第20話 グラデーション 中編
「フフっ……、アハハ!これ、構えてみてもいいですか?」
有栖は笑っているが目付きが違う。
アレックスが風見に顔を向けると同意の頷きが返って来た。
「うん、どうぞ。他にも触りたいのがあるなら声を掛けて」
「有難う御座います。やっぱり標準のライフルはAR15なんですよね?」
「そうだね。AR15の操作が西側の標準になってるからね」
「ドットサイト、点けてみて良いですか?」
「あぁ。弾が入ってなければ、操作も構わない。あ、銃口の向きは気を付けて」
ズラリと並ぶAR15系のライフルはSBRと呼ばれるバレルが短いものだ。
有栖はその中から1挺を手に取りドットサイトのスイッチを入れ構えてみる。
「アリスはフォームがキレイだな。様になってる」
「九条ちゃん。奥に姿見があるから、真正面に立って構えてみな」
有栖は姿見の真正面に立ちドットサイト越しに自分の姿を見る。
(む!確かにカッコいい!……風見さんらしいな、私に気付かせるためか)
「九条ちゃん、どうだ。本物のAR15は?」
「はい。この短銃身で軽いって、メリットが大きいですね」
「……その通りだけど、アリスが感じたメリットって何だい?」
「姿勢の維持が楽です。直ぐに引き金が引けない時にメリットかなって」
アレックスは風見に指導を受けた若い頃を思い出していた。
(カザミさんの教え方だな……、本人に気付かせるのは)
(でも……、アリスも凄い。直感的にSBRの利点に気が付いたのか?)
「お!いいとこに気が付くな。OverProtectは傭兵じゃねぇからな」
「厳密にはPMCでは無いってことですよね?」
「まぁ、設立当初は別にしても、今は特にな」
「過剰に守るって社名に変えたの、客も規律もって、イメージ転換ですよね?」
「ハハ!アリスの理解の良さは、ハヤトの指導のお陰か?アリスの素質か?」
「あ、社長。お疲れ様です。……両方じゃないですかね」
有栖も風見もアルとアレックスの言う事がピンと来なかった。
A課では当たり前にしてきた事だから。
有栖と風見の様子を見てアルとアレックスは笑う。
「ハハ!天然のバディだな」
「そうみたいですね」
(意識した事無かった……。多分、凄く恵まれた環境なんだ……)
(意識した事無かった……。多分、優秀なヤツに囲まれてきた……)
「アリス、一通り見れたか?」
「いえ、実はまだなんです……」
「そうか……。皆が歓迎会をしたいと言ってるんだ。続きは明日でどうだ?」
「え?それは、参加しないわけにはいきませんね!」
「勿論、ハヤトもな。皆が待ってる」
「……えぇ、喜んで」
「その前に……。M700はちゃんと見てやったか?」
「まだだから、歓迎会に行くのはちょっと待ってくれ」
「OK、OK。場所は変わってない。一緒に入ってるのは変わったがな」
「風見さんのM700ですか!見たいです!」
シンセティックストックにカーボンスチールのバレル。
道具としての機能美が備わった装備品の黒いM700。
その隣に並ぶかつて風見が使ったM700に有栖の眼が輝く。
艶消しの木製ストックにステンレス製フルーテッドバレル。
BADGER Ordnance製のボトムプレートとマウントベースにスコープリング。
MAGPULのマガジンにバイポッド。
ディオン光学のMarch Fスコープ。
クラシックとモダンが同居しロングアクションの優雅さが際立っている。
「フフ、フフフっ。ロングアクションのがカッコいいじゃないですか!」
「九条ちゃんは、やっぱそこかよ!でも、解らんでもないな」
「木製ストックに組み合わされる、BADGERとMAGPULも激シブです!」
「激シブだろ?この組み合わせ。って、九条ちゃんはいくつだよ!」
風見のM700を前に興奮した有栖は日本語で捲し立てる。
その様子にアレックスとアルは笑っている。
(アリスみたいな可愛い娘と銃で盛り上がれる!覚えるべきは日本語か!)
(ハヤトは初めて会った頃に戻ったか。……目的を見付けたってことか)
「さて、アリス。それにハヤト。皆が待っている。続きは明日だな」
「そうだな。続きは明日だな、九条ちゃん」
「あ、済みません……、つい興奮して……」
「じゃ、3人はとっとと出てください~。セキュリティ掛けますから~」
アレックスは指差し確認で順番にセキュリティシステムを掛けていく。
慣れていても気は抜かない姿がプロに見える。
(大井埠頭の倉庫番の人達と同じだ。指差し確認、安全への責任か)
(銃に囲まれてウカレちゃったけど、こっちのが断然危険なはず……)
夜は酒場になる職員宿舎1階の食堂には50名は居るだろうか。
風見を知る者と今回の護衛チームのメンバーに有栖に会いたい日本ファン。
アルに続いて食堂に有栖の姿が見えると歓声が上がった。
「嬢ちゃん!ハヤトに怒られたら、俺達に直ぐに言えよー!」
「アリスにアフリカに行けっていった日本の役人、先に撃つか?」
「その役人のお陰で、俺達はアリスに会えたから感謝じゃね?」
「あのルックスでガンマニアって、日本のアニメはリアルかよ!」
湧き上がる場をアレックスが諫める。
「皆、アリスが緊張したら、話が出来なくなっちまうぜ」
「Boo!Boooooo!」
「アリスは武器庫の匂いでガンオイルがFrogLubeと見抜いたんだ!」
「Ooooh!」
「更にSBRの利点と意味を、一度構えただけで言い当てた!」
「Wooooow!」
「アリスはガンマニアじゃねぇ!ガチのリアルシューターだぜ!」
「Yeaaaaaay!」
(あのー、アレックスー、思いっきり煽ってるんですけどー)
「アリス。空港の迎えだけで小隊になりそうなの、本当だったろ?」
「え、あぁ……、いやぁ~」
「まぁ、客に手は出さんさ。色々と、面倒だからな」
風見にはいかにもベテランといった雰囲気の職員から声が掛けられている。
「生きていたか、ハヤト!」
「お前こそな!」
「死神が迎えに来ても、まだ追い返す元気は有るからな!」
命の危険がある職場なのは確かな事実だが悲観的な重さはない。
だからと言って楽観的とも違う。
有栖はその違いが何か気が付く。
(この場所も、ここに居る人達も、私とは世界が違うんだ、きっと……)
(豪華な飛行機と銃に囲まれてウカレてた。気が付くのが遅かった……)
(アルさんがのんびりしてって言ったのは、違いに気が付くためか……)
有栖の表情の変化に気が付いた職員達が声を掛ける。
「アリス。護衛チームのリーダーを務めるジェイミーだ。ヨロシクな」
「あ、はい。アリス・クジョウです。宜しくお願いします」
「アレックスはもう知っているな。あと、アリシア。彼女もアリスだな」
「アリスは本名がアリスなのね。アリシアよ、宜しく」
「アリス。今、表情が変わったな。何か気が付いたか?」
「……ジェイミーさんはよく見てますね、正直、私と世界が違うなって……」
「それは良いんだアリス。俺達が客を守るのは、当然だからな」
「でも、違う事に気付けない人を守るのは、なかなか大変だね」
「いざって時、自分で決められるように。明日はそのための時間ね」
「あ……、はい。有難う御座います。肝に銘じておきます」
「それが解れば、今日は楽しんでくれ。俺達は日本の事が知りたいからな!」
「はい!私に解る事なら何でも!」
「この土産のカンチューハイ、ビールしか飲まねぇ俺もやられたぜ!」
「日本が誇る悪魔の飲み物です。油断してるとアブねーですから。フフ」
「こんなのがホントにコンビニで売ってるのかい?」
「はい、売ってます!それも24時間!」
「それはヤバいね!このスナックも美味すぎてヤバいけど!」
「私はニューヨークのハンバーガーが凄く美味しかったですけど!」
「確かにニューヨークのハンバーガーは自慢出来るな!」
「ニューヨークならジュニアーズのチーズケーキもオススメだね」
「私は日本のラーメン屋巡りが夢だわ」
「日本でラーメン食べたら、他では食べれないかも……」
「あら、言うわね、アリス。更に期待が大きくなるわ」
食文化対決で盛り上がるテーブル。
有栖がふとベテランに囲まれる風見に目を向ける。
何を話しているかは聞き取れないが掛けられた言葉に風見の表情が緩む。
「……」
「……アリス。ハヤトの過去については、何か聞いているか?」
「あ、アルさん……。何も聞いていない、聞かされてもいない。ですね……」
「……そうだったか。アリスの予想は?」
「元自衛官で、元OverProtectの職員。今は訳あってH&C商事に……」
「そんなとこだが、OverProtectについては、俺とハヤトは創業メンバーだ」
「創業?PMCの創業を任せられる経験と立場だった。ってことですか?」
「海軍の文化と、ここのブランディングとして話すが、俺は元SEALsでな」
「え!SEALs?じゃぁ……、いえ、……そうですか」
「……まぁ、そういうことだ、アリス」
「あの……。OverProtectからH&C商事に移ったのは……」
「……事情はいろいろだが、話せないことも含め、それがハヤトだな」
(アルさんは風見さんの立場を踏まえて、ギリギリ話せる事を……)
(話せないことも含めそれがハヤトか。風見さんのこと、知れたじゃん!)
「アルさん。有難う御座います」
「迷える若者を導くのは、年配の仕事。いずれアリスがそれをな」
「はい!」
歓迎会の翌日。アフリカの2日目。
有栖と風見に提供されたプロジェクトルームに職員が集まる。
護衛チームだけでなくバックアップのメンバーもだ。
参加メンバーが揃ったことを確認しアルが話し始める。
「皆!朝早くからご苦労だな。安全講習を始める」
「まずはハヤトとアリスから挨拶。護衛内容の確認と最新状況の共有……」
「……ハヤトとアリスにはこの後、実技もやってもらうからな」
「じゃあ、護衛チームリーダーのジェイミーに進めてもらう。頼むぞ」
(ジェイミーさん、昨日、心構えを教えてくれた人だ)
(実技って射撃?いざって時に自分で決めるって、銃が扱えるかってこと?)
風見は日本を発つ前に経産省と外務省に情報共有の了解を取っていた。
「……神谷さん、竹田さん。後からお咎めが無いように、話しておきますよ」
「わざわざ経産省に来て話す理由は解ってますから……」
「書面でもらった依頼内容、関係するメンバーには必要な範囲で共有します」
「……成功と安全のため。それと経産省ともネゴった事実。承知です、風見さん」
「……風見さん。日本のためとは言え、どうかご無事で」
風見は席を立ち黙って神谷と竹田に頭を下げる。
神谷と竹田が更に深く頭を下げるのは危険な地に向かう風見への敬意だ。
「……すまんな高城、付き合わせて」
「元外務省の自分がA課に居るのは、こういう時のためですから」
「それはそうだがな。感謝を忘れちゃいけねぇからな」
「……ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。H&C商事の風見です」
「外務省テロ対策室の那知です。話しは聞いていますから、わざわざ……」
「いぇ。外務省が一番複雑な立場でしょうから。ですが、何かの時は頼みます」
「わざわざ外務省まで来たのは、それを直接言うためですね。承知しました」
「……風見さんなら解ってるでしょうが、ご無事で。でないと面倒ですから」
風見は少しの苦笑いで頭を下げる。
那知がより深く頭を下げるのはやはり風見への敬意だ。
護衛内容の確認では風見と有栖の行動予定のみが再確認された。
必要が無い情報を伝えない事は結果的に関係者の安全に繋がる。
「……それじゃぁ、最新状況の共有だが、勢力は大きく別けて5つだな」
「アル……。それは政府にも反政府にも付かないヤツだな?」
「そうだ。彼らが望まない限り、極力関わらないようにしよう」
「あぁ。日本政府には今は関わるべきでないと、報告するよ」
「他に共有すべき情報はあるか?……よし、何かあればチャットに」
「15分後に射撃場だ。訓練をする者は10分後に武器庫カウンター前に!」
「アリス。この後は銃取扱いの実技だが、なぜやるか解るか?」
「いざという時に自分で決められるように。実は昨日、教えてもらいました」
「そうだ。いざという時の選択肢。そうならないようにするのが、前提だがな」
有栖と風見は武器庫のカウンターでAR15とGLOCK19を受け取る。
射撃場では護衛チームが既に訓練を初めていた。
「アリスはAR15とGLOCK19の利用経験は?射撃で使ってるのは何だ?」
「上下二連とBenelliのM3です。ジェイミーさんが教えてくれるんですか?」
「護衛対象が何処まで出来るか把握したいが、教えるのはハヤトだな……」
「解りました!えっと、スラッグを撃ったこともあります」
「そうか!ならARの反動は問題無いな。GLOCKから撃ってみるか」
「はい、お願いします!」
「ハヤト。アリスにGLOCKの使い方を」
「OK。九条ちゃん、まずは構えてみてくれるか……」
「そう、気持ち顔を背け、両目を開けて利き目で……」
「……次はAR15だな。12GAスラッグに比べりゃ、撃つのは楽なんだが……」
「風見さん。12GAスラッグは、反動になれるのには良いですね?」
「反動にビビッて銃口を下げる癖、フリンチングが強くなるのがなぁ」
「あ、だからか……。初弾が下に行っちゃったんですよね」
「九条ちゃんはそれに気付いて、2発目から修正したろ?それは凄いな」
「ジェイミー。ハヤトとアリスはどうだ?」
「アル。ハヤトはともかく、アリスにも教える必要は有るのか?」
「……フリンチングを理解して、もう修正してるのか?」
「あぁ。今、そのことを話していた。アリスは才能が有るようだな」
アルはスコア表を確認し風見と有栖に提案をした。
「ハヤト。アリスにボルトアクションを撃たせてみないか?」




