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二階から下りてきたザフィールは、魔導具が置いてあるという部屋へと案内してくれた。
相変わらず顔色が悪い。部屋からあまり出ないとはいえ、青白い。
「これが魔導具だよ」
ザフィールは、得意気に置いてあるものを指し示す。
台の上には、一抱えほどもある丸いツボのような物が乗っている。
うっすらと青いガラスのようなツボに、金属のような銀色の底と蓋がついている。底は薄く、彫刻のような飾りが施してある。蓋の部分は分厚く、細かい飾りと宝石のような綺麗な石がたくさん付いている。
石は淡く光り、ガラス部分に少し溜まっている液体も淡く光っている。
「これは、どんな魔導具なんですか?」
テオが目を輝かせて、ザフィールに尋ねる。
「これは、すごいんだぞ。なんと魔力量を増やせる魔導具なんだ!」
偉そうに胸を反らしながら言っている。
でも、魔力量って増えないんじゃなかったっけ。テオが言っていた気がする。十歳くらいで保有量は決まる、とか。
「えー! すごいですね!」
興味津々な子供がいる。キラキラした目を向けられて、ザフィールはご満悦だ。
「坊ちゃん? 何言ってるんですか……」
ザフィールの後ろに立っていたコレットが、冷たい声を出す。
「魔力量が増えるなんて、嘘に決まっているでしょう! 絶対騙されているんですよ!」
「ちゃんと専門店で買ったんだぞ」
「なんて名前のお店だったんですか?」
「それは、わからないけど……。道で声をかけられて、特別な店だからって。魔導具がたくさん置いてあったし、店長はいい人だった。僕が魔力が増えたらいいなって言ったら、これを出してきてくれて。特別価格にしときますって言ってくれたし!」
「完全に怪しいじゃないですか! 一体いくら使ったんですか!」
コレットはかなり怒っているようだ。
二人は大きい声で言い争いをしている。止めた方がいいのだろうか。どうやって?
テオはいつの間にか二人から離れて、魔導具を真剣に見ていた。触ってもいる。
勝手に触って、怒られないかな。
俺はテオが二人の視界に入らないよう、少し移動する。
「うるさいな! 魔力が増えるなら安いもんだろ」
「で、増えたんですか?」
ザフィールの目が虚空を泳いでいる。
「ま、まずは魔導具に魔力を注がないといけないんだ。容器がいっぱいになるまで。三ヶ月くらいかかって、だいぶ溜まったんだ。でも三日前、急に、消えてて……」
「つまり、偽物ってことじゃないですか」
「ちょっと、うまくいかなかっただけだ。もう一回やってみれば……」
「また三ヶ月かかるんですか?」
コレットの声のボリュームはだんだん下がってきているが、氷点下くらい冷たくなっている。
ザフィールは一段と顔色を悪くして、彼女の圧に押されている。
「ユウト、魔術師ですよ」
テオが俺の横から顔を出して言う。
凍りついていた部屋の空気が、心なしか和らいだ気がした。
「そ、そうなのか。君たちは確か、冒険者だったね。報酬を出したら、協力してくれるかい?」
「あ、はい」
テオが魔術師であることを明かしたんだ。イエスで問題ないだろう。
「二人で協力すれば、もっと早く溜まるはずだ。じゃあ、一度やってみてくれないか?」
ザフィールは魔導具の前に俺を立たせる。
「この部分に手を置いて、魔力を流すんだ」
ガラス部分ならどこでもよいようだ。
そっと両手で触れてみる。ほんのり温かい。
この底の方にある、光る液体のようなものが魔力なのかな。
視線を落とすと、テオもこちらを見ている。彼は真剣な表情で一つうなずいた。
ここで魔力があることの証明をしなければならない。もちろん、ほどほどの。
しかし、どうやって加減すればよいのだろう。
水道の蛇口を捻って、すぐ戻す感じかな。チョロっと出して、すぐ止める。
手に集中する。
チョロっと出して、止める!
「ユウト、まったく出てないぞ」
テオの指摘通り、液体の量は変わっていない。
ザフィールが怪訝そうな顔をしている。
「す、すみません。魔力の操作は苦手でして」
言い訳をして、もう一度、手に集中する。
もうちょっと出すように。ゆっくりと、チョロチョロと……。
急にグッと引っ張られる。何かが体内の魔力に絡みつき、奪い取ろうとする。
俺は慌てて手を離した。
「大丈夫か?」
テオが心配そうに見上げている。
「あ、うん……」
すごく嫌な感じだった。内側を這うような、ゾワゾワした感じ。絡みついたモノがまだ残っているようで、気持ちが悪い。
「けっこう魔力多いんだな。ユウトが手伝ってくれれば、一ヶ月くらいで貯まるんじゃないか?」
ザフィールは嬉しそうに魔導具の中を眺めている。
容器の中の魔力は倍くらいに増えていた。うまくできたようだ。
「魔力を流すのって、けっこう疲れるよな」
ザフィールがつぶやく。
確かに、疲れた。魔力は大して減っていない。それよりも、生命力そのものが吸い取られたような気分だ。
ザフィールは、この嫌な感じに気づいていないのだろうか。彼の顔色が悪いのは、この魔導具に魔力を注いでいるせいだと思うんだが。
「コレット、一ヶ月だ。一ヶ月だけ待ってくれ。それで、この魔導具が本物だと証明できる!」
「……わかりました。一ヶ月後、何の成果も出なかったら、そこでおしまいですからね」
コレットはため息を殺しながら、不機嫌そうに承諾する。
「協力してくれる間は、ここに泊まるといい。コレット、いいよな?」
「え、お二人、泊めるんですか?」
「客用の部屋もあるし、問題ないだろう?」
「わかりました、坊ちゃん。お部屋を準備してきます」
「だから、坊ちゃんじゃなくてザフィって……」
コレットは無表情で一礼すると、ザフィールの言葉を無視して部屋を出ていった。
急に泊まるとか、コレット大丈夫かな。
部屋の準備以外にも、食事のこととか。食料だって、二人分しか用意してないんじゃないかな。
彼女の負担にならないように、何か手伝えることはないだろうか。
考えていると、ザフィールがこちらを見ているのに気づいた。何だろう?
「ひとつ言っておくが、コレットに手を出すなよ」
俺の胸元に人差し指を突きつける。
ザフィールは、今の俺より少し背が低い。スマートで筋肉のついてなさそうな体。怖いとは思わなかった。
それより、近くで見ると顔色の悪さがよけい気になる。
なんて返事をするか悩んでいると、彼は部屋を出ていってしまった。
「オレと同じくらいの年だと思うが、子供っぽいヤツだな」
さっきまで子供っぽさ全開だったテオが何か言っている。
「学生なんだし、仕方ないんじゃない?」
「学校、ねぇ……」
テオがつぶやきながら、魔導具を触っている。
「ザフィールさん、コレットさんのこと好きなのかな」
コレットは恋人ではないと言っていたけど、ザフィールの片思いなんだろうか。
「そうだろうな。学校なんか行ってないで、さっさと結婚すればいいのにな」
「え、早くない? それに、身分的なものがあるんじゃないの?」
「早くはないだろ。ザフィールは三男なんだし、コレットは父親が商会で働いている。身元はしっかりしているんだ、そこらの変な女を連れてくるよりずっといいだろう。それに、親はとっくにそのつもりなんじゃないか?」
「そ、そうなの?」
「そうじゃなかったら、こんな所に二人きりにしないだろう」
魔導具は台の上に乗っているので、テオの身長では上の方がよく見えないようだ。一生懸命背伸びをしている。
「コレットだって、何だかんだ付いてきているんだ。嫌っているわけではないだろう」
そう言って、テオは少し黙ってしまう。扉の方に目をやり、すぐに魔道具から離れる。
すぐ後にノックの音がして扉が開く。
「坊ちゃん、お部屋の準備が……って、坊ちゃんは?」
「ザフィールさんは、さっき部屋を出ていかれましたよ」
部屋をキョロキョロと見渡しているコレットに、テオが言う。
「もう、お客さんを放っておくなんて。でも、ユウトさんたち良かったんですか? あんないい加減な依頼で」
そういえば、報酬の内容とか何も聞いていないな。
「オレ、魔導具にすごく興味があるんです。少しでも頂けるなら十分ですよ」
「ちゃんと、お支払いしますよ。旦那様からも、学校に戻るのかどうするのか、早く決断させるよう言われていますし」
旦那様って、ザフィールの父親かな。
「ユウトさんたちのおかげで、ひとまず目処がつきました。一ヶ月、よろしくお願いします」
コレットが頭を下げてくる。
「では、お部屋に案内しますね」




