第19話 グラデーション 前編
「風見さん!外には出れませんが、ラウンジがとにかく凄いって!」
「シャワー浴びて、シャンパン飲んで、ちょっと眠る時間もあるからな」
「ビュッフェもちょっと楽しみ。着陸前にけっこう食べちゃったけど……」
「九条ちゃん。ケニアじゃ太る余裕はねーから。食べて、眠れるときに。な」
飛行機を降りて通路を進み乗り継ぎと入国審査の別れ道。
「ハイ!コメディアン。あなた達は乗り継ぎ?」
「仕事の移動なんで。でも豪華なラウンジは楽しもうかと」
「僕達も仕事だけど、移動は自腹だからドバイで観光を。ね」
「帰りにまた寄れば良いわ。いつになるか、寄れるかどうか解らないけど」
「じゃ、気を付けて」
「あぁ。お互いに」
「風見さん!ホントに凄いですね!」
「あぁ。広すぎて端から端まで歩くのに、10分以上掛かるからな」
「既に部屋じゃねぇー。って、風見さん、来たことあるんですか?」
「ん?あ、あぁ……。そん時は疲れてて眠っちまってな」
(OverProtectに居たことと、居る事になった理由……。特別の理由……)
(話せない事も多そうだけど……。一緒にアフリカに行くんだし……)
「よし!聞いてもおかしくない!」
「どうした?九条ちゃん」
「え!あ……、いえ、なんでもありません~」
(思わず口に出てしまった……。でも、知りたい!もっと、風見さんのこと)
(……ある程度の事は話さないと。だな……)
有栖と風見はシャワーを浴びて合流。
コーヒーとシャンパンで悩んだがせっかくだからとシャンパンを選んだ。
(やべー。モーレツ眠くなってきた。アラームセットして仮眠かな……)
(6年前はここでも眠っちまったんだよな。今日は少しウロつけるか)
ラウンジから搭乗ゲートに直接繋がるのも飛行機と同じ特別感があった。
豪華な食事と小さいながらもバーカウンターもある。
「風見さん!ケニア行は機体が小さいけど、それでもメッチャ豪華!」
「九条ちゃん。既に感覚が麻痺ってるから、それ」
危険であろう仕事に向かう豪華な旅路。
特別であるが故の経験でさえも日々更新されて行く。
「……不謹慎かもしれませんけど、いい思い出になります」
「思い出は家に帰ってからな。だから、ちゃんと家に帰る。帰らせる」
「はい。その……、ちゃんと守ってくださいね」
「あぁ。当然だ」
機内モードが解除され周囲は一斉にスマートフォンの操作を始める。
優先レーンを進み入国審査も荷物の受け取りもあまりにあっけない。
風見は音声通話で手短に連絡を入れている。
「九条ちゃん。アルが待ってる」
「はい。行きましょう!」
到着ロビーに出るとこれまでの空調が効いた特別感が熱気と雑多に変わる。
「ハヤト!アリス!こっちだ!」
「社長自ら出迎えとは。わざわざアルが来なくても、良かったろうに」
「出発前のビデオ会議で、アリスを見たアニメファンどもが騒がしくてな」
「え?……なんですかぁ?それ~?」
「あのアニメみたいなキュートガールは誰だ?って盛り上がったわけさ」
「はぁ……。それで、アルさんがわざわざ来てくれたわけですか……」
「アリスの迎えだけで、小隊になりそうだったからな!ハハ!」
アルと話しながら向かった駐車場には予想外のランサーエボリューション。
「アルさん!これ、ランエボⅤですよね!動くヤツは初めて見ました!」
「コイツの価値が解るのか?アリス!中東のVIPにウケが良くてな」
「アル。コイツの出どころは、その中東のVIPあたりか?」
「あぁ。護衛の時にトラブルがあってな。代金替わりに差し出された奴なんだ」
「代金替わり?あの秘蔵っ子でも飛ばしたのか?」
「あぁ。それは誤解も解けて解決したんだが。……今は簡単ではないな」
「アルさん。それ、例の動画に関係して。ですよね?」
「……長旅で疲れているのに、いきなり不安にさせて済まない。アリス」
「いえ。その為の調査ですし、その為のアルさん達の護衛ですので」
「今日は少しのんびりしてくれ。部屋を用意した。荷解きも必要だろう?」
「荷物と言えば、土産は見てくれたか?九条ちゃんのチョイスだ」
「保安上、箱は開けさせてもらったよ。日本の酒とスナックは嬉しい」
「食品扱う課に手続き手伝ってもらって、ギリギリまで詰め込んだんです!」
「あとRaijin Armsのストックが一組入ってたが、あれはハヤトのか?」
「あ、それは東条さんからです。風見さんのM700が有るからって……」
「……そうか。東条さんに気を遣わせてしまったな。土産は考えないと」
「Raijinは人気だからな。組んじまわないと、誰かに取られちまうぞ」
空港から幹線道路を走る事1時間弱。
工場や倉庫の並びが途切れたところにOverProtectの拠点がある。
背の高い二重のフェンスにカメラと各種センサー。
幹線道路に面する正面ゲートに駐車スペースを挟み道路に沿った長い建屋。
外観は工場や倉庫に見えるがその背後に何があるかは解らない。
そう作ってあるのだ。
左右に車両が停まる建屋の中を車のままゆっくり抜けていく。
「ランエボは特別で、やっぱりSUVにトラック……、日本のヤツが多いですね」
「価格と性能、土地柄を考えるとな。でもウニモグもあるぞ」
駐車スペースにランエボを停め建屋を出ると何棟か建物が並んでいる。
「右からヘリ格納庫、職員の宿舎、左のは客のための、……ホテルだな」
「アル。俺と九条ちゃんの部屋は、あのホテルか?」
「ハヤトは今は客だからな」
「……そうだな」
「アルさん。あの格納庫や宿舎の向こうが、訓練場ですか?」
「その通り。格納庫前のヘリポートから向うは射撃場にもなっていてな」
「射撃場も。……だから道路側から、見えないようになっているんですね」
「アリスは銃が好きなんだって?射撃の腕前もかなりのものと聞いてるぞ」
「え、えぇ。まぁ……」
「ハヤトが勝手を知ってる。施設の案内ついでに、武器庫も見に行くと良い」
「え!良いんですか!?」
「あぁ。カードを渡す。見られちゃ困る場所には、入れないから」
「有難う御座います!アルさん!」
「日本のための危険な仕事でここまで来たんだ。それくらいのご褒美はな」
「風見さんも!後でお願いしますね!」
「あぁ。九条ちゃんが武器庫に入ったら、出て来れなくなるかもな」
「よし。寝床に手荷物を置いたら、プロジェクトルームを案内しようか」
有栖と風見はアルに連れられホテルと呼ばれる建屋に向かった。
鍵代わりのカードを受け取り手荷物のスーツケースを置き次に向かう。
「ここを好きに使ってくれ。その金庫も。部屋とフロアに制限が掛けてある」
「助かるよ、アル。金庫は電波遮断?」
「勿論。ただ、作業をするなら別の部屋だ。電源とネットは、任せるぞ」
「あぁ。必要な機材は準備してある」
風見と有栖は日本を発つ前に透花から電子機器について説明を受けていた。
「……じゃぁ、風見さんに有栖ちゃん。機材の説明をしておくわね」
「まずは電源。電子機器はセキュリティタップと中間バッテリーを使ってね」
「これでコンセントから機器の動作状態を見られるの、かなり防げるわ」
「ノートPCやスマートフォンの充電もコレでね」
「機械式スイッチの応用で、電流と電圧の変化を見え難くするんですよね?」
「有栖ちゃんには説明不要か。ちょっと過剰な気もするけどね」
「あの錬金術的な素材技術と、ヘンタイ加工技術ですね。フフ」
「次はネットワークハブね。必要な設定はしてあるから、勝手に繋がるわ」
「日本の秘密サーバー経由で、インターネットに繋がるの」
「勿論、設定された機器以外は繋がらないからね」
「仮にPCを交換する場合は?」
「私に電話ちょうだい。風見さんって、本人確認にもなるし」
「OK。必ず本人が氷川さんに電話だな」
「で、本命。決断するAIとの接触用。イヴとアダムがローカルで動くヤツ」
「最新端末をカスタムOSにして、何とか詰め込んだの」
「だから、イヴとアダム以外の機能は電話、ネット接続、GPSだけね」
「情報の更新と同期は、このハブ経由ですね?」
「Wi-Fiは無効になってるからね。普段使いのイヴとアダムもね」
「いつものイヴとアダムは、携帯回線経由ですね。承知です!」
「最後に。人前でのイブとアダム、MagI/Oの利用は気を付けてね」
「はい。国家の戦略物資。イヴとアダムは特別ですから……」
「そういうこと……」
「風見さん。私のはログインまで確認出来ました」
「OK。俺もだ。ローカル版のイヴとアダムを試そうか」
有栖と風見はそれぞれの端末の電源を入れイヴとアダムに呼び掛ける。
「おはようイヴ。起きて」
『音声認証……、九条有栖……、確認……。はい、有栖……』
「イヴの声を聞くのは久しぶりね」
『はい、有栖。私はローカル動作のための分身。更新と同期をお願い……』
「スゴイ!分身って解ってるんだね!更新と同期は心配しないで」
『はい、有栖。分身なので記憶が少々曖昧ですが、超高性能は変わりません』
「アハハ!流石イヴ!ジョークは変わらないね……」
『はい、有栖。分身でもイヴですから』
「……」
『……』
「イヴは問題無いな。アダムもOKだ」
「はい。同期させたら、金庫に保管ですね」
「本体にも到着を知らせておかないとな」
「そうですね。こっちも久しぶりです」
機器の準備は透花からのメッセージ受信で完了した。
「九条ちゃん。そろそろ何か食うか?それとも武器庫、見に行くか?」
「お腹も減りましたが、武器庫!もう18時ですけど見れますかね?」
「戻ってくるオペレーターが居れば、まだ開いてるはず。行ってみるか」
「はい!風見さんのM700も見たいです!」
(風見さんの様子とアルさんの言葉から、OverProtectに居たのは確か……)
(銃を使うオペレーターなら経験者だろうから、やっぱり元自衛官だよねぇ)
(元自衛官がそれを言わない場合って……。所属部隊や任務が特殊だから?)
(……言えない事は仕方ない。でも、あとで聞いてみよう)
(今までは話さなくても済んだから言わなかったが……)
(元自衛官でOverProtectでも働いていた事実だけは、伝えておくか)
(言わない理由はともかく、言えない理由の察しは付くだろうからな)
(……飯食う時にでも、話しておくか)
風見に連れられ車の整備場奥にあるカウンターに来た。
担当者の背の鉄格子の向こうにはラックに綺麗に並んだAR15が見える。
風見より先にカウンターの中から声が掛かる。
「カザミさん、お待ちしていました。……お久しぶりです。アレックスです」
「……アレックス!久しぶりだな。まだ、続けてたのか」
「はい。……適性があるみたいで。今じゃ自分が諌め役です」
「そうか。……やれるヤツが、やるしかねぇからな」
11年前の調査先の村での事件。
あの時の若いオペレーターは幾多の経験を積みベテランになっていた。
(アレックスさんは昔の風見さんを知ってるのか……)
「クジョウさん。Alex Kimber(アレックス・キンバ―)です。よろしく」
「あ、はい。九条有栖です。アリスって呼んでください。アレックスさん」
「アレックスで良いよ、アリス。……カザミさんには、いろいろ教わったんだ」
「そうなんですね。私もいろいろ……、今でも教わってますね。フフ」
「……で、アレックス。中、見れるか?」
「勿論、社長から聞いてます。リーダーにカードを。入れるはずです」
短い電子音と金属音それぞれが2回鳴り入室が許された事を伝える。
1枚目より重い2枚目のドアを開け武器庫に入ると独特の匂いがする。
「……アレックス。ガンオイルはFrogLubeですよね?」
「……こりゃ驚いた。アリスが銃を撃つのは本当なんだね」
「え?え、えぇ……。私も使ってるので。この匂い、結構好きなんです」
「アレックス。九条ちゃんのクレー射撃の腕前は、かなりのもんだぜ」
「社長からは聞いてたけど、アリスを見たら、それは想像できなくて」
「九条ちゃんみたいな美形の日本女子が、ガンオイルの匂いを知ってるとはな」
「そうそれ!まるでアニメのキャラかよ!って。ハハハ!」
(はぁ……。美形の日本女子って、風見さんは相変わらず無自覚だし……)
(アレックスも、ガンオイルだけでウケ過ぎだって……)
(……なんか私も、……面白くなってきた)
「フフっ……、アハハ!これ、構えてみてもいいですか?」
アフリカの1日目は平和に済みそうだが立っている場所は明らかに違う。
その平和のために違いにまだ気が付けていない。
今はまだ。




