4-2
放心状態の二人を連れて、部屋を出る。
壊れた壁はそのままだが、室内にあった箱や荷物を移動して柵のようにしておいた。魔獣はもう来ないと思うが、念のため。
最初にお茶を出された部屋で、あの時と同じように座る。
俺の右隣にはテオ、正面には中身がザフィールのコレット。テオの正面には中身がコレットのザフィール。
配置は同じだけど、絵面が違う。
「これは夢、夢ですよね」
ザフィールは青白い顔で、ブツブツつぶやいている。
コレットはいきなり自分の胸を両手で包み込んだ。
「へへ、柔らかい」
ニヤニヤしている。俺は今、最低なものを見せられているのかもしれない。
「なっ、何してるんですか!」
ザフィールが立ち上がり、声を荒げた。
コレットがビクッと震える。
「夢なら、いいかなって、思って……」
消えそうな声で弁解している。
同じ男として、ザフィールの気持ちはわからなくもないが。今はちょっと、我慢してもらいたい。
コンッとテオが机を叩いた。
さっきからずっと無表情なままだ。ザフィールが静かにイスに座る。
「夢じゃない。ザフィールはコレットの体に、コレットはザフィールの体になっている。君たちは中身が入れ替わってしまったんだ」
二人は、今までと違う口調のテオに戸惑っているようだ。
「今回のことは、オレが原因だ。申し訳なかった」
スッと立ち上がり、深く頭を下げている。
これ、俺も頭を下げた方がいいのでは?
立ち上がろうとしたが、テオに手で制される。
「ユウトのせいではない。オレがやろうって言ったんだ」
俺だって賛同したんだし、魔力を入れたのも俺だ。どちらかと言うと、俺のせいでは? いや、起動したのはテオか……。起動しろって言ったの、俺じゃん。
考えているうちに、テオは座ってしまった。
「正直に話そう。実は、君たちと同じようにオレとテオも入れ替わっている」
オレとテオも?
その説明だと、まるで俺がテオの中身みたいじゃないか。
俺の存在がないことにされている。ややこしくなるからかな。
まぁいいや、黙っていよう。
「お二人も、入れ替わっているんですか?」
ザフィールが、押し殺したような低い声で言う。
「そうだ。ザフィール、君が溜めていた魔力が消えた日。オレとテオは入れ替わってしまった。君があんな魔導具を買って試そうとしなければ、こんなことは起こらなかった」
テオがコレットをにらみつけている。
そういえば、昨日の夜もザフィールのこと怒っていたな。
「確かに、テオ君は、年の割には随分しっかりした子だなって思っていました」
ザフィールは、正面のテオを見ながら話している。
「ユウトさんも、そんな見た目なのに全然しゃべらないし、目も合わないし、ちょっと、その、変な人なのかなって思っていましたけど。そうですよね。子供なのに、こんな訳のわからない状況になって、とても不安でしたよね」
慈愛に満ちた表情で俺に微笑みかけてくれる。
そんなに優しい顔を向けないでほしい。本当は全然子供じゃないし、おじさんだし。
というか、今までずっと、変な人だと思われていたのか。
「坊ちゃんのせいで……。申し訳ございませんでした」
ザフィールは立ち上がり、深々と頭を下げる。
隣でコレットはオロオロしている。
「坊ちゃんも謝ってください!」
「も、申し訳ございませんでした」
二人で頭を下げている。
テオの怒りも少し落ち着いたようで、大きくため息をついた。
「オレも君たちに同じことをしてしまった……。座ってください」
席につくと、コレットがザフィールに小声で話しかける。
「つまりあの魔導具は、魔力が増えるんじゃなかったってこと?」
「そうですよ、中身が入れ替わる魔導具だったってことです。しかも、坊ちゃんが最初にお二人を入れ替えたんです」
「じゃあ、助けてくれたお礼を言いに来たってのは……」
「嘘だよ」
テオが冷たい声で口を挟む。
「オレとテオが知り合いだったというのも、嘘だ。二人とも教会に運ばれたので、そこで気づくことができた。お二人が教会に運んでくれたことには、大変感謝している。冒険者なのは、本当。原因を調べるために、急いで冒険者になって森に来る必要があったからね」
「この状態は、元に戻るんでしょうか?」
「オレにもわからないよ。もう一度起動すれば元に戻ると思っていたが、結果はこれだ。もともと何かおかしいのか、壊れているのか。これ以上、下手に試すのは危険だ」
「じゃあ、二度と戻れない、可能性も……」
ザフィールの顔色は相変わらず悪い。
「オレは、このままでいるつもりはない。知り合いに、魔導具に詳しい人物がいるから訪ねてみるつもりだ。それで、あの魔導具を貸してくれないか?」
テオがコレットの方を見て言う。
「も、もちろん。貸すっていうかあげるよ。あんな変なもの」
「ありがとう。オレたちが元に戻れた時には、きちんと連絡するから」
「よ、よろしくお願いします!」
コレットは座ったまま頭を下げる。
「よろしくお願いします」
ザフィールも一緒に頭を下げている。
「それで、どこにお運びすればよいのでしょうか。その人物の場所を教えて頂いてもよろしいですか?」
「それについては問題ない。こちらで何とかするから」
テオは淡々と突き放すように話している。
「わかりました」
あの大きな魔導具をどうするんだろう。俺が運ぶのかな。リュックに入るかな。サイズ的に無理では?
「君たちはどうするんだ?」
テオは魔導具の話を切り上げ、目の前の二人に視線を向ける。
「え、あ、どうしよう……」
コレットが不安そうにザフィールを見る。
「一度、旦那様に相談して……。わかってもらえるでしょうか」
「難しいと思うよ。君たちだって、オレたちが最初にこの話をしたとして、信じたと思うかい? 君の父親が、どれほど理解のある人物かは知らないけど」
「坊ちゃんにはかなり甘い人ですが、ついに頭がおかしくなったと思われる可能性もあるかと」
「ついにって何だよ……」
コレットがボソッとつぶやく。
「もし君たちがどこかに連れて行かれたり、連絡が取れないような状況になってしまっても、オレは何もできないからね」
「そう、ですよね。下手に話すと、私はともかく、坊ちゃんは家から出してもらえなくなるかもしれません。あ、つまり私が……」
「こちらとしては、ベルクシーアにでも滞在してもらって、必ず連絡が取れる状態でいてほしいが」
ベルクシーア? 何だっけ? あの街のことかな。
「この家も壁が壊れてしまいましたし、修理しないと……そういえば私、魔獣に、襲われて……」
不意にあの時のことを思い出したようだ。ザフィールの顔色が一段と青白くなっていく。
弾かれるように立ち上がり、イスが後ろに転がる。隣にいるコレットの方を向くと、おもむろにしゃがみ込み、そのスカートをまくり上げた。綺麗な足があらわになる。
ザフィールが血走った目で、コレットの右太ももをなで回している。ちょうど逆側の足なので、覆いかぶさっているように見える。
「ちょっと、何? どうした?」
嫌がっているコレットの生足を、舐めるような距離で触る、ただの変態にしか見えない。
「コレット、落ち着いてくれ。子供も見ているんだし」
テオが声をかける。
子供って、俺のことか?
「君の足は大丈夫だ。何の問題もない」
「でも、あの時、私……」
ザフィールは少し震えている。
コレットは不思議そうに首を傾げた。
「何かあったのか?」
「コレットの体は何もない。これ以上、気にしなくていい」
テオが強い口調で断言する。これ以上は詮索するなと、暗に言っているようだ。
「……はい」
理解したのだろうか。ザフィールは、俺とテオの顔を見て、深く頭を下げた。
倒れたイスを戻し、再び座る。
「とにかく、君たちは結婚してしまえばいいんじゃないかな?」
いきなりテオがぶっちゃけ出した。
「へ?」
コレットの顔がみるみる赤くなっていく。
「ベルクシーアに、君の家の店くらいあるんだろう? 結婚して、その店で経営の勉強がしたいと言えば、父親は逆に喜ぶんじゃないか?」
「あ、でも、学校が……」
「魔術師は諦めた方がいい」
テオがピシャリと言い放つ。
「二人でいられるし、関わる人も少ない。親には手紙でも出せば……」
「無理ですよ」
テオの言葉を、ザフィールが遮る。
「坊ちゃんには、婚約者がいらっしゃるんですから」
その言葉に、なぜかコレットが慌て出す。
「いないよ。そういう話もあったけど、とっくに断っているよ」
「えっ、そうなんですか?」
ザフィールが少し気の抜けた顔になる。
「父さんには、その、好きな人がいるからって、言ってあるから」
コレットが赤い顔でモジモジしている。
「好きな人、いたんですか」
ザフィールは低い声でつぶやき、下を向いてしまった。
静かになった部屋で、いたたまれない空気が流れる。
テオを見ると、イライラしているのか、コレットをにらみつけている。
もう少し温かい目で見守ってあげたらどうかな。
「……コレット!」
コレットは、真っ赤な顔で裏返ったような声を出した。
「はい、何ですか?」
ザフィールは感情の消えた声で、返事をする。
「だ、だから、コレットが、す、好きで……」
蚊の鳴くような声がする。
もうちょっと、頑張ってほしい。
しかし、コレットの隣にいるザフィールには聞こえていたようだ。青白い顔が赤くなっていく。
「坊ちゃん、今、なんて……」
「コレットが、好きな人、だから……」
テオが音を立てずに立ち上がった。俺を見て、手で部屋を出ようと合図する。
俺もできるだけ音がしないように立ち上がり、扉に向かった。




