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「こちらが食堂です。昼食の時間は過ぎてしまいましたので誰もいませんが、何か探してきますね。ここに座っていてください」
大きめの部屋に、大きい机が六脚、それぞれにイスが六脚。隅にもイスが何脚か置いてある。
奥の方が厨房になっているのだろうか。女性がそちらに向かっていく。
イスに座って待っていると、彼女は木の器に入った豆のスープと硬めのパンを、二人分持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
食事は温かかったが、あまり美味しいとは思えなかった。汁だくの牛丼が食べたい。大盛りで。
おなかは空いていたようだ。すべて食べ終えると、気持ちが落ち着いてくる。
女性が空いた皿を持って厨房へ行き、戻ってきた。
「では、オレシス先生の所に行きましょうか」
「は、はい」
オレシス先生が何者なのかはわからないが、彼女よりも知識のある人物なのだろう。
彼女に聞けば教えてくれるかもしれないが、内容が理解できないかもしれない。何より、俺から女性に話しかけるなんて、無理だ。
とにかく、言われた通りに付いていくことしかできない。
後ろを歩いていると、彼女の頭頂部が見える。俺の身長は以前より高いようだ。体もスマートだし、若そうだ。歩くだけで息が上がっていた頃とは違い、今なら走ることもできるはず。走らないけど。
少し歩いて階段を登り、また少し歩く。
「ここです」
女性が扉の前で止まり、ノックをした。
「オレシス先生、メリアです」
「はい、どうぞ」
中から男性の声がする。
扉を開いて、彼女と共に部屋に入る。
この人、メリアっていう名前だったんだ。
「先生、昨日回復魔法をかけた人なんですが、記憶障害が出ているみたいなんです。自分の名前もわからないみたいで」
部屋の中は左右本棚に囲まれていて、ハードカバーみたいな分厚い本がたくさん並んでいる。正面に薄いカーテンのかかった大きめの窓。窓から差し込む柔らかい光が、室内を照らしている。
その手前にどっしりとした、一人で使うには大きめの机。机の上は、本や紙が乱雑に積まれている。
「記憶障害? 頭部の損傷が激しかったのかね?」
振り返ったのは、白髪の男性。お爺さんというほどではないが年配の方だ。
「いえ、傷は背中だったんですが、魔獣にやられたみたいで。もしかしたら頭をぶつけているかもしれません」
メリアの説明を聞いて、俺のほうをチラリと見る。
「最近、森に魔獣が出るらしいからな。討伐にでも行った冒険者か?」
「持ち物を見る限り、そうだと思います。ただ、冒険者証が見当たらなくて。カバンの中にしまってあるのかもしれませんが」
「冒険者証は首から下げるよう決められている。どこかに落としてしまったのかもしれんな。もしくは訳アリか」
オレシス先生は、本棚の前に置いてあった丸イスを俺の前に置く。
「東北の森で、通りすがりの冒険者に意識のない状態で救助されました。他に仲間がいたのかどうかはわかりません」
「ふむ……。君、ここに座りなさい」
「あ、はい」
言われたとおり、丸イスに座る。
うつむいていると、額に手を当てられた。徐々にその手が熱を持ちはじめる。光っているようにも感じる。押されているわけではないのに、圧を感じる。一体何をされているのだろう。これが魔法?
「うーむ、特に異常はないみたいだが……。何か違うというか、かみ合っていないような?」
オレシス先生はつぶやきながら、ゆっくりと額から手を離した。
……言ってしまおうか。前世の記憶がよみがえったみたいです、と。この人は知識人のようだし理解してくれるかも。
いや、頭のおかしいヤツだと思われる可能性のほうが高いか。しかも異世界だし。
「少し違和感のようなものは感じるが、よくわからんな。記憶操作や呪いの痕跡もない。もしそういった魔法が使われていたとしても、俺が気づけない時点でどうにもできんしな」
「そうですか。この方、これからどうしたら良いでしょうか」
「……もう一日くらい様子を見てもいいが。そうだなぁ、明日になっても変化がないようなら、冒険者ギルドに連れて行ってくれるか? 彼を知ってる人がいるかもしれん。この見た目なら、ギルドに情報があるかもしれないしな」
「わかりました」
つまり俺は今日ここに泊まり、明日には冒険者ギルドというところに連れて行かれる、と。そこに冒険者の仲間がいるかもしれない。パーティーメンバーかぁ。仲間とか、憧れるよな。
しかし、一人で森で倒れてたってことは……。追い出されたとか、嫌がらせを受けたという可能性もあるな。心配になってきた。
その後、メリアが建物内を軽く案内してくれた。
ここは教会の施設ということらしい。礼拝堂や病院、学校、孤児院などが同じ敷地内に建っている。礼拝堂前の広場から門があるのが見えた。門は開いており、時折人が行き来している。向こうは住宅地なのだろうか。
メリアは病院で回復魔法をかけたり、学校で勉強を教えたり、孤児院で子供の世話をしたりしているらしい。働き者だ。
「ちょっと、テオ! まだおとなしくしてなきゃダメじゃない!」
広場の隅から幼い女の子の声が響いた。
「もう大丈夫だってば! 元気になったから、ちょっと出かけるだけだって!」
もう一人、別の声がする。男の子だろうか。
「かってに教会から出ちゃダメなのよ!」
声のした方を見ると、小学校高学年くらいの女の子が同じ年ごろの男の子の手を引っ張っている。
「あの子たちは、孤児院の子ですね。ちょっとすみません」
メリアが二人に近づいていく。俺もその後を追った。
「ドロシー、テオ、何をしているの?」
「テオが出かけようとするの! 昨日あんなケガしてたのに!」
黒い髪を左右肩のところで結んでいる少女がドロシー、暗い茶色の短髪の少年がテオなのだろう。
ドロシーはメリアに向かって話している。そしてテオは、なぜか俺の方をすごい見ている。この子、うっすらとだが見た事があるような?
突然テオが駆け寄ってきた。俺の腕を引っ張って、耳元にささやく。
「君、テオか?」
ちょっと何言ってるかわからない。
「……テオは、君なのでは?」
困惑した表情になる、テオ。俺も同じような表情をしていることだろう。
しかし、テオは俺の腕を離さない。どうしよう。
「テオ、どうしたの? もしかして、知り合い?」
メリアが腰をかがめて、不思議そうに尋ねる。
「この人、記憶が混乱しているみたいなのよ。そういえば、テオも昨日森で倒れていたのよね。この人を見かけたりしたの?」
この子も森で怪我をしていたのか。俺みたいに魔獣とやらに襲われたのかな。異世界怖いなぁ。
「違う、見たわけじゃなくて……。えーと、父さん! 父さんの知り合い!」
「テオのお父さんって、冒険者だったっていう?」
テオが目を泳がせながら言った言葉に、ドロシーが答える。
「そう! 父さんの知り合いの冒険者。オレとも会ったことがある」
テオは俺の目をジッと見てウインクをし、腕を掴んでいる手に力を入れた。
話を合わせろってことなのだろう。同じ森にいたみたいだし、何か知っているのかもしれない。
「な、なんか、会ったことあるような気がするなー」
すごい棒読みになってしまった。
「メリア先生、この人これからどうするの?」
「本当に知り合いなの? 一応、もう一日様子を見るつもりだけど」
「病院に泊まるんでしょ。オレも今日そっちで寝る。父さんのこととか話したいんだ。メリア先生、いいよね!」
テオは有無を言わせぬ勢いで言い切ると、俺の手を引っ張って歩き出した。
メリアとドロシーは、ポカンと口を開けたまま固まっている。
「……ちょっと、テオ! 病院は反対方向よ!」
ドロシーの声に、テオは無言で方向を変えた。




