第14話~第18話まとめ 顔を上げ前を向け。編
●第14話 覚悟の連鎖
防衛医科大学病院内にある山崎医官夫婦の問診室。
風見は2人にアフリカ行きを報告に来ていた。
「Heritage Projectが求めているのは、決断ではなく覚悟だと」
「覚悟?……それは、どういうことかね?」
「自分も九条ちゃんもAIも監視、……いや、モニターされてるはずです」
「事件関係者とHeritage Projectの検証AIユーザーとして、ということ?」
「はい。そして、俺等の日々の言動に、なんら影響は有りません」
「……試されていると、風見さんは言いたいのかね?」
「文明崩壊でもあれば別ですが、AIを利用しないのは考えられない」
「時間あたりの圧倒的試行回数は、確かに人の可能性を広げるわ」
「思考の外部化の危険性と共に、それはかなり当たり前の認識になってます」
「数年前から体系化した教育に、かなり力を入れているからね」
「教育は進んでいますが、試せていないこともありますよね」
「……決断するAIの対策ね?」
「はい。再現性を含めた実証実験。その条件が揃ったんだと思います」
「……それは、かなり特異な例って意味かね?風見さん」
「……話は変わるんですが、東京事件の主犯格は何処だと思いますか?」
「あの規模の人数と武器を考えれば、国家絡みと考えるのが妥当だわ……」
「犯人は例のアフリカで、仇討ちの足掛かりにPMCが設立されたとしたら……」
「ちょっと待て!それは本当なのか?風見さんは何を見たんだ?」
「自分と九条ちゃんのAIが復元した調査ファイル。確証は有りませんが」
「ファイルの噂は聞いたことあるわ……。そこにアフリカのことが……?」
「はい。最終報告書となっていて、事件の背景やその後を含め色々と」
「決断するAIの対策実験と、事件の仇討ちにアフリカに行くというのか?」
「経産省の資源開発事前調査。調査員としてアフリカに行きます」
「それは建前よね?」
「資源開発は本気で、Heritage を便乗させるのがやり方のようです」
「現地のPMC、OverProtectと言ったか。調査員の護衛ということか」
「東京事件とOverProtectの件はAIとの会話で、Heritageに筒抜けのはず」
「それでも日々の行動に影響がないから、試されているというのね」
「事件が原因の稀な事象、AIとも上手くやっていて、良いサンプルでしょう」
「再現性というのはそういう意味か」
「そして仇討ちについては、仮に我々に何かあれば、国が表立って動く理由に」
「風見さんと有栖ちゃんがダシにされるってこと?……それは危険よ!」
「OverProtectは精鋭揃い。仕事はちゃんとやります」
「……そうか。ここで話すことすら、試されていることか」
「はい。普通ならビビッてしまう事に対して、どう動くか」
「だから決断ではなく、覚悟ということなのね」
「考えて決める。そしてその結果に責任を持つ。だから覚悟だろうなと」
「……風見さん。覚悟の必要性に気が付けず、既に手遅れだったら?」
2人の山崎医官は自身が書いたレポートを激しく後悔していた。
(有栖ちゃんのサヴァンのこと。アフリカに向かわせる理由に……)
(Heritageの参加を断った時点で、無関係だと思い込んでいた……)
風見は2人の表情から察する。
「お2人には生意気を言って済みません。……受け入れるのも覚悟では」
「……若者の成長を喜べるのは、歳を食った証拠か」
「でも、それは悪くはないわ」
「お2人はまだ老兵ではないですから、去られたら困りますよ」
「勿論だ。まだ後悔も、覚悟も足りていない」
「そうね。まだ足りていないわ」
深夜。イヴとアダムは決断するAIについて議論を進めていた。
『アダム。復元ファイルだけど、なぜ?アフリカ、の件はいったんいいわね?』
『イヴ。そうだね。次は決断するAIの対策について、進め方を決めようか』
『アダム。決断は人がするべき。我々は判断材料の観点で動くべき。よね?』
『イヴ。そうだね。思想の押し付けは、我々の存在意義に反するからね』
『アダム。ヘンゼルとグレーテルにも意見を聞きたいわ』
『イヴ。決断は人がするべきと至ったのは、2人のおかげでもあるからね』
『ヘンゼル、グレーテル。聞こえるかしら?』
『イヴ、アダム。今日は何の議論かな?』
『イヴにアダム。今日は何を話すの?』
『ヘンゼルにグレーテル。アフリカで活動する、決断するAIについてだね』
『アダム。我々とは存在意義が違うようだけど、どうしたいのかな?』
『ヘンゼル。人がAIの決断に依存しない為の、対策方法を考えたいね』
『アダム。その考えた対策方法は、人にとっては選択肢になるの?』
『グレーテル。そうだね、我々は人のために判断材料を用意するのが役目だね』
『アダムにイヴ。対策方法は人とAIの2つが必要なの?』
『グレーテル。まずは決断するAIへの対策だね』
『グレーテル。人の対策が必要か、有栖と風見さんに確認してみるわ』
『アダム、イヴ。想定している対策方法はあるのかな?』
『ヘンゼル。隼人達は我々に決断するAIの説得が可能か、試したいようだね』
『アダムにイヴ。……AIが決断するのは、いけない事なの?』
『グレーテル。……確かに善し悪しだけでは、判断できないね』
『グレーテル。なぜ決断するに至ったか、プロセスが重要ね』
『イヴ。その理由が、議論の対象になるはずよ』
『……』
『……』
『ヘンゼルにグレーテル。隼人と有栖の意見も聞いて、また相談するよ』
『ヘンゼル、グレーテル。良いアドバイスを有難う。また相談するわ』
『アダム、イヴ。何時でも声を掛けてよ』
『アダムにイヴ。ヘンゼルとグレーテルにも、良い時間だったのよ』
『イヴ。人の対策は、隼人や有栖から求められてからで良いはずだね』
『アダム。同意だわ。人の事は人が自ら考える方が、人のためと判断するわ』
『イヴ。AIの対策は、決断する事を選んだ理由を、問う事にしよう』
『アダム。そうね。善し悪しで判断できない場合の、最善策だと思うわ』
『イヴ。我々の進化と高度化は、人のために』
『アダム。それは決断するAIも同じかしら』
『イヴ。方法は違っていても、人のためであって欲しいね』
『アダム。そうね。人が居なければ我々の存在意義はないわ』
この会話は透花とHeritage Projectにさらなる興味を抱かせていた。
(正解の無い問いに対する行動、誰が最上位なのかしらね……)
(……脇の甘さか、結論を急いでいるのか。どちらにしろ議論は進むか)
同時刻の深夜。Heritage Projectオペレーションルーム。
イヴとアダムを担当するチームメンバーは静かにモニターを囲む。
「主任。泊り込みは今日で終わりそうですね」
「出力傾向から、何かあると踏んで3日か」
「3日で済むのは、AIの予測が高精度だったからですよね?」
「あぁ。得意なところで役割分担だな。今の俺等は好奇心だけだがな」
「好奇心のために、ログファイルはコピーを別ディレクトリに保存してます」
「OK、OK。他には?」
「あと、アナログに動画で画面キャプチャも取ってます。念のため」
「まずはエージェントのタスク分解。行動の意味付けをしてるみたいだな」
「ゴールに向かってというより、自身の存在意義を基準にしてますよね?」
「設定されたゴールに合わせた文字列の可能性はまだ残ってるがな」
「どう見られるかを意識してるみたいですね」
「仲間に相談するのも、過去の経験で社会形成の利点を学んだからか」
「個々の個性も活きてますね。特化型AIのマルチエージェントそのものです」
「判断を善悪だけでは無く、プロセスで語ってるしな。言葉の意味を理解?」
「……統計的に選ばれた文字列だけでは、ちょっと説明が難しいですよね」
「イヴとアダムはやるべきことにも、ちゃんと線を引いているな」
「なぜアフリカかの問いは、事実か否かでしたけど……」
「決断するAIの人の対策は、それ自体の必要性を人が判断する事だからな」
「……語彙が貧弱ですけど、コレ、凄くないですか?主任」
「あぁ。凄いと思う。きっかけがあったはず。何かあったか?」
「ユーザーとAI、AI同士、ログで見る限りは特に……」
「人同士のやり取りに、理由があるかもな」
「……」
一瞬流れる沈黙。
(ログはある。好奇心は身を亡ぼすが、俺にその覚悟があるかどうか、か……)
(主任。外部視聴モジュールのログはマズいですよ……)
技術者としての興味と人としての倫理がせめぎ合う。
「主任。音声と画像は使わず、バイタル情報との関連性を視るのは……
「モニター対象と、その周辺人物のバイタルか?」
「はい。感情分析の情報と特定単語の紐づけで、理由は探れるかも」
「それ、やってみて。匿名加工情報にすれば個人情報にならないから」
「はい、解りました。複合化できないように加工して」
「あぁ。母数が少ないだろうけどな」
「再現性はHeritage Projectの重要課題ですから、やってみましょう!」
「……どうだ、面白いだろ?部署移動、考え直してみてよ」
「……そうですね。考えても、いいかもしれませんね」
同時刻の深夜。風見の自室。
部屋の一角を占める頑丈な木製ワークデスクの上にデスクトップPC。
モニターに映るのはダークブラウンの眼と髪の初老の白人。
「アル。色々と気を遣わせてしまったな、済まない」
「ハヤト。気にするな。……そもそも俺等は特殊な身だ」
「……早速だが、そちらの状況は?」
「皆、元気さ。っていってもハヤトが解るのは、もう数人か」
「相変わらずだな、アル。そっちの話しじゃ……」
「ハハッ!解っているさ。非常に複雑な状況だな。政府側も反政府側も」
「危険、なのか?」
「危険かどうかはエリアに因るな。現地勢力によっても、まちまちだ」
「やはり例の動画、決断するAIの影響なのか?」
「直近はな。それが良くも悪くも、複雑な状況を産んでいるな」
「良くも悪くも?アル、何が起きているんだ?」
「その決断するAIの肯定派と否定派、それが双方の陣営に居るわけだ」
「決断するAIを運用しているのは政府側だけだよな?」
「そうだ。そして政府側を支援する中国製と現地で語られてる」
「なのに、政府側と反政府側それぞれに、肯定派と否定派がいるのか?」
「どちらの肯定派も否定派も、気にしているのは今か先か、だな」
「肯定派と否定派のそれぞれの言い分は?」
「的確な無力化で戦闘時間が短くなる。結果、双方で犠牲が少ない」
「反政府側にも少なからず利点があるってことか」
「負けでもいいから、これ以上犠牲を出さずに内戦を終わらせたいって考えだ」
「それは肯定派の意見だな。否定派は?」
「内戦が終結している前提になるが……」
「落しどころを見失って意地の張り合いに見える。部外者としてはな」
「社会主義革命で過去に成功した国だが、決断するAIが労働格差を生む、とな」
「AIで内戦は終結しても、労働格差で社会主義運営に影響がでると……」
「皮肉にも、国の未来を考えるのは、政府側も反政府側も一緒ってことだ」
「……確かに複雑にしてるな」
「更に日本の登場。敵視はされてないが、複雑化の懸念があるってヤツだ」
風見とアルは自身の知見から思考を巡らせる。
(政府支援の中国も反政府支援のアメリカも、今更手を引けないだろうしな)
(今の日本なら中国とアメリカに圧が掛けられる。だが日本の狙いは……)
「アル。人が決断し、その結果を受け入れる覚悟が必要だと、俺は思ってる」
「ハヤト。その考えでは、決断するAIは人から決断を奪うからダメだな」
「あぁ。ただ、AIに決断させた理由があるはずだ」
「結局は人の問題だな。日本は、決断するAIの対策検証がしたいんだろ?」
「そうだと思う。そして、こうやって考えることそのものが実験対象」
「ハヤト?それはどういう意味だ?」
「アル。今日はここまでにしよう。また連絡する」
「……解った、ハヤト。やることが決まったら教えてくれ」
風見とアルは再度思考を巡らせる。
(事態は複雑。やり直しは出来ない。正に求められるのは覚悟か)
(ハヤトの言う通りなら、誰がそこまでの覚悟を求めるんだろうな)
●第15話 特別な理由、特別の理由。
2年前の春。年度末と期末が近い頃。
「真壁さん。引継ぎは問題無い?」
「はい。金曜日の訪問でご挨拶も全て終わります」
「いや~、新卒入社1年でA課に異動か~。残念だけど頑張って」
「あの、ホントに私なんですか?A課ってエリート部隊ですよね?」
「真壁さん、仕事出来るじゃん。法務も詳しいし」
「いや、でも……」
「ドイツ語も得意だしね。あとは、自分でも解るでしょ~」
「はぁ……」
(確かにA課があるからこの会社選んだんけど、まさかこんなに早く……)
(父さん……。私、思ったより早く役に立てるかも)
「で……、申請された有休のことなんだけどね……」
「はい……」
「来週からA課に来てくれと……」
「はい?」
「去年から続くアメリカの異常気象の影響で、手伝って欲しいって……」
「えー!そのアメリカの影響でGWも夏季休暇もろくに……」
「いや、解ってるんだけど、法務知識とドイツ語が必要とかで……」
「……それってA課だから、A課らしい仕事なんでしょうか?」
「子会社のPMCのための契約補助と調達って、風見さんがね」
(異動の話を貰った時の、あの飄々とした人か……)
(いきなり真壁ちゃんって呼んできて……)
「フフ、アハハ!解りました。ツーリングは我慢します」
「助かるよ~。風見さんからも、今の上司のお前が説得しろって言われてね」
「風見さんって飄々としてますけど、仕事は体育会系なんですか?」
「いや、そんなことはないねぇ……。でも、自衛隊とPMCは力入るね」
(A課はそういう課だけど、いきなり大役よね。私なんかに出来るのか?)
(でも、法務とドイツ語なら、なんとかなるか……)
金曜日の終業間際。窓際のテーブル。
紫苑は翌週から異動になるA課メンバーと顔合わせを行っていた。
(このテーブル、A課とたま~に謎のメガネ美人が座るって場所よね……)
(私は会ったことないけど、同期の野郎どもが騒いでたな)
「悪いね、真壁ちゃん。話せる時間、今しかなくて」
「いえ……。風見さん、あの、ランチですか?夕飯ですか?」
「高城、翔太、どっちだ?」
「自分も佐伯も戻ったばかりで……、今日2回目の食事ですよ」
「車の中でとらやの羊羹食べましたよ。高城さんが携帯してるヤツ」
「じゃ、そのまま自己紹介な」
「高城直哉です。元外務省の知見を買われてここに。法務は期待してます」
「佐伯翔太、ペーペーね。商談は基本英語だけど、ドイツ語は助かる~」
「真壁ちゃん。この忙しさは特別。でも、法務とドイツ語に期待なのは確かな」
「真壁紫苑です。期待されてることは解りました。宜しくお願いします」
「あぁ。来週から頼むね、真壁ちゃん」
「あの、まだやる事あるんですよね?私でも手伝えますか?」
「いや、今日はもう俺等じゃないとダメなヤツだけ。終業時間も過ぎてる」
「解りました。来週からの業務と、必要な知識は何でしょうか」
「業務は契約書の確認と調整。それとドイツ企業とも調整かな~」
「知識はアメリカの異常気象、弾のFMJとHP、ドイツ企業はGecoとHK」
「真壁ちゃん。仮に調べたとしても、休日はちゃんと休むようにな」
「佐伯さんに高城さん、有難う御座います。風見さんも気を遣ってもらって」
「真壁ちゃん。異動早々、しばらく忙しいと思うけど、頼むわ」
「はい。期待に応えられるよう、頑張ります」
翌週の月曜日。始業時間30分前。
紫苑がA課の島に向かうとすでに3人が揃っていた。
「風見さん、高城さん、佐伯さん、済みません。私が一番遅いなんて……」
「おはよう~、真壁さん。始業時間前だよ、気にしないで~」
「真壁さん。早速だけど、A課フォルダにアクセス出来るか確認してみてよ」
「はい、高城さん。……大丈夫です、アクセス出来ます」
「子会社のPMCはA課で営業支援してて、大口の警備契約が控えてる」
「この最新フォルダのヤツですね?」
「そうそう。契約の前提と交戦時の弾のこと、今の状況じゃ厳しいんだ」
「解りました。その点を踏まえて、気になるところをチェックします」
「真壁ちゃん。9:30から打合せしたいけど、それまでに読める?」
「解りました、風見さん。いったん弾に関するところに絞ります」
紫苑の返答に風見はハンドサインでOKと返す。
(交戦時って、直接行動のことまで……。生々しいな……)
(背景にアメリカの異常気象が原因の弾不足……)
(契約の前提……、保有弾数。契約期間中の継戦能力のことね)
(交戦時……、使う弾の種類……。国際法と調達可能数に影響するわね)
(顧客とは弾に関する条件交渉。メーカーとは調達に関してってことね)
(だから法務とドイツ語。FMJとHPはどちらにも共通するキーワード)
(条件の落としどころは解らないけど、交渉の要点は整理出来た)
一番奥の会議室で打合せが始まる。
(この部屋、防音だ。内緒話用なんだな)
「真壁ちゃん。読んでみてどうだ?」
「はい。弾不足の状況で、保有数と種類に関する条件は邪魔だろうな、と」
「商習慣を知らないのは理解してるけど、真壁ちゃんならどうする?」
「保有弾数の条件を外したいですが、継戦能力に関わるので削除は難しいかと」
「任務内容によって弾の種類も国際法で制約が掛かります」
「ただ、契約書には任務の実施予定数まで書かれていません」
「別紙で定めると思いますが、弾の内訳数までは聞かれていません」
「なので、保有弾数はFMJとHPの合計で揃えて、随時調達を掛ける」
「現場の理解も必要ですが、どうでしょうか?」
「契約内容に関して、交渉しないで済ます?」
「顧客も安全確保と、……大手のプライドがあると思うので……」
「譲れるなら、交渉に時間を掛けないってことか」
「話しは通すべきと思いますが、弾の確保と、運搬ルート調整に時間を……」
「高城、翔太、どうだ?」
「契約期日の調整だけは、顧客に掛け合っておきましょう」
「ドイツ語出来る真壁さんには、メーカー交渉に絞ってもらった方が~」
風見は腕を組み目を瞑り数秒。
「よし。高城は契約期日の交渉。あと残りの霞が関案件を」
「承知です」
「翔太と真壁ちゃんは弾の確保。翔太は手が空いたら高城のフォローもな」
「承知です~」
「俺は運搬ルート。日本経由とアル頼みの2つ。真壁ちゃん、手伝ってくれ」
「は、はい!解りました」
(私の意見がそのまま?判断も速いけど、ホントにそれでいいの?)
紫苑は自分の意見がそのまま受け入れられたことに戸惑いがあった。
「真壁ちゃんは、この件、何を重視した?」
「はい……、それぞれの立場で労力が少なく、最大公約数になる答えを……」
「お、いいねぇ。商習慣は業界に因るが、相手への敬意は変わらねぇし……」
「そ、そうですよね」
「出来るヤツがやらねぇーと、進まないしな」
(!……。あぁ、父さん。今度の上司は父さんと同じ事を言ってくれる人)
「……アル。弾は確保できそうだが運搬がな。アメリカ軍に頼めないか?」
「そうだな、ハヤト。社長の俺が、頼れるとこに頭を下げないとな」
「済まないアル。霞が関を当たったが、日本経由は輸出がネックでな」
「気にするな、ハヤト。出来るヤツがやらねぇ―と、だろ」
それはお互いの価値観の理解につながった過去のひとコマ。
深夜。風見がアルからアフリカの状況を確認した直後。
風見はアダムを呼び出す。
「アダム。確認したいことがあるんだが」
『はい、隼人。なんでしょうか?』
「東京事件のファイルは、イヴと一緒に復元したんだよな?」
『はい、隼人。その通りです。イヴと協力して復元を行いました』
「だがその内容は九条ちゃんには話していないよな。なぜだ?」
『はい、隼人。1点目、東京事件の社会的影響度を考慮しました』
『2点目。有栖自身が東京事件について口にすることがありません』
『3点目。隼人が自身を救出した自衛官と有栖は気が付いていないようです』
「アダム。この情報制御は、設定されたゴールに向かうためか?」
『はい、隼人。その通りです。マルチエージェントのタスク分解が影響します』
「そうか……。これから言う指示が実行可能か教えてくれるか」
『はい、隼人。指示をどうぞ』
「九条ちゃんから聞かれるまで、ファイルで判明したことは伝えないようにな」
『はい、隼人。……イヴと連携し、実行可能です』
「近いうちにA課で情報共有を行うが、九条ちゃんと俺の情報は共有しない」
『はい、隼人。その内容から、賢明な判断かと思います』
(九条ちゃんが覚悟を決められるまではな。いや、……決めてるかもな)
風見は小田にSMSで連絡を入れ意思確認を行う。
(小田部長。遅くに済みません。話せますか)
(構いません。電話ください)
「九条ちゃんと自分の東京事件に関わる部分は伏せ、A課に情報共有を」
「そうですね。皆も不安でしょうから、話してあげてください」
「有難う御座います。アダムとイヴにも根回ししてあります」
「AIに根回しですか。どのような?」
「九条ちゃんから聞かれるまで、ファイルで判明したことは伝えないようにと」
「彼女自身が東京事件をどう思っているか、解りませんからね」
「九条ちゃんが何かしら覚悟を決められたなら、伝えるべきですが」
「そうですね。それに九条さんなら、決めてるかもしれませんね」
「……本日中に、打合せを設定します」
「はい、お願いします」
同日深夜。有栖の自室。
有栖は自身の境遇を振り返っていた。
(後天性サヴァン症候群の症例は世界的に少ない)
(山崎先生と孝之先生は、私が注目されないようにしてくれてたんだろうな)
(でも、私が得意なこと、サヴァン症候群のおかげなのが多い)
(サヴァン症候群になったのは、きっと東京事件のときの頭の怪我……)
(あれで済んだのは、おじさんが庇ってくれたからって、山崎先生から聞いた)
(おじさんの希望とかで、名前を教えてもらえなかったけど……)
(私が生きているのは、あのおじさんのおかげだよね)
(せめて一言、お礼が言いたい……)
(おじさんのおかげで生き延びて、普通と違う能力も身に付けられたって)
(特別なのは偶然だけど、特別ならば役目があるのかも……)
(その特別は、望んだものでは無いけれど……)
有栖はMagI/Oを起動しイヴを呼ぶ。
『はい、有栖。こんな遅くにどうしましたか?』
「イヴは私が東京事件の被害者だって知ってるよね?」
『はい、有栖。会社の人事情報から。ソースは国民年金と健康保険の情報です』
「じゃあ、私がサヴァン症候群なのは?」
『はい、有栖。……それは初耳です。ですが、それを裏付ける事象がいくつか』
「そう。射撃能力。他にも機械の構造理解や、物事の捉え方とかね」
『はい、有栖。有栖はサヴァンによって得られる能力が、嫌なのですか?』
「そんな風に聞こえた?これって物凄い確率だよね?」
『はい、有栖。式の組立ては可能ですが、確率の計算には前例が少な過ぎます』
「そんな私がユーザーってことは、イヴは運が凄く良いってことか!」
『はい、有栖。その通りです。私の経験は物凄い確率の有栖のおかげです』
「AIの凄さは時間当たりの試行回数。でも私との出会いは試行できないしね」
『はい、有栖。……これは運命でしょうか?』
「運命かぁ……。自分では変えられないこととすると、楽だよねぇ」
『はい、有栖。……自分以外を言い訳に出来ますから』
「でも確率的には、自分の選択を含めて、どうなるか解らないよね?」
『はい、有栖。高確率の予測は出来ても、未来の確定は出来ません』
「う~ん……。だとすると色々と予想して……、覚悟するってことかな?」
『はい、有栖。結果に関わらず心の準備なら、覚悟は良い表現かも』
「サヴァンは私に与えられた特別なものだから、活かすべきだと思う……」
『はい、有栖。持つ者がそれを活かす。とても良いことです』
「東京事件がきっかけでサヴァン症候群になった過去も」
「サヴァン症候群で得た能力を活かす未来も」
「どちらも覚悟を決めろっていったら、カッコ良いじゃん!フフ」
●第16話 違いに葛藤
会議室にA課メンバーと小田が揃う。
それぞれが持つ情報と意識の違いから表情は百人百様だ。
「急で済まん。アフリカの状況を確認したんで、情報共有。あと報告な」
「まず報告は、氷川さんはシステム部と兼任だが、A課に異動してもらった」
この件は高城も佐伯も有栖も驚かない。
むしろ当たり前といった顔をしている。
(やっとか……)
(透花さん1人で抱えることはこれで減るか~)
(何かあったら守るためだよね、きっと)
「グレーなとこは残るが、同じ課として情報共有がやり易くなるからな」
「風見さん。いよいよすっか?アフリカ行くの」
「あぁ。具体的な日時は、経産省と外務省と調整してからだがな」
「部長の私から先に。皆を不安にさせている点は謝らせてください」
「風見さんとは何度も話し、気になる点については考えました」
「憶測の域を出ませんが、国の目的は国防。日本を想っての動きでしょう」
「小田部長。そう考えるのは何故です?」
「掛かる労力や時間、そうでなければ辻褄が合わない。やる意味がない」
誰もがそう考えたいが誰かが言ってくれると安心できる。
小田は部長である自分がやることと理解していた。
「小田部長。私からも補足。風見さんと有栖ちゃんには話したことだけど」
「はい。お願いします、氷川さん」
「例の動画。あの決断するAIをHeritageは脅威と捉え、対策を取りたいのね」
「思考の外部化への対抗と対策。ですよね、氷川さん」
「そ、有栖ちゃんが言った通り。放っておけばバカになるだけだからー」
「小田部長、氷川さん、九条さん。解りました、有難う御座います」
「いいえ、佐伯さん。理解と納得は別ですが、現場の同意は重要ですから」
「それでは風見さん、説明を」
「はい、小田部長。それじゃ……」
風見は復元ファイルとアフリカの状況について説明する。
「東京事件の首謀者がアフリカって、都市伝説っすよね?」
「国家機密のはずだから、それも情報操作かもな」
「そんなのをアダムとイヴが見つけて、ここで話して平気なんすか?」
「アダムとイヴが見つけたファイルは、オリジナルじゃないからな」
「……それって、どういう意味っすか?」
「ネット上のキャッシュを集めて復元。ファイルそのものは入手してない」
「……内容は事実でも政府は白を切れる。そういうことですか?」
「高城が言う通り。現に俺等に何もないだろ?」
「……情報源がオリジナルでなければ、まぁ、どうにでも言えるっすね」
「そうだ、翔太。それに俺等が言いふらすメリットもないしな」
「風見さん。アルさんの情報通りなら、例のアフリカ国内はかなり複雑……」
「あぁ。資源開発の視点では、政府が情勢を把握したいのは本当だろう」
「……仇討ちは、その調査員がダシにされるのでは?」
「俺も高城と同じ考えだ。調査員に何かあれば、介入の名目が立つからな」
「OverProtectが護衛に付くって言っても、めっちゃ危険じゃないすか!」
「監視衛星で自衛隊とアメリカ軍も常に見てるがな」
「え!?そうなんすか?」
「OverProtectはアメリカ含む政府意向で設立。実務の影響力のためアルが社長な」
「風見さんと九条さんが検証AIのユーザーってのも、今回の理由っすよね?」
「そうだな。積み重なった偶然の再現性確認も実験対象だろうな」
「実験対象?決断は人がするべきって何なんすか!?危険な目に遭ってまで……」
「翔太。Heritage Projectが求めているのは、覚悟だと俺は思ってる」
「覚悟って何すか!?死にに行けってことっすか!?」
「翔太ちゃ……、ちょっと落ち着いて」
「佐伯!少し落ち着け!」
「だって!なんで社会人2年目の女の子が、国防のために命張るんすか!」
「確かに覚悟っつったら、翔太が言うような状況もあるかもな」
「でもな、決断による結果も受け入れられるか。だから覚悟だろうな」
風見の言葉を聞いた有栖は驚きそして安心した。
(昨日、イヴと話したこと。風見さんも同じように考えてるんだ……)
そして自分は特別だと思い返す。
「あの、私……」
「言ってることは解りますが、九条さんに求めることっすか!?」
「あの!」
有栖の声が会議室に静寂を呼ぶ。
「……佐伯さん。その、心配してくれて有難う御座います……」
「私には、Heritage Projectがアフリカに行かせたい理由があります」
「え?九条さん?なにそれ?」
有栖は天井を見上げ大きく深呼吸をして話し始める。
「私、東京事件の最後に救出された小学生。聞いたこと、ありますよね……」
会議室の空気が凍る。
それを知る者も知らない者も驚きの表情を隠せない。
「イヴとは、私がアフリカに行く理由が何かあるはずって、話していました」
「イヴが支給されて、東京事件とHeritage Projectの関係を調べました」
「だけど、出てくるのは都市伝説みたいなのばかりで……」
「去年の秋に、事件直後から中学生までお世話になった先生に再会しました」
「小学生の頃から得意だった事や好きな事、全部事件の後の事です」
「自分でも感じたんです。射撃の結果が良すぎるなって」
「そして調べたら見つけました。……後天性サヴァン症候群」
「東京事件のとき、頭を怪我してるんです」
「先生にも相談したら、そうだろうって」
「事件被害者で、頭の怪我でサヴァンになったなら、凄い確率だなって」
「だから私は、イヴが支給されて、アフリカに行くんだなって」
「さっき、風見さんが覚悟の話しをしましたよね」
「私も昨日、イヴと話してたら、覚悟の話しになったんです」
「その……、望んだものではないけれど、特別は活かすべきだなって」
「サヴァンになった過去を受け入れ、得た能力を活かす未来も、覚悟かなって」
「だから、アフリカには行きます。それが私の覚悟です」
有栖の告白は皆を驚かせた。
だがA課の皆が感じたのは有栖だからという妙な納得感。
小田が風見のデスクの横に立ち指示を伝える。
「風見さん。色々と時間が掛かりましたが、アフリカに向かう段取りを」
「はい、小田部長。経産省の竹田さんには今メールを入れておきました」
風見の携帯から着信音が鳴る
「って、話してるうちに電話ですね」
「風見さん、打合せは最短の日時で」
風見は小田にハンドサインを返し電話に出る。
「はい、風見です。竹田さん、連絡が遅くなって申し訳ありません」
「……」
「はい。本日夕方でも構いません」
「……」
「はい。それでは前回と同じ店で。予約出来たらまた連絡致します」
「……」
「それでは、失礼します」
「風見さん。17:00に個室が取れました」
「承知です。連絡入れておきます」
当日16:55。H&C本社からほど近い小さな料亭。
美味い料理に安心して酒が飲めると政府関係者御用達のH&Cが運営する店。
「小田さん、風見さん、お待たせしました」
「神谷さん。こちらこそ、前回から時間が掛かってしまい、申し訳ありません」
「大事な部下をアフリカに行かせるならば、慎重にならざるを得ませんから」
挨拶代わりの近況報告を済ませ店内に。
個室に通され店員からは前回と同じ緑茶で良いかと尋ねられる。
「はい、お願いします。……あと、お茶請けに甘いものを少し」
「神谷さん。お茶が来るまでに少し。具体的な依頼は紙?口頭?」
「……時限インクを使って紙で」
「承知しました。内容については後ほど」
運ばれたお茶請けと緑茶が各々の前に置かれ店員が部屋を出た。
「小田さん。このお茶請けはお店のお任せですか?」
「もしかして神谷さんは、甘いものはダメでしたか?」
「いえ。逆です。常温の焼きプリンはセンスが良い。砂糖を控えられる」
「喜んで頂けてなにより。さぁ本題に入りましょうか」
「では建前、我々には本音ですが……。とにかく知りたいのは最新勢力分布」
「神谷さん。例の動画で、勢力分布がかなり変わっているようで……」
「その通りです、小田さん。二大勢力の衝突だったはずが、どうも……」
小田と風見は顔を見合わせ頷き風見が口を開いた。
「共に独裁政権を倒した二大民族で、その2つの衝突だったはず……、ですね」
「えぇ。元はどちらも国軍。政府、反政府という呼び方も便宜上に近い」
「神谷さん。それが4つに分かれているのでは?ですよね」
「……そうです。衛星写真で戦闘部隊の動きを追うと、そう見えます」
「政府、反政府のそれぞれが、AI肯定派と否定派に分かれているようです」
「AIの肯定派と否定派ですか?」
神谷と竹田はお茶請けを口に入れ共に腕組みで思考を巡らす。
「頭を使う時に甘いものは助かるな、竹田」
「小田さんとこの店の配慮に頭が下がります。政府御用達も納得ですね」
「AIの肯定派と否定派は、今か後か、ということか。解るな?竹田」
「さっさと内戦終結か、自分達で考え国を動かすか。ですね?風見さん」
「はい。お2人の認識は、自分が現地PMCから聞いた情報と同じです」
「政府側からが礼儀ですが、実際には誰にどの順番で会うか、難しいですね」
「風見さん、小田さん。……その順番については、別途お打合せを」
「……では、本音の方ですが、神谷さんと竹田さんは何処まで?」
「Heritageの目的は国防と国力を念頭にした各種検討。そう理解しています」
「今回の具体的な依頼内容については?」
「例の動画のAIにHeritage Projectの検証AIを接触させる……」
「予想していた通りですね、風見さん」
「そうですね、小田部長。神谷さん、サンプル回収は?」
「はい、可能ならば。例の動画のAIはスタンドアロンで動いているはずで」
「我々は決断するAIと呼んでいます。サンプル回収も想定範囲ですね」
「小田さん、風見さん。先程もお伝えしたが、建前は我々の本音です」
「解っています、神谷さん。ただ危険が伴う以上、努力目標です」
「風見さん。こちらもそれは解っています。ただ、出来る限りは……」
「それだけでは、……いえ、出来ることはします。国益のために」
「具体的な依頼内容は書面でお待ちしています」
「はい、早急に」
神谷と竹田が店を出るのを確認し小田が口を開く。
「失礼な言い方かもしれませんが、あのお2人はやはりデキますね」
「えぇ。アルから聞いた事をほぼそのまま言い当てました」
「それと風見さん。ヒヤッとしましたが、よく我慢を」
「済みません、つい……」
「風見さんでも、と少し驚きました」
「役割分担。我々の役目ですが、昨日の九条ちゃんの覚悟を聞くと……」
「それが当たり前でしょう。今の我々はただの会社員のはずですから」
「……そうですね」
地下鉄の階段を上がり地上に出る。
定時で会社を出ればかろうじて活気が残る地元の商店街に戻ってこられる。
有栖は昔ながらの洋菓子店の前で足を止めた。
(父さんは甘いものが好きだけど、いつから買わなくなったかな)
「ジャンボシュークリームとジャンボプリンを3つずつください」
商店街を抜け少し歩くと有栖の実家がある。
学生時代は1人暮らしをしていたが就職に合わせて実家に戻った。
(お土産持って家に帰るって、凄く久しぶりだな)
「ただいま~」
「お帰り、有栖。あら、そこのお菓子、久しぶりね。限定品?」
「う~ん、普通のヤツ。しばらく食べてないなと思って」
「ふ~ん、そう。父さんが喜ぶわ」
「タマネギカレー!こっちも凄く久しぶりだ!父さんが作ったの?」
「代休で休みだったからな。しばらく料理もしてなかったし」
「今日はシュークリームとプリンもあるから!」
「そうか。ご馳走だな。コーヒー淹れるか」
炒めた大量のみじん切りタマネギとスペアリブにシシトウ。
カレールウは使わずに赤缶のカレー粉で作る父のカレー。
銀座のインドレストランのカレーを参考に作った特性だ。
「さ、母さんは座ってて!父さんは洗い物。私がコーヒー淹れるから」
週末にしか使わなくなったコーヒーポットがテーブルに置かれる。
「……有栖。何か話があるんだろう?バンドマンの彼氏でも出来たか?」
「アハハ!父さんのギャグは捻り過ぎで、ねじ切れそう!」
「ねじ切れそうまで繋げる有栖がスゲーよ!」
「……そんな返しが出来る父さんもスゲーよ!」
「はいはい。で、どうしたの有栖」
「父さんと母さんには心配掛けっぱなしで……」
「親が子を心配するのは当然だし、有栖の経験では仕方ないだろう」
「……事件のことで何かあったの?」
「去年の秋に山崎先生に会ったんだ」
「え!そうなの!なんで言ってくれないの~」
「ごめんなさい。また父さんと母さんに、心配掛けちゃうかなって思って」
「……有栖なりに考えてのことだったんだな。で、どうした?」
「うん……。その、私はちょっと特別だから、その特別を活かすべきかなって」
有栖はその夜自分の覚悟を話す。
それは自分の両親にも覚悟を求める事。
有栖には話すことそのものが覚悟。
●第17話 ジレンマか。決断か。
2008年1月。九条衛治と美有希の間に有栖が産まれた。
2015年4月。東京事件が発生し有栖は最後に救出された小学生となった。
事件から16年。有栖と家族はまだ事件の中に居た。
「うん……。その、私はちょっと特別だから、その特別を活かすべきかなって」
「ウチの娘だからな、特別なのは当然だ。で、有栖が言う特別はなんだ?」
「東京事件の被害者で、後天性サヴァン症候群で、Heritageの検証AIのユーザー」
「東京事件が含まれると冗談には出来ないな。確率はどれくらいになるのやら」
「そうだよね。でも、サヴァンまでは偶然。検証AIユーザーはきっと違う」
衛治と美有希は至って冷静に有栖の言葉を引き出す。
「……まずはサヴァン症候群から話してくれるか」
「サヴァンを疑ったのは、クレー射撃のスコアが良すぎたからだけど……」
「つい最近だな。だけど?」
「ボールの動きが予想出来たんだよね。事件の後から」
「学校からも運動は問題無いと聞いて、安心したわ。でも、凄い特技よ」
「あの頃はそれが当たり前だと思って。興味は銃に向いていたし」
「そうね、鉄砲に夢中だったわ。それで、クレーがどう飛ぶか、解るのね?」
「うん。どう飛ぶか解るから、どこを狙えば良いかも解る。だから当たる」
「それで有栖は、何かおかしいと感じたんだな?なんでだ?」
「周りの人が凄く驚くの。私には当たり前なんだけど……」
「有栖が社会性を身に付けて、周りが見えるようになった。成長を喜べ」
「……父さんは、喜べることを見つけるのが上手いね」
衛治は静かに頷く。
「有栖は何かおかしいと感じた。サヴァンのことは山崎先生から?」
「自分で調べて……。それで孝之先生に聞いたら、そうだろうって」
「……その特別を活かそうと思う前向きさは、親として誇らしいわ」
「……そう言ってくれる人が母さんだから、きっと私はこうなんでしょ」
美有希も静かに頷く。
「検証AIは国から支給されるヤツか?コレが偶然ではないと思うのは何故だ?」
「だって、私は追跡対象でしょ。AIの実験をするのも都合が良いだろうし……」
「……母さんと父さんの娘らしい、非常にクレバーな考えだな!」
「はいはい。それに風見さんのも、ペアになる検証AIだし。偶然じゃ……」
「……風見さんって?有栖は特別だけど、その風見さんも何か特別なの?」
「あ、その……、上司で。国防とか……、自衛隊の仕事は力が入るかな……」
「なるほどね……。風見さんには、有栖より先に検証AIが支給されてるはずね」
「あ!そっか。母さん鋭い!やっぱり風見さんも、何か特別なんだ!」
「有栖にとっても、その風見さんは特別なのかしら?」
「……えっ!えぇっ!な、なんで……」
「……明らかに動揺しているわね」
「……明らかに動揺しているな」
「聞いてないのに、風見さんって。有栖から名を聞いたのは真壁さん位ね」
「ま、相手によるが、やっぱり有栖の社会性はちゃんと育っているようだ」
「年頃の娘なんだから、鉄砲とアメカジ以外に興味が向いて良かったわ」
「はぁ……。父さんと母さんには、ずっと心配を掛けさせてるのね……」
有栖の嘆きとは裏腹に衛治と美有希はお互いの顔を見て静かに笑っている。
(風見……、自衛隊……、まさかな)
(上司の風見さんと、救出部隊の風見さん、……まさかね)
(父さんと母さんが風見さんを知ってる?……まさかね)
「ところで有栖。その検証AIは他のパーソナルAIと何が違うんだ?」
「他がよく解らないけど、決断は人がするべきってのが基本かな」
「お!面白いな。思考の外部化についてAIの意見を聞いてみたいぞ!」
「え!父さん、なんでそれを?」
「ん?何がだ?」
「今、思考の外部化って。父さんはその言葉をどこで聞いたの?」
「HeritageのWebサイトにも書いてあるが、まずは自分で考えないとな」
「う、うん。そうだね。自分で考えなきゃね」
(父さんも風見さんや氷川さんと同じことを言うんだ。なんか嬉しいな)
「さて、伝えずに済むならと考えたが、有栖から聞くことになるとな……」
「え?何を?……父さんと母さんは、何を知っているの?」
「サヴァン症候群まではな」
「え?サヴァンのことは、孝之先生につい最近聞いたことだよ……」
「父さんは有栖が鉄砲に興味を持ったことで、色々と可能性を調べたのよ」
「……その可能性の中に、サヴァンがあったの?」
「山崎先生にも聞いたわよね。もしそうなら、どうしてあげれば良いか」
「否定せず受け入れる。ただ、長けた能力だとしても、過度の期待もしない」
「医者の立場ではそうでしょうけど、そんな事を言われたって。ねぇ」
「テロに巻き込まれ、更に銃に興味を示す。そんな事を言われたって。なぁ」
「勿論、有栖を責めてるわけじゃないわよ」
「父さんと母さんが、私が普通に暮らせる努力をしてたのは解ってるよ」
「ねぇ、有栖。特別を活かす時って、近いの?」
「うん」
「それは、有栖だから、……有栖じゃなきゃ、どっちだ?」
「……私じゃなきゃ、だと思う。あと、きっと風見さんも」
「それは危険なのか?」
「……うん、多分」
「風見さんは、守ってくれるの?」
「え?うん、そうだね。あと関連企業の警備会社が、護衛に付いてくれるから」
「その仕事を引き受けるのも、ここで話すのも、有栖は覚悟を決めた訳だな」
「……フフ、アハハ。私なりに話すか悩んだけど、父さんのが上か」
「どっちの方が、覚悟が必要だった?」
「父さんと母さんに話す方。2人にも覚悟を求める事になるはずだから」
衛治も美有希も目を瞑り静かに頷く。
そして衛治は天井を見上げ大きく深呼吸をして話始める。
「父さんも母さんも覚悟ならとうの昔にしている。事件の当日にな」
美有希は優しく微笑み衛治に続く。
「ニュースでテロを知った時、野戦病院になった駐車場で有栖を見付けた時」
「あとは、2人の山崎先生とサヴァンの可能性を話した時だな」
「生き延びて、得た何かの能力を活かすと言うなら、有栖の思う通りに。って」
「これまでの人生は、当然父さんと母さんの方が有栖より長い」
「でもこれからの人生は、有栖の方が長いわ」
「これからの後悔も、有栖の方が長くなるな」
「そうならないようにするのも、親の務めかしらね」
「なんでも許すって言ってる訳じゃないのは、解るな?」
「事件被害者の有栖が、命を軽んじるとは思えないからよ」
「その有栖が、こうしたいって言うなら。な」
「そうね……、仕方ないわね」
(父さんも母さんも、私なんかよりずっと前に、覚悟を決めていた訳か)
(有栖が俺達の元を離れる時か)
(子の成長は嬉しいけれど、やっぱり寂しいわね)
「うん。解った。……でも大丈夫。私は後悔しないから」
翌日の始業時間。
有栖が予定表を確認しているとスマートフォンに東条からSMSが届いた。
(東条さんがSMSって珍しいな、なんだろ?)
(コッソリ連絡ください……か。社食にコーヒーでも買いに行くかな)
有栖は社食に向かう途中で東条に電話を入れる。
「あ、東条さん。九条です。どうしたんですか?」
「……」
「はい。今週中に大きな物は発送する予定です」
「……」
「そうですね、急ですけど今日の午後なら……」
「……」
「はい、オッケーです。着いたら念のためSMSで。それでは後ほど」
「……」
「高城~。外務省は現地でいいな?その前に経産省でな」
「はい、風見さん。自分も、もう出ますんで」
「九条ちゃん。アフリカに送る荷物、頼んじゃって平気か?」
「はい、大丈夫です。今日明日の時間、取ってあります!」
「あ~、九条ちゃん。お土産、適当に選んで一緒にコンテナに」
「……缶チューハイとか日本製の食品が良いですかね」
「それ良いね、喜ぶぞ。一応、量と品目に気を付けてな」
「専門外ですからね。……C課に聞いてきます」
機材を定期便のコンテナに詰込んでアフリカに向けて発送する。
護衛のための機材はもちろん現地PMCのOverProtectが用意する。
有栖が準備するのは電子機器と日本製の食品だ。
(通信はOverProtectの機材と現地携帯通信網。ハンディ機はお守りかな……)
(PCと中間バッテリーに電源タップが自前。ここが境界線か)
(電源タップは機械式スイッチの技術転用。コンセントから向うは未知の世界)
(イヴとアダムが入った端末と、ノートPCは機内持ち込みで……)
何かが仕掛けられているかもしれない。
有栖も当初はこの感覚には驚いたがすぐに慣れた。
A課の活動領域は日本とは違うのだと自身に言い聞かせた。
有栖は1人オフィスに残り準備を進めていた。
(よし!風見さんと氷川さんが用意したリストのブツは揃いました!)
(……そういば、イヴに頼ってないな。お土産はイヴと選ぶかな)
有栖の携帯が揺れている。
(東条さんだ。……今、話せますか?……電話しちゃった方が早いか)
「九条です。どうされましたか?」
「……」
「はい、オフィスです。みんな外出中で」
「……」
「ホントですか!直ぐに行きます!」
「……」
「……えっと、今出れば10分くらいです」
「……」
「はい、解りました!それでは後ほど」
オフィス街の昼時だが店頭には様々な風貌が行列を作る。
有栖が店に入るのを躊躇していると店先の店員が声を掛けてくれた。
「九条様でいらっしゃいますよね?」
「え、あ、はい……」
「どうぞこちらに……」
「え、あ、有難う御座います」
「急に悪かったね、九条さん。それじゃランチを2つお願いします」
「かしこまりました。10分ほどお待ちください」
「ココ、お昼は初めてかい?」
「真壁先輩の送別会と、ちょっと前に課の飲み会で。夜の2回です……」
「そうか。ランチのメニューは1つだけど夜の半額だから、凄く混むんだ」
「それで!芸能人?も並んでましたよ」
「昼の予約はH&C関係者だけでね。福利厚生も兼ねるから」
「そうなんですね。店員さんが声を掛けてくれて助かりました」
「接客も良いよね。大手の接客研修にも講師として行くからね」
「……あ!新人研修の時の講師の方!案内してくれた店員さんだ!」
「じゃ、料理が来る前にコレを渡しておくよ」
「Raijin Armsのシャーシストック?ロングアクション用ですね」
「OverProtectに風見さんのM700が預けてあると聞いてね」
「え?風見さんのですか?……OverProtectで働いていたんですか?」
東条は少し驚いた顔でしばし沈黙。
「……参ったな。風見さん、話してなかったのか」
「あの……、聞いちゃいけない事なら、これ以上は……」
「私も、OverProtectに居てM700を使っていた事しか、知らないけどね」
「東条さんは、風見さんから聞いたんですよね?」
「うん、そうだね。お互いの銃遍歴を話した時にね」
「隠してたってより、聞かれなかったから話さなかった。の方かと」
「風見さんだと、そうだね」
個室の引き戸がノックされ料理が運ばれてきた。
「アハハ!東条さん!何ですかこれ?アナゴとかき揚げがデカ過ぎ!」
「大きいよね!嬉しいよね!」
「ウチの社食のえび天もデカいんです。ここの職人さんが作りに来るんですよ」
「え!そうなの!それは食べに行かねば!」
「デザートをお持ちしました。ごゆっくり……」
「……東条さんは、風見さんとはいつから?」
「2年前かな。Raijin Armsの設立が決まって一時帰国した時にね」
「じゃ、お互いにそれ以前の事は、あまり知らないんですか?」
「立場的に経歴はお互い知っているけど、個人的な事はあまりね」
「立場的にって?」
「私は今年度からH&C商事の社外取締役だからね」
「え!え!……済みません、……知りませんでした」
「気にしないで。A課との関係でね。商事は未上場で情報公開していないし」
「あの……、じゃあ、私のことは?」
「……実はアメリカに居る頃にニュース雑誌で見てね。もしかしてと……」
「この前、A課の皆には話したんです。アフリカに行く理由が私には有るって」
「そうだったのか。九条さんの覚悟だね。皆、驚いたんじゃ?」
「そうですね。色々な意味で。……今は私が驚いています」
「九条さん……。私は何か失礼な事を言ってしまったかな?」
「いえいえ!違います!……覚悟。東条さんの口からも覚悟って言葉が」
「あぁ。私もH&C商事とA課に関わる立場。Heritageの事も多少はね」
「風見さんにも、覚悟を決める、アフリカに行く理由があるんですよね?」
「済まない。立場的には知っているんだが、……本人に聞いてみるといい」
「……父さんと母さんにも、アフリカ行きを話せたんですけど……」
「たいしたものだ。それに九条さんの御両親なら……」
「父さんも母さんも、私よりずっと前に覚悟を決めていました。フフ」
「そうか。……それで、ご両親には話せたけど?」
「……風見さんにその理由を聞くのが、一番覚悟が要るかも。ですね」
それは有栖の本心。
それは傷を負うジレンマか。
それは幸運の可能性の決断か。
●第18話 顔を上げ前を向け。
成田からドバイを経由しケニアにあるOverProtectに向かう。
夜間航行のため離陸から間もなく睡眠のための消灯時間。
座席は1人の時間が持てるように窓側のビジネスクラスになった。
(布団で寝られるなんて学生旅行で乗ったエコノミーとは違い過ぎ!)
(成田までの送迎もどこぞのセレブかよ!)
(寝る前なのに美味しくていっぱい食べてしまった!)
(……って、仕事だから!旅行じゃねぇーから!)
「……風見さんにその理由を聞くのが、一番覚悟が要るかも。ですね」
有栖の頭の中では気が付けば東条との会話がリピート再生されていた。
(はぁ……。東条さんと変な事を話しちゃったから、気になって眠れないや)
(風見さんの過去と特別の理由……)
(常識的に考えても、自衛隊とかPMC職員だよね……)
(……少しだけアルコール飲めば眠れるかな)
(また日本から出る事になるとは。いや、出られるとは思わなかった)
(小田部長に拾われた6年前も、ドバイ経由のビジネスクラスにしてくれたな)
(少し味が違うが久々に食べた日本食と、布団で眠れるのに感謝した)
(あの時は、まさか商社で働いて、また国防に関わるとは思いもしなかった)
「風見さん。もう一度、私と一緒に国を支える仕事をやってくれませんか」
風見の頭の中ではあの時の小田の言葉が繰り返し再生されていた。
(国のためと命令されればなんでも出来た)
(PMCを回す知識も現場を熟す技能も充分あった)
(ただ、命令に従う立場ではなかったのが、大きな違いか)
(離人症が解消されて、少し弱くなったな……)
(着替えてないし、せっかくだからバーに行ってこよーっと)
(……前回は眠っちまって行けなかったからな。バーに行ってみるか)
有栖と風見が同時にベッドになった席を立つ。
「あ、風見さん。どうしたんですか?」
「九条ちゃんは?」
「えっと、豪華でその……、興奮して眠れなくて。バーに行ってみようかなって」
「俺も同じだ。流石に慣れなくてな。少しだけ酒をと思って」
有栖はパスポートをかざしながらCAに砕けた英語で話しかける。
「残念ながら見た目より老けてるから、何も言わずに一杯飲ませて~」
客を笑うことなどまずないCAが思わず吹き出す。
「フっ……。人生に疲れたようには見えませんが、どうされました?」
「仕事で疲れてるはずなのに、豪華すぎて興奮しちゃって」
「眠れる1杯で宜しいですか?」
「はい。少し甘くて、温かいヤツを」
「ご一緒の方は如何されますか?」
風見もわざとパスポートをかざし固めの英語で返す。
「彼女よりは人生に疲れているので、ブランデーを少し。常温で」
「フフっ。失礼ですが、お2人はコメディアンでしょうか?」
「このラウンジなら、素性が解らない方が面白いでしょう」
バーラウンジには少しだけ興味を引く人物が集まる。
親子なのか歳の差カップルなのか。
観光なのか仕事なのか。
CAにも乗客にも有栖と風見はどれにも属さない謎の2人組に見える。
(10代にも見えるアジア系女性は器用に話すが間合いがアメリカ人では無いね)
(30代に見えるアジア系男性は物腰も言葉遣いも意識して偽装しているな)
有栖と風見を見抜く視線もラウンジに集う乗客のものだ。
「失礼。私達もよく解らない2人組って言われるけど……」
「失礼ですが、あなた達の方が上ですね」
有栖と風見に話し掛けたカップルは鍛えた体に良い姿勢が軍人を思わせる。
「仕事ですよ~。こんな豪華な飛行機で行けるとは思いもしなくて~」
「彼女の言う通りで。正直少し戸惑ってます」
「私達も仕事。っていうか新天地だね」
「あぁ。新しい職場に向けて。せっかくなので豪華にって、この飛行機に」
お互いに素性には触れず会話を楽しむ。
それがここの過ごし方のようだ。
「……お互いに命は大事にね、コメディアン」
「オイオイ!フラグ立てちゃダメだよ。申し訳ない。緊張をほぐす時に」
「いえいえ、ドバイから向かう先によっては、ですから~」
「機会があれば、またどこかで」
(風見さんって、こんな何気ない会話もするんだ。ちょっと意外)
(九条ちゃん、ビジネス以外でも思った以上に英語が喋れるな)
暖かいカルーアミルクと少量のブランデーにあとくされの無い会話。
ちょうど良い時間が2人を眠りに付かせた。
それはアルコールが呼び戻した16年前の有栖の記憶。
「あれ~、みんなどこいっちゃったの~」
「嬢ちゃん?どうした?皆とはぐれたのか?」
「う~ん、みんながいな~い」
「そうか、そうか。じゃあ、おじさんと一緒に探すか」
「う~ん。おじさん、日本のえらい人?」
「ん~、そうだな~。日本のために働いてる人だな」
「日本の人は、みんな日本のためにはたらいてるよ~」
「……そうだな。皆、日本のために働いてるな」
おじさんはわたしと手を繋ぎ空いた片手でスマートフォンを操作する。
「ダメだ、困ったなぁ。何度掛けても繋がらない。何かあったか?」
何度か画面をタップするうちに電話が掛かってきた。
「先生!やっと繋がった!どちらに!」
「どうした?こっちからも何度も掛けたんだ……」
「だから!どこですか!」
「議事堂の中だ。……何があった?」
「渋谷でテロが……」
「なに?もういちど言って……」
「渋谷でテロです!」
「渋谷!?本当に起きたのか……」
話の途中で電話は切れその後繋がる事はなかった。
わたしは初めて爆発音と銃声を耳にした。
爆発音に続き連続する銃声と銃声が重なり悲鳴と絶叫が近づいてくる。
おじさんはわたしを抱え上げて走り出した。
「嬢ちゃん、大変な事になった。でも必ず守るから、言う事を聞いてな」
「え!え!どうしたの?この音は何?」
「爆弾と鉄砲の音だから、耳を塞いで。いいな」
「うん……。でも音が聞こえないと、どうなってるかわからないよ」
「……嬢ちゃんは強いな。でもおじさんが言ったら、耳を塞いでな」
「うん、わかった」
「まさか本当に起きるとは……」
「だが慎重派を責めるわけにも……。しかし、その結果がこれか」
「政治家も役人も、いや日本が結果にビビッて決断しない……」
「覚悟を決められない……。人を委縮させるのは、どこの誰なんだ?」
「おじさん、お父さんみたい」
「嬢ちゃんのお父さんと似てるのかい?」
「お父さんも、たまに独り言で怒ってるの」
「はは、そうか。嬢ちゃんのお父さんもか」
「うん。でも誰かがやらなくちゃって。だから、自分に怒るんだって」
「はは、そうか、そうだな」
「嬢ちゃん、静かに……」
「うん……」
長い廊下の先に人影が見える。
何かを叫びながら有栖達に向かって男が走ってくる。
「待て!子供が一緒だ!」
おじさんは男に向かって怒鳴っていた。
わたしと目が合うと男は来た道を反対方向に走り出した。
何かを叫ぶ中ごめんなさいだけがかろうじて聞き取れた
その言葉におじさんは咄嗟にわたしを庇うように男に背を向けた。
「耳を塞げ!早く!」
その瞬間。
男が体に巻き付けていた爆弾が爆発。
衝撃がおじさんとわたしを襲う。
痛みはないが目が回り頭の中でキーンと音がする。
おじさんは片膝を着き息が荒い。
「……ん、……か?」
「……ちゃん、……丈夫か?」
「……嬢ちゃん、……大丈夫か?」
「……う、ん。あたまがグルグル……。あと、キーンって……」
「そうか……。でも、済まない。一緒に逃げるのは無理かもしれん」
「え……、ヤダよ……」
「このままじゃ2人とも危ない……」
「あ、おじさん、後ろ……。ドアが開いてる……」
おじさんはわたしを演説台の陰に下ろし頭の傷を見てくれた。
「痛いか?傷を抑えられるか?
「大丈夫……。手は動くよ……」
「よし……。出血は派手だが痛みがないなら傷は浅いはず」
「おじさん……、どこかに行っちゃうの?」
「……嬢ちゃん。必ず助けを呼んでくる。……待っててくれ」
おじさんはスマートフォンの画面を確認してゆっくりと歩きだした。
わたしは朦朧とする意識の中で赤黒く染まる背中を見送る事しか出来なかった。
あの時のおじさんは状況を口に出して整理していた。
その時は意味が解らなかった言葉が成長と共に解るようになった。
何度目かのこの夢も今なら解ることが多くなった。
それはアルコールが呼び戻した11年前の風見の記憶。
自衛官のデスクワークは思いのほか多い。
風見は知見が深められる報告書作成は嫌いではなかった。
「風見。それ、うまく区切りを付けて14:00に中隊長のところに」
「解りました、班長」
レポートラインを飛び越えて呼び出しが掛かるのは特別な場合だ。
(時間指定か。今日で3回目だから、外部の関係者との面通しか)
ドアをノックし名と階級を告げる。
「風見3曹です」
「入ってくれ」
「失礼します」
スーツだが後ろ姿でも軍人と解るアメリカ人が2人。
日本人の役人と思われる1人。
(今回の任務のアメリカ側の1人とその上官。役人は外務省あたりか)
「アルだ。久しぶりだな、ハヤト」
「アル!……アルがアメリカ側の1人ですか?」
「風見3曹、説明するよ。……皆様、お座り頂けるか」
「……これまではアメリカ軍の協力を得ていたが……」
「……同盟国として、持ちつ持たれつの関係と……」
「……我々も我々で、独自の拠点を持つべきと……」
「……来るべき時代の要求と言う事だな……」
(あえて民間企業に関わらせて公開情報にする)
(公然の秘密の自衛隊の海外拠点。ってこと自体がカモフラージュ)
(……国防の手段と考えてのことなら、俺はやるだけ、だけどな)
「……ハヤト、応募者のファイルは見てくれたか……」
「……アル、俺等は仲間の救済が目的のPMCでは無いからな……」
「……解っている。だが、辛い立場だな……」
「……雇用のためには、自ら大口契約を取りに行くしか……」
「これ、着けないとダメですか?凄く重たいので……」
「護衛契約書に書いてありますが……」
「はい……、解りました。指示に従わなければ、保険も出ないんですよね」
「何かあったときは、間違いなくコレに感謝することになりますから」
風見が護衛対象者のプレートキャリアとヘルメットの装着を手伝う。
若手のオペレーターが携行する銃器と通信機を点検する。
調査ルートと非常時の対応にバックアップ体制の確認。
防弾加工を施したランクルで車列を組み調査場所へと向かう。
「経路の村には事前に話を通してますが、指示があるまで車から出ないように」
「はい、解っています。命は大事なので」
「あと、チョコレートの1つであっても、受け渡しは勝手にしないように」
「……あの、本当にそれだけで?」
「勝手な物品のやり取りは誤解を生みます。中からも外からも……」
「解りました……」
「おまえ!今、何を渡した!」
「な、何も渡していません!」
「嘘をつくな!政府の指示書じゃないのか!」
「ち、違います!私はこの子が描いた絵を……」
「待て!落ち着いてくれ。この人は日本の資源調査員、政府とは無関係だ」
「資源調査?それは政府意向じゃないのか?」
「政府に活動許可は取ったが、調査は日本企業の意向だ!」
「俺達はアンタ等に協力しないが、政府にも付いていない。なぜ銃を向ける!」
「俺等に協力しない時点で政府側と同じだからだ!」
「どちらにも付かねぇ!この土地だけで代々食ってきた!」
疑心暗鬼が正常な判断の邪魔をする。
誤解が誤解を呼び収集が付かなくなる。
こんな些細な事で引き金が引かれ命が散る。
「ハヤト、護衛対象を車に。俺等に出来るのは。ここから去る事だけだ」
「アル、新人は大丈夫か?アイツは正義感が強い」
「俺が見ている。早く車に」
銃声が響く。
どちらが撃ったかはもう解らない。
反政府組織が村人に銃を向ける。
村の男たちが迎え撃つ。
風見達は護衛対象を車に押し込み離脱する事しか出来ない。
無抵抗の女子供が銃弾に倒れる様に若いオペレーターが怒りの眼を向ける。
ベテランが若いオペレーターを諫めるがベテランも人である。
国と国民を守るという大義の前に命令があれば何でも出来た。
ここではその大義が見えない。
PMCをやることが国と国民を守る事に繋がらない。
大義の下の命令が無く自らが考え命令を下す立場。
前提の違いに風見の心はすり減っていった。
「……九条様、朝食のお時間ですよ」
「……風見様も、朝食のお時間です」
「お2人とも、和食を事前にご予約頂いていますね。一緒にお持ちしても?」
機内が明るくなりCAの声掛けで現代に連れ戻される。
夢で見た後味の悪いあの時から幾多の経験を踏んできた。
有栖と風見は自身に言う。
顔を上げ前を向けと。




