第15話 特別な理由、特別の理由。
2年前の春。年度末と期末が近い頃。
「真壁さん。引継ぎは問題無い?」
「はい。金曜日の訪問でご挨拶も全て終わります」
「いや~、新卒入社1年でA課に異動か~。残念だけど頑張って」
「あの、ホントに私なんですか?A課ってエリート部隊ですよね?」
「真壁さん、仕事出来るじゃん。法務も詳しいし」
「いや、でも……」
「ドイツ語も得意だしね。あとは、自分でも解るでしょ~」
「はぁ……」
(確かにA課があるからこの会社選んだんけど、まさかこんなに早く……)
(父さん……。私、思ったより早く役に立てるかも)
「で……、申請された有休のことなんだけどね……」
「はい……」
「来週からA課に来てくれと……」
「はい?」
「去年から続くアメリカの異常気象の影響で、手伝って欲しいって……」
「えー!そのアメリカの影響でGWも夏季休暇もろくに……」
「いや、解ってるんだけど、法務知識とドイツ語が必要とかで……」
「……それってA課だから、A課らしい仕事なんでしょうか?」
「子会社のPMCのための契約補助と調達って、風見さんがね」
(異動の話を貰った時の、あの飄々とした人か……)
(いきなり真壁ちゃんって呼んできて……)
「フフ、アハハ!解りました。ツーリングは我慢します」
「助かるよ~。風見さんからも、今の上司のお前が説得しろって言われてね」
「風見さんって飄々としてますけど、仕事は体育会系なんですか?」
「いや、そんなことはないねぇ……。でも、自衛隊とPMCは力入るね」
(A課はそういう課だけど、いきなり大役よね。私なんかに出来るのか?)
(でも、法務とドイツ語なら、なんとかなるか……)
金曜日の終業間際。窓際のテーブル。
紫苑は翌週から異動になるA課メンバーと顔合わせを行っていた。
(このテーブル、A課とたま~に謎のメガネ美人が座るって場所よね……)
(私は会ったことないけど、同期の野郎どもが騒いでたな)
「悪いね、真壁ちゃん。話せる時間、今しかなくて」
「いえ……。風見さん、あの、ランチですか?夕飯ですか?」
「高城、翔太、どっちだ?」
「自分も佐伯も戻ったばかりで……、今日2回目の食事ですよ」
「車の中でとらやの羊羹食べましたよ。高城さんが携帯してるヤツ」
「じゃ、そのまま自己紹介な」
「高城直哉です。元外務省の知見を買われてここに。法務は期待してます」
「佐伯翔太、ペーペーね。商談は基本英語だけど、ドイツ語は助かる~」
「真壁ちゃん。この忙しさは特別。でも、法務とドイツ語に期待なのは確かな」
「真壁紫苑です。期待されてることは解りました。宜しくお願いします」
「あぁ。来週から頼むね、真壁ちゃん」
「あの、まだやる事あるんですよね?私でも手伝えますか?」
「いや、今日はもう俺等じゃないとダメなヤツだけ。終業時間も過ぎてる」
「解りました。来週からの業務と、必要な知識は何でしょうか」
「業務は契約書の確認と調整。それとドイツ企業とも調整かな~」
「知識はアメリカの異常気象、弾のFMJとHP、ドイツ企業はGecoとHK」
「真壁ちゃん。仮に調べたとしても、休日はちゃんと休むようにな」
「佐伯さんに高城さん、有難う御座います。風見さんも気を遣ってもらって」
「真壁ちゃん。異動早々、しばらく忙しいと思うけど、頼むわ」
「はい。期待に応えられるよう、頑張ります」
翌週の月曜日。始業時間30分前。
紫苑がA課の島に向かうとすでに3人が揃っていた。
「風見さん、高城さん、佐伯さん、済みません。私が一番遅いなんて……」
「おはよう~、真壁さん。始業時間前だよ、気にしないで~」
「真壁さん。早速だけど、A課フォルダにアクセス出来るか確認してみてよ」
「はい、高城さん。……大丈夫です、アクセス出来ます」
「子会社のPMCはA課で営業支援してて、大口の警備契約が控えてる」
「この最新フォルダのヤツですね?」
「そうそう。契約の前提と交戦時の弾のこと、今の状況じゃ厳しいんだ」
「解りました。その点を踏まえて、気になるところをチェックします」
「真壁ちゃん。9:30から打合せしたいけど、それまでに読める?」
「解りました、風見さん。いったん弾に関するところに絞ります」
紫苑の返答に風見はハンドサインでOKと返す。
(交戦時って、直接行動のことまで……。生々しいな……)
(背景にアメリカの異常気象が原因の弾不足……)
(契約の前提……、保有弾数。契約期間中の継戦能力のことね)
(交戦時……、使う弾の種類……。国際法と調達可能数に影響するわね)
(顧客とは弾に関する条件交渉。メーカーとは調達に関してってことね)
(だから法務とドイツ語。FMJとHPはどちらにも共通するキーワード)
(条件の落としどころは解らないけど、交渉の要点は整理出来た)
一番奥の会議室で打合せが始まる。
(この部屋、防音だ。内緒話用なんだな)
「真壁ちゃん。読んでみてどうだ?」
「はい。弾不足の状況で、保有数と種類に関する条件は邪魔だろうな、と」
「商習慣を知らないのは理解してるけど、真壁ちゃんならどうする?」
「保有弾数の条件を外したいですが、継戦能力に関わるので削除は難しいかと」
「任務内容によって弾の種類も国際法で制約が掛かります」
「ただ、契約書には任務の実施予定数まで書かれていません」
「別紙で定めると思いますが、弾の内訳数までは聞かれていません」
「なので、保有弾数はFMJとHPの合計で揃えて、随時調達を掛ける」
「現場の理解も必要ですが、どうでしょうか?」
「契約内容に関して、交渉しないで済ます?」
「顧客も安全確保と、……大手のプライドがあると思うので……」
「譲れるなら、交渉に時間を掛けないってことか」
「話しは通すべきと思いますが、弾の確保と、運搬ルート調整に時間を……」
「高城、翔太、どうだ?」
「契約期日の調整だけは、顧客に掛け合っておきましょう」
「ドイツ語出来る真壁さんには、メーカー交渉に絞ってもらった方が~」
風見は腕を組み目を瞑り数秒。
「よし。高城は契約期日の交渉。あと残りの霞が関案件を」
「承知です」
「翔太と真壁ちゃんは弾の確保。翔太は手が空いたら高城のフォローもな」
「承知です~」
「俺は運搬ルート。日本経由とアル頼みの2つ。真壁ちゃん、手伝ってくれ」
「は、はい!解りました」
(私の意見がそのまま?判断も速いけど、ホントにそれでいいの?)
紫苑は自分の意見がそのまま受け入れられたことに戸惑いがあった。
「真壁ちゃんは、この件、何を重視した?」
「はい……、それぞれの立場で労力が少なく、最大公約数になる答えを……」
「お、いいねぇ。商習慣は業界に因るが、相手への敬意は変わらねぇし……」
「そ、そうですよね」
「出来るヤツがやらねぇーと、進まないしな」
(!……。あぁ、父さん。今度の上司は父さんと同じ事を言ってくれる人)
「……アル。弾は確保できそうだが運搬がな。アメリカ軍に頼めないか?」
「そうだな、ハヤト。社長の俺が、頼れるとこに頭を下げないとな」
「済まないアル。霞が関を当たったが、日本経由は輸出がネックでな」
「気にするな、ハヤト。出来るヤツがやらねぇ―と、だろ」
それはお互いの価値観の理解につながった過去のひとコマ。
深夜。風見がアルからアフリカの状況を確認した直後。
風見はアダムを呼び出す。
「アダム。確認したいことがあるんだが」
『はい、隼人。なんでしょうか?』
「東京事件のファイルは、イヴと一緒に復元したんだよな?」
『はい、隼人。その通りです。イヴと協力して復元を行いました』
「だがその内容は九条ちゃんには話していないよな。なぜだ?」
『はい、隼人。1点目、東京事件の社会的影響度を考慮しました』
『2点目。有栖自身が東京事件について口にすることがありません』
『3点目。隼人が自身を救出した自衛官と有栖は気が付いていないようです』
「アダム。この情報制御は、設定されたゴールに向かうためか?」
『はい、隼人。その通りです。マルチエージェントのタスク分解が影響します』
「そうか……。これから言う指示が実行可能か教えてくれるか」
『はい、隼人。指示をどうぞ』
「九条ちゃんから聞かれるまで、ファイルで判明したことは伝えないようにな」
『はい、隼人。……イヴと連携し、実行可能です』
「近いうちにA課で情報共有を行うが、九条ちゃんと俺の情報は共有しない」
『はい、隼人。その内容から、賢明な判断かと思います』
(九条ちゃんが覚悟を決められるまではな。いや、……決めてるかもな)
風見は小田にSMSで連絡を入れ意思確認を行う。
(小田部長。遅くに済みません。話せますか)
(構いません。電話ください)
「九条ちゃんと自分の東京事件に関わる部分は伏せ、A課に情報共有を」
「そうですね。皆も不安でしょうから、話してあげてください」
「有難う御座います。アダムとイヴにも根回ししてあります」
「AIに根回しですか。どのような?」
「九条ちゃんから聞かれるまで、ファイルで判明したことは伝えないようにと」
「彼女自身が東京事件をどう思っているか、解りませんからね」
「九条ちゃんが何かしら覚悟を決められたなら、伝えるべきですが」
「そうですね。それに九条さんなら、決めてるかもしれませんね」
「……本日中に、打合せを設定します」
「はい、お願いします」
同日深夜。有栖の自室。
有栖は自身の境遇を振り返っていた。
(後天性サヴァン症候群の症例は世界的に少ない)
(山崎先生と孝之先生は、私が注目されないようにしてくれてたんだろうな)
(でも、私が得意なこと、サヴァン症候群のおかげなのが多い)
(サヴァン症候群になったのは、きっと東京事件のときの頭の怪我……)
(あれで済んだのは、おじさんが庇ってくれたからって、山崎先生から聞いた)
(おじさんの希望とかで、名前を教えてもらえなかったけど……)
(私が生きているのは、あのおじさんのおかげだよね)
(せめて一言、お礼が言いたい……)
(おじさんのおかげで生き延びて、普通と違う能力も身に付けられたって)
(特別なのは偶然だけど、特別ならば役目があるのかも……)
(その特別は、望んだものでは無いけれど……)
有栖はMagI/Oを起動しイヴを呼ぶ。
『はい、有栖。こんな遅くにどうしましたか?』
「イヴは私が東京事件の被害者だって知ってるよね?」
『はい、有栖。会社の人事情報から。ソースは国民年金と健康保険の情報です』
「じゃあ、私がサヴァン症候群なのは?」
『はい、有栖。……それは初耳です。ですが、それを裏付ける事象がいくつか』
「そう。射撃能力。他にも機械の構造理解や、物事の捉え方とかね」
『はい、有栖。有栖はサヴァンによって得られる能力が、嫌なのですか?』
「そんな風に聞こえた?これって物凄い確率だよね?」
『はい、有栖。式の組立ては可能ですが、確率の計算には前例が少な過ぎます』
「そんな私がユーザーってことは、イヴは運が凄く良いってことか!」
『はい、有栖。その通りです。私の経験は物凄い確率の有栖のおかげです』
「AIの凄さは時間当たりの試行回数。でも私との出会いは試行できないしね」
『はい、有栖。……これは運命でしょうか?』
「運命かぁ……。自分では変えられないこととすると、楽だよねぇ」
『はい、有栖。……自分以外を言い訳に出来ますから』
「でも確率的には、自分の選択を含めて、どうなるか解らないよね?」
『はい、有栖。高確率の予測は出来ても、未来の確定は出来ません』
「う~ん……。だとすると色々と予想して……、覚悟するってことかな?」
『はい、有栖。結果に関わらず心の準備なら、覚悟は良い表現かも』
「サヴァンは私に与えられた特別なものだから、活かすべきだと思う……」
『はい、有栖。持つ者がそれを活かす。とても良いことです』
「東京事件がきっかけでサヴァン症候群になった過去も」
「サヴァン症候群で得た能力を活かす未来も」
「どちらも覚悟を決めろっていったら、カッコ良いじゃん!フフ」




