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俺たちは荷物を持って、ザフィールとコレットのいる部屋に向かう。
さっきザフィールはコレットに告白していた。コレットは嫌そうではなかったけれど、どうなったのだろうか。
ゆっくりと扉を開くと、室内の光景が目に飛び込んできた。
立っているコレットが座っているザフィールの頬に手を当て、唇を合わせている。
「ん……」
ザフィールの吐息がこぼれ、閉じていた目が開く。潤んだ瞳がゆっくりとこちらを見た。
「おい、ユウトどうした……」
俺の後ろにいたテオが顔を出すのと同時に、ザフィールがコレットを突き飛ばした。
派手な音を立てて、コレットの体がイスと共に倒れていく。
「な、何してるんだ?」
テオが机に近づき、向こう側にいる二人に問いかけている。
「坊ちゃん! す、すみません。力が入りすぎてしまって」
ザフィールが、ひっくり返っているコレットを助け起こしている。
「ユウト、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
テオの心配そうな声が聞こえる。どうやら俺の顔は、赤くなっているようだ。
今、何を見たのだろう。
キス……していた?
さっき告白して、もうキスするの? 早すぎじゃない?
「何をしていたんだ」
ザフィールに支えられているコレットを、テオが問い詰めている。テオは何も見ていないようだ。
「あ、その、ちょっと、口が、当たってしまった、だけで……」
コレットは明後日の方を見ながら口ごもり、ザフィールは恥ずかしげにうつむいている。
俺の目には、けっこうブチューっとやっていたように見えたが……。
テオが冷たい視線で二人を見ている。振り向いて、俺を見る目も冷たい。
「はぁ、まあいい。で、どうするか決めたのか?」
四人でイスに座る。
「えーと、ひとまず婚約しようかなって思ってて」
締まりのない顔でコレットが言う。ザフィールも恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「ベルクシーアに店舗があるから、そこで働かせてもらおうと思う。以前父さんは勉強になるからって、地方の店で半年ほど働かせるって言っていたから。それが嫌で学校に行ったんだけど……」
「旦那様からのお手紙でも、学校に戻る気がないならその店に置いてくるよう書かれていましたので、大丈夫だと思います」
「え、そうだったの?」
ザフィールの言葉に、コレットが驚いている。
「はい。ベルクシーアの店の、アドリーさんという方なんですけど。その方も、坊ちゃんが来るならビシバシ鍛えてやると、仰っていました」
コレットが嫌そうな顔をしている。
彼が知らなかっただけで、すでにそういう話が出ていたんだろう。
「ですので、坊ちゃんが心を入れ替えて熱心に働けば、半年はそのまま……」
ふと、何かを思い出したようにザフィールが止まる。
「……坊ちゃんは、私?」
「そうだ! 僕じゃなかった。コレット、頑張って!」
坊ちゃんが心を入れ替えて、真面目に働いてくれることを願っていたであろうに。悲しげな表情のザフィールが可哀想。
「君も一緒に働くに決まってるじゃないか」
テオがコレットに鋭い目を向ける。
「婚約するんだろう。君がザフィールのサポートをするんだよ。それに、元に戻った時どうするんだ」
テオの正論に、コレットがたじろぐ。
「だいたい、君の方が大変だと思うよ。料理も掃除も、何もできないだろう」
「そ、それは、コレットが……」
「コレットは君だよ」
キツすぎるテオの言葉に、コレットは黙ってしまった。
「えーと、私が教えますので。坊ちゃん、頑張りましょう」
ザフィールがコレットに優しく話しかける。
「も、もちろん、僕も頑張るよ。コ、コレットと結婚するんだし」
結婚というセリフを嬉しそうに口にしている。
「……結婚は、その見習い期間が終わったらするのか?」
「それでもいいし……。コレットが、体が戻ってからじゃないとって言うから」
「そ、そうか……」
テオが少し気まずそうにつぶやく。
こうなってしまった責任を感じているのだろう。
「テオ……じゃなくてユウトか? 実際はいくつなんだ?」
コレットが、急に馴れ馴れしくテオに話しかける。
「十七だけど」
「僕は十六歳だ。同じくらいだなって思っていたんだ」
「そうか。それで?」
テオが冷たくあしらっている。
「ユウトはしっかりしているから。これからもいろいろ相談に乗ってくれよな」
これは……友達認定されたんじゃないかな。
自分たちのために今後のことを考えてくれて、結婚まで後押ししてくれた。と、思われているんじゃないかな。
テオが頭の痛そうな顔をしている。
「オレのことは、テオでいい。それと、君たちも呼び方と口調を直した方がいい」
あえて返事をせずに、話題を変えた。
「君はコレットで、君はザフィールだ。これから会う人にはそのように振る舞わないと、おかしくなったと思われるぞ」
「そ、そうですね。そうだな? そうか?」
ザフィールがブツブツつぶやいている。
「えーと、わかりましたぁ。気をつけますぅ」
コレットは少し高く、甘い声を出した。
ザフィールがバッとコレットを見る。
「うふ。ザフィ」
コレットが、ニコッと可愛らしく微笑んでいる。
ザフィールが苦虫を噛み潰したような顔をしている。テオも同じような顔をしていた。
「ぼ、坊ちゃん、じゃ……ないんですか?」
「婚約者なんだもん。ザフィでいいでしょ!」
そういえば、ザフィって呼ばせたがっていたね。
「ザフィはともかく、そのしゃべり方はやめて下さい」
「えー、女の子なんだしぃ、コレットも普段はこういうしゃべり方してるんじゃないの?」
「しません。……そういうのが、好みなんですか?」
「好みっていうかぁ。コレットはあんなに可愛いんだから、しゃべり方とかも、もっと可愛くしてたらいいのにーって、思ってて……」
自分で言って、自分で照れている。ザフィールも可愛いと言われて照れている。
若い二人が楽しそうにお話ししているのを見て、ほっこりする俺。
隣のテオは、うん。イラついている。ため息もついている。
「お腹空いたな。コレット……は、私だから……ご飯」
コレットが困った顔でザフィールを見ている。
俺も空腹を感じている。
「そうですね、何か用意しましょう。コレット、手伝って……手伝え?」
ザフィールがブツブツ言いながら、コレットと共に部屋を出ていった。
「はー」
テオが机に突っ伏している。
「なんか、疲れた……」
「今日はいろいろあったもんね」
まだ昼を過ぎたくらいだが、一日以上経っている気がする。
「なんとか、魔導具は手に入ったし、あとは、アイツの所に行って……」
そのまま、テオは眠ってしまったようだ。小さな寝息が聞こえる。
俺たちはこれから、どこに行くんだろうか。遠い所なのかな。
そこで修理とかして、元に戻れたら、もう二度とザフィールとコレットには会えないだろう。元に戻るところを見届けることはできない。
全部、うまくいくといいな。
元に戻った後のことは、全部彼に投げることになるけど。それまでは、俺にできることをやっていこう。
スヨスヨと眠るテオを見ていたら、ザフィールたちが戻ってきた。
「ご飯、できましたわー」
コレットが嬉しそうに机に料理を並べる。
テオが眠そうな目で起き上がる。
サンドイッチのようなものかな。パンの間に肉とチーズが挟まれている。
「ちゃんと、作れたんですわよ」
「具材、重ねただけじゃないですか……」
呆れた口調で、ザフィールが手際よくお茶を淹れてくれる。
コレットが、さっそくパクリと食べて、お茶を飲んでいる。
俺とテオも頂くことにする。とても美味しい。
「コレット、君、本当にちゃんとやっていく気はあるのか?」
テオがコレットのメイドらしくない行動を見ながら、問いかけている。
「えー、ありますよぉ」
「もし、君がザフィールに嫌われたり、周りに婚約者として相応しくないと思われたら、どうなるかわかるか?」
「んー? どうなる、かな?」
「婚約解消されて、別の男と結婚させられるぞ」
「……そうなの!?」
「……そうですね。父の元で働いている人と結婚させられると思います。その人は、真面目でとても仕事のできる人だそうです。お会いしたことはないんですが。坊ちゃんと、その、こういう関係にならなかったら、その人と結婚していたと思います」
ザフィールの話に、コレットが食べていたサンドイッチを机に落とす。
「コ、コレットは結婚しないで僕のこと待っててくれたんじゃ……」
「いえ、坊ちゃんには婚約者がいらっしゃると思っていましたし、私は別の人と結婚するつもりでしたよ」
コレットが悲痛そうな顔でザフィールを見ている。
「まあ、間に合ったんだから、よかったじゃないか」
涙目になっているコレットに、テオがフォローをしている。
「坊ちゃんが、もっとちゃんとコレットとして振舞わないと、そうなるってことですよ。その姿で知らない男性と結婚なんて、嫌でしょう。テオさんも心配して、忠告してくれているんです」
坊ちゃんは、コレットが別の男と結婚するつもりだったと知ってショックを受けている。コレットは、坊ちゃんが男と結婚することにショックを受けていると思っているのかな。
「僕、じゃなくて、私、頑張ります。ちゃんとコレットとして振る舞うし、元に戻った時のために、ちゃんと仕事もするから」
コレットが真剣な顔で、決意表明をしている。
とにかく、きちんとやる気になってくれたなら、大丈夫かな。
「まあ、なるべく一緒にいて、助け合ってくれ。君が一番大変だとは思うが」
テオがザフィールに話しかける。
「はい、不安ですけど。私も坊ちゃんと一緒になれるよう、頑張ります」
そう言って、少し嬉しそうに微笑んだ。
食事が終わると、コレットがザフィールに指示されながらお皿を片付けていく。二人で部屋を出ていき、少しして、ザフィールが一人で戻ってきた。
両手に収まるくらいの、重そうな袋を持っている。
「テオさんに、これを……」
テオの前に、その袋を差し出す。金属が擦れる音が響く。
「今回の依頼に対する報酬です」
ザフィールはそう言って、イスに座った。
お金が入っているのかな。なんか、多くない?
テオは中を見ずに、そのままザフィールの方へその袋を押した。腕が短いので、座ったままだと少ししか動かない。
「報酬はあの魔導具でいいから。魔力の注入時に爆発して、残骸を渡したことにでもしておいてくれ」
「しかし、これから魔導具に詳しい方の所に行かれるのでしょう。旅費として、お使い下さい」
「必要ないから、気にしないでくれ」
「それに、足の治療のことも……」
テオの目がスッと冷たく光る。
「ザフィール、これは君の父親のお金だろう」
「これは、旦那様から自由に使ってよいと言われているお金で……」
「君は、これからコレットと二人で生活していくんだ。父親に誠意を見せたいのなら、このお金には手をつけない方がいい」
「でも……」
「君は、お金を渡すことで約束を守らせたいのだろうが、そんなことは心配しなくていい。こちらも事情があって、詳しいことを教えることはできないが、信じてほしい。必ず、連絡するから」
テオは真剣な目でザフィールを見つめている。
ザフィールの瞳がゆらりと熱を帯びる。
「はい、連絡、お待ちしております」
優しく微笑み、深く頭を下げた。
「コ、じゃなくて、ザフィ。言われた通りにお皿洗ったですけど、どうですかぁ?」
コレットが変な言葉使いでザフィールを呼ぶ。
「はい。確認してきますので、コレットはここにいてくれ? ここにいろ?」
ブツブツ言いながらザフィールが部屋を出ていく。代わりにコレットが席に座る。
「ちゃんとお皿、洗えましたよ」
ニコニコしている。
ちゃんと洗えたんだろうか。今頃ザフィールが洗い直しているのでは。
「そうだ。君、あの魔導具を買った店のこと、覚えてるだけでいいから、教えれくれ」
テオが身を乗り出して質問している。
コレットは、王都の通りの名前や店の名前を出して説明しているようだ。
テオは王都とやらに行ったことがあるのだろうか。
俺にはさっぱりわからない話が、右の耳から左の耳へ通り抜けていく。
開いている窓から外が見える。ゆらゆら揺れる湖の光が、徐々に赤みを帯びてくる。
ザフィールが戻ってきた。家のことでもしていたのだろうか。部屋を出てから、結構時間が経っていた。
「オレたちは、そろそろ街に戻るよ」
テオが立ち上がり、荷物を手にする。
「君たちも、穴の開いた家に二人でいるわけにもいかないよな。連れが街にいるんだろう? 今日中にここに来るよう、伝えておくよ」
「あ、ありがとうございます。お店の場所は……」
連れの人は、店の近くに滞在しているようだ。細かい場所を、テオに伝えている。
「あと、ザフィール。君の体はあの魔導具に魔力を注いでいたせいで、とても調子が悪くなっている。あまり無理しないで、体調には気をつけてくれ」
「なんか、すごく疲れやすいと思っていました。坊ちゃん体力ないなって……。魔導具のせいだったんですね」
ザフィールはそう言って、ネックレスのようなものを取り出す。コレットが首から下げていた、魔獣よけの魔導具だ。
「これを、店の人に渡してください。私が頼んだとわかってくれるはずです」
それをテオの首にかける。
「本当に、ありがとうございました。連絡、お待ちしています」
テオの耳元で囁いて、体を離す。
ザフィールは俺の方を見て、優しく微笑んだ。
「ユウトさんも、お気をつけて」
「二人とも、気をつけてね」
コレットも俺とテオに握手をして、送り出してくれた。




