップする」
「……Mil規格のスコープだから、0.1Milで16クリック位ですね」
「その通り。ただ距離が延びると不確定要素の影響も増える」
「それが、距離が延びると難しくなる理由ですね?」
「あぁ。で、20分後にしたのは、その不確定要素が増える時間だからだ」
「え?……その不確定要素を潰せるのが、このスコープの強みですか?」
「九条ちゃん、流石だな!20分後にスコープを覗けば解る」
「解りました。では、今のうちに300mのゼロイン確認をしておきましょう」
「よし!始めるぞ!最初の射手は位置についてくれ。制限時間は1分!」
風見は時計を確認する。
「九条ちゃん。ゼロイン確認の時と同じ。草木の揺れ、砂の舞で風を読んで」
「はい」
「あと、理屈上100mよりグルーピングは大きくなる。それに気を取られるな」
「はい!」
(草の揺れが確認した時より右に少し大きい。なら、もうちょい左……)
撃発音が2回
「アリス、6点、4時方向」
「アレックス、8点、3時方向」
「あ~、補正が足りなかった~」
「九条ちゃん。充分だ。それに、次からだ。状況が一気に変わるぞ」
時間と共に陽の位置が変わりターゲット周辺が明るくなる。
陽の光が地面を温め温度差のある空気が混ざり合い光を曲げる。
陽炎がターゲットを激しく歪ませる。
「陽炎!これが出る時間を狙ったのか、カザミさん!」
「アレックス、だから言ったろう?訓練は時間をずらして満遍なくやれって」
2射目は陽炎に歪むターゲットを前に実戦経験者同士が意地を見せる。
「ハヤト、8点、2時方向」
「ジェイミー。8点、3時方向」
「お互いに若いヤツにはまだ負けられねーな、ハヤト!」
「俺はまだ30代だから若手だぜ、ジェイミー」
「ハハっ!言ってろ、若造」
射座に着く前に風見が有栖に声を掛ける。
「九条ちゃん。Marchなら像の揺れだけじゃなく、空気の流れも見える」
「はい!解りました!」
「風見さん。ターゲットが旗みたいに揺れて見えます」
「ターゲットの揺れと、空気の流れに相関関係が有るよな?」
「……えっと、……はい。有ります」
「九条ちゃんなら、空気の流れがどうなるか解るんじゃないか」
有栖には解る。
ボールが落ちる場所。
クレーが飛ぶ方向。
空気の流れが像の揺れに連動しどうなるかが。
制限時間が迫り2発の撃発音が連なる。
「アリス、8点、5時方向」
「アレックス、6点、6時方向」
「スゲー!当てやがった!」
「アリスは才能持ちかよ!」
「……!」
「……!」
ギャラリーからの歓声が途切れることなく300mマッチは終了。
有栖の空気を読む能力が勝利に繋がった。
「皆さん!良い経験でした。有難う御座います!」
「九条ちゃん。どうだった?」
「ジャックさんとルーカスと、少しは並んで話しが出来るかなって」
「Raijinのストック組んで違いを報告したら、3人が喜ぶぜ」
「そうですね。東条さんもですね!」
「午後、組んで試してみるか」
「はい!そうしましょう!」
「ハヤトがMarchを好む理由が解った。ホントに空気の流れが見えるんだな」
「見えるだけじゃない。……アリスは空気の動きが、読めるのかい?」
「はい。……私、動く物がどうなるかって、その……、解るんです」
「ふ~ん。カザミさんは、アリスのこの才能を知ってて、陽炎が出る時間に?」
「ん?……まぁな」
「ジェイミーと僕は、まんまとアリスの成長の糧にされた。と」
「ジェイミーはMarchのメリットを。アレックスは陽炎の事が知れたろ?」
「アレックス。ハヤトの言う通り。アリスだけでなく、皆が得るものが有った」
「……そうだね。社長がその機会をくれた」
「ほらほら、300mマッチの選手諸君。カーニバーに行くぞ!」
「社長。カーニバーって肉料理のカーニバーですか?」
「アレックス、ジェイミー。ハヤトが経費で落としてくれるそうだ」
「なんだ、カッコいいとこは、全部ハヤトに持ってかれたな」
「クリームソーダ!ありますかね?」
勝負の目的は互いの成長。
それがここのOverProtectの流儀。
勢力が入り乱れる内戦国で夜は明かさない。
調査とその護衛を前提にした基本方針。
その基本が守れない事を想定した準備を行う。
確認を済ませた機材から予備分を載せたトラックは先に野営地に向かった。
国境沿いを移動し越境可能な地点の近くに拠点を構える。
「アリス。換装したM700は弾と一緒に車に載せておいた。御守代わりに」
「え?アレックス。風見さんの?」
「あぁ。あくまでいざって時の保険。アリスも戦え。って話じゃないから」
(でも、そのいざが起こるかもしれない場所。気を抜くなっ!)
有栖は自身の頬を両手で叩く。
「気合を入れているの?アリス」
「あ、アリシアさん。そうですね。ここは既に違う世界だと」
「意識してくれてるのね、助かるわ。さぁ、出発前のブリーフィングよ」
「風見さん。ブリーフィングですよ」
「あぁ。今行くよ」
「まだ夜中ですけど、朝のコーヒーを飲む時間、有りますかね」
OverProtectの拠点から越境可能な国境地点まで約13時間。
明るいうちに野営地に着くためまだ暗い時間に出発する。
途中に何度かの休憩と運転手の交代を行い進んで行く。
(ケニア国内で戦闘に巻き込まれることは流石に無いか……)
(過度な緊張も良くないかも。身の上話でも……)
「あの……、ジェイミーさんも元SEALsだったんですか?」
「あぁ。ウチのオペレーターの半分はSEALs出身だな」
「アリシアさんもですか?」
「私は元陸軍ね。CSTと言って陸軍特殊部隊のサポートチームね」
「アリシアがもしグリーンベレーやデルタだったら、言わないよな」
「ジェイミーさん、それってどういうことですか?」
「海軍は広報目的でSEALsの事をオープンにする文化があってな」
「でも陸軍は違うのよ。っていうか、海軍が特別だわ。ねぇ、ジェイミー」
「そうだな。それでも他と同じで、越えちゃいけない一線はあるがな」
「アリスは?あの射撃の腕前は、いったいどこで身に付けたの?」
「あ、あ~……、あれはですね……」
「九条ちゃんは元々持ってた才能が、条件に恵まれて開花したんだろうな」
「そ、そうです!日本だけど、運よく銃に触れられる機会が有って……」
「機会って確率なんでしょうけど、当人にしてみれば唯一の事実よね」
「……そう、そうですね」
「嫌なら抗えばいい。考えて決められるのは、人の特権だと思うわ」
「……運命として受け入れるだけじゃない。ってことですか?」
「過去は変えられないけど未来は違うでしょ。思い通りに行かなくてもね」
「それ、決断と覚悟ですね」
「……カッコいい事を言うわね。今度、使わせてもらうわ」
国境地点から30分ほどの距離の小さな町に野営地を構える。
トラックで先行したメンバーは現地の調整とコーヒーの準備を終えていた。
「ジェイミー、周辺に展開している部隊の長には挨拶をしておいた」
「OK。何か問題はあったか?」
「こっち側はお互いに顔見知りだが、向こう側では近くで戦闘があったと」
「……2日前か?衛星画像にあった、あの影か?」
「あぁ、多分な。前例がなく、AI判定も歯切れが悪かったヤツだ」
「これだけ国境近くでか。何処かの誰かが煽ってるのか?」
「ジェイミー……、秘蔵っ子の新しいパイロット、今日、到着だったな」
「……アルに連絡を頼む。念のためな」
有栖は少し離れた場所でジェイミーと先行メンバーの会話を耳にした。
(いよいよだ。明日の朝はその向かう側に入る。私の知らない世界)
「九条ちゃん。もし不安なら、その感覚は忘れない方がイイ」
「……そうですね。臆病者の方が長生きするんですよね」
「慎重になるからな」
「……あの、風見さんは、どれくらい今回みたいな護衛を……」
「……契約数で言えば20回。現地同行は350回ってとこだな」
「そんなに!」
「契約内容によるが、数か月の期間で、ほぼ毎日ってこともあったからな」
「引き金を引かなければならなかった事は?……あ、済みません……」
「いや……、勿論有った。客を守るためって理由も有ったからな」
「引き金を引くのに、理由が無いことも?」
「護衛に関係無けりゃ理由に出来ない。その時は引き金を引けないな」
「……それは、仕方ないことですよね?」
「それで割り切れれば良いんだが、感情の折り合いを付けるのは、大変でな」
「覚悟だけでは、ダメな時が有るんですね」
「……後悔を受け入れる覚悟かもな」
「後悔……、したんですか?」
「俺達はアフリカを守る軍でも警察でも無い。ただ、目の前で命が散るんだ……」
「でも……、そうするしかなかったんですよね?」
「国民と国を守るって大義がある自衛隊の頃は、考える必要が無いから楽でな」
「でも風見さんは、それでOverProtectと仲間を守ったんですよね?」
「そして私に教えてくれました。まずは自分がどうするかって、考える事を」
「……そうか。……そうだな。だから今が有るのか」
有栖の言葉が風見の呪縛を解く。
東京事件で救った少女は時が経ち今度は風見を救う。




