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「他には誰もいないか、よかった」
テオが部屋に入ってつぶやく。辺りを見渡して、ベッド横の荷物に視線が止まる。俺が持っていたと思われる荷物だ。気になるのだろうか、剣とか。子供って剣、好きだよな。
俺は自分が寝ていたベッドに座り、テオは横の椅子に座った。何かを話したそうだったから彼の行動に従ったが、これでよかったのだろうか。不安になってきた。
「もう一度聞くが、君はテオだよね?」
この子、さっきもそう言っていたな。メリアもドロシーって子も、この子をテオって呼んでいた。意味がわからない。
「えーっと、俺はテオではないよ。俺の名前は、ちょっとわからなくて」
俺の答えに彼は困った顔をする。俺がテオであると信じているようだ。なぜ?
「埒が明かないな……」
話し方が子供っぽくない子だな。賢い子供なんだろうか。
「正直に言った方がいいか……。その、混乱させるかもしれないが、君の中身とオレの中身が入れ替わってしまったみたいなんだ」
これってもしかして、俺たち、入れ替わってる〜。ってヤツ!?
いやいや、入れ替わってないし!
しかし、テオはかなり真剣な表情で俺を見ている。どうしよう。
「えーっと、つまり、もしかすると、君は、この体の本来の持ち主、なのかな?」
「そうだ! それで君は、テオだろう?」
嬉しそうな顔をしているところ悪いが、そうではないんだ。
「チ、チガイマス」
「え……」
テオはポカンとした顔をしている。
俺が最初に思いついた、前世の記憶がよみがえった説は誤りだったようだ。
入れ替わりかー。異世界だし、魔法もあるみたいだし、中身が入れ替わることもあるのかもしれない。実際、俺自身がこんなことになっているし……。何かうっすらとこの子の事を知っている気持ちもある。
「えー、俺はテオではなくて……。覚えているのは、田中悠人という名前で、こことは違う世界にいたということ。気がついた時にはこの姿で、ここにいて……」
伝わるかはわからないが、正直に言ってみる。
テオはポカンとした顔のまま固まっている。
「……違う、世界?」
異世界人であることは隠したほうが良かったか? しかし、この世界のことを何も知らない前提で話してもらわないと、この先俺が困る。
テオは深く息を吐いて、手を頭にやり、髪の毛をグチャグチャと掻き混ぜた。
「ちなみに、君の中身は何歳なんだ?」
「……三十七歳です」
そこ、気になるんだ。そうだよね。自分の体に入ってるヤツのことだもんね。
「けっこうな、年齢だな」
すみません、おじさんです。
「ちなみにオレは十七歳だ」
若い! まだ子供じゃないか。
「あと、このテオって子は十歳らしい。オレが目を覚ましたのはここの孤児院で、テオは日記をつけていてな、それを読んだ」
勝手に読んだんだ。でも知らない所で目覚めて、そこに読む物があったら、誰だってひとまず読むか。
「俺は、ここで目覚めて、少ししたらさっきのメリアさんが来て、本当の名前を言えずにいたら、記憶喪失扱いになったんです」
「……冒険者証はどうしたんだ?」
俺の首元を見ている。冒険者として、ちゃんと首から下げていたのだろう。
「気づいた時には何もありませんでした。落としたのかもって言われましたけど。荷物はまだ確認できていなくて」
「荷物! 見てもいいか?」
少年は立ち上がり、置いてある荷物に手を伸ばす。俺は急に不安になった。この荷物は、今の俺にとって全情報、全財産だ。持っていかれたりしたら、俺はこの世界で為す術がなくなるのではないか。
いや、彼は信用できるはずだ。先ほどの会話もおかしなところはなかったはず……中身が入れ替わった、とか。おかしな話しかしていないな。
「あの、一緒に、一緒に見ましょう」
彼の荷物なのだから、俺には見られたくない物もあるかもしれない。しかし、完全には信じられない。
「そうだな。すまない、オレも少し余裕がなくなっていた」
彼は俺の気持ちを汲んでくれたようだ。二人で荷物を床に広げていく。
旅行用荷物と同じで、服とかタオルとかが入っていた。きちんと整頓されている。彼は几帳面な性格なのだろう。
少年はリュックの奥の方から、小さなカバンを取り出す。見た目はサコッシュみたいだが、綺麗な石がいくつか付いていて、高価そうだ。
「これは、すごく大切な物なんだ」
ジッと見ている。親の形見とかだろうか。
「じゃあ、持っています?」
小さいカバンだし、普通に使えそうだ。
「いや、隠しておいたほうがいいだろう」
そう言って、リュックの奥に入れる。広げた他の荷物も、手慣れた様子でリュックの中にしまっていった。
「冒険者証はなかったな。やはり落としてしまったかな」
「無いとまずいんですか?」
「……冒険者証は、身分証明になるし犯罪者でないという証明にもなる。関所や宿なんかが割引になったりするから、定住者でないなら持っていたほうがいい。その代わり、ある程度依頼を受けないといけなくなるが」
すごく丁寧に説明してくれた。
「再発行とか、できるんですか?」
「できないこともないが、再発行は前回依頼を受けた所でしか受け付けてくれないんだ。そうじゃないと、冒険者証を持っていたことを証明できないからね」
「この街で、依頼は?」
「まだ一度も顔を出してないよ。そもそも、この街に入る前に森にいたんだから。前回の依頼となると、けっこう遠い街まで行かないといけない」
「仲間とかはいなかったんですか?」
「以前少しパーティーを組んだことはあるが、最近は一人だ」
じゃあ、冒険者ギルドで俺のことを調べるって、無理だったんだな。この顔を知ってる人なんて、この街にいるわけがない。
「再発行じゃなくて新規で作った方がいいか。テオの分も作れないかな」
「子供でも作れるんですか?」
「十歳以上なら冒険者になれるよ。十歳から十五歳までは、保護者とパーティーを組むことが条件になるけど。あとは、新規だと紹介状か推薦人が必要なんだよね」
「メリアさんに頼んでみます?」
「彼女は教会の職員だから、身分的には何の問題もないね。ただ、認めてくれるかどうか……」
今の俺は何の身分証明もない、冒険者っぽいだけの人だもんな。
「とにかく、こうなった原因はあの森にあるはずなんだ。テオは冒険者になりたいって日記に書いていたし、そのほうが自由に動ける。元に戻れたなら、オレが責任持ってテオの面倒を見るし」
この三人で入れ替わりが起きたのだとしたら、テオの中身は今、俺の身体の中ってことか。十歳の子供が気づいたら異世界でメタボのおじさんとか、最悪じゃないか? テオ、可哀想。
トラックにひかれたはずだから、病院で目を覚ますだろう。そこで……正直に話したら、精神病院行きかなぁ。食事には困らないかもしれないが、元に戻った時大変そうだ。
「えーと、タナカユウトだったか? 変わった名前だな」
俺が異世界のテオに思いを馳せていると、名前を呼ばれた。
「あー、ユウトで大丈夫です」
「そうか、じゃあユウトはテオの父親の冒険者仲間だったってことで」
「何の話ですか?」
「オレたちを冒険者に推薦して貰うための設定を考えているんだ。さっきメリア先生に、父親の知り合いだって言ってしまったし、そのままの設定でいこう」
彼は片方の腕を組んで、顎に手を当てている。
「テオの父親は冒険者で、数年前に亡くなっている。母親も半年ほど前に亡くなって、そのあとこの街に連れてこられたようだ。日記の一番古い日付は三ヶ月前で、孤児院で日記を書くよう勧められたと書いてあった。どうやらここにはあまり馴染めていなかったみたいだな」
テオ、苦労してきたんだな。今も、きっと、苦労していることだろう。強く生きてくれ。
「ユウトは駆け出しの頃、テオの父親とパーティーを組んでいた、ということにしよう。そこでテオとも会っている。今回テオと会って話をして、少し記憶を取り戻した。ボロが出るかもしれないから、少しだけ思い出したことにしよう。テオの父親のこととテオのこと、あとは冒険者として生活してたこと、くらいかな」
「君は、その、実際のテオに会ったことはあるの?」
「いや、ないよ。森にいたみたいだけど、会ってはいない」
「なんとなく、知っているような、不思議な感じがするんです」
「体が中身に反応しているのかもな。オレは、記憶が微妙に混ざる感じがある。日記のことも何となくわかったし、メリア先生やドロシーのことも知り合いだと感じたんだ」
体の記憶が混ざる……。俺も荷物とか剣を見て、知っているような不思議な感じがした。
言葉がわかるのも、そのおかげかもしれない。これは本当に良かった。言葉がわからなかったら、すごく、大変だっただろう。読んだり書いたりもできるのだろうか。
「あの時はパーティーを抜けてしまったが、テオの父親が亡くなったことを知って心配していた。孤児になったテオを引き取りたい、と。ユウトとオレがそうしたいと言えば、可能だと思うんだが」
「メリアさん、納得してくれますかね」
「まず、その言葉遣いを変えよう。もっと、こう、知り合いの子供が相手だと思って。オレも子供っぽく話さないとな」
知り合いの子供なんていたことないけど。
「あ、そう、そうだね」
「オレのことはテオで。ユウトはユウトでいこう」
「君の本当の名前じゃなくていいの?」
「元の冒険者証は無いし、そのほうが混乱しないだろ」
「俺としては助かるけど」
二人で話していると、遠くから鐘の音が聞こえた。
この音、目が覚めた時にも聞いた気がする。
「これは、食事の合図か? お腹も空いたし、食堂に行ってみるか。メリア先生に話しもしないとな」




