第22話 至る覚悟。再び。
有栖がスマートフォンのアラームで目を覚ますと微かにコーヒーの香り。
ランクルの外では使い古されたアルミのポットでエスプレッソを淹れていた。
円陣を組み皆の顔をお互いに確認する。
「眼を覚ませ。仕事の時間だ」
最初の一口と掛け声はリーダーであるジェイミーの役目だ。
多めの砂糖に少量の粉ミルクが溶かれたエスプレッソを一口ずつ回し飲みする。
「ブラックコーヒーと、アリスのお土産のカンチューハイが楽しみだわ」
「はい、アリシアさん。皆で無事に帰ってきましょう!」
車列は国境に向けて走り出す。
出国手続き前は安全に車外に出られる最後の時間。
風見は電話で報告を入れる。
「小田部長。風見です。はい、これから出国です」
「はい、風見さん。ちゃんと見えています。問題ありません」
「A課は上手くやれてますか?」
「はい。何かあれば動けるようになっています。ただ距離はどうにもならない」
「その為のOverProtectです。ただ、存続には政府の力が必要でしょうね」
「解っています。この先も、役立ってもらわなければなりませんので」
「……小田部長。命綱は頼みます」
「はい。風見さんも、無茶はしないように」
風見は空に向け派手に手を振り電話を切った。
出国手続きを済ませゲートを越える。
目的地のゲートまで約500mの緩衝地帯。
(あ、空気が変わった。肌で感じるってヤツだ)
(風見さんが手を振っていたのは、監視衛星があるってアピールだよね)
ジェイミーはダッシュボードのタブレットを指で叩く。
「日本の衛星画像のお陰で、ノーマンズランドは前より安全になったが……」
「気になるのはAI判定でも歯切れが悪いってやつだな。ジェイミー」
「あぁ。何か対策が取られている気がするな」
「上から見られていると解れば、何かしら手を打つのは当然か」
ゲート前に車を停めジェイミーと風見が護衛と共に手続きに向かう。
入国手続きの書類にドル札を挟み担当官に渡す。
「日本からの資源調査か。本当に開発出来るのか?Mr.カザミ」
「その為に来た。貴国の外務省も大使も、それを望んでいると思うが」
「なら、まずは内戦を終わらせてくれ。日本のAIは優秀だと聞くが」
「……残念ながらAIは専門外なんで」
「……そうか。近くで戦闘があってから、チェック項目が増えていてな」
「うっかりしていた。足りない書類はコレだ」
風見がドル紙幣を手続き書類に重ねるとパスポートにスタンプが押された。
手続きが済んだ事を確認し護衛メンバーがライフルの再装填を済ます。
ゲートの向こうは戦闘が隣り合わせの例のアフリカだ。
「ジェイミー。今後の活動のためだ。戦闘が有った場所を確認しよう」
「そうだな、ハヤト。AI分析の曖昧さの理由が解れば儲けものだな」
しばらく走ると弾痕だらけで大破した数台のテクニカルに出くわした。
「衛星画像で動くものはハッキリ見えるが、コイツはおかしいな」
ジェイミーが無線で呼び掛け後方車両からアレックスが降りてきた。
アレックスと同乗のオペレーターがテクニカルをぐるりと見て回る。
「アレックス。どうだ?」
「……ジェイミー。衛星画像で輪郭が変なのは炎上していない車両じゃ?」
「……そうだな。視角変光塗料か?」
「多分それだと思う。それに他の色も重ね塗りされてるね」
「解った、アレックス。写真を撮って本部に解析依頼を」
「それとジェイミー……。カモフラージュは当然として、弾痕が多い気が……」
「俺もそれが気になる。解析依頼は弾痕の件も」
これまでと何かが違う。
漠然とした印象が皆の脳裏から離れない。
鉱脈に沿うように形成された村は内戦前の賑わいが微かに残る。
政府中央から距離が離れているが政府側に付く大きな村の1つ。
ジェイミーが村の連絡役に無線で呼び掛け短いやり取り。
「日本からの客人を連れて来た。撃たないように言ってくれ」
「待っていたよ。直ぐに迎えに行く。村の入り口に」
「村の青年部みたいなもんだな。若い衆のリーダーが迎えに来てくれる」
目的地になる村の入り口に到着した。
政府軍兵士がAKを携え門番をしている。
その横で期待の眼差しを向ける若者が待っていた。
若者の先導で会合場所に向かうその道すがら。
小さな身体で水を運ぶ子供。
警戒の眼差しを向ける母親。
AKを肩に掛けた痩せた若者。
よそ者の姿に僅かに銃口を上げる政府軍兵士。
ひとつひとつが内戦の影響を感じさせる。
「爺様、父さん。連れて来たよ。日本からの客人だ」
ジェイミーとアリシアに挟まれ風見と有栖が頭を下げる。
「ご面会に感謝致します長老。そして村長。風見と申します」
「この機会に感謝致します。九条と申します」
「わざわざ日本から。ただ、あなた達で何人目だろうか」
「気にしないでほしい、お二方。父は、……長老はこの国の現状を憂いている」
長老と村長は周囲を気にしながら話しを続ける。
「2大国家の代理戦争になりかねない状況で、AIが状況をさらに複雑に……」
「長老と私では、AIの事は解らないが、人が考える事を辞めるのは……」
「……この村は政府側と聞いていますが、その……、大丈夫ですか?」
「Mr.カザミ。この村を守っているのは、政府軍でもAI否定派の部隊でね」
「中央から距離があるせいか考えも様々。指揮官は苦労していると思う……」
「それと時代の変化だ。若い世代の、孫の代の意見も大事だと感じてね……」
(話しは聞いていたが、勢力分布はかなり複雑なようだな……)
(お孫さん。歳は私と同じ位か。国が違うと背負うものがこんなに違う……)
(いや……。私もとんでもないモノ背負ってる1人か。そう、私も負けない)
風見と有栖が言葉を続けようとしたそのとき。
ジェイミーとアリシアのヘッドセットにアレックスから通信が入る。
「画像がチラつく!大きさと速度からテクニカルです!台数は、10台以上!」
「ジェイミーだ!武装は?追う、追われる、どっちだ?」
ジェイミーは冷静に返しアリシアは有栖の傍に着く。
「ジェイミーさん!日本からの客人を連れて!早く!」
「長老、村長。申し訳ありません。我々は日本人と共に一旦離れます」
「えぇ。早くこの場を離れなさい。続きはまた」
風見達が会合場所を出ると待機していた政府軍が移動を始めていた。
兵士達の使い古された装備の中で顔に掛けるデバイスが浮いて見える。
(MagI/O!いや、決断するAI?……AI否定派でも装備としては使うのか?)
風見も有栖も同じことが思い浮かぶ。
「ジェイミー!こちらからは見えます!車を動かします!」
「アレックス。こちらからも見えた。車を動かし……」
ジェイミーとアレックスがヘッドセット越しで会話をしているその瞬間。
OverProtectのランクルとすれ違って行く政府軍のSUVがRPGで吹き飛んだ。
銃撃とは比べ物にならない音と爆風。
アリシアは咄嗟に有栖の頭を押さえ前に立つ。
「九条ちゃん!」
「アリス!」
「大丈夫!私は大丈夫です!」
風見達の目の前を2発目のRPGが政府軍の装甲車を掠め飛んで行く。
今度は後方の民家が吹き飛ぶ。
「ハヤト!この道は危ない!建物の陰に!」
「アレックス!GPSと衛星画像で俺達を追えるか!」
「はい!ジェイミー!見えてます!追えます!逃げてください!」
ジェイミーが前衛に立ち風見とアリシアが有栖を守り建物の陰に走る。
ジェイミー達4人の前でランクルの車列が停まりアレックスが怒鳴る。
「ジェイミー!急いで!僕は3号車に戻る!」
「ハヤト!アリス!2号車だ!アリシアは運転を!ここを離れるぞ!」
後方から僅かに聞こえた爆発音は防弾の車内では直ぐに聞こえなくなった。
「ジェイミーだ。各車、順に状況を報告してくれ」
「1号車。マックスが破片で右腕負傷。銃は撃てるが運転は厳しい。以上」
「2号車。護衛対象含め、全員無事だ。以上」
「3号車。全員無事、以上」
村から離れたが窓を開けると風に乗った爆発音と銃声が微かに聞こえる。
「ジェイミー。……規模に対して、銃声が多いと思わないか?」
「……ハヤトもそう思うか?今朝見たテクニカルもそうだ。弾痕が多い」
「……ジェイミー。音が止んだら衛星画像を確認し、村に戻れないか?」
「……そうだな。……あの顔に掛けられたデバイスも、気になるしな」
「あぁ。済まない」
「銃声は止んだが煙が邪魔して光学が使えない。衛星画像じゃ詳細が解らんな」
「ハヤト。敵が居ても、俺等から先に撃つわけに行かないからな」
「解ってる、ジェイミー。……もう少し近付けないか?手はあるんだ」
「……九条ちゃん。MagI/Oでアダムとイヴに周囲を解析させよう」
「指向性マイクとステレオカメラ!イヴ、オープンモード。使用言語は英語」
『はい、有栖。……音声認証、確認。オープンモードを英語で開始』
「アダム。出番だ。オープンモード、英語で頼む」
『はい、隼人。……音声認証、確認。オープンモードを英語で開始します』
「イヴ。私の視線の先、戦闘と被害の状況解析をお願い」
『はい。有栖。……車内の衛星画像受信機材に接続して宜しいですか?』
「アダムも、衛星画像の情報を使うか?」
『はい、隼人。状況分析の精度が各段に上がります』
「ジェイミー……」
「あぁ、使わせてやってくれ。……呆れるほど優秀だな、日本のAIは」
『ジェイミーさん。イヴです。お褒めの言葉、有難う御座います』
『ジェイミーさん。アダムです。お褒めの言葉、有難う御座います』
「解った、解った。とっととやってくれ」
『アダム。距離とスペックから同時実行不可。私が画像解析を行います』
『イヴ。承知した。音声解析はこちらで実行しよう』
『……』
『……』
『……』
『……』
『ハヤト、ジェイミーさん。イヴの解析情報を統合し、私から報告します』
「あぁ、アダム。頼む」
『政府軍に負傷者多数。重傷者1名、死者1名。RPGによるものです』
「アリス。あなたは耳を塞いでいたほうが……」
「大丈夫です、アリシアさん。……私、こういうの初めてじゃないので」
アリシアもジェイミーも一瞬驚いたが有栖の眼を見て納得した。
「……そうなのね。あなたの眼を見たら、それは解ったけど……」
「……私の事は、戻った時に。アダム。続けて」
『村人に負傷者多数、死者が2名。子供とそれを庇った母親と思われます』
「……これがここの現実。今日に限ったことでは無い……」
有栖は硬い表情のまま状況を飲み込むためにあえて声に出す。
意外だったのはジェイミーとアリシアだった。
ジェイミーはハンドルを強く叩きアリシアは荒く息を吐く。
「……済まない。皆の前では抑えているが、やはり慣れる事が出来ない」
「……ごめんなさい。私も。どこであろうと非戦闘員が死ぬのは……」
風見が感情を抑えアダムから状況を引き出す。
「……アダム。武装集団は何者だ?連中はどうなった?」
『武装集団は反政府軍と呼称されており、襲撃してきた部隊は全滅です』
「全滅?政府軍が追い打ちを掛けたのか?」
『反政府軍が撤退という選択肢を、取っていないためと思われます』
「……それは、敵が撤退しないから政府軍が応戦した結果、と言う事か?」
『はい。政府軍兵士の会話から、最近の戦闘傾向のようです』
「撤退しない事が?戦闘が短時間で終わる。そういう話しだったはずだな」
『はい。AIが標的を判断し、効率よく損害を与える結果として、そうです』
「互いに人的被害も減って……。ただ、それだと反政府軍に勝ちが無いな……」
『はい。一定の損耗率で撤退を決める従来の戦術では、そうなります』
「撤退しない……。人には恐怖だがAIには……、予想が裏切られるのか?」
『はい。人にもAIにも、予想が裏切られる効果は期待できます』
「アダム。要は反政府軍は、AI対策として撤退を選択しないってことだな?」
『そのようです。結果的に政府軍も、敵の全滅を前提とせざるを得ません』
「銃声や弾痕が多い理由ってことだな……」
「ジェイミー、アリシア。どう思う?」
「イカレてるな。こんなことをしていたら、国が亡ぶ」
『そのためか、政府軍がAIの戦闘利用を脅威としている発言が確認出来ます』
「政府軍のAI否定派っていうのは、こういうことね」
「どちらにしろ、個人で取れる戦術では無いな」
「鉱脈が狙いかと思ったが、対AI戦を試しているな」
「えぇ。有能な指揮官が居るわね」
「感情に流されず、割り切れる強靭さ。って意味でな」
(戦闘に関しては、私が意見する事ではないだろうな)
(でも、Heritageが決断するAIを脅威と感じるのは、きっと間違いじゃない……)
(私に出来ることをやろう……)
静かにしていた有栖が口を開く。
「アダム、イヴ。負傷者の手当は足りているの?」
『兵士が優先。医薬品も不足。一部の将兵が状況に嘆いています』
「村の人を守れない事に、……嘆いているってことだね」
「あの……、ジェイミーさん。民間人なら、手当は問題無いですか?」
「……避けた方が良いのが事実だが、心情的にはな」
「アダム。村の政府軍がAI利用を問題視してるのは、確かなんだよね?」
『はい。攻守とも過剰になる事に、強い懸念を示しているようです』
「風見さん。Heritageの意向は、決断するAIの説得が可能か試す事です」
「……九条ちゃん。手当と懸念を材料に、AIとの接触を交渉する気か?」
「そうです、風見さん。この状況、今後も揃うとは思えません」
「失敗してもしなくても、はなから俺等はスパイだからな」
「アリス?ハヤト?何を言ってやがるんだ?」
「資源とAIの調査とは聞いてたけど、本気なの?」
「はい。なので、OverProtectは関係無し。交渉は風見さんと私だけで」
「上等だ、九条ちゃん。覚悟を、決めたな」
「はい。覚悟を、決めました」




