5-1
開いた窓から、光が差し込んでいる。
街はもう動き出しているようだ。人々のざわめき、鳥の鳴き声、車輪が進む音。
固いベッドから体を起こすと、テオはイスに座り何か紙を見ていた。
「おはよう、ユウト」
「お、おはよう」
あの別荘から森を歩き、街に着いてから店を探し、目的地にたどり着いた時にはすっかり夜になっていた。
店の人は、コレットの話をするとすぐに別荘に向かってくれた。魔獣よけの魔導具も渡した。
その後、以前も泊まった宿屋に行き、就寝。
昨日は疲れていて、宿屋に着くなりすぐ寝てしまった。
「何を見てるの?」
俺は近づいて、テオが見ている紙を覗く。
俺が見てもいいものかな?
グニャグニャした線に細かく字が書いてある。なんだろう。
「ここが今いるところで、ここがノルディア王国になる」
テオが、ベルクシーアと書かれている箇所を指差し、上の方に滑らせていく。
俺のよく知る日本地図と違って、海岸線が一切ない。島国じゃないならそうなるか。
国の境はよくわからないし、街の名前と位置、山と川のような線があるだけ。川じゃなくて道路かも。
ノルディア王国の方が細かく書かれているようだ。テオが自分の国から持ってきた物なのかな。
これが国境線? 今いるのが……どれが国の名前だ?
よくわからないけど、ノルディア王国がすごく大きい。大国なのかな。
「ノルディア王国って、大きいんだね」
「これはノルディアの地図だからね。大きく描いてあるだけだよ」
「実際のサイズで書かないんだ……」
自国中心で描いていったら、そうなるのかもしれない。
「まぁ、この地図ほどではないが、他の国よりは大きいよ。もしかして、ユウトの世界には精密な地図があるのか?」
「あ、うん。自分がどこにいるのかもわかるし。目的地にどうやって行くかもわかる。その場所がどんな景色なのかも……」
今、スマホがあったらどんなに便利だろう。
「それは……地図なのか?」
テオは手元の地図を見ながら、不思議そうにつぶやく。
この紙の地図でそれができたら、すごいな。
俺は地図のことじゃなくて、スマホのことを話してしまった。まぁ、いいか。
「その、ノルディア王国には、何か乗り物で行くの?」
電車はないにしても、馬車とか?
「ユウト、馬は乗れるか?」
「乗ったことないです」
「テオも乗ったことないだろうな。オレが前に乗って……後ろの方がいいか?」
「馬車とかは? ないの?」
彼は乗馬経験者のようだが、今の俺とテオでは無理だと思う。やめてほしい。
「街から街へ行く馬車はあるが。直接ノルディアに向かう馬車なんてないから、乗り換えたり、歩いたりしないと。馬車はあまり好きではないんだが」
「すごい揺れるとか?」
アスファルトで舗装されていない道だと、ガタガタだよね。乗り物酔いしそう。
「それもあるが、庶民の馬車は人をたくさん乗せるんだ。人との距離が、すごく近くて……」
満員電車みたいなのかな。
毎日乗っていたが、あの状態で何時間も揺れる乗り物に乗るのは辛いかもしれない。
「護衛の依頼とかで、商人の馬車に乗ることもできるが……」
「ザフィールさんに頼んでみるとか?」
大きな商会みたいだったから、国を跨ぐような商売をしているんじゃないかな。頼めば乗せてくれるのでは?
「彼らには、なるべく行き先を知られたくないんだ」
そういえば、どこに行くのか、彼らにいっさい話さなかったな。身バレを警戒しているのかな。
「護衛の依頼は、ランクがC以上じゃないと受けられないし……」
テオが突然立ち上がり、額に手を当てて俯く。
「あー、そうだ。依頼……。Eだと、月に二、三件はこなさないと。せっかく作った冒険者証が無駄になる」
俺は冒険者ギルドで何の説明も聞かなかったが、そういうシステムなんだ。
「ひとまず、ギルドに行くか……」
テオが前髪をかき上げながらつぶやいた。
一階の食堂でご飯を食べて、冒険者ギルドに向かう。
「できれば、荷運びとかの依頼で、移動しながら達成できるものがいいんだが」
「依頼を受けた所に戻ってこなくてもいいんだ?」
「事前に言っておけば問題ない」
冒険者ギルドは、前回来た時より人が多かった。俺はフードを深く被り、テオの後ろに引っ付いている。
ドノバンとか、いないよね? あのイカつい男にボコボコにされたことを思い出すと、背筋がゾッとする。
テオは掲示板の前で立ち止まり、張り出されたものをじっくりと見ている。
『Aランク討伐依頼。ブロル山にてレッドベアの魔獣……』
『Bランク討伐依頼。西の森。シルバーウルフの群れ。十頭以上確認……』
『Cランク調査依頼。東北の森。魔獣の状況確認……』
『Cランク護衛依頼。王都まで荷馬車の安全確保……』
ランクと依頼内容の見出しが見える。その下に細かい字で、詳細や報酬金額も書いてある。
他にも何枚かあるが、討伐依頼はAランクとBランクばかりだ。
Eランクを探す。
『薪割り』『掃除』『馬の世話』『屋根の修理』
……雑用ばかりだな。
横を見ると、テオが手を伸ばして依頼の紙を取ろうとしていた。全然届いていない。
「これ?」
俺はその紙を引っ張って取り、テオに渡す。
少し上が破れたが、他の人もこうやって取っていたし大丈夫だろう。
「ありがとう」
そう言って、テオは依頼の紙を見ている。
荷運びの依頼のようだ。
テオは俺の腕を引っ張って、誰も座っていない長イスの方に連れて行く。
「これは、テオが住んでいた村だ」
隣に座ると、テオが小声で話し始める。
「どうやら、母親が亡くなって少しの間は、村人がテオの面倒を見ていたみたいなんだ。でもテオはそれを受け入れられなかったようで、結局孤児院に入れられる。突然連れてこられたみたいで、荷物も何もなく、母親の思い出の品も持ってこれなかったようだ」
テオが持っている紙には、ヴァイハ村と書かれている。
「まだ残っているかはわからないが、何か探してあげたい」
彼の……フェリクスの母親も亡くなっているんだっけ。
昨日の話を思い出す。
「村に行くなら、もう少しテオの情報が必要だ。今のところ彼の日記しかなくて。日記によると、父親はすごい冒険者で、強かったらしいが。本当にやり手の冒険者なら、街に家族を呼んでいるはずだ。村に妻と子供を置いて出稼ぎなんて……。どんな人物かはわからないが、本当に冒険者だったのなら、ここで依頼を受けていたはずだ。何か情報を聞いてきてくれ」
テオが俺の目を見つめて言う。
「……俺が?」
「テオには聞かせられないような内容かもしれない」
俺が一人で聞いてくるの?
確かに、父親のあまり良くない話なら、本人に聞かせないほうがいいけど。
「君はテオの保護者だから、教えてもらえるはずだ」
そう言って、テオは自分の冒険者証を俺に手渡してくる。
「これを見せればいいだろう。オレはここで待っているから」
「わ、わかった」
そうは言っても、何を聞けばいいのだろうか。
「すみません、あのー」
人がいなくなった時を見計らって、受付に声をかける。
「あっ、ユウトさんですね。どうされましたか?」
いきなり名前を呼ばれて、ビクッとしてしまう。
見たことのある、黒い髪の若い女性。前来た時に、冒険者登録をしてくれた人だ。
俺のこと、覚えているんだ……。
「えーと、少しお聞きしたいことがありまして……」
「依頼でしたら、あちらの掲示板にある紙を持ってきていただければ受付できますよ。内容にご不明な点がありましたら、依頼書を持ってきてからお聞きくださいね。それとも、何か個人的な質問ですか? 私、もうすぐ休憩時間なんです。もしよろしければ、そこでもっと詳しいお話を……」
急にいっぱいしゃべってくる。
「はい」か、「ああ」か、「……」無言以外の言葉は、想定していなかった。
前はこんなにしゃべってこなかったのに。
「あの、俺の連れの子の、ことなんですけど……」
テオの冒険者証と、自分の冒険者証を見せて、何とか話を切り出す。
「テオの父親のことを、教えてもらいたくてですね。本人は、父親のことをすごい冒険者だったと言っているんですが、もうちょっと詳しく知りたいと思いまして……」
受付の女性は冒険者証を見ながら、不思議そうな顔をする。
「ユウトさん、テオさんの父親とお知り合いだったのでは?」
紹介状に書いてあったのかな。よく覚えていらっしゃる。
「ず、ずいぶん前のことですし、俺も少し記憶があやふやで。そんなに、すごかったのかなぁって、思って」
テオも何か疑っていたし、そこまでおかしなこと言ってない、よね?
「ちょっとお待ちください」
女性はニコッと微笑んで立ち上がり、奥の部屋に入っていった。
なんとかなったのかな。
後ろのイスに座っているテオが気になるが、キョロキョロするのもなぁ……と思い、ジッと待つ。
「えーと、こちらですね……」
戻ってきた女性は、微妙な顔で何枚かの紙を俺の前に並べる。
「三年経つと処分してしまうので、これだけしかありませんが」
「ありがとうございます」
お礼を言って、並べられた紙を見る。
『Bランク討伐依頼……』
細かい内容の後に、受注日と達成日。パーティーの名称。そして一人の名前。ネルス、Dランク。
別の紙を見る。同じくBランク討伐依頼。一枚目とは別のパーティーの名称と、一人の名前。ネルス、Dランク。
三枚目、四枚目も同じ。
「息子さんには、何と言っていたか知りませんが。ネルスさんは、いわゆる荷物持ちですね。よく、Bランクのパーティーの討伐依頼に同行していたようです」
「そ、そうですか」
荷物持ち……。強かったわけではないようだ。
「二年前に亡くなるまで、いろいろなパーティーに同行していますね。報酬でよく揉めていたようです」
女性は手元の紙を見ながら教えてくれる。そっちは、俺に見せられないもののようだ。
「荷物持ちは、普通のDランクの依頼よりは報酬が良いですが……。パーティーの人たちの気持ち一つで変わってしまいますし、自分の身は自分で守らないといけません。見捨てられたり、最悪、囮にされることもあります。ネルスさんは二年前、依頼遂行中に亡くなっていますが……。同行したパーティーの方は、助けようと思ったが助けられなかった、と。彼の冒険者証は返されましたが、所持品は特になかったとされています」
つまり、報酬を盾に無茶な要求をされた上に、囮にされて死んじゃったかもしれないってこと? しかも所持品奪われてるんじゃない?
「ギルドでは、パーティーメンバーの報告を記録しておくことしかできません。ユウトさんも、十分気をつけてくださいね」
証拠は何もないし、自己責任ってことなんだろう。
異世界、怖いなぁ。
「はい、ありがとうございました」
ひとまずお礼を言って、席を立つ。
テオの所に戻ると、先ほどの話を小声で話す。
本物のテオには伝えたくない内容だ。受付の女性には、全部話したと知られない方がよいだろう。
「やっぱりそうか。テオにはまるで自分が討伐したかのように語っていたのだろう」
息子には、立派な父親だと思われたかったのだろう。
「……まぁ、なんとかなるか。この依頼、受けるか」
テオが手元の依頼書を見てつぶやく。
お店の商品を村長に届ける依頼だ。
「この村から次の街に行けばいいし、ここなら夜までには着くだろう」
テオともう一度受付に行く。
受付の女性は、少し哀れみを含んだ視線をテオに向けたが、彼は淡々と依頼の紙を渡し受付作業を終わらせた。




