3-5
魔導具に両手を当てる。集中して、魔力を流し込んでいく。
前回のように加減する必要はないが、ゆっくり入れていく。
引っ張られる感じが強くなる。体内に入り込んだ黒い触手のようなものが、魔力に絡みつき奥の方にあるエネルギーを吸い上げていく。
嫌な感じが強すぎて、手が震えてくる。
容器の半分を過ぎたくらいから、頭が痛くなってきた。こめかみが締め付けられるようだ。
魔力を吸い取られる、内側からくる気持ち悪さとは違う。この魔導具から、異様な力が漏れ出ているのを感じる。
ジジジジジジと、脳に響くような音も聞こえてくる。
空気中の魔力が濃くなっているのだろうか。
「ユウト、もうちょっとだ」
テオの弾んだ声が遠くから聞こえる。すぐ隣にいるはずなのに。耳鳴りのような音がうるさい。
魔導具の内部の魔力の光が、徐々に強くなっている気がする。
テオは何も感じないのだろうか。
頭痛がひどくて、視界がぼやける。
遠くから、獣の咆哮が聞こえてくる。気のせいだろうか。
これは、よくない。
一旦やめようと思うが、魔力が奪われていく。必死に抵抗するが、流れを止めることができない。
その間も頭痛はするわ、音はうるさいわ、体は震えるわ、魔導具から手を離すこともできない。
ピシッと小さく割れるような音が近くで聞こえた。
何? と思う間もなく、突風が吹き、爆発するような音が響く。
「……え?」
部屋の壁の一部が、壊れている。トラックにでもぶつけられたような壊れっぷりだ。穴の空いた壁から外が見える。
テオは少し離れた所で尻もちをついている。無事なようだ。
呆気に取られていると、一気に魔力を吸い取られる。
フッと絡まっていたモノが消える。手が離れると、そのまま床にへたり込んでしまった。
魔力を吸い取られる気持ち悪さは消えたが、他の症状はそのままだ。
頭痛に耳鳴り、吐き気もある。
魔導具の光が強すぎて、クラクラする。
「テオ、大丈夫?」
テオは尻もちをついたまま動かない。どこか痛めたのだろうか。
這うように近づくと、テオは光る魔導具を見て固まっていた。
真っ青な顔をして震えている。
「……超魔力臨界状態」
よくわからない言葉をつぶやいている。
「ほ、本で見たことがある。昔、状態の悪い特級魔導具を調べようと、魔力を注いでいた時……魔力が漏れ出して、ものすごい光を放って……街を一つ、吹き飛ばしたって」
何それ、爆弾?
「その後、その場所の魔力が異常になって、人が住めなくなったって……」
核爆弾かな。
「オ、オレが、やろうって、言ったせいで」
テオの目から涙がこぼれている。体は震え、呼吸も浅くなっている。
魔導具の光はどんどん増しているようだ。まぶしい。
何とかしないと……。
爆発するなら、エネルギーをなくしてしまえばいいんじゃないか?
俺が入れた魔力をもう一度吸い出す? そんなことできるのか?
いや、そもそも魔道具が発動したら魔力は消えるはずだ。
発動してしまえばいいんじゃないか?
試せることからやるしかない。
「テオ! 起動してみよう。中の魔力が消えれば、爆発しないんじゃないか?」
テオがこちらを見る。涙に濡れた瞳が光に揺れる。
不意に、遠くから低い唸り声が聞こえた。壊れた壁の向こうに、大きな犬が見える。森から出てきたようだ。
二匹いる。犬というより狼かな。薄く光っているように見える。
……魔獣だ。
魔獣はゆっくりとこちらに近づいてくる。
今はまだ離れているが、壁が壊れている以上、いつ侵入してくるかわからない。
「テオ、魔獣だ」
テオは腰が抜けているようで、すぐに立ち上がれない。俺も頭痛がひどくて四つん這いのままだ。
二人して何とか魔導具の近くに寄る。
「俺は防御魔法で魔獣を何とかするから、テオは起動して」
起動の仕方はわからないから、テオに任せるしかない。
上の方にあるって言ってたから、ひとまず立ち上がらないと。
「いったい何があったんですか!?」
突然、壊れた壁からコレットが現れた。走ってきたようで、息が荒い。
街に向かう途中、爆発の音が聞こえて戻ってきたのだろう。
壊れた壁と、まぶしく光る魔導具を見て、戸惑っているようだ。
「ユ、ユウトさん? これは……」
俺たちに気づいて、こちらに向かってくる。
危ないと思ったが遅かった。
コレットの背後から、一匹の魔獣が飛びかかるのが見えた。
右太ももに噛みつかれ、コレットが前に倒れ込む。
「アアアアアァーーーー!!」
引き裂くような叫び声が響く。
「防御魔法、発動!」
魔獣を排除。
両手で、必死に魔法を発動させる。
範囲が広くなってしまうが、そんなこと構っていられない。壊れた壁のあたりまで展開する。
コレットの足に噛みついていた魔獣は、防御魔法に触れると部屋の外に押し出されていった。
「ア、アア、ァァ……」
コレットの声が小さくなっていく。体はピクピクと痙攣し、血溜まりの中の足は奇妙な形にねじれている。
血にまみれ、大きくえぐられた太もも。そのピンク色の肉の隙間から、白い骨がはみ出しているのが見える。
一気に汗が吹き出してきた。
早く、回復魔法をしないと!
コレットに近づこうとするが、体が言うことをきかない。
左手は防御魔法を維持したまま、右手を彼女に伸ばす。
回復魔法がここから届きますように。
「ユウト」
テオの声が聞こえる。
彼は何とか立ち上がり、魔導具に手を伸ばしているようだ。
まぶしくて、顔が見えない。
「元気でな」
その言葉の後、一気に魔力が弾けた気がした。
あたりは強い光に包まれ、目を開けているのか、閉じているのかさえもわからない。
ジージー聞こえていた音が、キィィィィと甲高い音に変わる。
元の世界に帰るのだろうか、それとも……。




