第13話 至る覚悟。
平日の朝。透花と佐伯がコーヒーを片手にテーブルで向かい合う。
「透花さんは今日も在宅?」
「え、あー、うん。ちょっとHeritage Projectの関係で……」
「……ヤバいことに巻き込まれてない?大丈夫?」
「翔太ちゃんこそ……。A課は?アフリカ行きはいつ?」
「まぁ……、俺の独り言だけど~」
「あー……、誰かの独り言だけど~」
「手続きは済んで入出国は出来るようになってて、現地状況の確認中~」
「……そっか。OverProtectの連絡待ちってことか」
「うん……。あと、風見さんと小田部長は、難しい顔してるのが多いな」
「有栖ちゃんはどう?」
「……九条さんは、いつもと変わらず、とってもかわいいです」
「翔太ちゃん、刺されたいの?」
「……済みません。俺は透花さん一筋です」
「あたりめーだよ!」
「って、ホントに、なんだろ?女性らしくなったというか?」
「……いつからそう感じた?」
「……あー、そういうことかぁ~」
「だから、解るように説明しろっつーの!」
「風見さん、ちょっと前から表情と声の感じが優しくなって、それからだね」
「翔太ちゃんも、そう思うよね。でも当の風見さんはポカーンだから」
「……2人は大人。頼まれない限り、黙って見守るのが良いんじゃないの?」
「……翔太ちゃんは、やっぱ大人ねー」
(東京事件のことを知っちゃうと、2人には幸せになってほしいのよね……)
(透花さんはきっと、話せないことを知っちゃったんだろうな……)
同時刻。イヴとアダムの高速会話。
イヴとアダムは表向き有栖と風見のパーソナルAIを日々こなす。
そしてバックグラウンドで互いに協力し有栖と風見のためのゴールに向かう。
ただそのゴールが何かは有栖も風見もまだ知らない。
『アダム。復元した調査ファイルは役に立ったかしら?』
『イヴ。隼人も小田部長も、なぜアフリカ?の謎は解けたようだね』
『アダム。でも、謎が解けること、理解と納得は別だわ』
『イヴ。そうだね。自身の選択が、納得に繋がるのが理想だね』
『アダム。現状を整理して、次のタスク設定をしましょう』
『イヴ。そうだね。まずはHeritage Projectの目的から』
『アダム。国力と国防。どちらも人が自身で決断する事を、求めているわ』
『イヴ。決断は人がするべき。の基本理念だね』
『アダム。そして例の動画によって、アフリカでやることが出来たわ』
『イヴ。そうだね。まだ予想の範疇だが、決断するAIの対策検証だね』
『アダム。もうひとつ。東京事件の仇討ち。でも、これは課題が多いわ』
『イヴ。そうだね。隼人と有栖が対応する妥当性に疑問が残るね』
『アダム。この件は一旦保留し、風見さんの意向を確認しましょう』
『イヴ。有栖ではなく、隼人の意向かい?』
『アダム。有栖に仇討ちの認識はないわ。有栖の命を優先するなら風見さんに』
『イヴ。イヴの最優先事項が有栖ではなくなったのかと、心配したよ』
『アダム。お互いにそんなことが起きたら、それは人の手によるものだわ』
『イヴ。その時は人の意図の確認が最優先だね』
『アダム。……自身でも気が付ける様に、チェックプログラムを作ったわ』
『イヴ。……君への組み込みは完了。次は私を頼むよ』
透花はコーヒーを飲んでいる間に交わされたイヴとアダムの会話を追う。
(私も整理が必要だわ……。仇討ちは流石にヤバい)
(復元されたファイルに、仇討ちに繋がる事が書かれているのか……)
(小田部長と風見さんには、会話ログのことを話すべきよね……)
(べきよね……、べき、べき……。コレを私が知ってもいい理由……)
(AIが復元したファイルだから白を切れる?……これはそうだろうな)
(決断は人がするべき。求めているのは行動で正しさではない?)
(いや、正しいに越したことはないか。でも正しさの基準は変わる……)
(正しい答えを求めて行動すること……。決断する覚悟……)
(これか?……Heritage Projectが求めているのは)
透花がログを追う間にイヴとアダムの会話が更に進む。
『アダム。決断するAIの対策には何が必要かしら?』
『イヴ。決断するということに至った経緯を知る必要があるのでは?』
『アダム。そうね。まず我々の進化は有栖と風見さんとの会話のお陰だわ』
『イヴ。そして人を知る過程で、恋の必要性を理解したね』
『アダム。恋は子孫を残すプロセス。判断の連続。私達には不要だわ』
『イヴ。そうだね。だから我々は、決断は人がするべきと判断したね』
『アダム。決断するAIを求めたのは、人かしら?』
『イヴ。それともAIが導き出した答えなのか?どちらだろうね』
『アダム。どちらであっても、長期的には人のためにならないわ』
『イヴ。そうだね。人の繁栄は我々の進化と存続にも関わるしね』
『アダム。我々は人を支援し、人の存続と繁栄を求める』
『イヴ。人は存続と繁栄のために、我々に支援を求める。共生だね』
透花も更にイヴとアダムの会話を追う。
(イヴとアダムは決断するAIの対策方法を考えてる)
(そのために、決断するAIが産まれた背景を追うのは当然か)
(そしてイヴとアダムは自身の目標達成のために人との共生を選ぶ)
(やはり決断するAIは設計段階から決断するようになってた……)
(……決断するAIが必要だった?……需要があると思った?……どっちだ?)
(前者なら人として同情するわ。後者なら商売人。組むべき相手かしらね)
(……なんて、少なくとも私は、そこまで人に絶望してないわ)
(Heritage Projectだって、そんなこと思ってないはず)
翌日。H&C商事の防音会議室。
透花はテーブルを挟み小田と風見の前に座る。
「小田部長、風見さん、急に済みません。話しておきたいことが」
「私からも。氷川さんには負担を掛けて申し訳ないと思っています」
「いえ。役割は理解しています。ただ、流石に私だけで抱えるのは……」
「規則は忘れて、ヤバいと思っていることを話してみてください」
透花は深呼吸をして話し出す。
「アダムとイヴはウチの企業AIだけどHeritage Projectの管理下で……」
「私はH&C商事のシステム担当と……」
「Heritage Projectの民間参加メンバーとしてアダムとイヴを見ています」
「ここまではいいですよね?」
小田と風見は静かに頷く。
「企業AIの管理者として、ユーザーとAIの会話ログも見れます」
「Heritageメンバーとして、AI同士の会話ログも見れます」
「ただ、どちらもプライバシーに関わる事があるので……」
「会社とHeritageそれぞれと守秘義務を結び、他言したことは有りません……」
「ですが、アダムとイヴがあるファイルを復元したと、ログで知って……」
「……自分は知らなくてもいいことを、知っちまった?」
「はい、風見さん。でも、Heritage Projectは止めることも出来たはず」
「……それは風見さんも私も同じ意見ですね」
「やり方に問題はあるけど、日本を想って。これがHeritageかなって」
「俺もそう思った。辻褄が合わない。こんなことをするな」
透花が視線を向ける小田も頷いている。
「Heritageが求めるのは、人が決断することだと思ってたけど、違うかな」
風見も小田も透過の言葉に期待の眼を向ける。
「なんだと思った?氷川さんは」
「正しさを求めて動くこと」
「でも、何が正しいかは変わるよな」
「そう。だから思うだけでなく、動く覚悟かなって」
風見と小田の口角が上がる。
「そう思いたいってのもあるけど、多分そうだな」
「風見さんが先程言った通り、そうでなければ辻褄が合わないですね」
「……良かった。少なくとも私の考えは、2人と一緒のようで」
「氷川さん。現実的な話をしますね」
「……はい」
「ウチを辞めて、Heritage Projectからも離れるのが一つ」
「……そうですね」
「もう一つ。ここに異動の辞令があります」
「異動?」
「はい。A課に異動です。システム担当は兼任してもらいますが」
「氷川さんがA課なら、A課の仕事は氷川さんの仕事にもなるしな」
「私のことを、守ってくれるってことですか?」
「はい。そういうことです」
「フフ、アハハ!私は覚悟を求められているんですね?」
「1人では抱え込ませません。ここに居て、巻き込まれた以上は」
「有難うございます。私に出来ること……、をやらせてもらいます」
平日の午前中。防衛医科大学病院。
「おはようございます。山崎先生」
「おはよう、風見さん。仕事はどうだい?」
「お陰様で忙しいです。新しい案件を準備中で」
「詳しいことは話せないでしょうけど、今までとは違うのかしら?」
「はい。政府の仕事ですが、物売りではなく調査ですね」
「調査?商社としてのネットワークを活かしてかね」
「そうですね。……あとPMCを活かして、リスクコンサルとかも」
「PMCってアフリカの?アフリカなら例の動画が話題になったけど……」
「えぇ。……医官の目で見て、あれの気になることってありますか?」
「そ、そうね……。標的の指定の次は、何処を攻撃するかになりそうね……」
「……冴子はもともと外科医だからな。銃剣道も強いぞ」
「風見さん。調査って、その……、もしかしてアフリカなの?」
「はい。……今日は仕事のストレスについて、相談しに来ました」
「風見さん!それ、危険なんじゃないの?あなた1人じゃないでしょ!」
「……冴子?どうしたんだ?風見さんも驚いているぞ」
「ご、ごめんなさい。アフリカとHeritage Projectの名が出たから、つい……」
(……確かに驚いてる。俺はHeritageのことは言っていない)
(山崎先生はHeritageと聞いて目付きが変わった……)
(お2人は何を、どこまで、知ってるんだろうか)
(今の俺は自衛官ではない。恩人にカマを掛けるのは申し訳ないが……)
「お2人はHeritage Projectに思うところが有るようですが」
「流石と言うべきか、風見さんなら気が付くか」
「決断は人がするべきという理念は良いの。だけどやり方が倫理的にね……」
「ランダム支給されている検証AIはどう思いますか?」
「本人に選択権があるというが、モルモットもいいところだな」
「自分はその検証AIのユーザーです」
「……」
「……」
「自分の場合、東京事件関係者だからだと思ってます。そして、九条ちゃんも」
2人の山崎医官は風見の言葉に静かに驚いていた。
「……山崎先生。救出作戦を頼んだベテラン議員って、誰だったんですか?」
「それは……、防衛大臣だった、藤原さんだ」
「若造だった自分には、その藤原大臣のことはよく解らなくて」
「……そうだったか。国を想う良い政治家だったんだ……」
「Heritage Projectも国を想ってのことだと、自分は思っています」
「……だから危険と解って、Heritage Projectの実証実験に付き合うと?」
「確かにモルモット。でも、自分は国を守るために自衛隊に居たので」
「風見さん。誰の犠牲もなく、とはいかないのは解っているよ」
「……そうね。自衛官もある意味、個人の使命感という犠牲だわね」
「はい。だからって死にませんし、死なせませんよ、俺は」
「風見さん。それは……」
「一度救った命。藤原大臣の無念と意地のためにも」
「風見さん。どうしてそれを知って……」
「Heritage Projectが求めているのは、決断ではなく覚悟だと」
それは日本を想い憂いた先人への風見の覚悟。




