第12話 予想外
内閣情報調査室を筆頭に思い浮かぶ省庁の名が並ぶ表紙。
続く文字列はスクロールを躊躇させる。
赤い極秘の印と東京事件調査資料最終報告書の文字。
「……このファイルが、アフリカに繋がる理由を示しているんだな?」
『はい、隼人。東京事件とOverProtect設立の経緯が書かれています』
「……念のため聞くが、コレはどうやって手に入れたんだ?」
『はい、隼人。バグによってハードに残るキャッシュを集めました』
「キャッシュ?過去に送信やハッキングされてるってことか?」
『はい、隼人。送信はアメリカ。ハッキングは中国、ロシア、北朝鮮……』
「……解ったアダム。ハッキングされたお陰か。皮肉なもんだな」
「アダム。もう一度聞くが、これはオリジナルのファイルじゃないんだな?」
『はい、隼人。私とイヴで推察も含め構成。復元度は約75%です』
(資料名には流石に驚くが……、この状況そのものがな……)
(アダムの挙動も、俺との会話も、Heritageには筒抜けのはず)
(泳がされてる。……いや、決断は人がするべきと、試されてるのか)
(ファイルがオリジナルでなければ、白を切れると判断してのことか)
(何かをするきっかけ。……俺に何かをさせたいのか?)
(……求められるてるのは決断じゃなく、覚悟か?)
(どちらにしても、小田部長にも見てもらう必要があるな)
風見は小田にSMSを送信。
すぐに時間と場所とQRコードの返信があった。
翌日9:00。H&C本社会議室に風見と小田の2人がいた。
QRコードを利用すれば人に顔を見られることなく会議室に入れる。
風見は久々に緊張を感じていた。
(……非公式作戦の出撃前と同じか。久々だが、この緊張感は悪くない)
「小田部長。昨日、アダムから見せられたのはコレです」
「なぜアフリカなのかが解る資料がコレですか。確かに衝撃的ですね」
「アダム、見つけた経緯の説明を頼む」
「はい、隼人。小田部長、説明させて頂きます……」
「……念のため、九条ちゃんは被害者。俺は救出作戦で、彼女を運びました」
「そして、多分ですが、九条ちゃんは俺に気付いてません」
「風見さんと九条さんの事情は、もちろん知っていますよ」
『はい、隼人。これまで得られた情報から、予想していました』
「では、報告書に沿って、まずは東京事件から確認していきますか」
「テロ発生から九条ちゃん救出までは公開情報と同じ。時間も合ってます」
「ただ、状況的に自衛隊から救出に動くことが不思議ですね」
『小田部長。次章に記載が。藤原防衛大臣から防衛省へ直接連絡と』
「アダム。藤原さんが防衛省へ直接連絡を入れたのは本当ですか?」
「それは本当だと思います。出処は明かせませんが、俺も聞いた話です」
『はい、小田部長。藤原大臣の意向で一切報道されていませんが……』
「子供だけは助けろと、直接連絡があったと聞いています……」
(山崎先生からは政権与党のベテランとしか聞いてなかった部分だ)
「……確かに。藤原さんは携帯を握った状態で発見された記憶がありますね」
『はい、小田部長。当時の通信ログと照合。機能していた通信設備の近くです』
「アダム。九条ちゃんと大臣が一緒に居たのは、どういう経緯か解るか?」
『はい、隼人。後に担当医官が、当時の有栖から聞き取りをしていたと』
「……大臣がトイレから出たところで、集団からはぐれた九条ちゃんを……」
『はい、隼人。記載の通りなら、本当に偶然だったと思われます』
「藤原さんは人望も厚かったと聞きますが、そこまでやる理由は?」
『はい、小田部長。次章にテロ発生の背景情報の記載が』
「アメリカからテロ情報の提供。ただし非公式……」
「大臣は防衛省と警察庁とも情報共有。ただ確証が取れず、対策は見送り……」
『小田部長、隼人。この内容は後の関係者の聞き取り調査によるものと』
「対策できなかったことに対する、藤原さんの無念と意地ですか……」
「アダム。九条ちゃんの頭の怪我と、大臣の怪我に関係は?」
『はい、隼人。担当医官の聞き取りと、大臣との通話記録からここに』
「爆発により少女は頭部を負傷、大臣は背中に……。これは、庇ったためだな?」
『はい、隼人。その後、藤原大臣は有栖を演説台の陰に寝かせ……』
「背中に破片を喰らいながら、携帯が繋がる場所を探して……。凄いな」
『はい、隼人。怪我の為か、有栖の場所は伝えきれていないようです』
「……そうか。だから場所が解らなかったのか。不安で正直怖かった」
「九条さんが生きているのは、藤原さんのお陰ということですね」
「そして、テロは起きてしまったが、その反省が今の日本の姿と」
「そうですね。良い政治家と役人が増えた気がする。この時の反省でしょう」
同時刻。防衛医科大学病院。
有栖が受付で名を伝えると笑顔が返ってきた。
そのまま精神科のフロアに向かい時間を確認し問診室のドアをノックする。
「お早うございます。山崎先生」
「おはよう有栖ちゃん。さぁ、入っちゃって」
「孝之先生もお早うございます」
「あぁ、おはよう。今日は何が聞けるかね?」
「新しいのを手に入れたんで、スラッグ射撃をやってきたんです!」
「もう2挺目かい?今度は何を?」
「BenelliのM3です。好きな銃が持てて、嬉しくて」
「でも、12GAのスラッグといったら、反動が凄かっただろう?」
「はい!クレー用の散弾とは別物ですね!」
「軽い脳震盪を起こしているからね。続けて撃つ時は気を付ける様に」
「はい、そうですね。でも、撃ってるって感じがクレーより強くて」
「楽しいかい?」
「はい!プロセスを踏んで、その結果が的の真ん中って、楽しいです」
(クレー射撃とは別の楽しさを感じてるみたいね)
(空間把握とは別か。球技が日の目を見なかった理由はこれか)
「……孝之先生。私って、やっぱり普通とは違うんですよね?」
「……なんでそう思うんだい?」
「……ほとんど経験がないのに、射撃の結果が良すぎます」
2人の山崎医官は顔を見合わせ頷き有栖に向き直る。
「状態を表す言葉としてサヴァン症候群というものがある。疾患ではないよ」
「……やっぱり、そうなんですね。スッキリしました」
「自分で調べたのかい?」
「はい。クレー射撃もスラッグ射撃も、皆が驚くんです。それで……」
「それで調べてみたら、普通とは違うのではと感じたんだね?」
「いきなりやればできるので……。他にも機械の構造理解とか……」
「……それは、嫌かね?」
有栖は静かに首を横に振る。
「……きっかけは、ちょっと話し難いですけど、特技になっているので」
「嫌でなければ、受け入れてほしい。それが今の自分なのだから」
「はい。仕事でも役立ってます。今度、海外に。あ、守秘義務……。フフ」
「有栖ちゃん。普通とは違う自覚があるならストレートに言うわね」
「はい。山崎先生と孝之先生が言うことは守ります」
「サヴァンのことは黙ってるように。事実として有栖ちゃんは特別だから」
「……はい。解りました」
「何か気になる事が少しでもあれば、私か冴子に相談しなさい。いいね」
「はい、有難う御座います。早速ですけど山崎先生、この後、少し……」
察した山崎冴子医官は夫の山崎孝之医官に目で合図を送り有栖と問診室を出た。
「あなた。有栖ちゃんとコーヒーでも飲んでくるわ」
「有栖ちゃん、私の執務室に行きましょう。その前にコーヒー買って」
「はい、有難う御座います。あの、時間は……」
「午前中は大丈夫よ」
(山崎先生、2人になれる様に気を遣ってくれたんだな)
(好きな人でもできれば、有栖ちゃんは返って目立たないかも……)
山崎冴子医官と有栖はコーヒーを片手に執務室に入る。
「失礼します~。うわ~!英語の本ばっかり!」
(古いのは外科、新しいのは小児科と精神医療。CQB教本は最新版まで)
「CQBは怪我の仕方を理解するためにね。私も孝之も元々外科医だから」
「攻撃方法が解れば、傷の負い方も解るってことですか?」
「あくまで参考ね。でも知識としては、有るに越したことはないでしょ」
「……この2枚の写真、若い頃の山崎先生と孝之先生ですよね?」
「それは卒業と任官の時ね」
「……大学時代から付き合い始めたんですか?」
「フフ。そうね」
「どっちが先に好きになったんですか?」
「……私かと思っていたら、孝之も気にしていたと、後から聞いたわ」
「その……、きっかけは?」
「……有栖ちゃんも好きな人が出来た?」
「え!?……その、好きっていうか、気になるって感じです。……ね」
「それこそ、何かきっかけがあったんでしょ?」
「ここ2ヶ月くらい、表情や声の感じが変わって、イイなって……」
「……その変化を感じるってことは、普段から近くにいる人?」
「……山崎先生、流石に鋭いですね。私のパーソナルAIもそうなんですけど」
「パーソナルAIって、ヘリテイジのことかしら?」
「ヘリテイジってHeritage Projectのことですか?それともAIの名前ですか?」
「……有栖ちゃんのパーソナルAIって?」
「Heritage Projectの検証AIです。運が良いんですよね?凄く優秀です」
(ちょっと待って、整理が必要。近くにいて2ヶ月くらいって風見さん?)
(サヴァン症候群を特技と捉えて海外って、Heritage Project絡みでは?)
「あの……、有栖ちゃん。気になる人って会社の人?」
「え!あ、はい……。その、上司です。ちょっと歳が離れてますけど……」
(有栖ちゃんは、私達が風見さんを知っていることを、まだ知らない……)
「あと、さっき言ってた海外って、もしかしてHeritage Projectの仕事?」
「あ……、えっと……。内緒ですよ、山崎先生」
「え、えぇ……、もちろん。守秘義務よね……」
山崎冴子医官は有栖から聞いた事実に困惑していた。
(有栖ちゃん、私達のせいで、とんでもないことになってるんじゃ……)
同時刻。H&C本社会議室。
「……で、アダム。東京事件とOverProtect設立が、どう繋がるんだ?」
『はい、隼人。隼人は設立に関わっていますが、聞いていないのですか?』
「一自衛官が聞かされる訳がない。まして東京事件絡みとなればな」
『はい、隼人。そうですか。では結論から』
『小田部長、隼人。東京事件の首謀者、犯人は例のアフリカと……』
『……アメリカ提供の非公式情報を元に調査し、結論付けています』
『そして、世界情勢への配慮から、一度は責任を不問にしていますが……』
『いつかの仇討ちのための足掛かりとして、OverProtectを設立したと』
「……」
「……」
感情が乗らないアダムの出力に相反してそれは驚くべき内容。
小田も風見も予想外だったが成り立たないこともないとも感じる。
「アダム。推察も含め構成と言っていたな?コレは、本当なのか?」
『はい、隼人。現状では捜査とファイルの内容に確証は持てません』
「……確証が持てない事が、現時点の救いですね」
「……アダム。仮に事実として、国家が主導していたのか?」
『はい、隼人。事件から街頭の防犯カメラ、Nシステム、通信記録を遡り……』
「……それで実行犯を絞り込んだら、例のアフリカに繋がるのか?」
『はい、隼人。推察を含めた内容ですが、入国経路がそうなります』
「当時から犯人は外国人とされていました。移民問題もこの頃ですか」
「社会情勢と、国内心情を踏まえれば、設立理由にはなります」
「風見さんの言う通り、海外活動の足掛かりを作るには充分な理由ですね」
「嘘ではない理由を隠れ蓑にした、いつかの仇討ちが本命か?」
『はい、小田部長、隼人。仇討ちの可能性は捨てきれません』
「例の動画。決断するAIの登場で、Heritageと仇討ちが繋がってしまった」
『はい、隼人。そうです。ここからは正に私とイヴの推測ですが……』
「HeritageはAIが国力と国防に影響すると考えている。だな?」
『はい、隼人。それは国民の行動と、他国の脅威の2つに置換えられます』
「自身で決断できない国民が増えれば、国力は落ちますね」
『はい、小田部長。国力に関しては、その通りです』
「そして、海外からの影響で思考の外部化が進めば、国防にも影響しますね」
『はい、小田部長。国防に関しても、その通りです』
「九条ちゃんと俺は事件関係者で、自力で思考の外部化を避けたサンプルか?」
『はい、隼人。その認識も私とイヴの推測と同じです』
「始まりは偶然。その偶然が続いて、九条ちゃんと俺っていう必然になった」
『はい、隼人。そう考えるのは、妥当かと』
「ここでの会話もHeritageには筒抜けのはずだが、何も起こらない」
「ってことは、Heritageは日本を想って動いてるんだろ」
『はい、隼人。その認識も私とイヴの推測と同じです』




