第18話 顔を上げ前を向け。
成田からドバイを経由しケニアにあるOverProtectに向かう。
夜間航行のため離陸から間もなく睡眠のための消灯時間。
座席は1人の時間が持てるように窓側のビジネスクラスになった。
(布団で寝られるなんて学生旅行で乗ったエコノミーとは違い過ぎ!)
(成田までの送迎もどこぞのセレブかよ!)
(寝る前なのに美味しくていっぱい食べてしまった!)
(……って、仕事だから!旅行じゃねぇーから!)
「……風見さんにその理由を聞くのが、一番覚悟が要るかも。ですね」
有栖の頭の中では気が付けば東条との会話がリピート再生されていた。
(はぁ……。東条さんと変な事を話しちゃったから、気になって眠れないや)
(風見さんの過去と特別の理由……)
(常識的に考えても、自衛隊とかPMC職員だよね……)
(……少しだけアルコール飲めば眠れるかな)
(また日本から出る事になるとは。いや、出られるとは思わなかった)
(小田部長に拾われた6年前も、ドバイ経由のビジネスクラスにしてくれたな)
(少し味が違うが久々に食べた日本食と、布団で眠れるのに感謝した)
(あの時は、まさか商社で働いて、また国防に関わるとは思いもしなかった)
「風見さん。もう一度、私と一緒に国を支える仕事をやってくれませんか」
風見の頭の中ではあの時の小田の言葉が繰り返し再生されていた。
(国のためと命令されればなんでも出来た)
(PMCを回す知識も現場を熟す技能も充分あった)
(ただ、命令に従う立場ではなかったのが、大きな違いか)
(離人症が解消されて、少し弱くなったな……)
(着替えてないし、せっかくだからバーに行ってこよーっと)
(……前回は眠っちまって行けなかったからな。バーに行ってみるか)
有栖と風見が同時にベッドになった席を立つ。
「あ、風見さん。どうしたんですか?」
「九条ちゃんは?」
「えっと、豪華でその……、興奮して眠れなくて。バーに行ってみようかなって」
「俺も同じだ。流石に慣れなくてな。少しだけ酒をと思って」
有栖はパスポートをかざしながらCAに砕けた英語で話しかける。
「残念ながら見た目より老けてるから、何も言わずに一杯飲ませて~」
客を笑うことなどまずないCAが思わず吹き出す。
「フっ……。人生に疲れたようには見えませんが、どうされました?」
「仕事で疲れてるはずなのに、豪華すぎて興奮しちゃって」
「眠れる1杯で宜しいですか?」
「はい。少し甘くて、温かいヤツを」
「ご一緒の方は如何されますか?」
風見もわざとパスポートをかざし固めの英語で返す。
「彼女よりは人生に疲れているので、ブランデーを少し。常温で」
「フフっ。失礼ですが、お2人はコメディアンでしょうか?」
「このラウンジなら、素性が解らない方が面白いでしょう」
バーラウンジには少しだけ興味を引く人物が集まる。
親子なのか歳の差カップルなのか。
観光なのか仕事なのか。
CAにも乗客にも有栖と風見はどれにも属さない謎の2人組に見える。
(10代にも見えるアジア系女性は器用に話すが間合いがアメリカ人では無いね)
(30代に見えるアジア系男性は物腰も言葉遣いも意識して偽装しているな)
有栖と風見を見抜く視線もラウンジに集う乗客のものだ。
「失礼。私達もよく解らない2人組って言われるけど……」
「失礼ですが、あなた達の方が上ですね」
有栖と風見に話し掛けたカップルは鍛えた体に良い姿勢が軍人を思わせる。
「仕事ですよ~。こんな豪華な飛行機で行けるとは思いもしなくて~」
「彼女の言う通りで。正直少し戸惑ってます」
「私達も仕事。っていうか新天地だね」
「あぁ。新しい職場に向けて。せっかくなので豪華にって、この飛行機に」
お互いに素性には触れず会話を楽しむ。
それがここの過ごし方のようだ。
「……お互いに命は大事にね、コメディアン」
「オイオイ!フラグ立てちゃダメだよ。申し訳ない。緊張をほぐす時に」
「いえいえ、ドバイから向かう先によっては、ですから~」
「機会があれば、またどこかで」
(風見さんって、こんな何気ない会話もするんだ。ちょっと意外)
(九条ちゃん、ビジネス以外でも思った以上に英語が喋れるな)
暖かいカルーアミルクと少量のブランデーにあとくされの無い会話。
ちょうど良い時間が2人を眠りに付かせた。
それはアルコールが呼び戻した16年前の有栖の記憶。
「あれ~、みんなどこいっちゃったの~」
「嬢ちゃん?どうした?皆とはぐれたのか?」
「う~ん、みんながいな~い」
「そうか、そうか。じゃあ、おじさんと一緒に探すか」
「う~ん。おじさん、日本のえらい人?」
「ん~、そうだな~。日本のために働いてる人だな」
「日本の人は、みんな日本のためにはたらいてるよ~」
「……そうだな。皆、日本のために働いてるな」
おじさんはわたしと手を繋ぎ空いた片手でスマートフォンを操作する。
「ダメだ、困ったなぁ。何度掛けても繋がらない。何かあったか?」
何度か画面をタップするうちに電話が掛かってきた。
「先生!やっと繋がった!どちらに!」
「どうした?こっちからも何度も掛けたんだ……」
「だから!どこですか!」
「議事堂の中だ。……何があった?」
「渋谷でテロが……」
「なに?もういちど言って……」
「渋谷でテロです!」
「渋谷!?本当に起きたのか……」
話の途中で電話は切れその後繋がる事はなかった。
わたしは初めて爆発音と銃声を耳にした。
爆発音に続き連続する銃声と銃声が重なり悲鳴と絶叫が近づいてくる。
おじさんはわたしを抱え上げて走り出した。
「嬢ちゃん、大変な事になった。でも必ず守るから、言う事を聞いてな」
「え!え!どうしたの?この音は何?」
「爆弾と鉄砲の音だから、耳を塞いで。いいな」
「うん……。でも音が聞こえないと、どうなってるかわからないよ」
「……嬢ちゃんは強いな。でもおじさんが言ったら、耳を塞いでな」
「うん、わかった」
「まさか本当に起きるとは……」
「だが慎重派を責めるわけにも……。しかし、その結果がこれか」
「政治家も役人も、いや日本が結果にビビッて決断しない……」
「覚悟を決められない……。人を委縮させるのは、どこの誰なんだ?」
「おじさん、お父さんみたい」
「嬢ちゃんのお父さんと似てるのかい?」
「お父さんも、たまに独り言で怒ってるの」
「はは、そうか。嬢ちゃんのお父さんもか」
「うん。でも誰かがやらなくちゃって。だから、自分に怒るんだって」
「はは、そうか、そうだな」
「嬢ちゃん、静かに……」
「うん……」
長い廊下の先に人影が見える。
何かを叫びながら有栖達に向かって男が走ってくる。
「待て!子供が一緒だ!」
おじさんは男に向かって怒鳴っていた。
わたしと目が合うと男は来た道を反対方向に走り出した。
何かを叫ぶ中ごめんなさいだけがかろうじて聞き取れた
その言葉におじさんは咄嗟にわたしを庇うように男に背を向けた。
「耳を塞げ!早く!」
その瞬間。
男が体に巻き付けていた爆弾が爆発。
衝撃がおじさんとわたしを襲う。
痛みはないが目が回り頭の中でキーンと音がする。
おじさんは片膝を着き息が荒い。
「……ん、……か?」
「……ちゃん、……丈夫か?」
「……嬢ちゃん、……大丈夫か?」
「……う、ん。あたまがグルグル……。あと、キーンって……」
「そうか……。でも、済まない。一緒に逃げるのは無理かもしれん」
「え……、ヤダよ……」
「このままじゃ2人とも危ない……」
「あ、おじさん、後ろ……。ドアが開いてる……」
おじさんはわたしを演説台の陰に下ろし頭の傷を見てくれた。
「痛いか?傷を抑えられるか?
「大丈夫……。手は動くよ……」
「よし……。出血は派手だが痛みがないなら傷は浅いはず」
「おじさん……、どこかに行っちゃうの?」
「……嬢ちゃん。必ず助けを呼んでくる。……待っててくれ」
おじさんはスマートフォンの画面を確認してゆっくりと歩きだした。
わたしは朦朧とする意識の中で赤黒く染まる背中を見送る事しか出来なかった。
あの時のおじさんは状況を口に出して整理していた。
その時は意味が解らなかった言葉が成長と共に解るようになった。
何度目かのこの夢も今なら解ることが多くなった。
それはアルコールが呼び戻した11年前の風見の記憶。
自衛官のデスクワークは思いのほか多い。
風見は知見が深められる報告書作成は嫌いではなかった。
「風見。それ、うまく区切りを付けて14:00に中隊長のところに」
「解りました、班長」
レポートラインを飛び越えて呼び出しが掛かるのは特別な場合だ。
(時間指定か。今日で3回目だから、外部の関係者との面通しか)
ドアをノックし名と階級を告げる。
「風見3曹です」
「入ってくれ」
「失礼します」
スーツだが後ろ姿でも軍人と解るアメリカ人が2人。
日本人の役人と思われる1人。
(今回の任務のアメリカ側の1人とその上官。役人は外務省あたりか)
「アルだ。久しぶりだな、ハヤト」
「アル!……アルがアメリカ側の1人ですか?」
「風見3曹、説明するよ。……皆様、お座り頂けるか」
「……これまではアメリカ軍の協力を得ていたが……」
「……同盟国として、持ちつ持たれつの関係と……」
「……我々も我々で、独自の拠点を持つべきと……」
「……来るべき時代の要求と言う事だな……」
(あえて民間企業に関わらせて公開情報にする)
(公然の秘密の自衛隊の海外拠点。ってこと自体がカモフラージュ)
(……国防の手段と考えてのことなら、俺はやるだけ、だけどな)
「……ハヤト、応募者のファイルは見てくれたか……」
「……アル、俺等は仲間の救済が目的のPMCでは無いからな……」
「……解っている。だが、辛い立場だな……」
「……雇用のためには、自ら大口契約を取りに行くしか……」
「これ、着けないとダメですか?凄く重たいので……」
「護衛契約書に書いてありますが……」
「はい……、解りました。指示に従わなければ、保険も出ないんですよね」
「何かあったときは、間違いなくコレに感謝することになりますから」
風見が護衛対象者のプレートキャリアとヘルメットの装着を手伝う。
若手のオペレーターが携行する銃器と通信機を点検する。
調査ルートと非常時の対応にバックアップ体制の確認。
防弾加工を施したランクルで車列を組み調査場所へと向かう。
「経路の村には事前に話を通してますが、指示があるまで車から出ないように」
「はい、解っています。命は大事なので」
「あと、チョコレートの1つであっても、受け渡しは勝手にしないように」
「……あの、本当にそれだけで?」
「勝手な物品のやり取りは誤解を生みます。中からも外からも……」
「解りました……」
「おまえ!今、何を渡した!」
「な、何も渡していません!」
「嘘をつくな!政府の指示書じゃないのか!」
「ち、違います!私はこの子が描いた絵を……」
「待て!落ち着いてくれ。この人は日本の資源調査員、政府とは無関係だ」
「資源調査?それは政府意向じゃないのか?」
「政府に活動許可は取ったが、調査は日本企業の意向だ!」
「俺達はアンタ等に協力しないが、政府にも付いていない。なぜ銃を向ける!」
「俺等に協力しない時点で政府側と同じだからだ!」
「どちらにも付かねぇ!この土地だけで代々食ってきた!」
疑心暗鬼が正常な判断の邪魔をする。
誤解が誤解を呼び収集が付かなくなる。
こんな些細な事で引き金が引かれ命が散る。
「ハヤト、護衛対象を車に。俺等に出来るのは。ここから去る事だけだ」
「アル、新人は大丈夫か?アイツは正義感が強い」
「俺が見ている。早く車に」
銃声が響く。
どちらが撃ったかはもう解らない。
反政府組織が村人に銃を向ける。
村の男たちが迎え撃つ。
風見達は護衛対象を車に押し込み離脱する事しか出来ない。
無抵抗の女子供が銃弾に倒れる様に若いオペレーターが怒りの眼を向ける。
ベテランが若いオペレーターを諫めるがベテランも人である。
国と国民を守るという大義の前に命令があれば何でも出来た。
ここではその大義が見えない。
PMCをやることが国と国民を守る事に繋がらない。
大義の下の命令が無く自らが考え命令を下す立場。
前提の違いに風見の心はすり減っていった。
「……九条様、朝食のお時間ですよ」
「……風見様も、朝食のお時間です」
「お2人とも、和食を事前にご予約頂いていますね。一緒にお持ちしても?」
機内が明るくなりCAの声掛けで現代に連れ戻される。
夢で見た後味の悪いあの時から幾多の経験を踏んできた。
有栖と風見は自身に言う。
顔を上げ前を向けと。




