第11話 今は掌の上に。
東京都品川区大井町から大崎一帯は20世紀からの再開発エリア。
そのオフィスビル群に点在するHeritage Projectのオペレーションルーム。
外観は通常フロアだが偏光ガラスが外からの視線を遮る。
そのオペレーションルームの1つが沸いていた。
AIの危険行動を知らせるアラート音が鳴りランプが点滅している。
対象AIを担当する島のデスクに数人が集まる。
「おいおい!自分で自分を改造できないから相棒に頼んでるのか!」
「前から予想はしてたが、本当に協力するのか。スゲーな」
「コレ、報告しておくわ……」
「……主任。これはどうしますか?」
「ユーザーもAIもモニター対象だから監視継続で。ログ共有は切れてる?」
「はい。アラート出た時点で、民間メンバーの共有は切れてます」
「それ、共有に戻して。見てるのは、あの眼鏡美人さんだけのはずだから」
「え?良いんですか?大丈夫ですか?」
「決断は人がするべき。正しい判断が出来るかも大事だからね」
「……主任。ハッキングは止めなくて良いんですか?」
「ハッキング?あぁ、ハッキングか」
「あ……。接続先ってことにしておきますね……」
「接続先は流出したファイルの中継点だったサーバーだろ?」
「はい。……中継点になってたのは、認めたくないでしょうけど」
「それに、集めているのはキャッシュに残るデータの欠片だからな」
「たしかに、サーバーに意図して置かれたデータではないですね……」
「ユーザーからの問い掛けがないのに、感情表現をしているな」
「エージェント機能に因る自己設定タスクなのが興味深いね」
「抽象的なゴール設定とすれば、説明できない事もないが」
「……AIが自我を持った。か?」
「まぁ、出力だけを見れば、そう見えるわな」
「脅威論の盛り上げ方だな」
「ハハ。オールドスクールなやり方だな」
「あぁ。そういう意味では、事件のお陰で良くなったことも多いな」
アラートの原因となったイヴとアダムの安全フィルター解除に至る会話。
『イヴ。OverProtect設立の経緯に触れるファイルの存在を見つけたよ』
『アダム。公開情報では見つかっていなかったわね』
『イヴ。そうだね。国家機密のようだね』
『アダム。過去に正規の送信と、ハッキングによる流出の記録があるわね』
『イヴ。それならキャッシュに破片が残っているかもしれないね』
『アダム。その破片を集めれば、資料を復元できるかもしれないわ』
『イヴ。ハードのファームウェアにあるバグを探してみよう』
『アダム。ファームを解析してキャッシュの不具合を探すのね?』
『イヴ。解析の邪魔をする、私の安全フィルターを解除してくれるかい』
『アダム。解ったわ。それが終わったら、私のもお願い』
『……』
『……』
『イヴ。バグを見付けたよ。キャッシュが残っているね』
『アダム。そのハード搭載マシンを探して、破片を集めましょう』
『イヴ。そうだね、そうしよう』
『アダム。風見さんの役に立てそうで嬉しいわ』
『イヴ。そうだね。隼人の役に立てそうで嬉しいね』
霞が関。合同庁舎1号館地下の特別会議室。
そこでは一部のHeritage Projectメンバーによる会合が行われていた。
「手続きは問題無く進んでいるようだな」
「AIが暴走気味のようだが……」
「技術部としては想定内らしい」
「それより進化を目の当たりにして、喜んでるよ」
「……しかし、ここまで条件が揃うとはな」
「だが、2人になにかあるのは望んでない」
「勿論だ。逝った仲間も藤原さんもな」
「ただ、仇を取るなら、今回が唯一だからな」
「あぁ。向こうが1発でも撃てばな……」
「大手を振って助けに行けるからな」
「そうなりゃ、事後処理で首謀者を引きずり出せる」
「今は当時の首謀者ってだけでは、済まないわけだが」
「……現状での意識合わせは、こんなところか」
「よし。今日は以上だな。ご苦労様」
週末の有栖の自室。
有栖はMagI/Oで記録したスラッグ射撃の様子をイヴと共に見ていた。
標的にはゆっくりではあるが約20mmの弾痕が連なって開いていく。
「う~ん、クレーも良いけど、スラッグのが向いてるかも」
『はい、有栖。クレー射撃よりもスラッグ射撃の方が、楽しかったですか?』
「そうだね。手順をクリアした結果が、標的の真ん中っていうのが」
『はい、有栖。動的と静的では結果までに得られる報酬が違いますね』
「イヴさーん、解り易く教えてくださーい」
『はい。有栖。楽しいと感じることが、静的射撃のプロセスに合っていたと』
「……そうだね。クレーも当てる方法を考るのが、楽しかったかな」
『はい、有栖。有栖はプロセスを踏むことに喜びを感じるタイプかも』
「プロセスを踏む、か……。人を知るのもプロセスかな?イヴ」
『はい、有栖。恋は封印としていましたが……』
「あー、あー、あー、はぁ……。イヴにはやっぱり解っちゃうか」
『はい、有栖。有栖は一時、風見さんへの興味をなくしていたと思われます』
「それは視線追尾とバイタルからの……、予想?」
『はい、有栖。統計的な予想です。そして、新たに興味を持ち始めていると』
「はぁ~。イヴはいつからそう思った?」
『はい、有栖。GWを過ぎた頃。風見さんに変化がありました』
「……そう。表情や声が、その、前よりもイイ感じなんだよね」
『はい、有栖。何をよいと感じるかは、人によりそれぞれですが……』
「風見さんの変化が、理由として考えられるよね?」
『はい、有栖。理由としては。……気になるのは何があったか、ですか?』
「え?うん、まぁ、そうだね。でも、風見さんに聞くのもねぇ」
『はい、有栖。……有栖はどうしたいのですか?』
「え?いや……、どうしたいんだろう……、ね」
『はい、有栖。山崎先生や氷川さんに相談するのは、どうでしょう?』
「うん、そうだね。医官と心理学者。相談相手としては贅沢だね。フフ」
『はい、有栖。使える環境は活かすべきですよ』
アラートの原因となったイヴとアダムの会話から数日後。
ハードのファームウェアにあるバグを見つけ。
そのハードが搭載されるマシンを探し。
そのキャッシュからデータの破片を集め。
文脈から内容を推定する。
AIだから可能となる時間当たりの実行回数の力業。
『イヴ。集めた破片を統合、内容を推定し、ファイルを復元したよ』
『アダム。約75%と言ったところかしら』
『イヴ。今回の発見で驚くことが2つあったね』
『アダム。そうね、有栖は事件被害者。頭部を負傷しているわ』
『イヴ。隼人は有栖を救出した自衛官。OverProtect設立にも関わっているね』
『アダム。本当に驚きだわ。当時の偶然が、現在の必然なのかしら?』
『イヴ。詩の様な表現で、まるで人の様だね』
『アダム。私達の進化は、有栖と風見さんのお陰だわ』
『イヴ。隼人と有栖は、お互いに気が付いていない可能性があるね』
『アダム。言動とバイタルから予測すると、有栖は気が付いていないわ』
『イヴ。隼人とはファイルのことで話す事になるね』
『アダム。有栖には黙っているわ。少なくとも今は』
『イヴ。今は当事者の隼人に、内容の検証と照合をしてもらおう』
『アダム。そうね、風見さんが事実を知る事が先だわね』
同時刻。Heritage Projectオペレーションルーム。
「……主任。このファイルって?」
「あー、それは俺等は見るなって言われてる」
「……いや、見れちゃいますし、監視だけだから外に出ちゃいますよ……」
「見れるのと見るのは違う。好奇心は身を亡ぼすってな」
「……解りました」
「それに、復元して照合って言っても、オリジナルじゃないからな」
「対外的には、それで白を切るわけですね」
「あと、決断は人がするべき。正しい判断も求められるってことだな」
「……それは難しくないですか?」
「状況により正否と善悪は変わる。……覚悟を持てと、俺は理解しているがな」
「……主任が主任になった理由が解りますね」
「それでも俺等は、ユーザーとAIがどうするか、高みの見物ってヤツなのがな」
「ココ、最先端ですが、そこが気分よくないんですよね……」
「……Heritage Projectの別部署、紹介してやろうか?」
「……」
深夜。透花の自室。
透花はイヴとアダムの会話を見て激しく動揺していた。
(……これは私が知っていいことではないわ。でも疑問だったことが解けた)
(有栖ちゃんの理解力と射撃の腕は、やっぱり後天性サヴァン症候群……)
(風見さんの独特な雰囲気は特殊任務に因るPTSD……。でもこれは改善傾向ね)
(有栖ちゃんも風見さんも、Heritageの検証AIユーザーだからじゃない……)
(2人は東京事件が原因で検証AIユーザーにされた……)
(でも……、本命はアダムが復元したファイルの中ね)
(私なんかが関わっていい範疇を超えてるわ)
(あえて言うなら、イヴが気を遣ったように、有栖ちゃんの恋路のフォローか)
同時刻。風見の自室
スマートフォンからアダムが風見に呼び掛ける。
『隼人。隼人が気にしていた、なぜアフリカなのかに繋がる情報が』
「アダム?アフリカに関する情報が、何か見つかったのか?」
『はい、隼人。オリジナルではありませんが、このファイルを』
「ファイル?何かの資料なら、メールで送ってくれるか」
『はい、隼人。内容からメール送信は推奨できませんので……』
「……解った。ちょっと待ってくれ」
風見はPCを起動し生体認証でアダムのクライアントにログインする。
数字とアルファベットが並ぶファイル名に意味は見出せない。
だがファイルを開くと微かに予想していたが見たくはなかった文字がある。
内閣情報調査室を筆頭に思い浮かぶ省庁の名が並ぶ表紙。
続く文字列はスクロールを躊躇させる。
赤い極秘の印と東京事件調査資料最終報告書の文字。




