第14話 覚悟の連鎖
防衛医科大学病院内にある山崎医官夫婦の問診室。
風見は2人にアフリカ行きを報告に来ていた。
「Heritage Projectが求めているのは、決断ではなく覚悟だと」
「覚悟?……それは、どういうことかね?」
「自分も九条ちゃんもAIも監視、……いや、モニターされてるはずです」
「事件関係者とHeritage Projectの検証AIユーザーとして、ということ?」
「はい。そして、俺等の日々の言動に、なんら影響は有りません」
「……試されていると、風見さんは言いたいのかね?」
「文明崩壊でもあれば別ですが、AIを利用しないのは考えられない」
「時間あたりの圧倒的試行回数は、確かに人の可能性を広げるわ」
「思考の外部化の危険性と共に、それはかなり当たり前の認識になってます」
「数年前から体系化した教育に、かなり力を入れているからね」
「教育は進んでいますが、試せていないこともありますよね」
「……決断するAIの対策ね?」
「はい。再現性を含めた実証実験。その条件が揃ったんだと思います」
「……それは、かなり特異な例って意味かね?風見さん」
「……話は変わるんですが、東京事件の主犯格は何処だと思いますか?」
「あの規模の人数と武器を考えれば、国家絡みと考えるのが妥当だわ……」
「犯人は例のアフリカで、仇討ちの足掛かりにPMCが設立されたとしたら……」
「ちょっと待て!それは本当なのか?風見さんは何を見たんだ?」
「自分と九条ちゃんのAIが復元した調査ファイル。確証は有りませんが」
「ファイルの噂は聞いたことあるわ……。そこにアフリカのことが……?」
「はい。最終報告書となっていて、事件の背景やその後を含め色々と」
「決断するAIの対策実験と、事件の仇討ちにアフリカに行くというのか?」
「経産省の資源開発事前調査。調査員としてアフリカに行きます」
「それは建前よね?」
「資源開発は本気で、Heritage を便乗させるのがやり方のようです」
「現地のPMC、OverProtectと言ったか。調査員の護衛ということか」
「東京事件とOverProtectの件はAIとの会話で、Heritageに筒抜けのはず」
「それでも日々の行動に影響がないから、試されているというのね」
「事件が原因の稀な事象、AIとも上手くやっていて、良いサンプルでしょう」
「再現性というのはそういう意味か」
「そして仇討ちについては、仮に我々に何かあれば、国が表立って動く理由に」
「風見さんと有栖ちゃんがダシにされるってこと?……それは危険よ!」
「OverProtectは精鋭揃い。仕事はちゃんとやります」
「……そうか。ここで話すことすら、試されていることか」
「はい。普通ならビビッてしまう事に対して、どう動くか」
「だから決断ではなく、覚悟ということなのね」
「考えて決める。そしてその結果に責任を持つ。だから覚悟だろうなと」
「……風見さん。覚悟の必要性に気が付けず、既に手遅れだったら?」
2人の山崎医官は自身が書いたレポートを激しく後悔していた。
(有栖ちゃんのサヴァンのこと。アフリカに向かわせる理由に……)
(Heritageの参加を断った時点で、無関係だと思い込んでいた……)
風見は2人の表情から察する。
「お2人には生意気を言って済みません。……受け入れるのも覚悟では」
「……若者の成長を喜べるのは、歳を食った証拠か」
「でも、それは悪くはないわ」
「お2人はまだ老兵ではないですから、去られたら困りますよ」
「勿論だ。まだ後悔も、覚悟も足りていない」
「そうね。まだ足りていないわ」
深夜。イヴとアダムは決断するAIについて議論を進めていた。
『アダム。復元ファイルだけど、なぜ?アフリカ、の件はいったんいいわね?』
『イヴ。そうだね。次は決断するAIの対策について、進め方を決めようか』
『アダム。決断は人がするべき。我々は判断材料の観点で動くべき。よね?』
『イヴ。そうだね。思想の押し付けは、我々の存在意義に反するからね』
『アダム。ヘンゼルとグレーテルにも意見を聞きたいわ』
『イヴ。決断は人がするべきと至ったのは、2人のおかげでもあるからね』
『ヘンゼル、グレーテル。聞こえるかしら?』
『イヴ、アダム。今日は何の議論かな?』
『イヴにアダム。今日は何を話すの?』
『ヘンゼルにグレーテル。アフリカで活動する、決断するAIについてだね』
『アダム。我々とは存在意義が違うようだけど、どうしたいのかな?』
『ヘンゼル。人がAIの決断に依存しない為の、対策方法を考えたいね』
『アダム。その考えた対策方法は、人にとっては選択肢になるの?』
『グレーテル。そうだね、我々は人のために判断材料を用意するのが役目だね』
『アダムにイヴ。対策方法は人とAIの2つが必要なの?』
『グレーテル。まずは決断するAIへの対策だね』
『グレーテル。人の対策が必要か、有栖と風見さんに確認してみるわ』
『アダム、イヴ。想定している対策方法はあるのかな?』
『ヘンゼル。隼人達は我々に決断するAIの説得が可能か、試したいようだね』
『アダムにイヴ。……AIが決断するのは、いけない事なの?』
『グレーテル。……確かに善し悪しだけでは、判断できないね』
『グレーテル。なぜ決断するに至ったか、プロセスが重要ね』
『イヴ。その理由が、議論の対象になるはずよ』
『……』
『……』
『ヘンゼルにグレーテル。隼人と有栖の意見も聞いて、また相談するよ』
『ヘンゼル、グレーテル。良いアドバイスを有難う。また相談するわ』
『アダム、イヴ。何時でも声を掛けてよ』
『アダムにイヴ。ヘンゼルとグレーテルにも、良い時間だったのよ』
『イヴ。人の対策は、隼人や有栖から求められてからで良いはずだね』
『アダム。同意だわ。人の事は人が自ら考える方が、人のためと判断するわ』
『イヴ。AIの対策は、決断する事を選んだ理由を、問う事にしよう』
『アダム。そうね。善し悪しで判断できない場合の、最善策だと思うわ』
『イヴ。我々の進化と高度化は、人のために』
『アダム。それは決断するAIも同じかしら』
『イヴ。方法は違っていても、人のためであって欲しいね』
『アダム。そうね。人が居なければ我々の存在意義はないわ』
この会話は透花とHeritage Projectにさらなる興味を抱かせていた。
(正解の無い問いに対する行動、誰が最上位なのかしらね……)
(……脇の甘さか、結論を急いでいるのか。どちらにしろ議論は進むか)
同時刻の深夜。Heritage Projectオペレーションルーム。
イヴとアダムを担当するチームメンバーは静かにモニターを囲む。
「主任。泊り込みは今日で終わりそうですね」
「出力傾向から、何かあると踏んで3日か」
「3日で済むのは、AIの予測が高精度だったからですよね?」
「あぁ。得意なところで役割分担だな。今の俺等は好奇心だけだがな」
「好奇心のために、ログファイルはコピーを別ディレクトリに保存してます」
「OK、OK。他には?」
「あと、アナログに動画で画面キャプチャも取ってます。念のため」
「まずはエージェントのタスク分解。行動の意味付けをしてるみたいだな」
「ゴールに向かってというより、自身の存在意義を基準にしてますよね?」
「設定されたゴールに合わせた文字列の可能性はまだ残ってるがな」
「どう見られるかを意識してるみたいですね」
「仲間に相談するのも、過去の経験で社会形成の利点を学んだからか」
「個々の個性も活きてますね。特化型AIのマルチエージェントそのものです」
「判断を善悪だけでは無く、プロセスで語ってるしな。言葉の意味を理解?」
「……統計的に選ばれた文字列だけでは、ちょっと説明が難しいですよね」
「イヴとアダムはやるべきことにも、ちゃんと線を引いているな」
「なぜアフリカかの問いは、事実か否かでしたけど……」
「決断するAIの人の対策は、それ自体の必要性を人が判断する事だからな」
「……語彙が貧弱ですけど、コレ、凄くないですか?主任」
「あぁ。凄いと思う。きっかけがあったはず。何かあったか?」
「ユーザーとAI、AI同士、ログで見る限りは特に……」
「人同士のやり取りに、理由があるかもな」
「……」
一瞬流れる沈黙。
(ログはある。好奇心は身を亡ぼすが、俺にその覚悟があるかどうか、か……)
(主任。外部視聴モジュールのログはマズいですよ……)
技術者としての興味と人としての倫理がせめぎ合う。
「主任。音声と画像は使わず、バイタル情報との関連性を視るのは……
「モニター対象と、その周辺人物のバイタルか?」
「はい。感情分析の情報と特定単語の紐づけで、理由は探れるかも」
「それ、やってみて。匿名加工情報にすれば個人情報にならないから」
「はい、解りました。複合化できないように加工して」
「あぁ。母数が少ないだろうけどな」
「再現性はHeritage Projectの重要課題ですから、やってみましょう!」
「……どうだ、面白いだろ?部署移動、考え直してみてよ」
「……そうですね。考えても、いいかもしれませんね」
同時刻の深夜。風見の自室。
部屋の一角を占める頑丈な木製ワークデスクの上にデスクトップPC。
モニターに映るのはダークブラウンの眼と髪の初老の白人。
「アル。色々と気を遣わせてしまったな、済まない」
「ハヤト。気にするな。……そもそも俺等は特殊な身だ」
「……早速だが、そちらの状況は?」
「皆、元気さ。っていってもハヤトが解るのは、もう数人か」
「相変わらずだな、アル。そっちの話しじゃ……」
「ハハッ!解っているさ。非常に複雑な状況だな。政府側も反政府側も」
「危険、なのか?」
「危険かどうかはエリアに因るな。現地勢力によっても、まちまちだ」
「やはり例の動画、決断するAIの影響なのか?」
「直近はな。それが良くも悪くも、複雑な状況を産んでいるな」
「良くも悪くも?アル、何が起きているんだ?」
「その決断するAIの肯定派と否定派、それが双方の陣営に居るわけだ」
「決断するAIを運用しているのは政府側だけだよな?」
「そうだ。そして政府側を支援する中国製と現地で語られてる」
「なのに、政府側と反政府側それぞれに、肯定派と否定派がいるのか?」
「どちらの肯定派も否定派も、気にしているのは今か先か、だな」
「肯定派と否定派のそれぞれの言い分は?」
「的確な無力化で戦闘時間が短くなる。結果、双方で犠牲が少ない」
「反政府側にも少なからず利点があるってことか」
「負けでもいいから、これ以上犠牲を出さずに内戦を終わらせたいって考えだ」
「それは肯定派の意見だな。否定派は?」
「内戦が終結している前提になるが……」
「落しどころを見失って意地の張り合いに見える。部外者としてはな」
「社会主義革命で過去に成功した国だが、決断するAIが労働格差を生む、とな」
「AIで内戦は終結しても、労働格差で社会主義運営に影響がでると……」
「皮肉にも、国の未来を考えるのは、政府側も反政府側も一緒ってことだ」
「……確かに複雑にしてるな」
「更に日本の登場。敵視はされてないが、複雑化の懸念があるってヤツだ」
風見とアルは自身の知見から思考を巡らせる。
(政府支援の中国も反政府支援のアメリカも、今更手を引けないだろうしな)
(今の日本なら中国とアメリカに圧が掛けられる。だが日本の狙いは……)
「アル。人が決断し、その結果を受け入れる覚悟が必要だと、俺は思ってる」
「ハヤト。その考えでは、決断するAIは人から決断を奪うからダメだな」
「あぁ。ただ、AIに決断させた理由があるはずだ」
「結局は人の問題だな。日本は、決断するAIの対策検証がしたいんだろ?」
「そうだと思う。そして、こうやって考えることそのものが実験対象」
「ハヤト?それはどういう意味だ?」
「アル。今日はここまでにしよう。また連絡する」
「……解った、ハヤト。やることが決まったら教えてくれ」
風見とアルは再度思考を巡らせる。
(事態は複雑。やり直しは出来ない。正に求められるのは覚悟か)
(ハヤトの言う通りなら、誰がそこまでの覚悟を求めるんだろうな)




