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3-3

 二階から下りてきたザフィールは、魔導具が置いてあるという部屋へと案内してくれた。

 相変わらず顔色が悪い。部屋からあまり出ないとはいえ、青白い。


「これが魔導具だよ」


 ザフィールは、得意気に置いてあるものを指し示す。

 台の上には、一抱えほどもある丸いツボのような物が乗っている。

 うっすらと青いガラスのようなツボに、金属のような銀色の底と蓋がついている。底は薄く、彫刻のような飾りが施してある。蓋の部分は分厚く、細かい飾りと宝石のような綺麗な石がたくさん付いている。

 石は淡く光り、ガラス部分に少し溜まっている液体も淡く光っている。


「これは、どんな魔導具なんですか?」


 テオが目を輝かせて、ザフィールに尋ねる。


「これは、すごいんだぞ。なんと魔力量を増やせる魔導具なんだ!」


 偉そうに胸を反らしながら言っている。

 でも、魔力量って増えないんじゃなかったっけ。テオが言っていた気がする。十歳くらいで保有量は決まる、とか。


「えー! すごいですね!」


 興味津々な子供がいる。キラキラした目を向けられて、ザフィールはご満悦だ。


「坊ちゃん? 何言ってるんですか……」


 ザフィールの後ろに立っていたコレットが、冷たい声を出す。


「魔力量が増えるなんて、嘘に決まっているでしょう! 絶対騙(だま)されているんですよ!」


「ちゃんと専門店で買ったんだぞ」


「なんて名前のお店だったんですか?」


「それは、わからないけど……。道で声をかけられて、特別な店だからって。魔導具がたくさん置いてあったし、店長はいい人だった。僕が魔力が増えたらいいなって言ったら、これを出してきてくれて。特別価格にしときますって言ってくれたし!」


「完全に怪しいじゃないですか! 一体いくら使ったんですか!」


 コレットはかなり怒っているようだ。

 二人は大きい声で言い争いをしている。止めた方がいいのだろうか。どうやって?

 テオはいつの間にか二人から離れて、魔導具を真剣に見ていた。触ってもいる。

 勝手に触って、怒られないかな。

 俺はテオが二人の視界に入らないよう、少し移動する。


「うるさいな! 魔力が増えるなら安いもんだろ」


「で、増えたんですか?」


 ザフィールの目が虚空(こくう)を泳いでいる。


「ま、まずは魔導具に魔力を注がないといけないんだ。容器がいっぱいになるまで。三ヶ月くらいかかって、だいぶ溜まったんだ。でも三日前、急に、消えてて……」


「つまり、偽物ってことじゃないですか」


「ちょっと、うまくいかなかっただけだ。もう一回やってみれば……」


「また三ヶ月かかるんですか?」


 コレットの声のボリュームはだんだん下がってきているが、氷点下くらい冷たくなっている。

 ザフィールは一段と顔色を悪くして、彼女の圧に押されている。


「ユウト、魔術師ですよ」


 テオが俺の横から顔を出して言う。

 凍りついていた部屋の空気が、心なしか和らいだ気がした。


「そ、そうなのか。君たちは確か、冒険者だったね。報酬を出したら、協力してくれるかい?」


「あ、はい」


 テオが魔術師であることを明かしたんだ。イエスで問題ないだろう。


「二人で協力すれば、もっと早く溜まるはずだ。じゃあ、一度やってみてくれないか?」


 ザフィールは魔導具の前に俺を立たせる。


「この部分に手を置いて、魔力を流すんだ」


 ガラス部分ならどこでもよいようだ。

 そっと両手で触れてみる。ほんのり温かい。

 この底の方にある、光る液体のようなものが魔力なのかな。

 視線を落とすと、テオもこちらを見ている。彼は真剣な表情で一つうなずいた。

 ここで魔力があることの証明をしなければならない。もちろん、ほどほどの。

 しかし、どうやって加減すればよいのだろう。

 水道の蛇口を捻(ひね)って、すぐ戻す感じかな。チョロっと出して、すぐ止める。

 手に集中する。

 チョロっと出して、止める!


「ユウト、まったく出てないぞ」


 テオの指摘通り、液体の量は変わっていない。

 ザフィールが怪訝(けげん)そうな顔をしている。


「す、すみません。魔力の操作は苦手でして」


 言い訳をして、もう一度、手に集中する。

 もうちょっと出すように。ゆっくりと、チョロチョロと……。

 急にグッと引っ張られる。何かが体内の魔力に絡みつき、奪い取ろうとする。

 俺は慌てて手を離した。


「大丈夫か?」


 テオが心配そうに見上げている。


「あ、うん……」


 すごく嫌な感じだった。内側を這うような、ゾワゾワした感じ。絡みついたモノがまだ残っているようで、気持ちが悪い。


「けっこう魔力多いんだな。ユウトが手伝ってくれれば、一ヶ月くらいで貯まるんじゃないか?」


 ザフィールは嬉しそうに魔導具の中を眺めている。

 容器の中の魔力は倍くらいに増えていた。うまくできたようだ。


「魔力を流すのって、けっこう疲れるよな」


 ザフィールがつぶやく。

 確かに、疲れた。魔力は大して減っていない。それよりも、生命力そのものが吸い取られたような気分だ。

 ザフィールは、この嫌な感じに気づいていないのだろうか。彼の顔色が悪いのは、この魔導具に魔力を注いでいるせいだと思うんだが。


「コレット、一ヶ月だ。一ヶ月だけ待ってくれ。それで、この魔導具が本物だと証明できる!」


「……わかりました。一ヶ月後、何の成果も出なかったら、そこでおしまいですからね」


 コレットはため息を殺しながら、不機嫌そうに承諾する。


「協力してくれる間は、ここに泊まるといい。コレット、いいよな?」


「え、お二人、泊めるんですか?」


「客用の部屋もあるし、問題ないだろう?」


「わかりました、坊ちゃん。お部屋を準備してきます」


「だから、坊ちゃんじゃなくてザフィって……」


 コレットは無表情で一礼すると、ザフィールの言葉を無視して部屋を出ていった。

 急に泊まるとか、コレット大丈夫かな。

 部屋の準備以外にも、食事のこととか。食料だって、二人分しか用意してないんじゃないかな。

 彼女の負担にならないように、何か手伝えることはないだろうか。

 考えていると、ザフィールがこちらを見ているのに気づいた。何だろう?


「ひとつ言っておくが、コレットに手を出すなよ」


 俺の胸元に人差し指を突きつける。

 ザフィールは、今の俺より少し背が低い。スマートで筋肉のついてなさそうな体。怖いとは思わなかった。

 それより、近くで見ると顔色の悪さがよけい気になる。

 なんて返事をするか悩んでいると、彼は部屋を出ていってしまった。


「オレと同じくらいの年だと思うが、子供っぽいヤツだな」


 さっきまで子供っぽさ全開だったテオが何か言っている。


「学生なんだし、仕方ないんじゃない?」


「学校、ねぇ……」


 テオがつぶやきながら、魔導具を触っている。


「ザフィールさん、コレットさんのこと好きなのかな」


 コレットは恋人ではないと言っていたけど、ザフィールの片思いなんだろうか。


「そうだろうな。学校なんか行ってないで、さっさと結婚すればいいのにな」


「え、早くない? それに、身分的なものがあるんじゃないの?」


「早くはないだろ。ザフィールは三男なんだし、コレットは父親が商会で働いている。身元はしっかりしているんだ、そこらの変な女を連れてくるよりずっといいだろう。それに、親はとっくにそのつもりなんじゃないか?」


「そ、そうなの?」


「そうじゃなかったら、こんな所に二人きりにしないだろう」


 魔導具は台の上に乗っているので、テオの身長では上の方がよく見えないようだ。一生懸命背伸びをしている。


「コレットだって、何だかんだ付いてきているんだ。嫌っているわけではないだろう」


 そう言って、テオは少し黙ってしまう。扉の方に目をやり、すぐに魔道具から離れる。

 すぐ後にノックの音がして扉が開く。


「坊ちゃん、お部屋の準備が……って、坊ちゃんは?」


「ザフィールさんは、さっき部屋を出ていかれましたよ」


 部屋をキョロキョロと見渡しているコレットに、テオが言う。


「もう、お客さんを放っておくなんて。でも、ユウトさんたち良かったんですか? あんないい加減な依頼で」


 そういえば、報酬の内容とか何も聞いていないな。


「オレ、魔導具にすごく興味があるんです。少しでも頂けるなら十分ですよ」


「ちゃんと、お支払いしますよ。旦那様からも、学校に戻るのかどうするのか、早く決断させるよう言われていますし」


 旦那様って、ザフィールの父親かな。


「ユウトさんたちのおかげで、ひとまず目処がつきました。一ヶ月、よろしくお願いします」


 コレットが頭を下げてくる。


「では、お部屋に案内しますね」

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