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俺は、田中悠人。三十七歳、男性。
一人暮らしのサラリーマン。
友人と呼べるような人は居らず、ただ職場と自宅マンションを往復するだけの日々。
休日もほとんど出歩かず、テレビを見たりゲームをやったりダラダラと過ごす。
外食かスーパーの弁当といった食生活で、健康診断ではいつも肥満、メタボと言われる。
ある日の仕事帰り、トラックにひかれる。
「すいませーん。あの人、目、覚ましましたかー?」
俺は顔を覆っていた手を下げ、声がした方を見た。扉から、若い女性がこちらを覗き込んでいる。
「あー!目が覚めたんですねー」
小走りにこちらに近づいてくる。
高校生くらいだろうか。赤っぽい茶髪を左サイドで高く括っている。毛先はクルクルとして、動くとフワフワ揺れている。細い体にピッタリとした黒い服を着ていて、腰に大きめのベルト。小柄で可愛らしい子だ。
「私、冒険者のルミィって言います。森であなたが倒れていたので、ここまで運んだんですよ。もう回復したんですかー?」
先ほど俺の手を握っていた女性を押しのけて、キラキラした目で顔を覗き込んでくる。
「ルミィ、運んだのは俺だろ」
扉付近にもう一人、大きな男がいた。機嫌が悪そうな顔で近づいてくる。黒い短髪にたくましい体格の若者。濃い緑色の服にはシミのような跡が所々見える。
「俺はドノバン。Cランクの冒険者だ」
ルミィの少し後ろに立ち、首元から紐の付いた四角い金属の板を出してこちらに見せる。何やら文字が刻印されている。Cランクであるという証明なのだろう。
「あ、俺は、その……」
こちらも自己紹介をしなければ。その金属の板を俺も持っていたような……。
首元を確認するが、自分の首には何もかかっていない。
いや、そんな物知らないはずだ。持っているはずがない。
俺はトラックにひかれたはずだ。薄暗い会社からの帰り道、急に横から明るいライトが迫ってきて、そのまま動くこともできず……。
「この方はまだ目覚めて間もないのです。少し記憶に混乱があるようで、もう少し休んでもらって様子を見ないと」
エプロンの女性がルミィを押して彼女を遠ざけようとする。ルミィも負けじと押し返している。二人の女性がベッドサイドで険悪な雰囲気だ。
その後ろで、ドノバンはため息をついている。
「彼の身体は問題なく回復しています。冒険者のお二人はお帰り下さい。負傷者の救助は冒険者の義務です。くれぐれもお礼など求めないように」
俺に話しかけてくれていた時と違い、きつい口調だ。
「無事ってわかったんだからもういいだろ。ほらルミィ、帰るぞ」
ドノバンがルミィの肩を押して部屋から出ていこうとしている。
「えー、もう帰るの?」
ルミィは帰りたくないのか、振り返ってこちらを見てくる。
「あ、あの、助けていただいて、あ、ありがとうございました」
よくわからないが、この二人が俺を助けてくれたことには違いないはずだ。ガタイのいい若者は怖いが、お礼は言わなければ。
「……ああ」
ドノバンはルミィと違って全く愛想なく、冷めた視線で俺を見て、部屋から出ていった。
扉が閉まると、またエプロンの女性と二人きりになる。
「まったく……」
女性はため息を吐くと、あの二人が来る前の優しい笑顔で俺の方を向いた。
「さて、確認ですが、お身体に何か異常は感じませんか?」
異常といえば異常だが、この人が聞きたいのはそうゆうことではないだろう。痛みはないし、痺れもない。それどころか、すごく動けそうな感じがする。
「だ、大丈夫そう、です。体は、問題なさそうです」
「自分の名前はわかりますか?」
名前は田中悠人だ。しかしこれは、この体の人物の名前ではない。言わないほうがいいだろう。
「わからない、です」
「ここはベルクシーアという街で、あなたはここから東北の森で倒れていたそうですが、覚えていますか?」
聞き覚えのない街の名前が耳を通り抜けていく。
「さ、さあ……」
「覚えていることはありますか?」
覚えているのは、田中悠人のことだけだ。
……もしかして、前世とかそうゆうことなのだろうか。死にそうな目にあって、前世の記憶を思い出した! みたいな。それにしても、現世の記憶がまったく無くなってしまっては困るのだが。
つい黙り込んでしまった。女性は困った顔をしている。
「回復魔法は問題なかったと思うんですが、重症だったからでしょうか…。頭部の損傷が激しかった場合、そういった事例があるとは聞いたことがありますが…。ひどい傷は背中でしたが、全身打撲のようになっていましたし。もしかしたら頭をぶつけたりしていたのかも」
ブツブツとつぶやいている。
さっきの若者も冒険者と言っていたし、この女性も魔法とか言っている。さっきの街の名前も明らかに日本っぽくない。異世界、なのだろうか。
いや、田中悠人にとっての異世界であって、今の俺にとっては普通の世界なのだろう。
異世界転生……。
え、どうしよう……。
夢! 夢という可能性もある。そう、夢。死ぬ間際に見ている夢。だからこんなに優しい女性が俺を心配してくれているのでは。昔からデブで不細工だった俺は、特に女性からは汚いゴミのような扱いしか受けてこなかったからな。
夢かー。
ひとまず頬をつねってみた。痛いな……。
「そうですね、一度オレシス先生に見てもらいましょう。何かわかるかもしれません。でもその前に、食事にしましょう」




