5-2
冒険者ギルドで受付を終え、依頼主の場所をギルド内の地図で確認する。街のお店の場所が書かれている地図だ。
碁盤の目のように四角い区画が並んでいるわけではなく、ぐちゃぐちゃだ。迷子になりそう。
所々に噴水や、水汲み場のような物もある。
地図は俺の目の高さにあり、テオの身長では少し見にくそう。
テオと一緒にお店の場所を把握しておく。
扉が開く音がする。誰かが入ってきたか、出ていったか。ふと目をやると、身なりの良い男が入ってきていた。明るい茶色の髪に青色の瞳。ザフィールだ。
ギルド内を見回して、俺に気がつくと、こちらに向かってくる。
「テオさん、よかった。まだ出発していなかったんですね」
嬉しそうに、テオに話しかける。
「ひとまず、外に出ようか」
テオは、子供らしくニコッと笑ってそう言った。
ギルドを出て、噴水のある広場に向かう。
俺、テオ、ザフィールの三人で並んで座る。
「昨日はいろいろとありがとうございました。あのあと、商会の方が来てくれて……」
「コレットは、一緒じゃないの?」
テオが聞くと、ザフィールは少し気まずそうに目を逸らす。
「坊ちゃん……コレットは、まだ寝ていたので。僕は、テオさんたちがまだいるかもと思って、宿屋やギルドのあたりを少し歩いていて……」
「こっちに住めそうなの?」
「はい、アドリーさん……こちらのお店の方がすぐ部屋を用意してくれて。坊ちゃん……コレットと二人で、住むことになりました」
ザフィールが、顔を赤くしながら話している。顔色はだいぶ良くなっているようだ。
「婚約したことを伝えると、なんか、一緒に来ていた商会の人も、アドリーさんも、やっとかーみたいな反応をされまして。坊ちゃん、あの人たちとほとんど話したことないと思うんですけど。おめでとう、とか言われて……私が知らないうちに、仲良くなっていたんですかね?」
ザフィールの気持ちは、見ていてバレバレだったんじゃないかな。コレットは気づいていなかったようだが。
「アドリーさんとは、今後のことも少しお話しして。僕のことは、思っていたよりしっかりしていて安心した。と、言ってもらえたんですけど……。コレットは男ができると変わるんだな。とか言われて」
「まぁ、そういうことにしておいた方が、いいんじゃないか?」
テオの言葉に、ザフィールは嫌そうな顔をしながらため息をついている。
「親には手紙を書きましたし、半年から一年は、ここで二人で働くことになりそうです」
「そっか、頑張ってね。オレたちはもう出発するから。コレットにも、よろしく」
テオが子供っぽい口調でそう言うと、ザフィールは少し寂しそうな顔をして立ち上がり、一礼する。
「では、失礼します」
そのまま立ち去っていった。
依頼主であるお店から、荷物を受け取る。
「中身は岩塩だ。村長の家に届けてくれ」
革の袋に入った、メロンくらいの大きさの物。そこまで重いわけでもない。
何とかリュックに押し込める。
俺はリュックを背負って、フード付きマントを羽織る。少し重くなったが、大丈夫。重量は感じるが、普通に動ける。素晴らしい体だ。
腰に下げた剣が、一番邪魔に感じる。
テオと二人で、村へと続く道を歩いていく。
村に続く道は、踏み固められただけの土の道だ。
その両脇は、ところどころ草の生えた景色が続き、遠くには深い森が広がっている。
風が体に当たり、体温を奪っていくようだ。
途中、荷物を背負った男とすれ違う。商人だろうか。
テオの歩く速度に合わせているが、だんだんと遅くなっている気がする。
「少し、休憩する?」
「まだ、大丈夫だ」
もう三時間ぐらい歩いている気がする。
まだ日は高いのに、辺りが薄暗くなってきた。雲が厚くなり、風が強く吹く。
ポツポツと、マントに水滴が当たる。
雨が降ってきた。
テオも俺と同じようなマントを羽織り、フードを被る。
だんだんと雨は強くなり、足元はぬかるみ、視界が悪くなる。
テオは何も言わず黙々と歩いているが、呼吸が荒くなっているのがわかる。
休憩させたいが、雨の中、地面に座るわけにもいかないし。雨宿りできそうな木も生えていない。
悩んでいると、テオが、ぬかるんだ地面に足を取られ転倒する。
「テオっ」
助け起こすが、テオは泥にまみれてフラフラしている。息も荒い。体力が限界なんだろう。
雨が止む気配はないし、とにかく村に向かうしかない。
「ちょっと、ごめん」
多分嫌がるだろうから、先に謝っておく。
テオの脇と膝裏に手を入れ、そのまま持ち上げる。それなりに重いが、この体ならいける。
「なっ、降ろせよ」
やはりお姫様抱っこはお気に召さないようだ。
無視して、走る。
「ちょっ、おい」
テオは、体力が限界なのか諦めているのか、暴れたりせず、おとなしくしてくれている。
体幹のしっかりしているこの体は、ぬかるみをものともせずに、タッタカ走っていく。
気がつくと、テオは眠っていた。
なるべく雨に濡れないよう、マントでくるんでおく。
ぼんやりと遠くに明かりが見える。
木でできた門があり、その奥に明かりの漏れている家が見える。
ここが目的の村だろうか。
門からは、木の柵が左右に延びている。村を囲っているようだ。
雨が降っているからか、屋外には誰もいない。
門の中に入っても大丈夫なんだろうか。
恐る恐る門をくぐる。文句を言ってくる人はいない。
少しウロウロして辺りを見渡すが、やはり誰もいない。どうしよう。
雨は強く降っているし、マントは濡れて重い。テオを抱っこしている腕も、結構辛くなってきている。
ビショ濡れのフード付きマントの男がウロウロしていたら、完全に不審者だよね。どうしよう。
荷物を運んできたんだから、村長の所に行くべきだろう。しかし、村長の家がどこにあるのかわからない。奥の方だろうか。勝手に奥まで行って怒られないかな。
まずは、門から近い家の人に聞いた方がいいかもしれない。
よし。この家の人に村長の家を聞こう。
ノックすればいいかな。
「す、すみませーん」
テオがいるのでやりにくいが、コンコンとドアを叩く。
反応はない。
木の窓は閉じられているが、隙間から明かりは見えているし、話し声もしている。中に人はいるはずだ。
「すみませーん」
さっきより大きい声で、ドンドンと強めにドアを叩く。
少し待つとドアが開いて、俺よりは少し背の低い、ガッシリした若い男性が現れた。
「あぁ? なんだぁ?」
不審者を見るような目で見られている。
「すみません、すみません。あの、村長のおうちは、いえ、村長のお荷物をお持ちしたんですが……」
自分が何を言っているのか、わからなくなってきた。
「なーに? 誰?」
奥から若い女性も現れる。
この家を選んだのは失敗だったかもしれない。
「なーにー」
女性の後ろから、小さい子供も現れた。
「そ、村長の荷物をお届けに参ったのですが、お住まいがわからず、教えていただけたらと思いまして」
なんとか、最後まで言い切る。伝わったかな。
二人とも二十代前半だろうか。子供は幼稚園児くらい? 皆、明るい茶髪でくたびれた服を着ている。
室内は土間のようになっていて、農具のようなものが見える。農家さん、かな。
「村長のとこ、行きたいの?」
男性を押しのけるようにして、女性が近づいてきた。
ニコニコと微笑んでいる。男性と違って優しそうだ。
「俺は、冒険者で。冒険者証は……」
これは身分証明になったはず。不審者ではない証になるはずだ。
よく考えたら、テオを抱っこしているから出せないな。
モダモダしていたら、テオをくるんでいたマントがハラリと落ちる。
「……この子、テオかい?」
優しそうな顔が一転、テオの顔を見ると、急に渋い顔つきになった。
「あ、はい。俺とパーティーを組んでいまして」
テオはこの村出身なんだから、知っている人がいるのは当然だ。
テオはまだ眠っている。
「へー。あ、村長の家はね、あっちにある倉庫の隣の家だよ。倉庫は大きい建物だから、すぐわかるよ」
村の奥の方を指差して教えてくれる。
微妙な反応だ。村の人たちとうまくいかなかったから孤児院に……とか、テオが言っていた気がする。
「ありがとうございました」
お礼を言って、その家から離れる。
ひとまず、村長の家に向かおう。
奥に向かって歩いていくと、大きくて立派な扉のついた建物が見えた。これが倉庫だろうか。人が住んでいる気配はない。
その横の家は温かい光が漏れ、煙突から煙が出ている。ここが村長の家なのだろう。
「テオ、そろそろ起きて」
村長に荷物を渡すには、起きていてもらわないと。
テオの目がゆっくりと開き、俺の顔を見て、ビクッと震える。
自分が抱っこされていることに気づき、慌てて立ち上がる。恥ずかしかったのだろう。
「すまない。眠ってしまっていた。……ここは?」
キョロキョロと辺りを見ている。
「村長さんの家の前、だと思う」
「村長……」
テオは額に手を当て、ため息をついている。
「なんだろう。すごく会いたくないな……」
テオの記憶が、そう思わせるんだろうか。
村長、嫌な人なのかな。
「でも、荷物は届けないと。ノックするね」
どんな人が出てくるんだろう。ドキドキしながらドアを叩く。
「すみませーん」
「はい、誰だい?」
すぐに人が出てきた。三十歳くらいの、黒い髪にヒゲの生えた男性だ。
村長だろうか。そんなに怖そうには見えない。
「ベルクシーアの冒険者ギルドで依頼を受けた者ですが、村長さんですか?」
「ああ、こんな雨の中、ご苦労だったね」
雨で濡れている俺たちを、家の中に入れてくれる。
奥さんだろうか、女性が俺たちの濡れたマントを受け取り、暖炉で乾かしてくれる。
「その子、テオかい?」
村長がテオに気づく。
テオは俺の後ろで、黙っている。
「今、俺とパーティーを組んでいるんです」
「冒険者になったのか。元気そうで、よかった」
「あ、それで、荷物を……」
リュックを下ろし、中の荷物を取り出す。マントのおかげか、リュックはほとんど濡れていない。荷物も無事だ。
自分の冒険者証を見せて、荷物を渡し、依頼書にサインをもらい、お金を受け取る。商品の代金はまとめて払ってあるらしく、ここで受け取るのは荷運びの報酬だけだ。テオに教えてもらった通りに行う。
これで仕事は終わりだ。
で、どうすればいい? もうすぐ日が暮れるし、泊まれる所とかあるのかな。
そっとテオを見ると、無言で壁を向いている。
「雨はまだ止みそうにないし、今夜はうちに泊まっていくといい」
村長がそう言ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言いながら、いつもと様子の違うテオのことを心配していた。




