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ドノバンと、手合わせをすることになってしまった。
テオの言うこともわかる。どれくらい戦えるかっていうのは、これから魔獣が出るという森に行こうとしている俺たちにとって、とても重要なことだ。
さっきは体が勝手に、カッコよく動いてくれたし。実戦でもあんな風に動けるのなら、大変ありがたいことだ。木の剣で試せるのなら、試しておいた方が良いだろう。
テオは実際に冒険者として、数々の危機を乗り越えてきているだろうし、体が勝手に反応してくれる、はず。
大丈夫、だよな?
「おい、始めるぞ」
対峙してみると、ドノバンは俺より少し背が高かった。ガタイもいいので威圧感がすごい。
あまり考えないようにしよう。体の動きに身を任せていれば、なんとかなる。
ドノバンが、頭上に木剣を振りかぶり、まっすぐ振り下ろしてくる。速い。俺は木剣を斜めに持って受け流す。重いが、耐えられる。
今度は横から来る。木剣を縦にして止める。もう一度上から、斜め、横と、何度も受け流す。木と木が打ち合う音が響く。
うまくできているようだが、違う。向かってこられるのが、怖い。
さっきから足が動かない。俺の恐怖心が、この体の動きを妨げている。同じ場所で、ただ受けているだけになっている。
ドノバンは、何度も受け流されて苛立っているようで、すごく怖い顔をしている。
「チッ!」
舌打ちすると、ドノバンは力を込めて振り下ろしてきた。受け流すが、重い。堪えきれず、後ろに倒れ込む。剣が手から離れ、地面に落ちる。
しまった。なんとかならなかった。でも、これでおしまいだ。
そう思っていると、ドノバンは再び木剣を振り上げる。冷ややかな目が、こちらを見下ろしている。
ゾクッとした。これはヤバいヤツの目だ。
とっさにうつ伏せになり、体を丸め、頭を抱え込む。
間髪入れず、背中に激痛が走る。
「なんだよ! 弱いじゃねぇか」
二回、三回と木剣で殴られている。痛い。怖い。涙と鼻水が出てくる。
「おい! やめろ!!」
テオの声がする。
助けようとしてくれたのは、すごく嬉しい。でも、テオを危険にさらすことはできない。それなのに、動けない自分が情けなくて、涙が止まらなかった。
「ドノバン! そんくらいにしろよ! やりすぎだ!」
別の男の声がする。冒険者パーティーの人だろうか。
「熱くなりすぎよ、ドノバン」
「ドノバンは強いんだから! それくらいにしてあげなよー」
彼らが止めに入ってくれているようだ。
ゆっくりと顔を上げる。たぶん、涙と鼻水でグチャグチャになっていたのだろう。俺の顔を見たルミィが渋い顔になり、視線を逸らした。
三人が、ドノバンの背を押しながら立ち去っていく。
サフィリアだけが振り返り、軽く頭を下げてくれた。
「大丈夫か?」
テオが駆け寄ってくる。
「ほんと、ごめんな。オレが試してほしいなんて言ったから。こんなことになるとは、思わなくて」
「俺のほうこそ、君の体に傷を……」
涙を拭いながら起き上がる。背中は痛いが、なんとか動ける。
先ほどのいざこざで、少し目立ってしまったようだ。テオと、人気のない場所に移動する。
「何言ってるんだ。痛かったのはユウトだろう」
テオが、俺の服をまくり上げて背中を見てくれる。
「赤く腫れているな、骨折まではいっていないようだが。ギルドの敷地内で、あんなことをするヤツがいるとは」
テオが怒りのにじんだ声でつぶやいた。
ドノバンとの手合わせで、わかったことがある。
俺にはもちろん格闘技とかの経験はないし、やってみたいとも思わない。
相手が向かってくることが、これほどまでに恐怖を感じるものだとは、思っていなかった。剣術に長けたこの体があっても、心は俺のままだ。正直、戦うとか、できる気がしない。
「……魔獣って、強いのか?」
「魔獣は魔法が使える獣のことで、普通の獣よりは強い。森にいた魔獣なら、アイツよりは弱いと思う」
「そうなのか。でも君は、魔獣にやられたんじゃ?」
魔獣にやられて、森で倒れていたはずだ。すごく強い獣を想像していたのだが。
「あれは、休憩しようと荷物を下ろしたところだったし、ちょっと他のことに気を取られていて。普通だったら、大したことはない。さっきのヤツだって、そんなに強くないと思ったから、ああゆう提案をしただけで」
テオ的には、ドノバンは弱そうな練習相手に見えていたのか。
「でも、ユウトは怖かったんだよな。剣を受けている最中も、顔色が悪かったし、足、震えてたよな。すまなかった」
テオが頭を下げてくる。
「俺のほうこそ、君よりずっと大人なのに、何もできなくて。申し訳ない」
俺も頭を下げる。
お互いに顔を上げ、一息つく。
「剣以外だと……やっぱり魔法かな」
テオがつぶやいた。
「君は魔法も使えるの?」
今のところ、回復魔法の存在しか知らない。オレシス先生には、何か魔法のようなことをされたが、よくわからなかった。呪文を唱えるわけでもなく、魔法陣が浮かび上がるわけでもなく、ただ手を当てられただけ。
「というか、魔法は誰でも使える」
……にしては、魔法を使っている人を見かけないな。ホウキで空を飛んだり、物を浮かせたり。この訓練場にも、炎の球を投げたり、氷のつぶてを飛ばしたりしている人は一人もいない。
「みんな使ってなくない?」
「どんなものを想像しているか知らないが、普段はあまり使わないよ」
使えるのに、使わないんだ。
「ひとまず、どんなものか見せるよ」
テオはそう言うと、人差し指を立てた。よくわからないが、その指先を見つめる。
指先がゆっくり光っていく。その光が徐々に上のほうに集まっていき、赤い炎になった。ゆらゆらと数秒たって、消える。
「ふぅ……。こんな感じだ」
「え、これだけ?」
「今の体では、これくらいしか無理だな。しかも、けっこう疲れる」
なにそれ、ショボい。いや、何もないところから火が出せるってすごいけど。俺の思っていた魔法とは違う。
確かに、これで疲れるくらいなら誰も使わないか。火は、火打石とか道具があればつけられるし。
「魔法っていうのは、魔力に形を与える術で、魔力は誰でも持っている。でも、魔力の量には個人差があって、七歳から十歳くらいで保有魔力量が決まってしまう」
成長期を過ぎると身長は伸びない、みたいなものかな。
「必要な魔力量や、難易度によって、初級、中級、上級魔法がある。中級以上が使えるのは二割程度といわれている。上級は何百人に一人ぐらい。中級魔法が使えると、魔術師と名乗れる。回復魔法は中級魔法になる」
テオはつらつらと、必要そうな情報を並べていく。
「テオの体は初級が精一杯だな。ちなみにオレは、上級魔法を使えた。ユウトにも使えると思う」
イケメンで、剣も強くて魔法もすごいなんて、チートじゃないか。
「中級魔術師は基本、手や体から魔力を離すことはできない。絶対にできないわけではないが、距離が広がると、それだけ魔力の消費量が増えてしまうんだ。中級では、そんなことをしたら、すぐに魔力が尽きてしまう」
「魔力が尽きるとどうなるの?」
「完全になくなるまで使うと、命の危険がある。減った魔力は休めば元に戻るが、それなりに時間がかかる」
「あまり使いすぎないようにするよ」
命が危ないのか。あまり使いたくはないな。
「オレの魔力はかなり多い。そう簡単になくなることはないよ」
テオは少し自慢げに言う。
「ただ、上級魔術師となると、国とかが管理するのが通例だ。決して目立たないようにしてほしい」
「え、バレるとどうなるの?」
「最悪、連れて行かれる。監視下に置かれ、自由はなくなる、と思う。国によって対応が違うから、絶対ではないけど、厄介なことになるのは確かだ」
異世界怖いな。
「あまり使ってほしくはないが、中級魔法を加減して使うぶんには大丈夫だろう。ユウトのその傷も治さないといけないし、回復魔法を使ってみよう」
「魔力は、手から出るように意識するのが基本だ。傷のある所に手を置くのが理想だが、今回は背中だし、胸のあたりに手を当ててみて。回復魔法は自分にかけるのが一番簡単で、魔力が高い人の方が治りやすい。そんなに難しくはないはずだよ」
言われた通り、右手を胸に当ててみる。
「体にある魔力を意識して、それを手に集めるように。うまくいくと、手が光りだすから」
体にある魔力とやらはよくわからないが、手に集中、集中。
なんか手が温かくなってきたと思ったら、ゆっくりと光りだした。うまくできているようだ。
「もうちょっと魔力抑えて、光りすぎだから」
ほどほどに、ほどほどに……。
「その光が背中に行き渡るように意識して。傷や痛みがない状態を、イメージするんだ」
ズキズキとしている痛みが、消える、消える。
イメージできているのだろうか。背中が温かくなってきたような気がする。痛みも消えていくようだ。
「できた、気がする」
手の集中を解くと、光も消えた。
テオが背中を確認してくれる。
「ちゃんと治ってるぞ。痛みはどうだ?」
「大丈夫。今は痛くないよ」
よかった。この体の傷を消すことができた。それに、魔法が使えるなら、こんな俺でも役に立てるはずだ。
「回復魔法は傷とか骨折とか、基本的には時間がたてば治るものしか治せない。病気とか、原因のわからないものは無理だ。いろいろ研究している人もいるみたいだけど」
何でも治せるってわけではないんだな。
「中級魔術師の冒険者だと、回復役がほとんどだからな。たまに、身体強化魔法を使って剣で攻撃するタイプもいるけど。あとは、盾役くらいかな。防御魔法」
「魔法で盾をつくるってこと?」
「盾というより、壁かな。魔獣の攻撃は防げるよ。でも複数で襲われたら、まずいか」
「魔獣を近寄らせないような魔法はないの?」
「魔獣を近づけさせない……。そうだ、魔獣よけの道具。以前、店で見たことがある」
「そうゆうのもあるんだ」
道具……魔導具かな? お高かったりするのだろうか。
「冒険者みたいに、戦える人ばかりじゃないからね。普通の人が森に行く時、使うんだよ」
テオは立ち上がり、俺に手を差し出す。紳士的な仕草だ。
「今から、買い物に行こう」
差し出された手を握るが、テオは子供で軽そうだ。引っ張ったら転びそう。俺は体重をかけないように、気をつけながら立ち上がった。




